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「そう言えば私、可南子さんに言いたいことがあったんですわ」
 適当な時間になっても珍しく誰も来ず思わぬ人物と2人きりだった薔薇の館の静寂は、その『思わぬ人物』から破られる事になったのだった。
 
No match?
act.RED&YELLOW
〜DREAM ROSE GARDEN Ep.2−X1〜
 
 
ごきげんよう、皆様。私はリリアン女学園1年椿組の細川可南子と言います。
つい数ヶ月前『紅薔薇のつぼみ』の福沢祐巳様から姉妹の証であるロザリオを授与され、晴れて『紅薔薇のつぼみの妹』となりました。
そして、私の目の前にいるのがつい先日『黄薔薇のつぼみ』でいらっしゃる島津由乃様からロザリオを授与され『黄薔薇のつぼみの妹』となった松平瞳子と言います。
ちなみに『白薔薇のつぼみ』である藤堂志摩子様に見初められ『白薔薇のつぼみの妹』になった二条乃梨子さんと同じ私のクラスメートでもあり、実の所私の天敵とも言える相手でもあります。
 
以前は私とお姉さまとの事で一触即発の場面も多少…いえ多々ありましたが、供に『つぼみの妹』となった今は―もちろん多少の蟠りは残っておりますが―概ね平穏な距離を保っております。
 
まぁ、もっとも一触即発と言ったところで大抵は彼女の方から仕掛けて来る事ばかりなのですが―それは置いておきましょう。
 
「はい?いきなりなんですか?」
そして今日もまた何かしらをふっかけて来た感じがします。ちなみについ最近気付いたのですが、どうやらこう言った感じが彼女のコミュニケーションの取り方の一種のようです。実に難儀な人です。
 
「そう、まぁ別に大したことではないのですが…」
相も変わらず勿体ぶったしゃべり方、そして妙に芝居がかったをする人だと思う。
少なくとも御親戚で同じ様な『御令嬢』の紅薔薇様―小笠原祥子様はもっとストレートにお話しなさるので、これは彼女特有の性格若しくはクセあたりか何かから来てるのかも知れませんが。
 
「だから何なんです?気になるじゃないですか…」
しばらく誰も来そうもない上にいくら大した仕事もなくヒマを持て余しかけてたとは言え、あの勿体ぶったしゃべり方にはその容姿に似合いすぎる感もあって内心ちょこっと苛立ちを感じます。
 
お姉様ならともかく彼女を喜ばせるのはやや不本意ですし。
そして無闇に声を荒げるのは相手の術中に填った感があるので出来るだけ避けます。
そして努めて冷静に返事を―返せませんでした。
「私、貴女の基礎能力に関して多大な誤解を抱いていたようですわ」
そう突拍子もない告白によって私の脳はフリーズしたのですから。
「へ?」
そして、最愛のお姉さまと同じ様な声を出すのが精一杯だったのですから。
 
 
「率直に申し上げますと祥子様と祐巳様のことですわ」
「あの二人の間に入って行けるだなんて…凄いことだと言ってるんです。ええ勿論私としては最高の誉め言葉のつもりですけど?」
「もちろん可南子さんも御存知かと思われますが」
「祥子様と祐巳様は幼稚舎の頃からずっと一緒。お二人の仲の良さは私のお姉さまと黄薔薇様とのそれに優るとも劣らぬものでありますわ」
「いえ、下手をすれば彼女達の『それ』を遙かに上回ると思われる所も持ち合った、はっきり言って物凄い間柄ですわ」
「この私も物心付いた頃から…そう、十年以上見てますが、あの二人の間柄は未だに言葉では言い表せませんもの」
フリーズしたままの私を置いてきぼりにしたまま瞳子さんは、自己暗示か神の啓示かもかくやと言う程に見事に陶酔したかの如く身振り手振りを交えてそれはそれは熱っぽく説明を始めました。
 
そのバックには今彼女が説明してる情景が余すことなく浮かんで来るかのよう…さすが「リリアンのTOP女優」の二つ名は伊達ではない―と言う事ですね。
「こんな恥を曝すのは心外ですがいつまでも抱えていても仕方のないことですから言いますけど…」
「私も幾度となくあの二人のスキマを突こうとしましたが―」
「結果は…まぁお解りでしょう?私ではなく今現在、可南子さんが『紅薔薇のつぼみの妹』と…いいえ、この言い方は合ってる様で間違ってますわ。「福沢祐巳」さまの「妹」になったわけですから」
 
「こう言う様な事に『勝ち負け』と言う位置づけをするべきではないでしょうが」
「少なくとも、私は可南子さんに敵わなかった―そう言う事になるのでしょうね」
言ってる事は普通に、ただ今までの状況説明をしているだけなのですが、なぜこうも芝居がかった調子で出来るのでしょう?演劇部所属という事を差し引いても素直に感動してしまいそうです。
 
