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あくまでダークネタです。ダークものと割り切って読んでください。
 
 
いつまでも離さない
 
 
 
 私はあの時からゆるゆると壊れ始めていたのだと思う…
 あの時、桜の木の下で、志摩子さんを見かけた瞬間から…
 
 ロザリオを受け取ったときの歓び。
 それは勿論、大きな歓びだった。
 ……足りない……
 だからこそ、心の中で何かがそう呟いたとき、私は聞こえないふりをして誤魔化した。
 夏が来て、秋、冬。
 どんなイベントも、志摩子さんと一緒にいられるならそれで楽しかった。
 ……足りない……
 呟きは絶え間なく続き、それでも私は聞こえないふりを続けていた。
 ……足りない……
 冬休みになる前、私は志摩子さんを家に招いた。同居していた大叔母は、旅行に出かけていて留守だった。
 私が志摩子さんを招いたのには理由があった。
 その頃、足りないモノに、心が求めていたものに私は気付いてしまっていた。
 足りないモノは……罪。
 どれほど一緒にいても、笑い顔を見ても、手を繋いでいても、それは共有ではなかった。
 マリア祭までの間、そして上級生達の独りよがりで自己満足な茶番が終わる瞬間まで、私たちは罪を共有していた。
 志摩子さんの罪を。
 志摩子さんと私は、罪を共有していた。
 そしてそれは、私の無上かつ無二の歓びだった。
 その歓びを私は忘れられない。
 甘い時間も、たゆたうような空間も、言葉すら、ふれあいすら必要なかった。
 私には、罪が必要だった。志摩子さんと共に苛まれる罪が、志摩子さんと二人で堪え忍ばねばならない罪が。
 リリアンには、私たちを責める罪など存在しなかった。
 例え罪が存在したとしても、薔薇の館の住人達は即座にそれを癒し、忘れ去るだろう。それをあの人達は優しさであり強さであり、誇りであると誤解しているのだから。
 志摩子さんだけが、私の本当の想いを知っていた。
 だが、罪を求める私の気持ちだけは変わらなかった。
 志摩子さんはおのれの無力を悔いていたのだろうか。
 私が求めたとき、拒絶はしなかった。
 志摩子さんの裸体を目の当たりにして、私は罪の思いに囚われていた。
 許されない罪を志摩子さんの身体に刻み、自らの身体にも刻む。それでこそ、私たちは今度こそ本当の罪を共有できる。
 罪を深くするためにはただ一度では足りない。何度も、何度でも。罪が深くあり続けるために。
 
 何度も逢瀬を重ね、身体を重ね、罪を深める。
 その中で私は奇妙なことに気付いていた。また、心のどこかが認めようとしない現実。
 事が終わり、のろのろと下着を着け直す志摩子さんの頬が赤く染まっている。
 最初は、綺麗だな、と呆けたように見とれていた。
 時折その視線に気付く志摩子さん。志摩子さんは私のほうを見ようともせず、そこからは手早く衣服を身につける。
 違和感の正体に気付いたのは、しばらく経ってからだった。
 私は、志摩子さんの身体を愛撫するだけで満足だった。ただそれだけで十分な罪だと思っていたから。罪を共有できると思っていたから。
 満足していたのは、私だけ……。
 私はただ、志摩子さんを高ぶらせ、放り出していただけだった。
 志摩子さんは私の知らない高みを既に知っていたのだ。
 
