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四人目の菜々
 
            
四は死
繋がるがゆえ忌み数
四は死なり
永代まで呪わんがこと
 
 
 
 由乃は読んでいた本を脇に置いた。今日は確か、令と一緒に道場へ行かなければならない日。
 以前は必要がなかったのだけれど、道場で令に多少なりとも稽古をつけてもらうようになってからは、由乃もこの儀式に参加している。
 道場を清める儀式だ。
 伯父さん〜令の父の話によると、道場というのは神聖な場所であり、昔からの伝統に従うと女性が入っては行けない、本当は稽古など以ての外。けれども、それが古い時代遅れな馬鹿馬鹿しい慣習だと言うことはわかっている。わかっているけれど、昔から続いていることを自分の代で止めてしまうと言うのも何となく気持ち悪い。
 由乃は初めてそれを聞いた時、本気で腹を立てた。伯父さん自身が古くさい、馬鹿馬鹿しいとわかっているのならやめてしまえばいいのに。そもそも自分の娘である令が汚らわしいというのか。
 けれど、冷静に考えてみると、代々続いた慣習を破ることにちょっと脅えている伯父さんは可愛いと思った。竹刀を持って道場に立っている時は、百戦錬磨の門下生達ですら怖がっているというのに。
 それでも伯父さんが無理強いをするのなら絶対にしてあげない、と覚悟を決めていたら、「できればやって欲しい」との柔らかい態度に結局由乃が折れてしまった。
 後から考えてみればそれも伯父さんの作戦だったのかも知れないけれど。
 ちなみに納得している様子の令に言わせると「古くから続いているものはそう言うのが多いよ」とのこと。現に今でも大阪では女性知事を土俵に上げるの上げないので揉めているし、少し前までは山のトンネル工事に女性が入れなかったのも事実なのだ。
 令と二人で道場を掃除する。本当に二人きりでやると大変な作業なので、二人が受け持ち場所は決まっている。
「もし私たちに妹がいたら、一緒にやらせるつもりかしら。二人っきりは疲れるから、妹がいれば良かったわ」
「いたらね。でも、ウチにも由乃の家にも、妹はできないと思うよ」
 お喋りをしながらでも二人できちんと掃除して、それが終わると二人で静かに道場の中心に座って息を整える。
 月に一度の儀式が終わり、家に戻ろうとすると伯父さんに呼び止められた。
「令は先に帰ってなさい」
「え? 由乃だけ?」
 やや得心のいかない表情ながら、令は父親の言いつけを守って帰っていく。
「なんですか?」
 由乃自身にも留められた理由はよくわからない。
「由乃ちゃんに聞きたいことがあるのだけれど…」
「なんですか? 伯父さん」
「この前の森の中のホテルでのことなんだけど」
 菜々を連れて、突入した時のことだ。けれども、由乃には伯父さんに追求させるようなことをしたという覚えはない。令に追求されるなら、まだわかるけれども。
「菜々ちゃんと一緒にいたよね?」
 伯父さんの質問は簡単明瞭だった。
 菜々とのつき合いの深さである。
 由乃は一瞬言い淀んだ。ホテルに突入した頃なら簡単に答えることができた。なにしろ、あの時で菜々と会ったのは三回目に過ぎなかったのだから。
 けれども、ホテルの事件以来、由乃は菜々と割と頻繁に会っている。令が受験の準備で忙しく、由乃にあまり構えなくなっていたのも好都合だった。
 今では、由乃は菜々を特別視していると自分でも認めている。
 かつてどんな山百合会に出入りしていた下級生〜〜瞳子、可南子、そして乃梨子、笙子〜の誰にも感じたことのない想いがそこにあった。
 恋慕では無論ない。令に対する想いとも違う。
 初めて自分の中にそれを見つけた時、由乃は戸惑った。そしてそれが何であるか気付いた時、何故だか涙が出てきた。
 ああ、自分にもこんな気持ちかあるんだ。自分もこんな気持ちを感じることができるんだ。
 安堵と喜び、そして驚き。混ざった気持ちをロザリオに託す。その意味が由乃もわかりかけている。
 そう、今の由乃は確実に、菜々を妹にしたいと思っている。
「ただのお友達、先輩後輩だというのならいいんだけれど、なんだったかな…ああ、そうだ、令と由乃ちゃんのように、スールになるようなことは考えていないの?」
「え、それは……」
 令ちゃんにはまだ内緒にしておいて下さいね、と前置き。
「多分、そうなると思います」
「そうか…」
 伯父さんは傍目から見てもわかる大きな溜息をついた。
「由乃ちゃん、ものは相談なんだが…」
「はあ?」
「菜々ちゃんじゃないと、駄目なのかい?」
 聞かれるまでもなかった。そこらの誰でもいいというのならば、そもそもここまで妹選びは難航していない。
 そう答えると、伯父さんは困ったように笑う。
「そうか。それが由乃ちゃんの気持ちなのか」
 それで終わったと由乃は思った。どうしてそんなことを言ってくるのかはわからないけれど、とりあえずこの話はここで終わったと由乃は思った。
「でも、やめた方がいい」
 由乃は一瞬、自分の耳を疑った。
 どうしてそこで伯父さんの意見が出てくるのか。今まで一度だって伯父さんは由乃の生活に干渉してきたことはない、学校生活なら尚更だ。
 何故、ここで突然妹選びに意見されるのか。
「どうして?」
「いずれわかる。でも一つだけ言っておくよ。私は、由乃ちゃんのためを思って言っているんだよ」
 そこに嘘はない、と由乃は思った。けれども、理由もわからず盲目的に従いたくはない。
「妹は自分で選びます」
 伯父さんは予想していたかのように、そして残念そうに頷いた。
 腹を立てて、けれども言い返すことを許さないような伯父さんの雰囲気には何も言えず、由乃は自分の家に戻った。
 
