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小悪魔の悪戯
 
 
 
「どうも。小悪魔です」
「あ、ごきげんよう」
 由乃さんが唖然とした顔で祐巳を見る。
「祐巳さん……どうして平然と…」
 あ、ついうっかり普通に返事をしてしまった。
 確かに、ここは驚くところだろうなと思う。
 場所はいつもの薔薇の館。
 メンバーは祐巳と由乃さんだけ。
 二人でお茶を飲んでいると、妙なモノがテーブルの上に現れた。
 ちっちゃな人間。道化師のような格好をしているけれど、よく見るとしっぽと羽がある。
 そして、丁寧に挨拶してきたのだ。
「これはご丁寧に」
 小悪魔がもう一度頭を下げた。
 由乃さんは、祐巳の反応にどうしたものか困っている。悲鳴を上げるべきなのか、普通に挨拶するべきなのか。
「ごきげんよう」
 ようやく腹を決めて、挨拶する由乃さん。
「それで、貴方なんなの?」
「だから、小悪魔です」
「そうじゃなくて、どうしてこんな所に? 第一、悪魔がなんでリリアンに入ってこれるのよ」
 ロザリオをかざす由乃さん。
「これで退散しないの? …もしかして妖刀村正がいるのかな…」
 それはなんだか別の世界です、由乃さん。
「小悪魔って言うのが気に入らないなら妖精でもいいけど」
「あ、それならリリアンにいてもおかしくないような気がするわ。ただでさえ最近、大入道やドリルや市松人形が出入りしているんだから」
「由乃さん、なにげに非道いよ…」
「ああ、あの一年連中か。確かに面白そうな連中だな」
「なんでアンタが知ってるのよ」
 いつの間にか目の前の非常識な存在にもイケイケを発揮しつつある由乃さん。却って祐巳が横でハラハラし始めている。
「僕はここに棲んでいる妖精だからね」
「なに、それじゃあ、ずっと見てたわけ?」
「そうなるかな」
 突然、由乃さんは座っていたクッションを投げつける。
 涼しい顔で避ける妖精。
「スケベ! 変態! エッチ! 覗き魔!」
「気持ちはわかるが落ち着け」
「由乃さん。危ないよ。相手は妖精だよ。魔法とか持ってるかもしれないよ」
 う、と固まる由乃さん。
「その通りだ落ち着きたまえ。別に覗くためにここにいたわけじゃないし、見てしまったことを広める気はないよ。君と令の…」
 クッション攻撃再開。
「由乃さん、駄目だって」
「そ、そうだ、止めてくれ。そこの君も一緒に止めてくれ、そう、君だ、君。髪の長い女とこの前ここで抱き合っていた君だ」
「由乃さん、私も手伝う」
 クッション攻撃×2
「な、何故だーーーーーー」
 クッション攻撃が由乃さんと祐巳の体力の都合で中止されたけれど、妖精はまだまだ涼しい顔でテーブルに立っている。
「……で、結局何しに来たのよ」
 息を切らせた由乃さんが悔しそうに言う。
「うん。ちょっと悪戯を」
「悪戯?」
 由乃さんと顔を見合わせる祐巳。そして視線を妖精に戻そうとして、もう一度由乃さんのほうを見る。
(はて、こんな所に何故鏡が…)
 見慣れたタヌキ顔。
 タヌキ顔が、口を開いた。
「…なんでこんな所に鏡が?」
 その声も紛れもなく自分のもの。
「どうして?」
「…祐巳さん?」
「…由乃さん? どうして、私の顔と声…」
「いや、それが、祐巳さんも私の顔と声なんだけど…」
「へ?」
「うわ、祐巳さん、私の顔と声でそんな間抜けなこと言うの止めて…」
「あ、ごめん」
 謝っているばあいじゃない。
「どうなってるの?」
「どうなってるって…」
 祐巳の姿をした由乃さんは大きく溜息をついた。
「この状態でこうなったら、原因は一つしか考えられないと思うのだけれど?」
「え、由乃さん、原因がわかったの?」
 さすが名探偵由乃だ、と感嘆する、由乃さんの姿をした祐巳。
「あのねえ、祐巳さん。こうなったら一つしかないじゃない」
 祐巳の…略…由乃さんはテーブルの上を指さす。
「あ、妖精か…」
「普通気付くでしょ」
「あははは…」
「だから私の顔でそんなことしないでってば」
「そんなこと言われても…」
「えーい。今はこんな事やってる場合じゃないでしょう? 妖精を捕まえて元に戻してもらわなきゃ」
「捕まえるって、別に僕は逃げないよ?」
 妖精は楽しげにステップを踏んでいた。
 憎々しげに手を伸ばす由乃(祐巳の姿)。しかし、妖精の姿は消えてしまう。
 どこからか聞こえてくる声。
「それに、悪戯の結果を見届けるまでは、帰るに帰れないしね」
「なによ、結果って」
「なーに。簡単な話。君らのスール制度って奴がどうにも横で見ていると煩わしくてね」
「はあ?」
「姉が妹を教え導くとか、妹が姉を支えるとか、うさんくさいとは思わんかね?」
「あんた、何言ってんのよ。何が言いたいのよ」
「いや、それがね。君たちの言う絆とやらがどれほどのものかと思ってね。所詮外面だろう、と僕は思うのだよ」
「それで外見を交換したって言うの?」
「そうそう。君たちのお姉さまとやらはもうすぐやってくる。君たちの外見に惑わされずにいれば、合格だよ」
「なによ、合格って」
「別になんでもない。ただ不合格なら、そんなつまらない制度にしがみついている君たちを、元に戻す気がなくなるかもしれないな」
「…嫌な奴」
「みんなそう言ってくれるよ」
「このー、覚えてらっしゃいよ…」
 ある音に気付いた祐巳(由乃の姿)は、由乃さん(祐巳の姿)に慌てて告げる。
「由乃さん、誰か来る。本当にお姉さま達じゃないの?」
「落ち着いてよ、祐巳さん」
「でも由乃さん、このままでどうするの? 私たち、姿形が逆になっちゃったんだよ」
「素直に言うしかないじゃない」
「ええーっ」
「だって、祐巳さん、私の真似できる? それも令ちゃんの前でよ」
 それは…と絶句する祐巳。確かにできそうにない。
 二人が迷っているうちに、扉が開く。
「ごきげんよう」
 令さま、そして祥子さまが入ってくる。その後ろからは志摩子さんと乃梨子ちゃんが。
「外で一緒になってさ」
 令さまが笑いかけ、
「二人ともどうしたの? なにかあったの?」
 祥子さまは二人の挙動不審な態度に訝しげな顔をしてみせる。
 志摩子さんと乃梨子ちゃんは、何かに気付いたようにテーブルの反対側の壁を見つめている。
「志摩子さん…」
「ええ。判っているわ、乃梨子」
 二人が壁へと向かって歩き出すと、令さまと祥子さまもそれぞれ歩き出す。
 令さまは、由乃さん(の姿をした祐巳)へ。
 祥子さまは、祐巳(の姿をした由乃さん)へ。
 と、止まる二人。
 互いの前にいる相手と、友人の前にいる相手を見比べる。
「「何があったの?」」
「祐巳」
「由乃」
 令さまは祐巳(の姿をした由乃さん)に。
 祥子さまは由乃さん(の姿をした祐巳)に。
「…令ちゃん?」
「お姉さまッ!」
「なんだそりゃ!」
 妖精の声。志摩子さんが声のしたほうにロザリオを向けた。
 ギャッという小さな悲鳴がしたかと思うと、妖精が姿を見せる。
「な、な、なんで本物のロザリオが…お前、本物のクリスチャンなのか?」
「そんなことより、二人を戻してくださる?」
 にっこり笑う志摩子さん。
「戻すよ。外面なんか変えたって一緒だってのがよくわかったからよ。ちゃんと中身の見える人間もいたんだな。本物のクリスチャンまでいやがるし…くそっ。もうこんな所来ねえよっ」
 再び姿を消す妖精…いや、小悪魔。
「待ちなさいよっ!」
 叫ぶ由乃さんの姿に、祐巳は快哉をあげる。
「由乃さん、由乃さんが由乃さんに見えるよっ!」
 慌てて祐巳のほうを見る由乃さん。
「本当。祐巳さんが祐巳さんに見える!」
 