「だから、私は私よりも可南子さんの事がすごいと思う訳ですわ」
お分かり頂けたかしら?と言わんばかりの視線を投げかける一公演を終えた将来有望な若き舞台女優は、ここでようやく人心地ついたようだ。
 
もちろん瞳子さんの言いたい事はよくわかる。私とて紅薔薇様とお姉様の尋常では無いとも思われる仲睦まじさには今でも敗北感めいたものを感じ続けているのだから。
それでも、私達はこうして姉妹になった。なる事が出来た。
私だけでもなくお姉様だけでもなく両方がそれがそうあるべきであると思い感じ考えそしてここに至ったのだ。
それはもう単純な言葉では言い表せないモノなのだろう―私はそう感じている。
 
ところで、それより何よりも私には一つだけ反論したい事があった。
「それを言ったら瞳子さんもそうでしょう?日出美さんから聞きましたが黄薔薇様と黄薔薇のつぼみの仲の良さはリリアンではもはや伝説の一つとなってる様です」
お姉様からの伝聞も含め私は反論―ちょっとニュアンスが違いますね―を返した。
「特に黄薔薇のつぼみ―由乃様が手術をなされる前は、特にその傾向が強かった―そう紅薔薇様よりも聞き及んでおりますが…」
しかしながらそのパスは最後まで言わせてもらえず、Aクイック並の早さと正確さを持って返されてしまった。
「とんでもない!」
「確かに黄薔薇様―令様とお姉様は祥子様と祐巳様と同じく幼稚舎の頃からずっと一緒。ですがあのお二方は血縁関係がおありです」
「祥子様と祐巳様達と違いプライベートでも一緒に時を過ごされていたその経歴は半端ではないでしょう」
「私の場合はお姉様が私をその懐に引き入れ私の居場所を作って下さったにすぎません」
「まだ、黄薔薇様に敵うなど烏滸がましいですわ」
「まぁ、確かにその割合を逆転させる努力は惜しみませんが…」
再び始まった怒濤の寄せ。なまじっか髪型のせいで余分に迫力を醸し出して来ますから始末に負えません。
「でも可南子さんの場合そう言うモノじゃないような気がするのですわ」
「私とは違う方法でその二人の間に食い込めるなんて…信じられませんの」
そこまで聞いてようやく瞳子さんの言わんとする所、私に伝えたかった本当の部分がようやく解った気がします。
だからこそ、私は言葉を選びつつも本心を伝えようとしました。
「…そこまで言われたからには私も白状しますけど…」
決心の割にはやや小さめの声でしたが、瞳子さんの気を引くのは出来たようです。
「私は今でもあの二人の間に割って入って行けたなんて微塵にも思ってなんかいませんよ」
そして、その言葉で完全に瞳子さんの意識を引き寄せようです。
なぜなら、瞳子さんがその言葉の意味を解りかねる様子→言葉の意味を少しずつかみしめる様子→その意味の気付き怪訝な表情になる様子→そして愕然とする様子―その全てがつぶさに見えたのだから。
 
そしてとりあえず瞳子さんの反論が来る前に、私は言葉をつなぎ始めました。
「以前、瞳子さんが今仰った様な事で悩んだ時期がありました。その時ある方に助けて頂いたんです」
「助けて頂いた…?」
「ええ、素晴らしい助言を頂いた―と言うべきでしょうけど」
「そ、そそれって、ま、まさかさ、祥子様?」
おや?珍しい瞳子さんが狼狽える姿なんて何時ぶりでしょう?久々にいい物が見れたようですね。
気分の高揚も手伝ってか、いつもの私では信じられないくらいに饒舌に言葉が続いて行きます。
「いいえ違います。まぁ薔薇様である事は確かですが?」
それでも先ほどの仕返し―と言う訳ではないですが少し焦らさせて頂きました。
「ええっ!?まさかロっ黄薔薇様―」
「いえ、現白薔薇様でいらっしゃいます蟹名静様です」
「はいぃ?」
瞳子さんはとうとうフリーズされたようですね。噂でしか聞かない先代の黄薔薇様はともかくとして、どうも令様以下黄薔薇の血統は自己予測以上の事態にかなり弱いのかも知れませんね。
 
とりあえず、『あっちの世界』に行ってしまった瞳子さんは放っておいて私はお茶の準備をしました。
これからの話は一筋縄ではいかない事ですし。瞳子さんにもじっくり聞いてもらいたいので。
そしてしばらくして『こっちの世界』にようやく帰って来た瞳子さんを落ち着かせ、私はお姉様にも言わなかった事を伝え始めました。
「これは他言無用なのですが、白薔薇様は先代白薔薇様でいらっしゃいました佐藤聖様のプティスールになられた時、聖様の事を諸々の意味で深く愛していらっしゃったそうです。
 
