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ジャンボパフェ始末記
 
 
 
 
 祐麒は、駅前を歩いていた。本屋に用事があったのだがその用事は既に終わり、家に帰っても特にやることはない。
 散歩がてら、うろつくのもたまには悪くない。
 それがまさか、あんな事になるなんて…。
 
「あら、祐麒君じゃない」
「?」
 かけられた声に振り向くと、おさげの可愛い女の子。
 思い出した。島津由乃。祐巳の親友だ。
「こんにちは」
 ごきげんよう、というべきなのかな、と思いながら頭を下げる。
「こんにちは。ところで、今日は一人?」
「ええ、まあ。ああ、祐巳なら、今日は祥子さんの所に出かけているはずですよ」
「それは好都合。私も今日は一人なの。令ちゃんが何も言わず朝から出かけちゃったから」
「え?」
「ねえねえ祐麒君」
 由乃は自分を指さす。
「私とデートしたくない?」
「はあ…って、デートぉ!?」
「そう、デート。といっても本格的なものじゃないわよ。あれあれ」
 由乃が指さす先を替えると、そこには大きな喫茶店。
 祐麒も話には聞いたことがある。ジャンボパフェを売り物にしている店だ。
 ピンと来る祐麒。
「アベック限定ジャンボパフェでしょう?」
「知ってるの、祐麒君? あ、もしかして祐巳さんと一緒に来た?」
「いや、アリスに是非一緒に来てくれと頼まれて、断ったんです」
 花寺、結構いろんな人材には事欠かない。
「そうと判れば話が早いわ。お願いつきあって。是非食べたいんだけど、一緒に行ってくれる男の人なんて、お父さんくらいしかいないのよ」
 支倉令という人を男装させれば問題ないのではないか、と祐麒は言いたかったが、さすがにそれは失礼だろうと思い直す。
 まあ、どうせ暇をもてあましていた所だし。確かにパフェというものは食べてみたいが、男一人で頼むのにはかなり勇気のいる代物だ。
 ここで食べておくのもいいかもしれない。
「わかりました。ご一緒させていただきます」
「ありがとう。それじゃあ早速入りましょう」
 
 
 令は愕然とした顔で二人が喫茶店のドアを開けるのを見ていた。
(由乃……いつの間に祐麒君と!?)
 令のいる場所からでは、由乃と祐麒の会話は聞こえなかった。しかし、二人は待ち合わせして喫茶店に入ってきている(ように、令には見えた)
「どうしたの? 令」
 江利子は取り組んでいたパフェから顔を上げる。
「い、いえ」
 一瞬にして、由乃をそっとしておこうと決めた令は何事もなかったかのように笑う。
 その横では、令と江利子にアベック限定ジャンボパフェを食べさせるための当て馬…江利子の兄二人…がやはりジャンボパフェに取り組んでいた。
「江利ちゃん、男二人で一つのパフェってのは悲しいよ」
「ん〜。それじゃあ帰れば。ここからなら令も私も電車で帰れるから」
「江利ちゃん〜〜〜(泣)」
「あんまりうるさいこと言うと、次は山辺さんと来るわよ。例えあの人が甘いもの嫌いでも無理矢理にね」
 ピタリ、と静まる兄二人。
 
 
 駅前の駐車場に停められる一台の真っ赤なスポーツカー。
 降りてくるのは爽やかを絵に描いたような、でもどこか嫌みのある好青年と縦ロールの似合う少女。
「そんなに拗ねるもんじゃないよ。予定は何もなかったんだろ?」
「それはそうですけれども、どうせ、優お兄さまは祥子お姉さまに先に声をおかけになったんでしょう?」
「あれ、どうして判るのかな?」
「いつものことですわ。瞳子はいつも祥子お姉さまの身代わりですもの」
 怒った声に合わせて揺れる縦ロール。
「まあまあ。僕はこう見えても女友達が少ないんだ。アベックを必須条件にされると、さっちゃんか瞳子しか選択肢がないんだよ」
「柏木のご長男ともあろう御方が、咄嗟のガールフレンド一人も用意できませんの?」
「普段は必要ないからね、僕には。ああ、そうだ。祐巳ちゃんという手もあったけど、彼女はさっちゃんの所だしね」
 はあ、と溜息をつく瞳子。
(我が従兄ながら、本当にデリカシーのない人ですこと…)
「エスコートしてくださるせめてもの仕返しに、しっかりと食べて差し上げますわ」
「お返しじゃなくて仕返しなのかい? それは怖いな」
 