 ほんのイタズラのつもりだった。
 風邪を引いたので学校を休む。そう、志摩子さんに個人的に連絡を入れた。
 そして時間を見計らい、薔薇の館へ行く。
 ただ、志摩子さんを驚かせたいと思っただけ。
 驚いたのは、私のほうだった。
 足音を忍ばせて薔薇の館に入ろうとした私は、一階の物置の気配に気付いた。
 誰も気に止めない物置。私はそっと近づいた。
 志摩子さんの声が聞こえ、私はさらに気配を殺して近づいた。
「ごめんなさい、お姉さま」
「別にいいけど、珍しいね、志摩子が私を呼び出すなんて」
 女の声。佐藤聖。先の白薔薇さま。志摩子さんのお姉さま。
 あの女が、そこにいた。
「だけど、私が卒業するとき約束したはず。こんな事はもうしないって…」
「あれはお姉さまの最後の、そして最大の身勝手だったと今でも私は思っています」
「したいの?」
 あけすけにあの女は聞いた。
 私は物置の隙間に目をこらした。
 あの女に抱かれている志摩子さんの姿が見える。
「お姉さまに会いたかったんです」
「乃梨子ちゃんと何かあったんだ?」
 志摩子さんは無言であの女をしっかり抱きしめる。
「…わかった。志摩子がそこまで言うのなら、私は構わない。ていうか、抱きたくなった。しばらく見ない内におねだり上手になったじゃない、志摩子」
「久しぶりだから、そう見えるんです」
 二人は口づけた。
 私は、見てはいけないものを見ているような気がしていた。けれど、目を離すことができない。
 そこにいるのは、私だけが汚すことを許された人のはずなのに。
 志摩子さんを汚したのは、私が最初ではなかったのだ…。
 私よりもより早く、そして遙かに深く…。
 私ごときでは、志摩子さんの汚れを付け加えることなどできなかった。
 私の行為など稚拙なだけ。志摩子さんにとってそれはただ、あの女を思い出させるだけの厄介なものだった…。
 貪るように唇を重ね、貪欲に求める志摩子さんの姿は、私にとっては突きつけられた刃に等しい。
「あなたには無理」
「志摩子は私を選んだ」
「乃梨子では、私は耐えられない」
「乃梨子ちゃんは志摩子には必要ない」
 その時、志摩子さんは私のことを忘れてあの女を貪っていた。
 
 罪の共有など、私の勝手な幻想にすぎなかった。ただ私は自分一人の罪を感じて自慰行為をしていたにすぎない。
 醜い。
 とても醜い。
 私は醜い存在だった。それでも、志摩子さんと一緒なら構わなかった。
 でも、私は醜く、孤独でいるしかなかった。
「……二条?」
 一人、街を歩いていた私に声をかけたのは、中学時代の先輩だった。
「何やってんだよ、こんなところで」
 私は無防備に見えたのだろう。先輩は、なれなれしく私に語りかける。
 導かれるまま、私は喫茶店に入っていた。
 一方的に、熱っぽく語る男。
 ……つきあって欲しい
 ……中学の時から好きだった
 私は欠伸をしていたと思う。
 うざい素振りを隠そうともしなかった私が癇に障ったのだろうか。
 送ると称して、男は私を暗がりに連れ込んだ。
 
 ああ。そうか。
 どうしてこんな簡単なことに気付かなかったんだろう?
 あの女には決して手の届かない場所があるではないか。
 私と志摩子さんはその場所へ行けばいい。二人で一緒に。
 志摩子さんが拒否したとしても、私が手を引いてあげる。拒否なんてあり得ない。私はこんなに志摩子さんが好き。
 私が行く場所へなら、志摩子さんはついてきてくれるから。
 ついてきてくれない志摩子さんなら、私の知っている志摩子さんじゃない。志摩子さんならきっと…
 …馬鹿な考えはやめよう。
 志摩子さんが、ついてこないわけがないのだから。
 私は、喚くように早口でしゃべり続ける男を黙らせた。
 男は私に謝罪の言葉を浴びせ続けている。
 もう、そんなことはどうでもいいのに。どれほど謝罪を重ねても、私の身体は元には戻らない。そんなことよりも、志摩子さんとあの女の居場所を引き離す方法を教えてくれたことに感謝しているというのに。
 だから、もう一度、私にはこの男の助けがいる。
 単なるギブアンドテイクだと、理解してくれればいいのだけれど。
 
