開かない扉
ごきげんよう。祥子お姉さま。
お姉さまがこの記録をお聞きになる頃には、瞳子はお姉さまの手の届かないところにいることでしょう。
お姉さまはお気づきにならなかったようですけれども、瞳子は、ちゃんと覚えていました。
あの日、祥子さまが祐巳さまが不治の病に冒されていると告げた日のことを。
小笠原のコネと資産を活用して、まだ見ぬ未来の新薬に賭けるのだと皆さまにお話した時のことを。
祐巳さまと別れを惜しむ皆さまは、とても哀しそうでした。特に可南子さんの悲嘆ぶりは、今思い出しても胸が痛みます。勿論、その後でお姉さまのしたことを思い返せば尚更ですわ。
わかっています。可南子さんは、真相に近づきすぎたのですね。
瞳子にも意外でした。可南子さんが医学の道を志すなんて。そして、お姉さまの企みに気付く寸前までこぎ着けたなんて。人間、必死になった時の能力は恐ろしいものですわね。
可南子さんは祐巳さまの病気を治そうとしていたのですわ。自分自身で特効薬を開発しようと。
そして、冷凍睡眠装置の中で眠っている祐巳さまを目覚めさせようと。
でも、可南子さんは知らなかった。
祐巳さまは病気なんかではなかったのですわ。
お姉さまが、お医者さまと共謀してでっち上げた偽の病名。
お姉さまは、お姉さま以外の者と近くなる祐巳さまが許せなかった。いいえ、祐巳さまではなく、近づく者全てが許せなかった。
だから、祐巳さまを隔離した。誰にも手の届かない、時間という名の壁の向こうへ。
それは見事に成功しました。あれから三十年、由乃さまや志摩子さまですら、祐巳さまのことは忘れかけているでしょう。
でも、可南子さんは忘れなかったでしょうね。今も生きていたならば。
お姉さまがあの時、可南子さんを口封じしなければ、瞳子もこんな目には遭わなかったかも知れませんけれど、でも、どちらにしろ手遅れなのです、ええ、それはわかっていますわ。
お姉さまにとっては、瞳子すらも邪魔だったのですから。
だから、この記録をお姉さまが聞いているのでしょうね。
この記録は、今でも週に一度は録り直していますわ。そして、瞳子に何かあれば、コピーがすぐに届けられますの。
江利子さま、令さま、由乃さま、聖さま、志摩子さま、乃梨子さん、蓉子さま、蔦子さま、真美さま。ええ、あの当時の祐巳さまを知る方、皆さんに。
いくらお姉さまでも、これだけの数を一度に口封じはできませんわ。
祐巳さまを冷凍して、ご自分がそれなりの権力を手にしてから復活させる。そうすれば、時代に取り残された祐巳さまが頼れるのはお姉さまだけ。
確かに、最高の環境ですわね。
でも、瞳子が邪魔だったのですね。瞳子は、今でもお姉さまのお側にいましたから。
けれど、瞳子はこうなることを予想してました。だって、瞳子はお姉さまの計画に気付いていたのですもの。
ご存じですの? お姉さまのお抱えになったお医者さまは、瞳子のお爺さまの学閥でしたのよ? お医者さまの世界での学閥は、かなりの拘束力を持っているものですのよ。
ですから、瞳子は知っていたのです。知っていて、今までお姉さまのお側にいましたの。
これは瞳子の罪滅ぼしと考えて下さって結構ですわ。
瞳子は、お姉さまに祐巳さまを独り占めされたくなかったんですの。祐巳さまは、お姉さまのような卑怯者に独り占めされるべきではありませんの。
お姉さまは、冷凍睡眠装置の中を時々モニターでご覧なっていますわ。
ええ、祐巳さまのお顔を見ているのですわ。
そして、生命維持装置の数値のチェックもご自分でなさって。
けれども、そのデータは嘘ですの。お姉さまが数十年間見つめてきたのは、祐巳さまの眠っている顔ではなくて、死顔ですの。
私がお医者さまに命じて、致死性の薬品を使わせましたの。
うふふ、お姉さまの驚いた顔が見られないのは残念ですわ。
でも、これをお姉さまが聞いていると言うことは、瞳子はこの世にいないと言うことですから。残念ですわ。
ああ、何故私が最初に気付いていて止めなかったか、お姉さまは考えているのでしょうね。
簡単ですわ。
お姉さまを奪った祐巳さまにも、復讐をしたかったんですの。
あは、あはは、あははははははははは。