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コウノトリを悩ます乙女たち
 
 
 
 可南子さんが次子ちゃんを薔薇の舘に連れてきた。
 最初は赤ん坊を連れ込むなんて、と厳しい顔をしていた祥子さまも、時間が経つとすっかり赤ちゃんの魅力にメロメロになってしまう。
 赤ちゃんって凄い。そしてとても可愛い。
 素直に瞳子はそう思った。
 あの、宿敵可南子さんの妹ですら可愛く見えてしまうのだから、そうとうなものだ。
「本当、可愛いね」
 珍しく、薔薇の舘には紅白黄姉妹全員と、そして可南子さんと瞳子がいた。
「なんでこんなに可愛いのかしら」
「赤ん坊だからね」
「令、私にも抱っこさせて」
「祥子、赤ん坊抱っこした事ある? 見ているより結構難しいよ」
「そうなの? えっと…」
「ほらほら、手をここに置いて、そう…」
「こう?」
「そうそう、優しくね」
 瞳子は由乃さまが複雑そうな表情で令さまと祥子さまのやりとりを眺めている事に気付いた。
 気持ちはわかる。
 さすがはミスターリリアン。祥子さまと並んでいると美男美女の若夫婦に見える。しかも今回は赤ん坊を二人の間で抱いているために余計だ。
「こんな姿を見ていると、欲しくなるよね、赤ん坊が……弟とか、妹とか。甥っ子でも姪っ子でもいいけど」
「そうね」
「いずれは皆様、ご自分の赤ん坊を抱く事になりますわ」
 志摩子さまが言うと、祥子さまが複雑そうにうなずく。
「ええ、理屈ではそうなのだけれど…」
 祥子さまは男嫌い。その祥子さまが自分の赤ん坊という言葉に複雑な思いを抱くのは当然だと瞳子は思う。赤ん坊以前に、いわゆる彼氏ができるかどうかもわからないのだから。
「そうね…子供が欲しければ、最低でも一回は我慢しなきゃいけないのね…」
 は? 聞き返したくなるのを必死で堪えて、聞かなかったふりをする瞳子。
「今何か怖い事言わなかった? 祥子」
「いいえ」
 令さまの質問ににっこり笑って答える祥子さま。
「なんでもなくてよ、令。あ、そうね…」
「どうしたの、祥子、変な目で見て」
「いえ。令が本当にミスターだったら、話は早かったと思って」
「え、それって祥子…」
「令が男の人だったら、問題はないのよ」
 問題だらけです、祥子さま。
「祥子、悪い冗談だよ」
「うふふ。本当にね。でも令が男だったら素敵な人だと思うかもしれなくてよ」
「はいはいはい、なんでそこで何となくいい空気作っているんですか」
 二人の間に割って入る由乃さま。ちょっとムッとした表情。
「いくら祥子さまでも、令ちゃんに変なことしたら許しませんよ」
「ごめんなさい、由乃ちゃん。でも、私じゃなくて令がするほうではなくて?」
「さ、祥子さま!?」
「赤ん坊か…」
 可南子さんの声。いつの間にか次子ちゃんを取り戻して自分で抱いている。
「確かに、こればかりはいくら頑張っても一人では無理だもの…」
「まあ、それはそうだけど…」
 苦笑している祐巳さま。
「私一人じゃどうやっても子供なんて作れませんものね」
「そんな事ができたら怖いよ」
 仲良く笑う二人に、瞳子は何となくムカッとして言う。
「まあ、男嫌いの可南子さんでは、どう転んでも無理ですわね」
 口を挟むが、可南子さんは別の事を考えているようで、瞳子の舌戦には乗ってこない。
「…そうだ。お父さんにお願いして…」
「可南子さんっ!?」
 思わず素っ頓狂に叫んでしまう瞳子。
「夕子さんと二人目を…って…、どうかしましたか? 瞳子さん」 
「あ……いや、その」
 誤魔化す瞳子、けれど祐巳さまも不思議そうに瞳子を見ている。
「どうしたの? 瞳子ちゃん」
「いえ…」
「何考えてんだか」
 いつの間にか背後にした乃梨子さんがボソッと呟く。
「う…」
 瞳子の危機を由乃さんの一喝が救う。 
「つまり、女同士でも子供が作れるのなら問題はないのよ」
 一体何を話していて、結論がそこに落ち着いたんですか?
 疑問は大きいけれど、とりあえず救われたのは事実、瞳子は救いの舟に飛び乗った。
 由乃さまの近くへ行って話を聞く振り。
 そこには既に志摩子さまがいる。勿論、それに気付いた乃梨子さんがそれ以上瞳子に構うはずもなく。