 
(柏木さんに瞳子ちゃん!?)
 志摩子は驚いたが、表情には出さない。
「どうかしたの? 志摩子さん」
 しかし、今や志摩子の表情を読むことにかけてはかつての白薔薇さま佐藤聖に次ぐ存在である二条乃梨子には筒抜けのようだった。
「あれ、瞳子?」
 志摩子の視線の先を折った乃梨子は、瞳子と知らない男の姿を見た。
「え? もしかして、私とんでもない所見ちゃった?」
「乃梨子、あれは柏木優さん。瞳子ちゃんの従兄の方よ」
「あ、そうなんだ。ビックリした」
「ふふ、乃梨子は彼氏が欲しいの?」
「え? まさか。私は志摩子さんがいれば充分だもの」
「まあ、乃梨子ったら」
 自分があっさりととんでもない宣言をしてしまったことにようやく気づき、真っ赤になる乃梨子。
「し、志摩子さん、ほら、早く食べないとアイスの部分が溶けちゃうよ。せっかくこんな協力してもらってまでゲットしたアベック限定ジャンボパフェなんだからね」
 その横で「微笑ましいなぁ」という顔でコーヒーをすすっているのは、誰あろうタクヤ氏だったりする。
 
 
「これこれ。これなのよ。夢にまで見たジャンボパフェ」
 パフェと言うよりも大きさ的にはフルーツ盛り合わせだ。ただし本来あるべき隙間にはぎっしりとアイスや生クリームが詰まっている。
「これを一度食べてみたかったの。祐麒君、ありがとうね」
「いえいえ」
「じゃあ食べるわよ」
 と言われて、祐麒は気づいた。
 一つのパフェを二人で食べる。サンドイッチやケーキのように一つ一つバラバラだったり切り分けたりする食べ物ではない。
 第一「アベック限定」という言い方からも判るように、元々分けて食べるようにはできていない。
 つまり、間接キス。
 さすがに固まる祐麒。
(絶対に祐巳を連れてもう一度来る!)と誓ったかどうかは定かではないが、とにかくこのジャンボパフェ、今日初めて一緒に喫茶店に入った相手と食べる代物でないことは確かだ。
「あれ、どうしたの、祐麒君?」
 固まっている祐麒に訝しげな目を向ける由乃。
「あ、そうか。忘れてた」
 祐麒はホッとした。男の側から「あの…間接キスになるんですけど」とは言いにくい。
「ところで祐麒君の注文は?」
 はい?
「私はこれを食べるけど、祐麒君は飲み物も注文しないの? 一緒に入ってくれたお礼にそれくらいは奢るよ?」
 これ全部食べるんですか、由乃さん?
「あ、じゃ、じゃあコーヒー」
「ウェイトレスさん、コーヒー一つね」
 リリアン恐るべし。
 コーヒーを飲みながら、祐麒は店内を見回した。
 驚いているのは自分だけで結構こんなカップルが多いのかも…。
 祐麒の首の動きが止まる。
 あれは…柏木、そして確か松平瞳子。
 さらには支倉令…ここにいたのか。ということは一緒にいるおでこの目立つ女は鳥居江利子?
 とどめに、藤堂志摩子と二条乃梨子。どちらかの祖父と一緒に来ているようだ。
 今日はリリアンデーか? この喫茶店。というか、全員アベック限定ジャンボパフェ食べている。
 マリアさま、貴方が見ている子羊たちは皆甘味に飢えているようです。どうかお恵みを。
 
 
「あら、由乃さんがいるわ」
 志摩子さんの声に振り向こうとする乃梨子。
「男の人と一緒ね」
「え? あ、従兄か何かですか?」
「あれは…福沢祐麒さんね」
「彼氏なんですか…って、花寺の生徒会長じゃないですか」
「そして祐巳さんの弟よ。でも二人がおつきあいなさっていたなんて知らなかったわ」
「令さま、由乃さまに振られたんでしょうか?」
「そうね。可哀想な令さま」
「私は絶対に志摩子さん一筋だからね。由乃さまみたいに裏切らないよ」
「ありがとう乃梨子。私は貴方を信じているわ」
 
 
「どこが見たような人が一杯いますのね」
 だけど、祥子お姉さまも祐巳さまもいないのなら、瞳子には関係ないですわ。
 優お兄様は優しいですけれども、ただそれだけの人。
 パフェは美味しいですけれども、ただそれだけのこと。
 はぁ……。
 
 
 志摩子に由乃ちゃん、柏木さんまで…。
 ああ、さっきから令の様子がおかしいと思ったら由乃ちゃんがいたからなのね…一緒にいるのは祐巳ちゃんに似てるけど。もしかしてあれが噂のそっくりさん弟かしら。
 なるほど、令がそわそわしているわけが判ったわ。でもね、令。あれはどう見てもカップルじゃないわよ。おおかた、うちの兄貴たちと一緒、アベック限定目当てに由乃ちゃんが引っ張ったんでしょうね。
 でもね令、私は貴方には教えてあげない。久しぶりのデートなのに、よそのカップルを気にしているなんて、最低のマナーよ、令。
 