 後から思えば、その日が始まりだったのだろう。
 翌日、薔薇の館でそれは起こった。
「由乃ちゃん、ちょっとお話があるのだけれど」
 クラブの用事で遅れた由乃を、珍しく紅薔薇さまが呼び出した。
 祥子は、由乃を目の前に立たせると自分も立ち上がり、話し始めた。
「由乃ちゃん、単刀直入に言うわ。妹を選びなさい」
「え?」
「妹を今の一年生から選んで欲しいの」
「いったい…」
「言ったままよ。他意も隠れた意味も何もないわ。今の一年生から妹を選んで欲しい。それだけよ」
「どうして…紅薔薇さまが?」
「筋違いは承知の上。だからこれはただのお願いよ。強制ではないわ。けれども、これだけは言える」
 祥子は毅然とした表情で続ける。
「一年生から妹を選ぶのが、今の由乃ちゃんのためにもなるのよ」
「そんなの、いきなり言われたって何のことだかわかりませんよ」
「由乃さん」
 祐巳がそっと由乃に近寄る。
「お願い、お姉さまの話を聞いて」
「祐巳さん?」
「由乃さんのためなのよ」
「祐巳さん?」
 祐巳は菜々のことを知っているはず。それなのに。
「どうして祐巳さんまで。祐巳さんだって菜々のことは知っているでしょう?」
「…知らなかったんだよ…」
 どういうこと? 知らなかったって…。菜々には私の知らない何かがあるというの? そしてそれを何故祐巳さんが知っているの?
「でも、お姉さまだって私だって、由乃さんのために言っているんだよ」
 祐巳の言葉は真情に溢れていた。その言葉が本当に自分のためだというのも由乃にはわかった。
 けれど、ただ一つだけ。理由がわからない。
「どうしてなのよ…」
 由乃の言葉に顔を背ける祐巳と祥子。
「訳がわからないわよ」
「由乃さん」
 ついに志摩子が立ち上がった時、由乃は思わず叫んでいた。
「志摩子さんまで同じ事をいうつもりなのっ!」
 志摩子は慌てず静かに答える。
「ええ。そうよ。由乃さんは、他の妹を見つけた方がいいの。今の一年生にも人材はいると思うわ」
 由乃は改めて山百合会を見渡した。
 全員が、由乃を静かに見据えている。いや、ただ一人、乃梨子だけが顔を背けるようにして座っていた。
「乃梨子ちゃん?」
 そう呼びかけそうになって、由乃は口を閉じた。
 乃梨子の視線は志摩子に向けられている。そして明らかにその視線は脅えていた。無論、志摩子に対してではない。ここにはない何かに対して脅えている。
「考えさせて」
 由乃が一言言うと、その場に漂っていた緊張感が嘘のように消え去っていく。
「そうね、それがいいわ。急な話ですもの」
「うん。由乃さんも考えた方がいいと思うよ」
「そうね。私たちは由乃さんのためを思って言っているんですもの」
 三人の笑顔を内心薄気味悪く思いながら、由乃はカバンを持った。
「それじゃあ、悪いけど今日は家でゆっくり考えるわ。ごきげんよう、紅薔薇さま、祐巳さん、志摩子さん、乃梨子ちゃん」
 
