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薔薇の館の食糧問題
 
 
 
「紅薔薇さま、これ、よろしければ食べてください」
「あの、紅薔薇さま、頑張って作ったんです」
「ケーキを焼いたんですけれど、お一ついかがですか、紅薔薇さま」
「瞳子ちゃん、クッキー焼いたんだけど、どうかしら?」
「瞳子ちゃん、キャンデー食べない?」
「可南子さまっ、どうぞこれを」
「貢ぎ物ですわ、可南子さま」
 
 
「やー。もてるね」
 由乃さんが呆れたように言う。
「誤解しないでくださいませ。先輩の方々が持ってくるので、瞳子は仕方なく受け取っているだけですわ」
「ふーん。その割には嬉しそうに見えるけど」
「瞳子は女優ですから、ファンの方は大切にしませんと」
「あ、そ」
 由乃さんの標的が移る。
「紅薔薇姉妹もモテモテだねぇ」
「うーん…」
 苦笑する祐巳。
「なんか、断るのも悪いし…」
 山のように積まれた、お菓子を始めとする差し入れの数々。
「お姉さまは優しすぎるんです」
 可南子の苦情に、あれっという顔の祐巳。
「そう言う可南子は、なんなの? それ?」
 可南子が両手で抱えているのは数個の紙袋。
「こ、これは、一年生達が…」
「可南子だってちゃんと受け取っているじゃない」
「私の場合は…」
「可南子さんのファンの場合、冷たくされると却って喜ぶ節があるんです」
 乃梨子ちゃんがあっさりと分析してみせる。
「なにしろ、一年生の一部には女王様とまで呼ばれてますから」
「一部、本当にごく一部だけです、乃梨子さん」
「可南子女王様…」
 にやりと笑う由乃さん。本当に嬉しそうに笑っている。
「面白そうね」
「黄薔薇さままで」
「いや、なんか可南子ちゃん似合いそうだから、冷酷な女王様が。そういう所だけは祥子さまそっくりだし」
「由乃さん、別にお姉さまは女王様って訳じゃ…まあ、少しはそんな所もあった…かな? うん、可南子も似てる所あるかも」
「お姉さままで納得しないでください」
「いつものようにすればいいのかしら?」
 差し入れの山を見て、首を傾げる志摩子さん。
「そうだね。足の速そうなのは…」
 それぞれを選り分け始める乃梨子ちゃん。
 冷蔵庫に入れる物、棚に入れる物、この場で食べる物。
 いつの間にか、当たり前のように差し入れの山分けが始まっている。
 と言っても、差し入れた人の気持ちをないがしろにしているつもりはない。受け取るたびに「これは山百合会のみんなで戴くけれどいいかしら?」と聞き、それを是とした人の物だけを受け取るようにしているのだ。
 歴代薔薇さまの中でもっとも庶民的な近寄りやすい雰囲気を持った、それでいて薔薇さまのイメージを損なうことなく光り輝く希有な存在、福沢祐巳。彼女の存在こそが、この差し入れ攻勢の原因だった。
 最初の頃は、祐巳が断り切れなかった差し入れの量で薔薇の館が大変なことになりかけた(というより、激しくキレた可南子が差し入れをした下級生に殴り込みを敢行しようとして、乃梨子ちゃんと瞳子ちゃんに辛うじて制止された)のだが、今ではどうにか落ち着いている。
 それでも、ここの六人だけでは食べきれない。
 自然と余っていく。
 時々余りすぎたと思うと各自が一部を持ち帰ったりしているのだが、それでも減る気配はない。
 
