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紅に染まる
 
 
 
 雨がパラパラと降っている。
 動かない身体を見つめていると、自分も同じく奈落に吸い込まれそうに思う。
 血を吸った縦ロールの髪は、もう跳ねることもない。
 強くなる一方の雨は、流れた血を広げては薄めていく。
 それでも、見つめていれば罪の意識は薄くならない。
 いや、元々罪の意識などあったのだろうか?
 そうだ。
 罪の意識に苛まれることよりも恐ろしいことがあったから。他人の命をないがしろにしてでも守りたい物があったから。
 だから、忘れよう。
 自分の心と最愛の人の心の平安の前には、それ以外の誰の命であろうとも安い物なのだから。
 忘れよう。
 彼女は、事故死。
 訂正。忘れてはならない。ただ、記憶を歪めよう。
 彼女は事故死。誰に殺されたわけでもない。
 それが唯一の、そして最高に正しい記憶。
 
 
 松平瞳子がいなくなっても、薔薇の館にはなんの変化もなかった。
 そもそもが、祥子の遠い親戚であるという繋がりしかなかったのだ。
 一同は、福沢祐巳が元のように館に出入りを始めたことのほうを喜んだ。
「瞳子ちゃんは、きっと山百合会に入りたかったんだよ。でも…あんな事になったから。私は瞳子ちゃんの分も頑張ろうと思うの」
 その山百合会から祐巳を追い出しかけたのは瞳子。誰もそれを指摘はしない。
 黙っていることが不文律。死者に鞭打つ不作法など、あってはならないことだから。
 そして、祥子の謝罪を一同は受け入れた。
 事情を知ってしまえば、誰もが仕方ないとうなずくしかなかったのだ。
 最愛の祖母と幼馴染みでもある従姉妹をほとんど同時に失った祥子を、それ以上責める者は誰もいなかった。薔薇の館は再び温かく祥子を迎え入れたのだ。
 
 祥子と祐巳が復活した直後辺りから、薔薇の館に出入りする人間が一人増えた。
 細川可南子。
 誰が見てもわかりやすい、紅薔薇のつぼみの信奉者だった。
「祐巳さまは、ご自分の評価が低すぎます」
 ある日、一緒に洗い物をしていると可南子がそう言った。
「祐巳さまの魅力は一見ではわからないものですもの」
「そうかな…私に魅力なんて……わからないよ、可南子ちゃん」
「ありますとも。多分、紅薔薇さまですらそれには気付いていないと思いますわ」
「可南子ちゃん?」
「祐巳さまには、私と同じ匂いがしますから…」
「同じ匂い?」
「はい」
「よく判らないよ」
「いいんです。祐巳さまは、それが判らないことも魅力なのですから」
「うーん?」
「私も祐巳さまみたいになりたい」
 
 
 祥子にも似た、極度の男嫌い。それが可南子だった。
 妻と娘を捨て、不倫のあげく心中したという可南子の父の噂を聞いて、祐巳は可南子の男嫌いの原因がわかったような気がした。しかしそれについては一切触れず、ただ世の中にいるのは最低の男ばかりではない、と言い続けた。
 可南子が心酔している祐巳の弟が男子校である花寺の生徒会長であるというのも、可南子の男に対する印象をかなり和らげたようであった。
 こうして二人は親しくなり、夏休み直前、祐巳は可南子にロザリオを渡した。
 