「お姉さま、次の日曜日、ウチに遊びに来ませんか?」
 金曜日、薔薇の館で私はそう切り出した。
 回りには、福沢祐巳や島津由乃がいる。今まで、この二人がいる前で志摩子さんを誘ったことはない。
 志摩子さんは驚いていた。
 目が語っている。乃梨子、二人がここにいるのよ?
 私は言葉を続けた。
「菫子さんのお友達が山を持っていて、その方からお裾分けに栗をたくさん頂いたので、栗ご飯を作るつもりなんです。良かったら食べに来ませんか?」
 志摩子さんは、明らかにホッとした様子でうなずいた。
「ええ、乃梨子。そういうことなら喜んで」
 二人が間の抜けた声を上げる。
「いいなぁ、志摩子さん」
「乃梨子ちゃん、私たちにはお誘いないの?」
「祐巳さまと由乃さまには月曜日、お重に入れて持ってきますね」
 私はにっこりと微笑んで答えた。こう言っておけば、当日になってからいくらでも言い訳はできる。栗のほとんどが虫食いだったとでも言えばいいだろう。
 
 日曜日、私は駅前まで志摩子さんを迎えに行った。
 寄りたい所があって、見せたいものがある。
 それだけで、志摩子さんは疑いもせず私についてきた。
 人気のない道。
 私は志摩子さんをあらかじめ選んでいた空き家に押し込む。慌てて暴れる志摩子さんだけど、あらかじめ予定した私と違って不意をつかれた状態では、満足な抵抗もできなかったようだ。
 仲では、先輩が待っていた。
「…乃梨子?」
 押し込められた先で待っていた見知らぬ男の姿に、志摩子さんは不安げに私を見る。
 今は、志摩子さんの言葉に耳を貸すわけにはいかない。
 志摩子さんなら判ってくれる。罪を受け、汚れた志摩子さんと一緒にいられるのは私だけ。私と同じ汚れを、罪を、傷を、志摩子さんはその身に受けなければならない。
「本当にいいのか、二条?」
 私の言った通りにしなければ、警察に駆け込む。私はあの時先輩にそう言った。
 それが嫌ならば、志摩子さんに私と同じ汚れを、罪を、傷を。
「同じ事は二度も言わない」
 私は志摩子さんを抱きしめた。
「乃梨子、貴方…」
「大丈夫だよ、志摩子さん。志摩子さんがどんなに汚れても、私だけは愛してあげる。約束したよね、いつまでも離れないって。私は絶対に離れないから、どれだけ志摩子さんが汚れても、どれほど志摩子さんの罪が大きくても、どれだけ志摩子さんが傷ついても」
「乃梨子、離して!」
「駄目だよ。志摩子さん。志摩子さんは、私と一緒になるの。私と一緒に汚れるの。一緒に罪を背負うの。一緒に傷つくの。志摩子さんなら、判ってくれるよね」
「乃梨子! やめて、お願いっ!」
「そうだね。乃梨子ちゃんがやめないとしても、そこの君はやめた方がいい」
 何故?
 私の目に映った声の主。
 あの女?
 何故? あの女がここに?
 あの女は携帯を掲げていた。
「知り合いの男ども、何人か呼んだから、ボコられる前に消えた方が身のためだと思うよ」
 先輩は私とあの女を交互に見て、情けない声を上げる。
 役立たず…。
「いいよ。もう。行ってよ……早く消えて!」
 走り去っていく先輩。
「何故です?」
 私は先輩には目もくれず尋ねた。
「志摩子は気付いていなかったけど、私は気付いてたんだ」
「何をです?」
「志摩子と私の逢瀬を、貴方が覗いていたこと」
 その言葉にショックを受けた隙に、志摩子さんが私の腕をねじるように振り払う。
「志摩子さん?」
「志摩子!」
 志摩子さんはあの女の腕の中に入った。
 肩を振るわせ、あの女の胸に顔を埋めている。
 どうして、そんな女の所に? 志摩子さん…?
「その日から、それとなく貴方達…といっても志摩子だけの様子を気にしていたの。有り体に言えば、尾行していたのよ」
 あの女は志摩子さんの肩をしっかりと掴む。
「乃梨子ちゃん。何故こんな事をしたか、理由は聞かない」
 あの女は静かに言った。
「どんな理由があっても、私は貴方を許さないから」
 はは、こんな女が何を言っているのだろう。こんな女に許しを乞う気など、元々私にはないのだから。
「志摩子さんをたぶらかした女…」
 私はあの女に向けて歩き始める。
「志摩子さん、騙されてるんだよ。その女じゃない。志摩子さんと一緒に罪を背負うのはそんな女じゃないよ、私だけなんだよ」
「それ以上近づくな」
「何言ってるの? 志摩子さんを捨てた女が。志摩子さんを見捨ててっ! 一人で勝手に去っていってっ! 都合のいいときだけ現れてっ! 貴方に志摩子さんの何が判るのよっ!」
「判らないよ」
 私は歩みを止めた。
 判らない? この女は、何を言い出すのだ?
「判るわけないんだよ、他人の考える事なんて。それを判ったつもりになる方が傲慢でしょう? 相手の考えることが判らないから、相手を尊重できるんでしょう? 判ったつもりなんて、相手と自分を傷つけるだけなんだよ?」
 戯言だ。何を言っても変わらない。ただ言えるのは一つだけ。この女は、私から志摩子さんを奪おうとしている。
「志摩子さん、その女から離れて!」
 志摩子さんの肩の震えは止まらない。それでも、志摩子さんはゆっくりと顔を上げた。
「志摩子さん、さあ、その女から…」
 怒りならば、誤解だと釈明することもできた。
 悲しみならば、それに乗じることもできた。
 私を見る志摩子さんの目は……怯えていた。
 怯えた目で、志摩子さんは私を見ていた。
「やだなあ、志摩子さん。どうして? どうしてそんな顔するの?」
 判らない。私はただ、一緒にいたかっただけ。約束を果たしたいだけ。
 志摩子さんだけを汚すつもりもない、傷も、罪も、志摩子さんただ一人に負わせるつもりはなかった。二人で一緒に背負いたかっただけ…。
「乃梨子……来ないで…」
 志摩子さんの言葉は、私の足を止めた。
「志摩子さん?」
「来ないでっ!」
 その言葉は千の槍よりも鋭く、私の心を貫き、私をその場に縫いつけた。
 私はただ、志摩子さんを連れて行くあの女を見送るだけだった。
 