 
「これは問題ね」
 ある日、乃梨子さんが突然そういった。
 薔薇の館。今日は三年生は誰も来ない。二年生だけが集まっている。
「何がですの?」
 ケーキを切り分けながら、瞳子さんが尋ねる。
「これのことですか?」
 ケーキを指し示す可南子。
「そう。それが問題なのよ」
「だから、何がですの?」
 幸せそうにケーキを口に運ぶ瞳子さん。甘い物を体内に運ぶ女の子特有の幸せそうな顔。
「あ、食べた」
 瞳子さんが乃梨子さんの指摘にむせる。
「な、なんですの。何かまずいんですかっ」
「いや、美味しいと思うけどね」
 小さく割ったケーキを一口食べる乃梨子さん。やっぱり幸せそうな顔。
「んー、美味しい」
「乃梨子さん?」
「ん?」
「甘い物に浸ってないでください、一体何が問題なんですの?」
「別に、ケーキ自体にはなんの問題もないと思いますが…」
 可南子も一口食べながら首を傾げる。そしてやっぱり幸せそうな顔。
「瞳子は、乃梨子さんの言うことが気になりますわ」
 と言いつつパクリ。
「そうですね」
 パクリ。
「私が言いたいのはつまり…」
 パクリ。
「はっきり言ってください」
 パクリ。
「私も気になります」
 パクリ。
「食べ過ぎって事」
 パク……
 二人の手が止まった。
 パクリ。
 全く意に介せず食べ続ける可南子。
「私、太らない体質ですから」
「上に伸びるかもしれませんわね」
 可南子の手も止まる。
「怖いことをさらりと言いますね、瞳子さん」
「可南子さんが憎たらしいことをさらりと言うからですわ」
「ただの事実ですから」
 二人の間に見えない火花。
「なんて喧嘩が始まるかな…」
 乃梨子さんが間に入る。
「とにかく、私が言いたいのは、今この薔薇の館には食べる物が有り余っているって言うこと。少し整理整頓した方がいいし、毎日毎日こんなのばっかり食べてたら、本当に太っちゃうかもしれないって事」
「そうですね。乃梨子さんの言うとおり整理整頓は必要かもしれません。太る云々はさておいて。まあ、甘い物ばかり食べているどこかのおチビさんには心配でしょうけど」
「確かに、成長期がまたまだ縦方向に続いてるどこかの陰険女には余計な心配かもしれませんわね、おほほほほ」
「だから喧嘩は止めなさい。ていうか、最近あんたたち、どうせ私が止めに入ると思って安心して喧嘩してない?」
 可南子と瞳子さんは、顔を見合わせた後、申し合わせたように首を振った。
「あのね…」
 乃梨子さんはどっと疲れたような顔になりながらも、気合いを入れるように足を踏ん張っていた。
「とにかく、整理整頓と、今後の対策を練るわよ」
 三人は棚と冷蔵庫を調べ始める。
 そして調査範囲が徐々に広がっていき、やがて物置へと…。
 出てくる出てくる。様々な差し入れ、或いは食材?
 クッキー缶が複数。
「これは日保ちするから追いといてもいいわよね」
 果物の缶詰。みかん、もも、パイナップル。
「なにこれ。どこかからのお歳暮? お中元?」
「…あの、こっちにそうめんセットが…」
「お中元の残り物を持って来たんじゃないでしょうね」
「ああ、案の定です。ここにコーヒーセットがあります」
「持ってくる方も持ってくる方だけど、受け取る方も受け取る方ね…」
「この袋はなんですの?」
「ああ、瞳子、それは駄目!」
「ギャッ! なんですの、これはっ!」
「う、瞳子さん、袋を閉じて、早く!」
「それは志摩子さん秘蔵の銀杏袋…」
「こんな所に置かないでくださいっ!」
「業務用パスタお徳用…なんで10キログラムの大袋がこんな所に…」
「誰よ、そんなの受け取ったのは…。みんなで分けても一人頭のノルマが1600グラム。16人前じゃない、どう考えても食べきれないわよ」
「って、いっぺんに食べる気ですか、乃梨子さん」
「この袋は?」
「小麦粉ね」
「うどん粉もあるわ」
「…薄力粉まで」
「なんで粉ばっかり?」
「白い粉ばかりですね…」
「木を隠すには森の中…」
「白い粉を隠すって………」
「あのね、私は何も見てないから」
「瞳子は何も見てません」