 
 夏休みが来た。
 祐巳は、祥子の誘いに乗って避暑地の別荘へと向かう。可南子も誘ったのだが、母を長い間一人にしておきたくないという可南子は、謝罪と共に誘いを断った。
 そうなると祐巳と祥子の二人きりの避暑地の思い出、のはずが、そこには祥子の幼馴染みである三人の令嬢が待っていた。
 無論、祥子のせいではない。ただ、三人は祐巳に対して悪感情しか持っていなかった。
 祥子が一人の家を義理のために仕方なく訪れているとき、残りの二人が姿を見せた。
 祥子がいないというと、それなら祐巳と話をすると言って強引に上がり込んでくる。使用人達も、令嬢達にはうかつに物が言えない。
 じわじわと真綿で首を絞めるような陰湿な言葉の暴力。
 一つ一つ取ってみればただの行き違いや勘違い、過度の冗談で済む物が、まとめて一人に一度に向けられただけで圧倒的な暴力となって立ちはだかる。
「どうしましたの、祐巳さまはさっきから黙ってばかりで」
「申し訳ありませんね、祐巳さま。私たち、祐巳さまが好まれるような話題にはとんと疎くて、祥子お姉さまなら、私たちの言ってることも判ると思うのですが」
「いえ、私は、別に…」
「ごめんなさいね、本当に。このような高級な別荘地で、私たちの話題について来られない人がいるなんて、予想していなかったものですから」
 そこに突然男性の声がする。
「同感だね。僕も君たちのようなお嬢さんがたの話題には全然ついていけないと常々感じていた所だよ。勿論さっちゃんも僕と同じ意見だけどね」
 案内も乞わず、ずかずかと上がり込んできたのは柏木だった。
「やあ、祐巳ちゃん。これからさっちゃんを京極の別荘まで迎えに行くんだけど、一緒にどうだい? その後は、昨日みたいに商店街に行こうか? さっちゃんも含めて三人で」
 柏木は、西園寺と綾小路の二令嬢をじろりと見る。
「昨日、僕と祐巳ちゃんがいた所を見て、なにやら妙な噂を流しているのがいるらしいけど…。この僕に嫌がらせをして一体どういうつもりか知りたいんでね。もしそういう話を聞いたらすぐに教えてくれないかな、二人とも」
 一瞬、二人の顔が青ざめたように祐巳には見えたが、気のせいか。
「は、はい勿論ですわ、優お兄様」
「ええ。勿論すぐにお知らせいたしますわ」
「そう。じゃあ、行こうか、祐巳ちゃん」
 
 柏木は全てを祥子に告げた。だがも祥子には何をどうするということもできなかった。直接の注意は論外として、遠回しな注意はおそらく逆効果となっていただろう。
 柏木にも祥子にも判らない方法の嫌がらせなど、幾通りでも思いつくことができる。上流階級…旧家ではなく金で成功した成り上がり…に生まれていれば、その辺りの手練手管は嫌でも身に付くものだ。
「ごめんなさい。祐巳。私が貴方をここに連れてきたのは、こんな事に巻き込むためじゃなかった。私は貴方を嫌な目に遭わせるために連れてきた訳じゃないのよ」
「わかっていますよ。お姉さま。それに、勘違いしないでください。私はお姉さまとここにいること自体が嬉しいんです。私はこれで十分に楽しいんです。私は、お姉さまと一緒にいられるなら他のことはどうでもいいんです」
 祥子と一緒にいられるなら何でもする。祐巳はとうの昔にそう心に決めていた。その彼女にとって、西園寺たちの嫌がらせなど、どうと言うことはない。その場にいれば苦しいが、過ぎてしまえばただの記憶の一部に過ぎない。
 そして、ただの記憶ならば忘れ去ってしまうこともできる。
 或いは、自らを誤魔化して捏造することも。
 だから、嫌がらせなど祐巳にとってはなんの障害にもならない。
「ありがとう、祐巳」
 祥子は、祐巳の強さに救われたと思った。
 祐巳は、祥子の言葉で全てを忘れられると思った。
 人の悪意など、この程度で消えるものではないということにはあえて目をつぶりながら。
 西園寺からパーティの招待状が届いたとき、二人なら大丈夫だと思った。
 ただそれが、祐巳を嘲笑うためだけに企画されていたとは、当然知るよしもなく。
 