 
 貴方がまだ志摩子のことを好きだというのなら、リリアンを去りなさい。そして二度と、志摩子の前に姿を見せないで。
 
 
 それから一週間、私は学校を休んだ。
 私は、あの日の翌日に郵便受けに入れられていた手紙をじっくりと、何度も読み返していた。
 志摩子さんのいない今、私に残った道など多くはない。リリアンに戻るのは論外中の論外だった。
 例えこの事件が周知のものとなっても、志摩子さんが私を受け入れてくれるならば、私はリリアンに戻っただろう。
 だがそれがあり得ないこともまた、事実だった。
 私は、まだ持っていたロザリオを、金槌でぐちゃぐちゃに潰した。
 そして、見舞いに来た瞳子にそれを渡した。
 おかげで私は初めて、瞳子の激怒した表情を見ることができた。
 誰も見舞いに来なくなってさらに一週間。私はリリアンに退学届けを出した。
 菫子さんは何も言わなかった。ただ、私とは奇妙な距離を置くようになっていた。
 私は実家に戻り、地元の高校に編入学した。
 
 
 あれから二年……。
 もう、誰も私のことを覚えている人はいない。
 私はこの二年間を勉学だけに打ち込んだ。そして、日本でも有数の大学を受験した。
 合格するわけがない。私が提出したのは白紙答案だったのだから。
 私は昨日焼き捨てた手紙の内容を思い出していた。
 
 貴方がまだ志摩子のことを好きだというのなら、リリアンを去りなさい。そして二度と、志摩子の前に姿を見せないで。
 もし、貴方がまだ志摩子のことを好きで、自分に始末をつけたいというのなら、せめてそれが志摩子には判らないようにしてあげてほしい。
 
 今なら、ただの不合格を苦にした自殺になるだろう。
 貴方に判らないようにするためだけに、貴方と無関係に見せかけるためだけに、準備に二年もかけたんだよ、志摩子さん。
 やっぱり、私は貴方のことが好きだったんだ。
 離れたくなかった、ただそれだけなのにね。
 
 藤堂志摩子、死んでも忘れないよ。
 あの女と幸せになるなんて、絶対に許さないけれど。
 志摩子さんを愛することができるのは、あの日一緒に罪を背負った私だけなんだから……。
 
 
 
 
あとがき
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