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 彫像に出会った。
 不思議なことに整った顔立ちのその人は、明るくて、綺麗なのに。
 儚げなあの人と同じような空気を纏っていたのだった。
 
白薔薇エンカウント 〜日本人形の場合〜
 
 はぁ、とため息一つ。
 いつもなら、もっと高揚しているのになぁ、と乃梨子は思った。
 休日。前から予定していた仏像閲覧、心もはずんでいたけれど。
 少し前まではいなかった、隣にいるはずのその人を思うとどうしてか、浮上するはずの気持ちも沈んでいってしまう。
 確かに綺麗だった。確かに素晴らしかった。
 けれど、それをあの人と言い合えないのは寂しかった。
―――急な用事だって、言ってたっけ。
 本当にすまなそうに、昨晩に断りの電話がかかってきた。
 けれど、前から予定していたことだし。それはまた、日を改めて一緒に来ればいいと思って。一人で来たのだけれど。こんなに気分が沈むなんて、自分でも予想外だった。
 失敗だったかな。
 と、お昼を取るために入った喫茶店でくさくさしていると。
「お客さま。少々よろしいですか」
 ウェイトレスが話しかけてきた。なんでも、席が無いために相席にしてほしいそうだ。
 断る理由もないし、他人がいるからといってまずいことなんて何もないので了承した。
 乃梨子にとって、あの人でないのなら、誰だって一緒だと考えたからだ。
 
 そこで。
 彫像に出会ったのだ。
 
「失礼します、っと。 …お邪魔するわね、ここ」
 二人がけのテーブル。対面する席に座った女性は、まるで彫像のような彫りの深い整った顔立ちの美人だった。
 ぼんやりと眺めてしまったが、それは失礼だと思いなおしてすぐに顔を伏せた。まだ冷め切っていないコーヒーを口に運ぶ。それでも気になるものは気になるようで、乃梨子の視線はちらちらとテーブルと目の前の女性を行ったり来たりしていた。
 ここは壁が一面ガラス張りの、風景が見渡せる席で。女性はずっと外を眺めていたけれど、やがて乃梨子の視線に気付いたのか、こちらを向いた。
 …というか、目が合った。
 まずい、と思った瞬間。
「なーに? 私のこと、気になる?」
 女性は、にかっ、と笑った。それは整った顔立ちと、先ほどまでに纏っていた空気とはあまりにも違う明るさを持った笑みで。乃梨子は思わずぽかん、と呆けてしまった。
 それに気付いたのかそうでないのか、女性は軽く笑いながら、乃梨子に声を掛けた。
「珍しいね」
「は?」
 その言葉を理解できなかった。いや珍しいという言葉の意味は分かるけれど、どういった意図でその言葉を乃梨子に掛けたのか分からなかったから。
「いやね、君、女子高生でしょ? 君くらいの年頃の女の子ってさ、グループ行動が見に染み付きすぎている子って多いじゃない? だから、一人で行動しているのって珍しいな、って」
 なるほど、と思う。確かに、自分と同じ年の女の子たちはグループ行動をすることが義務みたいな人間もいるし。そうでなくとも、一人で遊びに出かけるなんて少ないだろう。
「あ、気を悪くしたなら謝るよ。悪い意味で言ってなんかないけど、君がどう思ったかは分からないからね」
 どうも常時無表情気味な乃梨子の顔をみて、不機嫌になったと思ったらしい。
「いえ、そんなことないです。ああなるほど、と思っていただけですし。そういうあなたは大学生ですか?」
 訂正と質問。
 乃梨子にしては珍しい部類の行動であるといえる。たまたま相席になっただけの女性に関わろうとすることが。
 でも。それをしなければいけない、って思った。いや、そうしたかったんだ。
「うん。花の女子大生だよん。 …多分、そんなに年は離れていないと思うけどね」
「そうなんですか? 結構大人びて見えるんですけど」
「えー。それじゃ君いくつ?」
「15ですけど」
「私18。三つしか違わないじゃない」
「あれ? もっと上だと思ってました」
「えー? 嘘、ショックー」
 年齢のこととか。
 
「ふーん。趣味のために、ねぇ。いいねそういうの、かっこいいなぁ」
「あなたはなんでここに?」
「あー、なんていうかな、ぶらり旅? そういった感じ」
「一人ですか?」
「うんにゃ、友達と来た。私に無理やりつき合わせたんだけどね」
 ここにやってきた理由とか。
 
「あ、あの辺りに住んでるんだ。奇遇だね、私もその辺りに住んでるのだよ」
「それは偶然ですね」
「うんうん、素敵な偶然だね」
 住んでいる場所の話とか。
 
 いろんな話をして、いろんなことを聞いて。
 そんな時間を感じられたことに驚いた。
 さっきまで沈んでいたのが嘘みたいな、楽しい空気。
 こんな居心地のいい空間に浸れるなんて、思わなかった。そういったことは今までにもあったけれど、そのときには常に隣にあの人がいたから。
 だから、あの人がいないのに楽しく思えるなんて、と考えて。
 どうしてだろうと考えたら、この目の前の女性が、似た雰囲気を纏っているからだって気が付いた。儚げな空気を纏っている、あの人とは感じが全然違うのに。どうしてか二人が同じ空気を持っているって思っている。
 それが、不思議でもなんでもない。
 それで、当然なんだ、って確信していた。
 
「んじゃ、そろそろ出ようかな。ごめんね、つき合わせちゃってさ」
「いえ。私も楽しかったですし」
 二人揃って立ち上がる。
 それぞれ会計を済ませて店を出ると、雲ひとつない青空が、乃梨子たちを迎えた。
 そろそろ待ち合わせの時間だから、って。女性が駅とは逆方向に歩きだす。
 乃梨子はもう帰るだけだから、ここでお別れだった。
 どこかでまた、会うかもしれないけど、今日はもうお別れだ。
 そう思って乃梨子も歩き出して、一つ、致命的な忘れ物に気が付いた。
 それは女性も同じだったようで、殆ど同じタイミングで振り返る。
「それじゃ、また機会があったら会いましょうね、二条乃梨子ちゃん」
 にか、っと笑って手を振って。
 彼女は名乗ってもいない乃梨子の名を呼んだ。
 そう。忘れ物とは他でもない。
「ええ。またの機会に。佐藤、聖さん」
 互いの名前を相手に言うことを忘れていたのだ。
 けれどそれは意味のない忘れ物だったらしい。
 だって既に、両方が両方の持ち物を持っていたのだから。
 
 しばらく歩いて。聖さんの姿も見えなくなった。
 ああ。早く志摩子さんに会いたいな、と乃梨子は思う。
 伝えたいことが沢山あるから。
 あなたのお姉さまは、わたしのおばあちゃんは。
 あなたに似た、とても綺麗で、とても優しい、最高の人物でした、って。
 
 さあ、と風が吹く。
 見えない桜が、舞った気がした。
 
 
 
あとがき
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