 家に帰ると、しばらく考える。
 一体何があったというのか。
 祥子さま、志摩子さん、祐巳さんが口裏を合わせなければならない理由とは…。
「もしもし、島津ともうしますけれど、乃梨子さんいらっしゃいますか?」
 時間を見計らって電話してみる。
 電話口の向こうではためらいがちな乃梨子の声。
「今日、一体薔薇の館で何があったの? 皆の様子がおかしかったこと、気付かなかったなんて言わせないわよ」
「由乃さま…今日あったことはお話ししますけれど…」
 乃梨子にしては珍しく歯に物の挟まった言い方を、由乃は不審に思う。
「私は…最後は志摩子さんの味方です」
「うん…それはわかってる。乃梨子ちゃんに迷惑をかけるつもりはないよ」
「すいません、由乃さま」
「いいよ、気にはしなくても。わかってる、乃梨子ちゃんの優先順位はそうじゃなけりゃ、乃梨子ちゃんじゃないんだから」
 乃梨子は語り始めた。
 薔薇の館で……
 小笠原家は旧家である。藤堂家も同じく。福沢家自体は旧家ではないが、祐巳の母方の祝部家も旧家に属する。
 旧家には、それなりの因習というものがある。それ故に他家の因習も理解する。
 だからこそ、三人はそれを理解した。
「有馬菜々を島津由乃から引き離さなければならない」
「それは他でもない、島津由乃のために」
 三人はそれぞれの家庭でその話を持ち出されようだった。だから、乃梨子は聞いた。何故か、と。
 三人は互いの顔を見合わせるとしばらく沈黙を保っていたが、やがて志摩子が三人を代表するように前に出て行った。
「有馬菜々は、忌み子なの」
 理由は知らない。旧家であるほど、先祖はそれなりの名を持っている。そこで何があったか、名があればあるほど、外には見せたくはない何かがそこには現れる。
 何があったかは知らない。知らないが、わかっていることは一つ。
 有馬の家に生まれた四姉妹、四人目は忌み子となる、と。
 過去に何があったのかまではわからない。けれど、確かなことは一つ。
 有馬の家系に生まれるのはほとんどが女。そして四人目の娘は悲劇を招く。
 いつの頃からか伝えられた因習…いや、呪い。
 四人目の娘が生まれた時、当主は選ばなければならない。
 先に生まれた三人を選ぶか、末娘を選ぶか。
 長女が二十歳を過ぎるまで末娘が生きていれば、三人が死ぬ。単純かつ確実な、それは掟。
 長い間、有馬家の人間はその因習を打破することだけを念願としていた。
 陰陽師、高僧、神主、祈祷師、占い師、拝み屋、悪魔払い、医者、ありとあらゆる手段、表裏にかかわらず、正統邪道にかかわらず、可能な限りの手段が代々の当主によってとられたが、どれ一つとして有効なものはなかった。
 やがて、有馬の血筋は誰もがその因習を受け入れた。受け入れた上で、逆らった。
 だが、その呪いは確実に成立し、発動し続けた。
 どんな手段を用いても、一つの家族に四人目の娘が誕生した瞬間、呪いは発動した。総数に関係なく、四人が存命していればそれは発動するのだった。
 長女が二十歳を超えてから四人目が生まれればいい。そう考えた者もいた。だが、そうなった時には、四人目の娘はどのように育てても必ず二十歳まで死んでいった。
 娘を養女に出した者もいたが、無意味だった。戸籍上ではなく、実際の血縁関係で呪いは発動するようだった。
 ある代では、三人目の娘が怪死した。その次に生まれた新たな三人目も。怪しく思った母親が人を使って調べたところ、男は愛人に娘を生ませていた。それが本当の三人目の娘だった。怪死が続いたのは、実際には四人目だったのだ。
 ならば産まなければいい。そう考えるのが自然だろう。
 だが、血筋の女達の懐妊率は以上に高かった。そして、仮に女達が産まなかったとしても、男達がどれほど身を律しても、外に或いは内に四人目は産まれた。まるで、産まれなければならない宿命のように。
 そして悟った。この血筋は、生贄を出さなければならない血筋なのだと。
 有馬菜々はその血筋の娘。当代の四人目、忌み子なのだ。
 これがもう少し早い時代ならば、生まれたばかりの菜々は秘密裏に埋められていただろう。けれど、菜々の祖父は因習に逆らいたいと思った。そのうえ、今はそう簡単に人一人を消し去ることなどできない。
 そこで、有馬の名を捨てた側に三人を残し、菜々を自分の養女とした。
 これで呪いの矛先をかわせるなら、という、それは儚い望みだった。
 夢の中で何かに嘲笑われ、当主はそれが無意味だと悟ったという。
 
