長い、長いユメを見ていた気がする。
それは旅のような、長い道程。
行き着いた先。そこで、彼女は彼女と再会する。
―――「彼方。 ――出会い、融ける。」―――
「ん…」
聖は目を開けた。
空が視界全部に広がる。雲はまばらで、透き通るような蒼が目に飛び込む。
体の感覚が戻る。絨毯のようなそれは草原。聖は寝転んでいた。
「あれ?」
おかしい。
何がどう、というわけでなく。
とりあえず、おかしいと思った。
体を起こし、自分の体を包む衣服は制服。あの天使たちの庭の正装だった。
首元に違和感。何故違和感なのかは理解できないが、とにかく違和感を持つ。背中のあたりまで伸びた髪が、さらさらと流れた。決して短くは無いそれが、違和感のもとのような。
「起きたの?」
声が聞こえる。その声を聴いた瞬間、聖は全ての思考をシャットアウトした。
顔を向け、その姿を目に焼き付ける。
「…栞」
それは。聖が初めて、求めた存在。
彼女も、制服を着ていた。自分たちはこの服装でなぜここにいるのか。理解できなかった。
「私、どうして」
「あら、寝ぼけているの、聖」
栞は、手を伸ばす。聖の頬に触れたそれは、いつかのような穏やかさで。
聖の心は、それだけのことでなにもかもがどうでもよくなっていく。周りの世界が急速に狭まっていく感覚。幸せと、寂寥感と、色々な感情が混ぜこぜになっていく。
「聖は、ずっと寝ていたの。ここに着いてから」
「ずっと? …でも、私には、そんな覚えない」
「ふふ。そうでしょうね、着いた途端、崩れ落ちるように眠ってしまったのだもの」
「ということは、栞は先にここにいたの?」
「ええ。ずっと、聖を、待っていたのよ」
ずっと。
その言葉に、何かが含まれていたのは、聖の気のせいなのか。
単なる、時間ではない気がした。
「私、…栞のことが」
言葉にしたい。胸に秘めたその想いが、身体を突き破ってしまわぬように。
何故だろう、きっと昨日も一昨日も、栞に会っていたはずなのに。
その想いは、砂時計の砂のように、山のように降り積もっていて。早く出してしまわなければ、器が壊れてしまいそうだったのだ。
「好きよ。貴女のことが」
だけど。聖が口にする前に、栞が口に出していた。
きっと、栞も聖と同じだったのだ。
口にしたときの顔が、聖と全く同じだったから。
「私もよ。私も、栞のことが、好き」
手を伸ばす。ただ、意味なんて無くて。
きっと自分は救われたいのだろう、と思う。だから、純白の彼女に惹かれたのだ。
その手と、栞の手が、きゅ、と音が鳴るほどに繋がりあう。
ただ、何故だろう、伸ばした手は片手だけ。
いつだって、栞のことは両手で繋がりあいたかったのに。
ずっとずっと、片時だって離したくなかったのに。
何故。
「聖は、強くなったわね」
「え――?」
意味が分からない。栞の言葉も、自身の想いも。
「だって。聖は、私以外にも欲しいものが出来たのだから」
「欲しい、もの? 栞、以外に?」
笑ってしまう。どうして、そう思えてしまうのか。
聖は、栞だけいればいいのに。
それがどうして、―――を欲しいと思えるのだろう。傍にいてほしいと思うのだろう。
それがどうして、――を欲しいと思えるのだろう。助けて欲しいと思うのだろう。
「聖は、そういうところは変わらない。言ってほしくないことを言われると、哂って誤魔化すのよ」
違和感。これは違和感だ。
栞。間違いなどない、彼女は本物だ。
ならば、どこに間違いがあるのだろう。
「――栞」
そもそも、ここはどこで。
そもそも、いまはいつなのだ。
「でも、嬉しい。聖は、変わらないままで、強くなっていて。沢山のものを、手に入れたのね」
「――栞」
でも。それは、最早聖には関係ないことなのかもしれない。
「行きましょう、聖。私たちの居場所は、あっちにあるから」
栞が手を引く。立ち上がって、つられて歩き出す。
どれだけ、歩いたろうか。
そう考えたとき、風が吹いた。
さあ、と音のするそれは、沢山の花びらを撒き散らす。
すでに視界を覆うくらいに舞うそれは、聖の目には桜に見えた。
周りに木なんて立っていないのに。
「ああ――」
理解した。
そうか、これは、この場所は。
「聖。ずっと、一緒よ。 ――これからは」
「うん。栞、――また、会えたね」
消えていく。
仮初の時間が、溶けていく。
でも、それはもう、構わない。
生涯焦がれたこの想いが、成就されたのだ。こんな幸せ、どこにもない。
融けていく。ひとつになる。
私の願い。それは、私という存在が消えるその時に、ようやく叶うのだ。
これからは、ずっと。
二人は、ひとつに。