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シマコタマゴノリコ
 
 
 乃梨子は歓びに震えていた。
 ついに、この日が…、夢見ては諦め、諦めては夢見たこの日が…
 手を伸ばせば、いや、指を伸ばせば届く位置に志摩子さんがいる。
 生まれたままの姿で二人、一つの布団の中にいる。
「志摩子さん、大好き」
「嬉しい、乃梨子」
 二人の唇が重ねられた。
 
「……」
 乃梨子は辺りを見回した。
 見慣れた壁、見慣れた机、見慣れた部屋。
 志摩子さんの影も形もない。
「やっぱ…夢か…」
 …凄い夢見ちゃったな…
 
 学校に行くと、瞳子の様子がおかしい。
「どうしたの? 瞳子、熱でもあるの? 顔が赤いよ」
「な、何でもありませんわ」
 女優のくせに演技が下手、これじゃあ何かあるって言ってるようなものじゃない。乃梨子はさらに言い募る。
「でも、顔が赤いのは本当だし、なんだか嬉しそうにも見える」
「乃梨子さんこそ、今朝は朝からにやにやして、何かいい夢でも見たんじゃないですか」
 言ってから、しまったという顔になる瞳子。
 乃梨子も瞳子の言葉が当たっているので一瞬絶句してしまう。
 …ん? なんで瞳子が夢のこと知ってるの?
「瞳子も変な夢見たの?」
「瞳子も…って、乃梨子さんも祐巳さまの夢を?」
「あ、瞳子は祐巳様の夢を見たんだ」
「……の、乃梨子さん、引っかけましたわねっ!」
「そっちが勝手にひっかかっただけ」
 乃梨子は志摩子さんの夢、瞳子は祐巳さまの夢。
 そうすると…
「ごきげんよう」
 二人は同時に、今しがた登校してきたクラスメートの顔に目をやった。
 …うわ、メッチャ嬉しそう
 …こんな嬉しそうな顔、始めてみましたわ
 瞳子が三人だけに聞こえる小さな声で呟く。
「祐巳さまの夢ですね、可南子さん」
 
 放課後まで待ち、三人は話し合った。
 三人とも、夢の内容は一言たりとも語らなかったが、相当に刺激の強い夢だというのは全員認めた。
「今日、薔薇の館へ行きますの?」
「今日は、志摩子さんの顔見るのが恥ずかしい」
「私は行きます。賭に負けた結果ですから、約束は守ります」
「可南子さんが行かれるのに私が参らないわけにはいきません」
「ちょ、ちょっと、二人が行くのにつぼみの私が休むわけにはいかないじゃないの」
 とっとと進み始める可南子を追うように、瞳子、乃梨子の順で歩き始めた。
「おや、珍しいね。こんなところで三人揃って」
 令さまと祥子さまが声をかけてきた。
「ごきげんよう、黄薔薇さま、紅薔薇さま」
「ごきげんよう。なにか三人で話してたみたいだけど?」
「何でもありませんわ、黄薔薇さま。瞳子達もこれから薔薇の館へ行く所ですの。ご一緒してよろしいですか?」
「勿論。ねえ、祥子」
「え? ええ」
「まだ夢のこと気にしてるの?」
「令、こんなところで」
 ピクンと反応する乃梨子。
「あの、紅薔薇さま…もしかして夢って…、祐巳さまの?」
 その言葉に立ち止まる祥子さま。
 みるみる顔が赤くなっていく。
 それで乃梨子には夢の内容まで判ってしまう。勿論、瞳子にも、可南子にも。
「破廉恥な…」
 ボソッと呟く可南子に、(おーい、それは限りなく自爆に近いツッコミだよぉ)と心の中で返す乃梨子。
「今何か言って? 可南子ちゃん」
「いえ、紅薔薇さま、私は何も」
 令さまが祥子さまと乃梨子ちゃんを見比べて言う。
「乃梨子ちゃん、なんで判るの?」
 そして瞳子と可南子の顔に気付き、
「もしかして…みんな祐巳ちゃんの夢を見たとか?」
「私は志摩子さ…白薔薇さまでしたが、二人は祐巳さまの夢を見たようです」
 祥子さまの目がギラリと輝いて二人を睨みつける。
「瞳子ちゃん、可南子ちゃん、後でゆっくりお話があるの、時間を取っておきなさい」
 震える瞳子。可南子は平静を保っているが、手先がやや震えている。可哀想に。
「黄薔薇さま、と言うことは黄薔薇さまも祐巳さまの夢を?」
 令さまの顔が突然崩れた。というよりものすごいだらしない笑顔が現れた。
 しまった。令さまの惚気スイッチを入れてしまったらしい。
「私が見たのは由乃の夢なんだけどね…可愛かったなぁ…由乃。今日は朝からまだ見てないけれど、夢の中の由乃はほんっとーーーに可愛かった、うん」
 なんかもう、スケベ親父の顔になってますよ、黄薔薇さま。ファンが見たら泣き叫んで学校の屋上から連続投身自殺を図りかねませんよ。リリアンの中庭が死屍累々ですよ。
 しかし、夢の内容というかノリが皆一緒だとすると、あんな夢を見てそれでも「由乃可愛い」の一言で済ませてしまう黄薔薇さまも、かなり計り知れない人だなぁと乃梨子は思った。
 もしかしてとっくにそういう関係なのか、とも思ったが、それは取りあえず脇に置いておく。
 