 菜々は、三人の姉を失うか、自らの命を差し出すか、選択しなければならない。
 いや、それを自ら選択できるのなら、まだ幸せだろう。
 簡単な算数だった。
 三は一より多い。
 
 
 あまりにも非情な話。
 だから、菜々はこの事実を知らない。
 
 
 由乃は受話器を叩きつけるように切ると、すぐに電話をかけ直した。
 誰も出ない。
 次の電話番号。
 携帯電話にも誰も出ない。
 由乃は上着を羽織ると、家を出た。
「どこへ行く?」
 伯父さんがニッコリと笑って立っていた。
 その後ろには、祥子、志摩子、祐巳。
「乃梨子に頼んでおいたの。由乃さんから連絡があったら、すぐにメールで知らせてって」
(私は…最後は志摩子さんの味方です)
 乃梨子の言葉が由乃の脳裏にリフレインした。
「由乃ちゃん、気持ちはわかるけれど、おとなしく家にいて」
「私たちには、何もできないし、これ以上は由乃さんが苦しむだけだから」
 由乃は、初めて見るかのように一同を見渡した。
「どうして…」
「だって、仕方ないよ。長く続いた家には、それぞれの絶対に守らなきゃならない決まりがあるんもの」
 祐巳が由乃をなだめるように一歩前に立つ。
「大丈夫だよ、由乃さんには私たちがいるから」
「わかってちょうだい、由乃ちゃん。このままだと、田中さんの三人が亡くなってしまうかも知れないのよ」
「そんなの、おかしいじゃないっ!」
「うん」
 祐巳が頷いた。
「私もおかしいと思う」
「それじゃあ…」
 次の瞬間、由乃は親友の眼差しに凍りつく。
「でもね、由乃さん。三人は、一人より多いんだよ」
「…どうして平気なのよ。菜々の気持ちになってみてよ!」
「それは無理だよ」
「祐巳さん……」
「田中さんの気持ちにはなれるかも知れないけれど」
 背筋に冷たいものを当てられたかのように、由乃は祐巳を見た。そして志摩子、祥子。
 有馬は旧家。小笠原も、藤堂も、祝部も。
 有馬は四人目の娘が忌み子。
 小笠原では?
 藤堂では?
 祝部では?
 そして、支倉と島津では?
 道場の掃除をしていた時の令の言葉を由乃は思い出す。
(……妹がいれば良かったわ)
(いたらね。でも、ウチにも由乃の家にも、妹はできないと思うよ)
 妹はできない。
 ウチにも由乃の家にも。
 令は確かにそう言った。
 令は何を知っているのか。
 由乃は自分の足が震えているのを感じた。
「そうね。私たちは田中さんの悲しみはわかるわ。ウチは兄とは年を離したのに、それでは十分ではなかったのよ」
「ウチだって、似たような者よ。だからお母さまは瞳子ちゃんを可愛がるのよ。生きていれば同じ歳ですもの」
 志摩子と祥子の言葉が由乃を追いつめていた。
「祐麒と年子で良かったわ。お母さん、運が良かったのね」
「あ……あ……」
「やっぱり親子は似ているね」
 伯父さんがしみじみと頷いた。
「由乃ちゃんのお母さんも因習に逆らおうとはしていたんだよ。あいつはああ見えて頑固だからな」