 
「ち、違うんです。今日は絶対に違うんです。本当に偶然なんです」
「判ってるよ、可南子ちゃん」
 お姉さまとデートするために駅前まで来たら、可南子ちゃんと出会った。
 これが偶然だって言うのは判ってる。いくら可南子ちゃんでもお姉さまの家の周辺全部を見張るのは無理だ。
 正門から入って裏門から出て行った私たちを、可南子ちゃんが追えるわけがない。
 それに駅前に来たのも今日思いついたこと。だから可南子ちゃんが待っていられるわけがない。
 今日可南子ちゃんにあったのは完全な偶然。
 だけど、可南子ちゃんは可哀想なぐらい怯えている。自分がまた同じ事をしたと思われるのが嫌なんだろう。
 だから私は、可南子ちゃんにも一緒に来てもらうようにした。お姉さまには悪いけれど、私はやっぱり可南子ちゃんとも仲良くなりたいんだ。それに、今から行く所は…
「祐巳、そのジャンボパフェって…」
「すっごく大きいんですよ、お姉さま。だから、私たち二人じゃ食べきれないと思うんです。手伝ってくれるよね、可南子ちゃん」
 
 
 え、祐巳。どうしてここに。祥子さんとデートか? あれ、確かあれは細川可南子? どうなってんだ?
 
 
 あああ、幸せ。これだけのパフェを一人で…あれ、どうしたんだろ、祐麒君。別にいいけれど、これだけの可愛い女を前の子を前にして無視って言うのもつまらないな。
 祐麒君は一体何を…。
 祥子さま? 祐巳さん。細川可南子っ!?
 あれ。ちょっと待ってよ、よく見たらここ…
 令ちゃん! 江利子さまと一緒にパフェなんか食べてる。覚えてなさいよ。令ちゃん、それにデコっ!
 志摩子さん、乃梨子ちゃんも。
 松平瞳子まで。男の人と来てるの!?
 
 
 タクヤ君には悪いけど、志摩子さんとのデートなんだよね、これって。二人で食べるアベック限定…。
 中学時代の私にさようなら。
 こんにちは、新しい世界を知った私。
 
 
(つーか、なんでこんな事までしてここに来たのよ)
(来たいって言ったのは誰? 私? 貴方?)
(だってこんなに一杯いるなんて思わないでしょ)
(ばれたら全部貴方のせいだからね。来たいと言ったのは貴方。発案者も貴方。変装してるのも貴方)
(うわ、それ卑怯)
(大きな声出したらばれるわよっ)
(こんな姿は見られたくない。特に志摩子と祐巳ちゃんには)
(あらぁ、そこで志摩子の名前が出るなんて、ちょっと見直したわよ)
 
 
 祥子がウェイトレスを呼び、祐巳が注文する
「あ、このアベック限定ジャンボパフェなんですけれど。女の子同士でもアベックでいいんですか?」
「はい。お二人様以上ならアベックとして注文できますので」
 
「できるのかよっ!」×
 
「あ…」
 顔を見合わせる由乃、祐麒、江利子、瞳子、乃梨子。そしてあと二人。
「なんで由乃さんと祐麒がいるの?」
「ゆ、祐巳、誤解するなよ。これには深いわけが」
 ピキーンと由乃さん。
「ごめんね、祐巳さん。私たち実はつきあってたのぉ」
「嘘。祐麒って瞳子ちゃんが好きじゃなかったの?」
「なんですってぇ!」思わず飛び出る瞳子。
「あらあら、それじゃあ令は振られたのね。私が慰めてあげるわ」
「江利子さまには決まった人がいるでしょう!」
「面白けりゃいいのよ」
「志摩子さん。私はあんな人たちと違って絶対に浮気なんてしないからね」
「判っているわ、乃梨子」
 
 喧々囂々にみえるが、そこはさすがにリリアンの乙女たち。実際には普通の話し声である。
「場所を変えて話した方がいいみたいね」
 一人冷静な祥子。
「そうね」
 これも実は冷静な江利子さま。
「そこの二人もね」
 輪から外れようとした所を指摘され、ぎくっと止まる二人連れ。
「珍しいわねぇ。元白薔薇さまの男装姿なんて」
「これは蓉子が無理矢理に」
「聖がどうしてもここでアベック限定を食べたいって言うからっ」
「お、お姉さま?」
「あら祥子……ごきげんよう」
「お姉さま……?」
「志摩子…その…えー…久しぶりだね、ごきげんよう」
 見事に変装した蓉子と聖だった。ちなみに蓉子は(リリアンのものではない)セーラー服。聖は(花寺のものではない)学ランである。
 一体何をどう間違えたのだか…。
 
 
 とにかく、改めて大テーブルに座ると、パフェ大会が始まった。食べたいものは全員一緒だ。
 もっとも、祥子と祐巳と可南子以外は既に食べ終わっているのでそれぞれ飲み物を取っている。
「あの…帰っていいですか?」×2
「駄目」
 聖と蓉子の希望を却下する江利子。
「もう少し待ってなさい」
「何を?」
「今、電話でカメラちゃん呼んだから」
「やめてーーーー!!」×2
 
 
あとがき
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