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人のふり見て…
 
 
 
 うーん。
 私は悩んでいる。
 ここは薔薇の館。今いるのは私と聖、江利子。そして祥子と志摩子、最後に祐巳ちゃん。
 私が悩んでいるのは、祥子の頼み事についてだ。
 妹に頼られるということは正直に言って嬉しい。
 けれど、それがこれほどの難問とは…。
「お姉さま、お願いです。白薔薇さまを何とかしてくださいっ!」
「あらら祐巳ちゃん、祥子は諦めたみたいだから、お姉さんといいことしようねぇ」
「ああ、お姉さま〜〜」
 祐巳ちゃんを背後から羽交い締めにして、ホッペタ同士をスリスリして楽しんでいる聖。
 祥子はついさっきまで怒鳴ったり叫んだり大声を上げたり(あ、全部同じか)していたが、とうとう私に助けを求めてきた。
「聖、いい加減にしなさい。祐巳ちゃんも嫌がっているわよ」
「嫌がってないよね〜」
「聖!」
 パッと手を離す聖。
「自分のやってることがみっともないって、いい加減気付きなさいな」
「だってねえ、祐巳ちゃんの抱き心地たるや…もう最高だよ? 蓉子も試してみたら?」
 私が試したら、祥子はどうするだろうか? 一瞬、そうしてみたい誘惑に駆られたが辛うじて自制する。
 祐巳ちゃんと祥子なら、私は祥子を選ぶ。どうせなら、祥子に抱きついてその冷静な表情を思い切り崩してみたい。
 どんな顔をしてくれるだろうか、私の妹は。
「まあ、いいや。祐巳ちゃんを構えなくなっちゃつまんないから、今日は帰ろうかな。それじゃあね、ごきげんよう、志摩子」
 最後の挨拶だけは自分の妹に向かってしていく。変な所で律儀で、それに微笑みを返す志摩子はやっぱり聖の妹なのだなと思う。
 はあ、と座り込む祐巳ちゃん。彼女も聖のことが嫌いなわけではなく、聖の過激なセクハラのようなスキンシップに悪気がないことも判っている。それに、本当に嫌がっていると感じたのなら、聖はすぐにやめるだろう。
 問題は祥子だ。
 祥子も理屈では判っている。判っているのだがそれでも目の前で見せられては感情に折り合いが付かないのだろう。
 その気持ちはわかる。聖の標的が祥子になれば、私も平静ではいられないだろうと思うから。
「さて、聖のアレをどうやったら止められるかしらね」
「お姉さま…」
 祥子は期待に満ちた目で私を見ている。
 はあ、あなたにとって、私は何でもできるスーパーマンって訳ね? ふふ、そうね、確かに私はあなたのためなら何でもできると思えるときがあるもの。
 でも祥子? あなたが祐巳ちゃんのために私に助けを求めるって事、私がほんの少し嫉妬してるなんて、気付いている?
「祐巳ちゃんが嫌がってる、ってだけじゃあ聖は止まらないのよね。第一、祐巳ちゃんそこまで本気で嫌がってないでしょ?」
「紅薔薇さま?」
「お姉さま!」
 私は祥子の剣幕に手を振った。
「別に祐巳ちゃんが喜んでいるって言っている訳じゃないのよ。聖に触れられたら吐き気がするとか、悪寒が走るとか、気持ち悪いとか、そう言うレベルで祐巳ちゃんが嫌がることはないって意味よ」
「それは…まあ、そこまで白薔薇さまのことを嫌っている訳じゃないです」
「というよりも、祐巳ちゃんは聖のことが好きよね」
「はい。…あ…」
 じろり、と睨む祥子に慌てて口を閉じる祐巳ちゃん。コラコラ祥子、妹睨みつけてどうするの。
「むしろここは、悪いことと言うよりも、みっともないことをしているって思わせたほうがいいんじやない?」
 いつものように我関せずでお茶を飲んでいた江利子が、突然参加してくる。
「珍しいじゃない、黄薔薇さまがこの手の話に参加してくるなんて」
「うーん。聖の行動、薔薇の館の風紀に悪いかなと思って」
「あなたからそんな台詞が出るとは思わなかったわ」
「信用無いのね、私」
「あると思ってたの? 令以外に」
「問題はその令なのよ」
「どうかしたの?」
「聖のスキンシップに影響されてるみたい」
「影響って、まさか令も祐巳ちゃんに?」
「ええっ」
 驚く祐巳ちゃん。
「どどどど…」
 うーん。可愛いわね。こういう反応を見ていると、聖の気持ちもよくわかるんだけど。
「どうして令さままで」
「いやいや、令は由乃ちゃん一筋だから、祐巳ちゃんには手を出さないだろうけどね」
「ふう」
 あれ、祐巳ちゃん、今ちょっと残念そうな顔? ふふ、祥子が見て無くて良かったわね。
「私も由乃にあんな風にいちゃいちゃした方がいいのかな…って口に出して悩んでたのよ、あの子」
 うわ。でもある意味令らしい。天下のミスターリリアンも、由乃ちゃんに関してはどうしょうもないお馬鹿さんになってしまう。
「はっきり言って、それは嫌なのよ、姉として」
「令が由乃ちゃんといちゃいちゃするのが気にくわない?」
「それもないとは言わないけれど、それより、あの二人は喧嘩しているときの方が見てて面白いのよ」
 おいおい。
「二人も大変ね…。で、江利子が言おうとしてた事って何?」
「ああ、聖のやってることを、客観的に見せつけるのよ。そうすれば自分のやっていることがどういう事か、聖にもよくわかるでしょう」
「まさか、私や祥子に、志摩子に抱き付けって言うんじゃないでしょうね」
「それじゃあ意味がないわ。聖が当事者になってしまうから。聖はあくまで第三者として見なけりゃならないのよ」
 そうなると、選択肢は一つ。
「由乃ちゃん?」
「そう、由乃ちゃん。令と由乃ちゃんには私からうまく話しておくから。ああ見えて、あの二人は結構役者よ」
 たしかに江利子の案にも一理あるような気がする。ああ見えても、聖は人の目には敏感だ。自分が他人からどう見えているかが判れば、多少の効果はあるかもしれない。少なくとも、あまり激しいスキンシップを求めないようになれば万々歳だろう。
「やってみる価値はあるかもしれないわね。駄目で元々よ」
「それじゃあ祥子と祐巳ちゃんは明日はここに来ない方がいいわ」
「何故です? 黄薔薇さま」
「祐巳ちゃんがいないほうが聖の注意を蓉子に引きやすいし、祥子が祐巳ちゃんを連れ出したことにしておけば、聖も納得するでしょう。ああ、それから志摩子、判っていると思うけれど聖には内緒よ」
「はい」
 私と江利子は綿密に打ち合わせをした。
 由乃ちゃんや令にして欲しいことを告げたのだが、江利子はいちいち「令はそんな反応はしない」「由乃ちゃんならこうなる」と細かくチェックを入れてくる。
 さすがは黄薔薇さま、妹たちのことはよくわかっているようじゃない。
「それじゃあ、今言った手順で、連絡よろしくね」
「勿論。二人にはたっぷり演技してもらうから」
 
