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ギンナン
 
 
「ラーメンを食べに行きましょう」
 突然の言葉に、私は変な顔をしてしまう。
「ラーメン?」
「ええ、ラーメン」
 志摩子さんはあくまでもほっこりと言う。
「乃梨子はラーメン嫌い?」
 ラーメンが好きな人は多いけれど、あえて嫌いだという人も少ないと思う。
「え、どちらかと言えば…好きかな」
「それじゃあ今度の日曜日」
「うん」
「東急東横線中目黒駅の改札で待ち合わせね」
「はい?」
 
 当日、改札で待っていると志摩子さんがやってきた。
「お待たせ、乃梨子。さあ行きましょう」
「あの、志摩子さん」
「なに?」
「どうして、今日はラーメン?」
「私はラーメンは食べないから」
「へ?」
「今日は私は餃子を食べるの」
 餃子。志摩子さんとはとことんイメージが合わないなぁ…。
 店の前で立ち止まる志摩子さん。
 その方が後ろから見ていても判るくらい震えている。
 【芦屋ぎ○なん 日曜定休】
 うわ、志摩子さん、まさかお店の名前だけで選んだの?
 でも、確かに餃子を食べると宣言していたから…。
「ぎんなん餃子、楽しみにしていたのにね…」
「はあ…」
「しかたないわ」
 志摩子さんは店の開店時間を調べている。
「それじゃあ乃梨子、明日の夕食はここで食べましょう。また、駅に…いいえ、学校の帰りに一緒に来ましょう」
 え。リリアンの制服でここまで来いと?
 志摩子さん、それだけは…
「えっと、志摩子さん。それじゃあ着替えを持ってきてよ。それで私の家で着替えて、それから一緒に来ようよ」
「…それもそうね。制服が汚れても困るし」
 
 翌日、私たちはお店にいた。
「ぎんなん餃子を二人前と…」
「あ、すいません。そんなメニューありません」
「え?」
 ぎんなんラーメンもぎんなんチャーハンもない。
 志摩子さんの名誉のために言っておくと、確かにぎんなん餃子というのは実在する。だけど、このお店とはなんの関係もなかったのだ。
 
 こんなに意気消沈している志摩子さんを見るのは初めてだった。
「志摩子さん、元気出してよ。ラーメン美味しかったよ?」
「乃梨子…」
 志摩子さんがゆっくり振り向いた。
「札幌にね、コーヒーショップぎんなんっていうのがあって、ぎんなんブレンドって言うのがあるのよ」
 行くんですか?
「志摩子さん、それもやっぱりお店の名前だけだと思うんだけど」
「乃梨子。貴方は人を名前だけで判断するつもりなのっ!」
 それは志摩子さんです。
「でも、コーヒーにぎんなんは入れないと思うし、そもそも商品じゃなくてお店の名前がぎんなんだから…」
「…わかったわ。それじゃあ、ちゃんとした商品があれば乃梨子は一緒に行ってくれるのね?」
「うん……ええっ?」
「ぎんなんアイスクリーム、ぎんなんワイン、ぎんなん麺、ぎんなん羊羹、ぎんなん味噌、ぎんなん味噌漬、ぎんなん酒粕漬」
「志摩子さん?」
「新潟県にあるのよ」
 新潟ってあの新潟? 米どころ? コシヒカリ姫の生まれ故郷?
「来週の日曜日ね」
 
「…と言うことがありまして。取りあえず私は通信販売を勧めたんですが」
 乃梨子は話を終えた。
「なるほど…それで説明がつくわね」
「それにしても…」
 祥子と令の視線の先には、ぎんなんアイスを始めとしたぎんなん製品がたっぷりと詰め込まれた、薔薇の館の冷蔵庫。
「それで、ぎんなん製品に浮かれた志摩子はすっかり忘れていた訳ね」
「そうね。ワインはアルコールよね」
「どれくらい飲んだのかしら…」
「一本や二本じゃないみたいだけど…」
 祥子と令は、ある方向を見ないように会話を続けていた。
「なに落ち着いてるのよ、令ちゃん!」
「お姉さま、助けてぇぇ!」
「祥子お姉さまーーーー」
「紅薔薇さまっ!」
 由乃と祐巳と瞳子と可南子の叫びを無視する二人。
「それにしても…驚いたわね」
「ええ。まさか酔った志摩子が…」
「聖さまを遥かに超えたセクハラ魔王になるなんて…」
「由乃さん、祐巳さん、可愛い。ホンットに可愛い。ねえ、なんだか乃梨子が冷たいから代わりにね、ね? 瞳子ちゃん、可南子ちゃん、二人は乃梨子のクラスメートとして、身代わりになってくれるわよね」
「志摩子さん、そこは、きゃっ!」
「うわあ、駄目だよ、それはシャレにならないってば、ねえっ!」
「ああ、白薔薇さま、いけませんわっ」
「そんなこと…あ…」
 さすがにそろそろ助けないと、でも下手に近づくと今の志摩子はとても怖いなぁ、と考えている三人。もとい、二人。
 乃梨子は、別にいいけどここじゃ嫌だな、と考えている。
「…黄薔薇さま、紅薔薇さま、お茶でも入れましょうか。ぎんなん羊羹は結構美味しいみたいですよ」
「そうね、お茶だけは頂こうかしら」
「今日は天気もいいから、外のベンチでお茶にしない?」
「令、それはいい考えね」
「では、行きましょうか」
 見捨てられる四人。
 このあと志摩子の酔いが覚めるまで、四人の試練は続くのだった。
 
 
 その夜。
 自分の部屋のパソコンで、ぎんなんワインを多数注文している乃梨子の姿があったとか……
 
 
あとがき
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