 
「ごめんなさい」
 祥子はただ、頭を下げ続けていた。
「お願いです、お姉さま。頭を上げてください」
 祐巳は祥子の前に跪くようにして下げる頭を支えようとしている。
 一人一人、楽曲を披露する。
 それが知らない間に準備されていたパーティの余興だった。
 亡くなった西園寺の曾祖母が楽曲が好きだったことを偲ぶための余興だと説明されたのだが、本当の目的は見えていた。
 まず、祥子が瞳子の父母に呼ばれた。亡くなった娘の好きだったリリアンの話をゆっくり聞きたいと言われれば、さすがにこれを断るわけに行かず、仕方なく祥子は席を外した。
 その直後無理矢理に、腕ずくにも近い形でステージに引きずり出された祐巳は、用事をあてがわれて遅刻してきた柏木が現れるまで、事実上の晒し者となっていたのだ。
 激怒した柏木だったが冷静さは失わず、適当な理由を付けて祐巳をステージから下ろすと、祥子を連れて三人でその場をあとにしたのだ。
「ごめんなさい。祐巳、本当に…」
 頭を下げ続ける祥子。
「お姉さま、本当にやめてください。悪いのはお姉さまじゃありません」
「さっちゃん、祐巳ちゃんもこう言っているんだ。さっちゃんが悪くないことはちゃんと判っているんだよ。西園寺のほうには僕からもそれなりに話を付けておく。だから頭を上げて。祐巳ちゃんも困ってるじゃないか」
「優さんにも迷惑をかけてしまったわね」
「水くさいな。僕はさっちゃんと祐巳ちゃんのためならいつでもお役に立ってみせるよ」
 柏木は戯けたように言うが、その口調は真面目な物だった。
「こんな馬鹿馬鹿しいことで二人がぎくしゃくしていたら、瞳子にも怒られてしまうからね」
「瞳子ちゃん…?」
「うん。ああ見えても瞳子は祐巳ちゃんのことを嫌いじゃなかったと思うよ。もっと長くつきあうことができていれば、祐巳ちゃんの妹になっていたかもしれないよ」
「優さん、祐巳には既に妹がいてよ」
「ああ、そうだったね。失敬。その人のことを軽んじている訳じゃないんだ」
 しばらく話して、祥子が落ち着いてきた様子を見たところで柏木は別荘を出た。
 残った二人はその翌日、別荘最後の日を誰にも会わない日と決めて、部屋の中でゴロゴロと過ごした。
 結局、それが別荘地最高の思い出になったというのだから、皮肉なものだ。
 
