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ふたりは
 
 
 
 あの状態の瞳子を放っておく訳にもいかず、乃梨子は自分の家まで半ば強引に瞳子を連れて来てしまった。強引に、といっても、瞳子もさほど嫌がる様子を見せなかったが。翌日が日曜日ということもあって、そのまま乃梨子の家に泊まらせることにした。理屈じゃなく、なんとなくこのまま帰してはいけない、今日は瞳子を一人にしてはいけない、そんな風に感じた。
 何があったのか、気にならないといったら嘘になる。でも、瞳子から話をしてこない限り、乃梨子から聞き出そうとはしなかった。他愛もない話を重ねるうちに時間も過ぎ、瞳子の顔にも固いながらも笑顔が浮かぶようになってきた。いつもは自分が寝るベッドを瞳子に譲り、自分は床に敷いた布団に包まる。
「じゃあ、電気消すね」
「ええ」
「じゃあ、お休み」
 部屋が闇に包まれ、今まで気にならなかった時計の音が耳につくようになる。暗闇の中にいると、視覚が遮断される分、聴覚が鋭敏になるのだろう。そんな音に混じって、瞳子の息遣いが聞こえる。「お休み」とは言ったものの、瞳子の様子がどうにも気になっていまいち寝付けない。瞳子も瞳子ですんなりと眠りに落ちることが出来ないらしく、ベッドの中でもぞもぞと動いている気配がする。
「ねぇ、乃梨子…」
「ん…なに?」
 結局、眠りに落ちることを諦めたのか、瞳子が声をかけてきた。
「…そっちに行っていいかしら…」
「え?」
「駄目…?」
 瞳子の予想外の問いかけに、思わず凍ってしまった。乃梨子の反応を聞いて、瞳子の声に不安の色が混ざる。
「いや、悪くはないけど…」
「じゃあ…」
 ベッドから起き上がる気配があって、程なく瞳子が布団にもぐりこんできた。そっと様子をうかがうと、瞳子はこちらに丸めた背中を向けていた。
「瞳子って、結構甘えん坊なのね」
 なんとなく沈黙が重かったので、そんな軽口を叩いてみる。「何馬鹿なこと言ってるの」みたいな反応が返ってくると思っていたのに、瞳子の反応はまたしても予想外のものだった。
「そうね…そうかもしれないわね…」
 いまさらではあるけれど、やっぱり今日の瞳子はおかしい。どうにも調子が狂ってしまう。いや、ひょっとしたらこれが瞳子の本当の姿なのかもしれない。瞳子だってまだ高校一年生、年相応に弱いところを持っていても、何ら不思議ではない。
 同じ布団にもぐりこんで、それでもお互い背中を向けて寝ている二人。その微妙な距離感が、なんだか少しだけもどかしい。こんな状況で寝てしまえるほど神経は太くもないし、無神経でもない。でも、一体どう声をかければいいのかわからないまま、なんとなく時だけが過ぎていった。
 多分、時間にしてみれば五分にも満たない時間だったと思う。でも、永遠にも感じられた沈黙の間は、結局瞳子の口によって破られた。
「私ね…本当は松平の子じゃないの…」
 暗闇の中、独り言のようにささやいた瞳子の声は、それでもはっきりと乃梨子の耳に届いた。
「…そうだったんだ…」
「あまり驚かないのね」
「これでも、結構驚いているつもりなんだけど」
 いきなりそんなことをいわれても、一体どう反応していいのか困ってしまう。驚いていないわけじゃないけれど、なんだか現実味がない、そんな感じだった。
「いまさら、そのことでどうこう言うつもりもないし、父や母に不満があるわけじゃない。むしろ感謝してもし足りないくらい…」
 今まで育ててきてくれたことに対する感謝の言葉や、家庭での家族の様子の話、つい最近「家出」したことなどをぽつりぽつりと語る瞳子の言葉からも、その言葉に嘘がないことがよくわかる。
「でも、どうして急にそんな話を…?」
 瞳子がこの場でこんな話をしてくるということは、多分今日瞳子があんなところで一人しゃがみ込んでいたことと何か関係があるのだろう。そう思って聞いてみると、瞳子は一瞬声に詰まって、泣きそうな声で話し始めた。
「…私ね…祐巳さまと祥子さまに、酷いこと言っちゃったんだ…」
 祐巳さまが、瞳子の家庭事情を知って、同情からスールにしようとしたと思ったこと、そして瞳子の家庭事情のことを、祥子さまが祐巳さまに話したのだと思ったこと、そしてそのことを祥子さまに問い詰めたら、完全に瞳子の勘違いで、祐巳さまはおろか、祥子さますらその事実を知らなかったこと…最後の方には、今にも泣きそうな声になっていた。
「私…私……どうしたら…」
 触れ合った背中から、瞳子の震えが伝わってくる。乃梨子は寝返りを打って、瞳子のほうへと向き直った。腰に手を回し、そっと抱き寄せる。どちらかというと小柄な瞳子の背中は、いつもより小さく感じる。瞳子は、驚いたように体を固くした。
「乃梨子…?」
 腰に回した手に、少し力をこめる。瞳子の体から、ふっと力が抜けていくのが感じられた。
「瞳子…こっちを向いて」
「うん…」
 狭い布団の中で、瞳子がこちらに向き直る。暗闇の中ではっきりとは見えないけれど、いつもの瞳子からは考えられないほど弱々しく、何かにおびえる子供のような表情を浮かべていた。
「祐巳さまや祥子さまがどう思おうと、私はずっと、瞳子のそばから離れないから…だから、安心して」
 そうささやいて、瞳子の唇を自分の唇でふさぐ。一瞬、目を見開いた瞳子は、ためらいがちに手を、乃梨子の背中に回してきた。それに答えるように、乃梨子も瞳子の背中に回した手にもう少しだけ力を入れる。そうやって誰もいない部屋で二人、いつまでもお互いのぬくもりを感じていた。
 
 
 
 
 
 
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