ですが、しかしながら、その秘めた想いは聖様には届かなかった―のだそうです」
「届かなかった…?」
「ええ、当時聖様の心中には相思相愛の人物が住んでいらっしゃいました。もしかしたら瞳子さんもご存じかも知れませんが―」
そう言われた瞳子さんの表情が一瞬変わりましたどうやら頭の片隅で記憶の欠片が弾けた―そんな感じでした。彼女も御存じでしょう、いつだったか祥子お姉様と祐巳様から聞いた記憶がある名前―二人にとってよき理解者の一人でもあったその人物。
 
「もしかして…祥子お姉様の『お姉様』って言う方じゃ…」
「はい、先代紅薔薇様―水野蓉子様です」
噂や伝聞では聞いた事はあったろうけど事実として認識するのはやや困難でしょう。瞳子さんはイマイチ理解しかねる表情で固まってましたし。
「とある事件をきっかけにお互いの本当の想いを交わし合い、御二人は相思相愛となられたそうです。そして白薔薇様―静様はそんな二人の間へは入っていけなかった…」
断片ながらも話の内容が見えてきた瞳子は自分の導いた答えを告げた。
「自分の幸せよりもお姉様の幸せを優先させた―そう言う訳ですわね?」
しかしながら、可南子は軽く微笑んだものの、ゆっくりと首を横に振り、その答えを否定したのだった。
「それでは50点だそうです。私もそう答えましたし」
 
「白薔薇様は仰いました。
『例え1番でなくてもお姉様は私に深い愛情を授けてくれたわ。確かに私の真に望む物ではなかったけど。
 でも少なくとも紅薔薇様―蓉子様やあの御方ほどでは無かったかも知れないけど、私は確かにお姉様から愛されてたわ。
 何より、私がお姉様の事を愛していた事だけは例え紅薔薇様が相手でも譲れなかったから』と」
まるで自分にも言い聞かせるかのようにゆっくりと、しかしながらはっきりと可南子は瞳子にそう言った。
「私が白薔薇様の様に強くなれるとは思えませんが、少なくとも私はお姉様に愛されている自信はあります。例えそれが紅薔薇様の次に、だとしても。
そして何より私自身がお姉様を―祐巳様を愛している事は紛う事なき事実なのですから。
ええ、こればかりは―その強さその熱さそしてその大きさに関しては、例え紅薔薇様―祥子様と言えども微塵にも譲れません」
そしていつもなら祐巳様にしかほとんど見せようとしなかった飛び切りの笑みを浮かべ、可南子は胸を張った。
「そして、その覚悟は祥子様―紅薔薇様にそう宣言して来ました」
 
『二代そろって紅薔薇様はそう言う運命なのかしらね?いいわ、可南子ちゃん私達で祐巳を幸せにしていきましょう。でも、私は『小笠原祥子』よ?そう簡単には貴女にだって負けてあげなくてよ?』
 
『覚悟は出来てます紅薔薇様。順番はともかく私とてお姉様を愛する心に関してはそう簡単には負けません』
『そう…そうね、それくらいの気概が無ければ、祐巳の『相手』は務まらないわね』
『そうですね、私もそう思います。御姉様はあらゆる意味で『凄い人』ですから。そしてそんな『凄い人』を妹に選んだ紅薔薇様の事も。
だからこそ―』
『鍛錬が必要ね、共闘と打倒のためにね。そうそう『先駆者』として一言アドバイス。
 気を付けなさい?祐巳は結構『貪欲』よ?』
『望むところです。それにその事実は…このロザリオが何よりの証です。もはや身に沁みてますから。
 でも、他人の事は言えませんが「それ」に関しては紅薔薇様も同じでは?』
『そうかしら?…ううん、そうね、きっとそう。そうだからこそ…私は祐巳に惹かれた訳なんだわ
そして貴女もそうみたいだし…御姉様もそんな感じだったのね…
ふふふ…情愛に深く篤いのは紅薔薇の伝統って事なのかしら?』
 
比較的静かに『選手宣誓』は終わった。あまりあからさまなモノはないにせよ紅薔薇様は私を認めて下さったらしい。
「これが、瞳子さんの質問への回答…にはなりえませんかしら?」
衝撃の事実を知らされさすがの瞳子さんも言葉を失くしたようです。
 
薔薇の館に再び静寂が訪れる。
しばらくして、外で間違えようのない声が2.3しているのが聞こえた。お姉様に紅薔薇さま…あとは乃梨子さんの声もあるから志摩子さまも御一緒なのかしら?
一段落もちょうど付いたのでお姉様方にお茶の用意をしようとシンクの方へ行こうとした時ぼそっと何かが聞こえた様な気がした。
 
「やっぱり、可南子さんには敵いませんわ」
瞳子は誰にともなくそうつぶやいた。
 
 
あとがき
 
 
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