「どうして判ったの?」
 由乃さんが令さまに聞いている。祐巳も同じ質問を祥子さまにしていた。
「どうしてって言われても…」
 令さまは困ったように祥子さまを見る。
 微笑んでうなずく祥子さま。
「わかるものはわかるとしか言いようがないわ。あの時、祐巳の顔を見て咄嗟に違うと思ったの。でも由乃ちゃんの顔を見たら、何故か祐巳がいるって判ったのよ」
「私も同じ。祐巳ちゃんの顔を見たとき、何故かそこに由乃がいるように思えたんだ」
「令ちゃん…」
 と、その時、けたたましい足音が近づいてきたかと思うと、扉が乱暴に開かれ、二人の少女が乱入してくる。
「祐巳さま! 私気付いたんですの。私には祐巳さまのロザリオは相応しくありませんわ。祐巳さまの妹には、是非、私ではなく瞳子さんをお願いしますわ!」
 叫んでいるのは可南子ちゃん。
「祐巳さま。私ははっきりと判りました。私ごときが祐巳さまのロザリオを受け取る訳には参りません。祐巳さまのロザリオが相応しいのはただ独り、細川可南子だけです」
 静かに、でもはっきりと言うのは瞳子ちゃん。
 乃梨子ちゃんが呆れて言った。
「もしかして、入れ替わった?」
 二人の動きがピタリと止まる。
「これはこれでとてもわかりやすいと思わない?」
 令さまが苦笑している。
「はあ…貴方たちは…」
 頭を抱える祥子さま。
「あは、あははは」
 祐巳は、ただ笑うしかなかった。
 
 
 
あとがき
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