 由乃の母は伯父さんの妹。
「でもやっぱり逆らえないことに気付いたんだよ。由乃ちゃんの手術の直前にね」
 突然、心臓に痛みが走ったような気がして、由乃は膝をつく。
「言いたくはないが、因習に従わなければ、由乃ちゃんはここにいなかったかも知れないんだよ?」
 手術が失敗していた可能性? 
 隠されていた家族がいた?
「でも由乃ちゃんには教えないでくれ、と令が泣いて頼むからね。由乃ちゃんが自分で気付かない限りは黙っていることにしたんだ」
 でも、由乃は菜々に近づいてしまった。
「ただの知り合いならそれでも良かったのだけれど……知り合いが亡くなっても、ただ悲しむだけだろう?」
 祐巳が手の届く距離に近づいていた。
「由乃さんが深く知ろうとするから…でも今は安心よ。逆に考えれば、因習を守っていれば私たちは安全なんだから」
 由乃の目は、既に逃げる方向を探すのをやめていた。
 逃げ場はない。
 今も、明日も。
 
 
 三年になると同時に、由乃はリリアンを自主退学した。
 事情を知る祐巳達は、やはりショックが大きいのだろうと解釈した。
 ちなみに、その年の新入生名簿の中に有馬菜々の名前はなかった。
 乃梨子と瞳子、そして祐巳の説得により、黄薔薇の空位は可南子が埋めることとなった。
 
 
 その数年後、由乃は突然姿を消した。
 令は必至になって由乃を捜したが、結局見つけることはできなかった。
 祥子や江利子、祐巳は懸命に令を慰めた。
 
 
 そしてさらに数年後… 
 
「ごきげんよう」
 ニッコリと笑って、由乃は一家の主とその妻を見つめた。
 養子として迎えられた家に不満はない。それでも浮気心は抑えられなかった。哀しい話だが、男とはそういうものかもしれない。由乃はただ、それを利用しただけ。
 由乃は少しだけ、男を可哀想だと思った。けれども、田中の家に養子に入ったのが不幸だと諦めてもらう。
「お疑いなら、DNA鑑定して下さって構いません」
 由乃は、抱いていた赤ん坊を二人によく見えるように傾ける。
「認知しろとも言いませんし、養育費を出せとも言いません」
 二人が何か言いかけた先をとって、由乃は続けた。
「ただ、報告に来ただけです。貴方には、この娘がいると言うことを…たしか三姉妹でしたよね。こちらの家は」
 二人は何も言わない。否、言うことができなかった。
「だからこの子は四人目……菜々と同じ、四人目」
 由乃は突然立ち上がり、玄関へと歩き始める。
 自分を追う二人に、一度だけ、玄関で振り向いた。
「……この子は私が無事に育てて見せますから。上の三人、頑張って育ててあげて下さいね」
 そして振り返らず、由乃は歩き続けた。
 しばし呆然となっていた二人が由乃を追った時には、一台のタクシーが走っていくのが見えただけだった。
 その後、由乃の姿を見た関係者はいない。
 
 
 
あとがき
 
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