 
 夏休みが終わる寸前、祐巳は新聞を見て驚いた。
 ある別荘地で山火事が起きたという。記事を良く読むと山火事というのは大袈裟で、実際は数件の別荘が燃え落ちてしまっただけらしい。
 聞き覚えのある地名。見覚えのある現場写真。
 さらに、被害者の名前に祐巳はギョッとした。
 西園寺……。
 祥子の幼馴染みの名前だった。
 その翌日、山百合会の用事で薔薇の館へ行くと、祥子さまも知っていたらしく、沈痛な面持ちで祐巳が来るのを待っていた。
「お姉さま…」
「ええ。祐巳。大変なことになったものね」
「あの、お葬式とかは」
「ああ、私は行かないわ。親戚というわけではないし。あんな事を貴方にしてのけた人と友達だなんて、認めたくはないから」
「ごきげんよう」
 そこへ、可南子が現れた。
 祐巳は少し緊張する。
 可南子を妹に選んだことについては、祥子は何も言わなかった。しかし、二人の仲が良くないことは祐巳も気付いている。
 別荘地から帰った翌日、祐巳は可南子と会った。
 祐巳は、別荘地での話を聞けば可南子の祥子を見る目が変わるかもしれないと思った。それに、柏木のやったことを知れば可南子の男を見る目にもいい影響があるかもしれないと思った。
 しかし、別荘地での話を聞いた可南子はこう言ったのだ。
「そんな所に祐巳さまを連れて行くなんて、紅薔薇さまは一体何を考えていらっしゃるんですか?」 
 その可南子がやってきた。
「ごきげんよう。お姉さま。紅薔薇さま」
「ごきげんよう、可南子ちゃん」
「あの、紅薔薇さま。昨日のニュースでやっていたのですが…」
 可南子の問いは、その被害者が祥子の知り合いであるかどうかと言うものだった。
 答える祥子。可南子は得心がいったというようにうなずいた。
「そうですか。それなら大丈夫ですね」
 可南子の妙な言葉に祐巳はひっかかるものを感じたが、祥子に命じられて、夏休みの計画表を持って部室等へ行くことになる。夏休み中の計画と実際の部活動との違いを聞き取ってくるのだ。
 祐巳が館を出ると、祥子が可南子を座らせる。
「可南子ちゃん。何か言いたそうだけれど?」
「言いたいと言うよりも、喜ばしいと思っています」
「何が?」
「祥子さまも、祐巳さまと同じ匂いがするようになったから…」「私も……」
「ええ。同じ匂い。判りますわ。隠しても無駄です。私には判るんですよ、どうしてだか」
 そこで祥子は、可南子を初めて見る相手のようにまじまじと見つめた。
「可南子ちゃん、貴方まさか…」
「私の父の噂は聞いていますよね…。私とお母さんを捨てて心中した男がいた。それが私のお父さんだった。それだけのことです」
 可南子は立ち上がり、お茶を煎れる。
「令さまや志摩子さまたち、遅いですね…」
 二人分のお茶を、可南子はテーブルに置いた。
「そうですね、祥子さま。私の父が死んだのも、西園寺という方が死んだのも、ただ、それだけのことだと思いませんか?」
「祐巳は…、祐巳はどうして…」
「松平瞳子さんがお亡くなりになったのだって、ただそれだけのことなんですよ」 
「瞳子が?」
「知らなかったんですか? うすうす感づいていたんじゃありませんの?」
「でも、瞳子は私の…」
「西園寺さんは、祥子さまの幼馴染みではありませんでしたの?」
「瞳子とは違うわ、あの子は…」
「両親がいて、お友達がいて、同じじゃありませんか」
 可南子はにっこりと笑う。
「そして二人とも、祐巳さまを傷つけた。そんな所まで全く同じ」
「瞳子が、祐巳を傷つけた?」
「知らないとは言わせませんわ。貴方が自分のことにかまけて祐巳さまを見捨てたとき、誰が祐巳さまを傷つけたと思ってらっしゃるの? 手をさしのべようともしなかった藤堂志摩子? 島津由乃? 二条乃梨子? 支倉令? いいえ、あの人達は少なくとも積極的には祐巳さまを傷つけようとしたわけではないわ。救い難き愚か者ではあるけど罪人ではない。祥子さま、貴方はより罪が重い、貴方こそが最初に祐巳さまを見捨てたのだから」
「私は祐巳を見捨てたことなどなくてよ!」
「ええ。そうですね。少なくとも貴方は祐巳さまを見捨てようとしたのではありません、ただ甘えただけ。祐巳さまの優しさにすがって、ただ甘えただけ。それが祐巳さまをどれほど傷つけるかにも気付かずに。貴方もただの愚か者だっただけ。藤堂島津二条支倉以上に」
「愚か者…ええ。私は愚かだった。だからもう二度と祐巳を傷つけないと誓ったのよ。例えどんなことをしてでも」
「それが松平瞳子だとしてもですか?」
 可南子の視線が祥子のそれを捉えていた。絡みつくような視線は、祥子に逸らすことを許さない。
 ただ一つの返事を放つ自由だけが、今の祥子に残されたもの。
「たとえ、瞳子でも」
「ええ。雨に濡れた歩道に立っていた瞳子さんは、ただスリップした車に運悪く轢かれてしまっただけ。車がスリップしたとき、運悪くその方向に転んだだけですから」
 眠っているように閉じかけた祥子の目には、微笑む可南子が映っている。
「…瞳子の後ろに、祐巳なんていなかった」
「当然です、紅薔薇さま。西園寺家の別荘に、小笠原祥子がいなかったのと同じように」
 祥子も微笑んだ。
「お父さんの心中現場に、細川可南子がいなかったように?」
 うなずく可南子。
「ええ。勿論」
 
 
 忘れたからと言って、それがなくなるわけではなかった。
 ただ、目に見えない所にしまわれるだけ。
 ふとした拍子で、それは隠してあった場所から姿を見せる。人はそれを見て、顔をしかめたり、喜んだり。中には、それをかつて持っていたことを忘れている人もいる。
 