「クローン人間とか、同性婚とか、色々新聞記事を騒がしているじゃない。女同士の結婚出産も、私たちが大人になって立派な社会人になる頃には可能になっているかもしれないのよ」
「文明の進歩ね」
 志摩子さまは満足そうにうなずいている。
「うーん」
 さすがの乃梨子さんもお姉さまの暴走に少し当惑したみたいですわね、瞳子がそう言いかけたとき、
「菫子さんはわかってくれると思うし、妹は放っておくとして……お父さんとお母さんをどうやって説得しようかな…」
 悩む所はそこですか、乃梨子さん。
「あの…乃梨子さん? なんだかとてもリアルな心配をなさっているような…」
「何を言っているの、乃梨子」
 あ、さすがは白薔薇さま、乃梨子さんの暴走を止め…
「私も一緒に説得するのを手伝うわ」
 そうきたか!
 瞳子は突っ込みたいのを堪え、ドリルがぶるぶる揺れる。
「でも、出産って、大変だって聞きますよ。お母さんに話を聞いた事があるけれど、本当に大変だって…」
 祐巳さまの言葉で思い出したけれど、保健の授業で出産の仕組みは習った。確かに想像するだけでも難事業に思える。
 瞳子は次子ちゃんをちらっと見た。
 そもそも、あの大きさのものがお腹に入っていると言うだけでまず想像外。まあ、生まれた後に成長しているから、あれよりは小さいのだろうけど、それでも数キロの塊がお腹の中に入っている事になる。
「そんな心配は無用よ、祐巳」
 祥子さまが優しく祐巳さまに語りかける。
 そう。そもそも女同士で妊娠というのが…
「完全看護の超一流の病院で二十四時間サポート体制を整えるわ。勿論、医者も看護婦も国内最高、いいえ、海外から最高のスタッフを招聘するわ」
 妊娠させる気満々ですか、祥子さま。
「え、私、お姉さまの子供を産むんですか?」
「イヤなの?」
「いえ。そういうわけでは。ただ、お父さんとお母さんがビックリするだろうなと思って…」
「祐巳…。女が愛する人の子供を産むのは自然な事ではなくて?」
 問題は、その「愛する人」が女だという事です、祥子お姉さま。
「でも、もし祐巳が怖いというのなら、私が産んでもいいのよ?」
 なにか激しく間違ってませんか?
 突っ込みたいけれど、この空気ではツッコミを入れる自分が間違っているのではないかと思ってしまう。
 瞳子は必死でツッコミを入れたい心を抑え、その代わりにドリルがぶんぶん激しく回り続ける。
「あ、あの、祐巳さまの子供でしたら、私だって!」
 可南子さんまで…
「貴方はお呼びではなくてよ。私が病院を手配するのは祐巳のためだけよ」
「いいんです。祐巳さまの子供なら、私、一人で産んで一人で立派に育ててみせます。決してご迷惑はおかけしません」
 あの、可南子さんは一昔前のお妾さんか何かですか? あと妙にリアルな事言わないで下さい。
 瞳子のドリルがぶんぶん回る。
「令ちゃんと私は順番だね」
 何がだ。
「うん。でも由乃の心臓が心配だなあ」
「平気。だって、令ちゃんと私の子供だもの」
「由乃…」
 そこそこ、真っ昼間からそんな空気いりませんから。
 そういえば黄薔薇と言えば…
 話の流れを真っ当なものに換えるチャンスかもしれない。
「そういえば、先代黄薔薇さまの江利子さまの子供を見る方が先になるかもしれませんね」
「瞳子ちゃん。馬鹿なこと言わないで」
 あ、由乃さまの前で江利子さまの話はNGワードだったかもしれない。
「男女の間の子供なんて、邪道でしょ!」
「邪道ですかっ!?」
 瞳子以外の一同が「勿論っ!」と力強くうなずく。
 瞳子は初めて、薔薇の舘で孤立している自分を感じていた。
 
 
 
「…というわけで、今日はさんざんでしたのよ」
 瞳子は珍しく愚痴っている。
 その話を聞きながら微笑んでいるのは柏木。今夜は別の用事で松平家を訪問して、今は夕食後のお茶を楽しんでいる所だ。
「もう、皆様、非常識にもほどがありますわ」
「ふーん」
 柏木はあくまで微笑みを崩さない。
「あ、でも、ユキチの子なら産んでもいいかな」
「お前もかよっ!!!!」
 一日中我慢していた瞳子のツッコミとドリルが柏木に集中したのだった。
 
 
あとがき
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