 薔薇の館では三人の二年生がそれぞれ複雑な表情で座っていた。
「ごきげんよう」
 一番元気な令さまを先頭に乃梨子達が入っていくと、志摩子さんが真っ先に立ち上がった。
「ごきげんよう」
 そして乃梨子の前に、小さな巾着袋を差し出す。
「はい、乃梨子、これ」
「え? なに? お姉さま」
 巾着袋の中から出てくるのは小さなタマゴ。タマゴと言うにはあまりにも真円形だが、何故かそれを見た全員がタマゴだと思った。
「朝起きたら、布団の中に入っていたの。多分、私と乃梨子のタマゴよ」
「え?」
 全員の目がタマゴと乃梨子に集中する。
「お姉さま、ちょっと待って、私たちのタマゴって……私たち、まだ何もしてないよ」
「ちょっと乃梨子さん、“まだ”ってなんですか、予定でもあるんですか?」
 冷ややかな瞳子の言葉で、自分の言い間違いに気付く乃梨子。
「あ。いや、そうじゃなくて、私たちのタマゴってどういう事?」
 志摩子さんが笑う。
「何故って聞かれると困るけれど、何となく判るの、これは私と乃梨子のタマゴ」
 妙な説得力がある。
「ああ、志摩子さんもそれだったんだ…」
 由乃さまと祐巳さまが立ち上がっていた。
「私もこれ…」
 由乃さまがポケットからタマゴを取り出す。
「朝起きたら、ベッドに入ってた。驚いて、どうしていいか判らなくなって、今日はお姉さまにも黙って一人で学校に来てたんだけど…これ、お姉さまと私のタマゴのような気がする」
「志摩子さんも由乃さんもか…」
 祐巳さまもタマゴを…三つ取り出した。
「多分この一番大きいのがお姉さま、少し黒っぽいのが可南子ちゃん、小さいのが瞳子ちゃん」
 呆れる由乃さま。
「祐巳さんモテモテね」
「う…タマゴの数で言われても…」
「由乃さんだけが一つなのね」
「そう言う志摩子さんだって一つじゃない」
「私は…」
 もう一つの巾着を取り出す志摩子さん。
「もう一つあるの」
 嬉しそうに、頬をあてる。
「これは多分、お姉さまと私のタマゴ」
「お姉さまって…聖さまのことなの?」
 祥子さまの問にうなずく志摩子さん。
「はい。私にはそう思えるんです」
「そんな…」
 乃梨子は思わず一歩前に出ていた。
「お姉さま、私のタマゴだけじゃないんですか?」
「乃梨子…」
 二つのタマゴを並べてみせる志摩子さん。
「私には、二つとも大事なタマゴなの」
 他人事のように、由乃さんが言った。
「志摩子さん、浮気が見つかった人みたい」
「由乃さん、それじゃあ三つもある私はどうなるのかな」
「祐巳さんは超浮気者」
「えええーー」
 祥子さまが思い出したように瞳子ちゃんと可南子ちゃんを手招きして、階下へ降りていく。
「祐巳さん、適当な時間見て階下に行った方がいいと思うわよ」
「うん。私も大事な一年生に大怪我させたくないから」
 
 いつの間にか、タマゴの不思議はどうでもいい、という空気が支配的になっていた。
 そんなことより、このタマゴをこの後どうするか、と言う問題だ。
「祐巳のタマゴは小笠原で責任持って引き取ります」と言い張る祥子さまに押し切られた瞳子ちゃんと可南子ちゃん。さらに、「別にあなた方の親権まで奪う気はなくてよ」と凄まじく現実的な事を言い放って、祐巳さんと一緒に帰ってしまった。
「二人で一緒に孵そうね」と言って仲むつまじく帰っていった由乃さんと令さま。
 薔薇の館に残っているのは、乃梨子と志摩子さんだけ。
「乃梨子、私がタマゴを二つ持っているのがそんなに嫌?」
 乃梨子の入れたお茶を飲みながら、志摩子さんは静かに尋ねた。
「嫌というか…」
 二人しかいない場所では、乃梨子はより素直に話すことができる。白薔薇さまとそのつぼみではなく、藤堂志摩子と二条乃梨子として話ができるから。
「自分でも判っているんだ、嫉妬って」
 乃梨子は自分自身のためのお茶を入れながら答える。
「まだ会ったこともない、話に聞いたことしかない佐藤聖っていう人に嫉妬しているんだと思う。さっきもお姉さまって言ったときの志摩子さん、凄く嬉しそうだったから。でも、志摩子さんが嬉しいのなら私は認めるよ。タマゴが二つだって構わない。そのうちの一つが私のタマゴだって言うことを、素直に喜びたいもの」
 一息ついて、お茶を飲む。
「だから、私も聖さまも、志摩子さんのことが大好きなんだよ。大好きな気持ちが、タマゴになったんだと思うことにする。それなら、タマゴがどれだけたくさんあってもいい。だってそれだけ志摩子さんは素敵なんだって事だから」
「乃梨子」
 志摩子さんが巾着から出した二つのタマゴをテーブルの上に並べた。
「私は幸せよ。大好きな二人に、こんなに愛されてるから」
 突然タマゴがシャボン玉のように割れた。
 馥郁たる香りが辺り一面に漂う。
「いい匂い」
 乃梨子は目を閉じてその香りを胸一杯に吸い込んだ。
 
「……」
 乃梨子は辺りを見回した。
 見慣れた壁、見慣れた机、見慣れた部屋。
 志摩子さんの影も形もない。
「やっぱ…夢か…」
 ころん
 起きた拍子に、何かが足下に転がった。
 白くて丸いもの。
「タマゴ?」
 何故か乃梨子は、それが自分と志摩子のタマゴだと確信していた。
 
 
 
 
あとがき
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