 祐巳は身体を起こした。
 まただ。
 また、同じ夢。
 雨の中、可南子と祥子が二人で歩き去っていく夢。
 瞳子ではなく、何故か可南子。
 夢の中では聖は助けに来ない。そのまま雨に打たれて祐巳は忘れられる。
 雨に濡れた祐巳の横を通り過ぎていく志摩子と乃梨子。
 声をかけられても気付かずに歩いていく令と由乃。
 ふと見上げると、瞳子がいる。
 そして血まみれの瞳子は言う。
「祐巳さま?」
 そこでようやく夢から覚める。
 目が覚めると、いつも手が濡れているような気がする。
 深夜にもかかわらずシャワーを浴びて、再び眠りにつく。
 数回繰り返すと、誰の目にも明らかな寝不足だった。
 まどろみの中、再び夢が語りかける。
「祐巳さま、瞳子を殺しましたの?」
「まさか。そんなことするわけないよ」
「でも瞳子は殺されたんですよ?」
「違うよ。私は背中を押しただけ。死んだのは瞳子ちゃんの勝手だよ」
「そうですの。祐巳さまはそう仰るんですか」
 寂しそうに、夢の中で瞳子は呟いた。
「それすら、認めては下さらないのですね」
 目が覚める。
 朝。
 眠った気の全くしない、疲れ切った朝の目覚めだった。
 
 
「久しぶりね、祐巳ちゃん」
 温かい声と抱擁。
「今日はどうしたの? もしかして、祥子のこと?」
 ニコニコと笑いながら、蓉子は祐巳の肩を抱いた。
「相談なら乗るけれど、解決するのは、祐巳ちゃんの力だからね」
「はい。そのつもりで来ました」
「よし、それでこそ祥子の妹」
「可南子のことは知っていますか?」
「紅薔薇のつぼみの妹ね。祥子から話は聞いているわ」
「あの、噂のことも…」
「父親の事…いい噂じゃないことは確かね」
「それから、瞳子ちゃんのこと…」
「ええ。事故の話は聞いたわ。祥子の親戚だと聞いたときは二重に驚いたけれどね」
「別荘の火事は…」
「祥子の別荘の近くね。私も一度行ったことがあるから覚えていたわ。あの事故は何か関係あるの?」
「亡くなったのが、お姉さまの幼馴染みの方なんです」
 蓉子は訝しげにうなずいていた。
「それで、それぞれがどうかしたの?」
「全員、紅薔薇の関係者じゃないですか」
「そういえばそうね」
「可南子ちゃんが私に、自分と同じ匂いがするって」
 祐巳は震え始めていた。
「そして別荘の事故のあと、今度は祥子さまにも同じ匂いがするって言い始めて…」
「ふーん。それで」
「私、瞳子ちゃんの夢を見るんです。私が瞳子ちゃんを殺した夢を」
「夢じゃないかもしれない?」
 息を飲む音。少し間を空けて、祐巳はそれが自分の出した音だと気付く。
「つまり貴方も、可南子ちゃんも、そして祥子も、同じ罪を犯しているって言いたいの?」 
 祐巳は答えない。だが、その震えは答を明確に示している。
「そう。でも証拠はないのでしょう? 貴方の懺悔以外には」 微かに祐巳はうなずく。
「怖くなって、私に相談したと…」
 ふう、と溜息をつく蓉子。
「どうして、私に? 私はただの女子大生よ。犯罪に関わることになんて答えようがないと思わないの?」
 祐巳はうつむいていた顔を上げる。
「だって…蓉子さま……」
 ようやく、祐巳は笑った。
「同じ匂いが…」
「私も?」
 クスクス笑う蓉子。
「どうしてそう思ったの?」
「…久保栞さんは、今はどこで暮らしているんですか?」 
 にっこり。
 蓉子は祐巳の知る限りにおいて最大限の笑顔で答える。
「場所は知らないけれど、幸せに暮らしていけたはずよ。聖と再会しようなんて思いさえしなければ、ね」
 立ち上がる祐巳。
「私、なにか吹っ切れたような気がします」
 
 
 祥子が卒業する頃には、祐巳はもう瞳子の夢を見なくなっていた。
 そして新たな一年生。
 可南子と祐巳は、一年生の群を見るとも無しに眺めていた。
「あ…」
 二人は同時に一人の新入生に気付く。
「お姉さまも?」
「最近、敏感になっちゃって…可南子のせいだよ」
「いいことだと思いますけど」
「じゃあ、可南子も判ったんだね」
「ええ。あの一年生…」
「私たちと同じ匂いだね……」 
 
 
 
 
あとがき
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