「お二人とも、なんの話をしているんですか? 私にはさっぱりわかりません」
「こっちの大きな袋は…」
「また袋?」
「重いよ、これ…なんか書いてある…魚沼産コシヒカリ」
「コシヒカリ? 祐巳さまの物かしら?」
「あ、それ、お父さんが新潟から送ってきてくれたんです」
「ああ、可南子さんのお父さんが…ってなんで薔薇の館にあるんですかっ!!!」
「お父さんには今の自宅の住所、教えてないんですよ。教えると私の身が危ないってお母さんが言うんですけど、なんのことでしょうね?」
「可南子さん、笑えない冗談だから、それ…」
「大きなダンボール箱がありますね」
「ダンボールか、なんだろ」
「玉ねぎ、じゃがいも、にんじん…カレーでも作ります?」
「お肉がないからね」
「ベジタブルカレーも悪くないですよ」
「あ、言った先からカレー粉が…」
「本当に何でもあるね」
「ウコンとターメリックと…各種カレースパイスが…」
「もしかして文化祭の余り物とか置いてない?」
「味噌の入ったツボもあります」
「米に味噌に野菜…籠城でもする気?」
「一年は確実に籠もれますよ」
「籠もるな」
「鰹節とにぼしと乾燥わかめと麩と乾燥ネギもあります」
「おみそ汁作る気満々じゃないのっ!」
「あ、これ…」
「どうしたの、瞳子」
「こんなところに小笠原家の家紋の入った行李が」
「行李…物入れのことですね」
「小笠原のおじいさまがお若いときから大事にしていた物ですの。確か去年の夏頃、無くなったとおっしゃって探していた物ですわ」
「…持ちだした人間は容易に想像できますね」
「まー、なんか、祐巳さまのためなんだろうけどね…」
「開けてみます」
「なんか色々入ってるね」
「…スクール水着…メイド服…猫耳……」
「…あ、スクール水着に名前書いてある」
「えーと、福沢……」
「……あんの、腐れブルジョワジーがぁああ!」
「可南子さん、落ち着いて」
「落ち着いてください。どう見ても使用跡はありませんから、落ち着いてください、可南子さん!」
「はぁ、はぁはぁ…使用跡がない?」
「ええ。多分、持ってきたはいいけれどタイミングを逸してしまったのではないかと…祥子お姉さまはああ見えて、祐巳さまに対しては煮え切らない部分もありましたから」
「そう…瞳子さん、その行李は小笠原家に返さなければならない物なの?」
「ええ。おじいさまも喜ぶと思いますわ」
「それじゃあ瞳子さんのほうから返すといいわ。ただし、密かにね」
「密かって…祥子お姉さまに見つからないようにってことですの?」
「ええ。行李は早く返してあげた方がいいと思うから」
「おじいさまも喜ぶと…何してらっしゃるんですか、可南子さん」
「行李を返すためには中身を出さないと駄目じゃないですか」
「その中身…使うつもりですか?」
「し、姉妹のプライベートの秘密に口を挟むなんて失礼じゃありませんか、瞳子さん」
「プライベートの秘密って認めてるし…」
「誘導尋問とは卑怯な」
「してないしてない」
 
 数十分の予定が数時間、結局一日のほとんどを使って整理整頓が終わった。
 処分できる物をゴミ捨て場まで運び終えると、三人は薔薇の館へと戻っていく。
「ああ、一日潰れちゃったね」
「でもまあ、食材も整理できましたし。処分する物は処分しましたし、綺麗に片づけることができました」
「疲れましたわ。お茶でも飲んで休憩にいたしましょう。ケーキもまだ残っていたはずですわ」
「結局瞳子、食べるんだ」
「ケーキ一つ分くらいの運動はしましたわっ!」
 
 
 一週間後。
「…あの…また色々と増えているような気が…」
「差し入れと言うより、これはもう貢ぎ物ですね…」
「食べるのにも限度って物があるのよ?」
「…一ついい考えが」
「なんですか、瞳子さん」
「口を増やしましょう。とりあえず後三つ」
「三つってまさか」
「ええ。妹を作るのですわ」
 
 つぼみの妹急募
 条件・よく食べる人
 
「いいんですか? そんな理由で……」
 
 
 
あとがき
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