 
 翌日、薔薇の館に来てみると、聖と江利子、令と由乃ちゃん、志摩子が来ていた。打ち合わせ通り祥子と祐巳ちゃんの姿はない。
 聖は退屈そうにしているが、江利子がなにかと話しかけて間を持たせているようだ。
 令と目が合うと、かすかにうなずく令。そして視線をそのまま由乃ちゃんに向ける。
 よし、打ち合わせは万全。あとは決行あるのみ。
 私は、由乃ちゃんが飲んでいたお茶を置くのを見計らい、背後から抱きついた。
「由乃ちゃん」
「にゃっ!!」
 ぎゃお、じゃなくて、にゃっ、なのね由乃ちゃんは。うん、なかなか可愛い。
「紅薔薇さま?」
 令が驚いて固まる。
「にゃ、な、何するんですか!?」
 慌てる由乃ちゃんを押さえつけるようにして抱きしめる。
 そうか、驚くと「な」が「にゃ」になるのね、あなたは。
「何って、由乃ちゃん可愛いから」
 聖の顔が驚いているのが見えた。その向こうで小さくVサインをしている江利子。
 志摩子が何もないような顔でやってくる。
「紅薔薇さま、ごきげんよう。お茶をお入れしますね」
 由乃ちゃんも令同様に固まっている。
「由乃ちゃんは驚くとにゃって言うのね。子猫みたいで可愛いわ、本当」
 私を見て、江利子を見て、困った様子で何度もそれを繰り返す令。
「蓉子…何やってんの?」
 聖が呆れたように言った。
「何って、可愛いから思わず抱きついちっゃたわけよ? 他に何かあるの?」
 おさげを摘んで撫でる。
「あなたもいつも祐巳ちゃんに同じ事やってるじゃない」
「んー…」
 首を傾げる聖。
 真っ赤になってうつむいたままの由乃ちゃん。祐巳ちゃんと違ってじたばたしないのが何となくつまらないけど、まあそれはそれ。
 一年生をこうやって抱きしめるのは、けっこう気持ちいい。
 さて、そろそろ江利子の出番。江利子が普段の私の立場になって、私に注意する手筈。
 さあ、江利子、早く来なさい。
 …江利子?
 その時、私の腕の中で何かが膨れあがった。
「何するんですかーーーーーーー!!!!」
 島津由乃、大爆発。
 慌てて下がる私に、指を突きつける由乃ちゃん。
「何考えてるんですか、紅薔薇さまともあろう御方がこんなことして恥ずかしくないんですか、何を考えてらっしゃるんですか、白薔薇さまじゃあるまいし、あなたまでこんな風になってどうするおつもりなんですか!」
 一気にまくし立てられ、私は言葉を失う。
 あれ? なんかおかしい。打ち合わせと違う……。
「不愉快ですっ!」
 叫んで、足音も荒く出て行く由乃ちゃん。
「よ、由乃、待って」
 追いかけていく令。
 私は呆然と江利子を見た。
「江利子?」
 ポン、と手を叩く江利子。
「ああ、二人に作戦伝えるの忘れてたわ」
「え?」
「いや、全く伝えてない訳じゃないのよ。令に、蓉子が来たらかすかにうなずいて、由乃ちゃんに視線を向けてくれって頼んだだけなの」
「これで蓉子も立派なエロ薔薇さまだよ」
 腕を組んでうんうんとうなずく聖。
「聖…知ってたの?」
「うん。昨日、江利子が電話してきて」
 江利子……
 私の顔はかなり凄い顔になっていたと思う。
「蓉子、怖い顔してる間に、二人を追いかけて謝った方がいいと思うわよ」
「…あなたが捕まえてきちんと説明してくれないかしら」
「私、面倒くさいことは嫌いなのよ」
「江利子ーーーーーーっ!!」
 私は心から悔やんでいた。
 鳥居江利子を信じた自分の愚かさを。
 
 
 
 
 
あとがき
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