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ナースの祐巳ちゃん
 
 
 
 
 リリアン女学園二年生、紅薔薇のつぼみこと福沢祐巳が登校中に交通事故にあった!
 
 その情報は少し遅れて学園を駆けめぐり、そして薔薇の館をパニックに陥れた。
 
「祐巳はどこ、どこの病院なのっ、無事なの? 怪我は、怪我はどうなの!」
 タイを捕まれ、引っ張られ、締め上げられ、口を挟む間もなくまくし立てられて失神寸前の真美さん。
「さ…祥子…さま…はな…」
 慌てて間に入る令さま。
「祥子、真美ちゃん死んじゃうって」
「祐巳が死んだ?」
 呆然とした顔で令さまを見る祥子さま。
「いや、それ聞き違え。とにかく落ち着いて真美ちゃんを離しなさい。真美ちゃんが何も言えないじゃない」
 真美さんはぜえぜえと息を喘がせながらやっとの思いで病院の名前を告げ、力尽きて気絶する。
 病院名を耳にした瞬間、ダッシュで走り出す瞳子ちゃん。それを追う祥子さま。
「瞳子! 抜け駆けしたら松平家ごと潰すわよっ!」
「ええええーーーっ!」
 さすがに瞳子ちゃんは止まるしかない。
「令、今日の会議は中止で良いわね」
 令さまは無言でうなずいて、横の由乃さんに言う。
「由乃もお見舞いに行くよね?」
「勿論よ。すぐに行きましょう。善は急げよ」
 二人が駆け出すと、あとには乃梨子ちゃんと志摩子さんが残される。
「志摩子さん、私たちも行くでしょう?」
「ええ。でも、慌てることはないと思うのよ」
「どうして?」
「事故にあったのは祐巳さんだけれども、怪我をしたのは祐巳さんではないもの」
「え?」
「私、朝の現場を目撃していたのよ。みんな、私が何か言う前に急いで行ってしまうから…」
 真美さまが来る前に早く言えよ、と乃梨子は心の中で思う。
「なんだ…でも、病院に祐巳さまがいるって…」
「ええ。車に轢かれかけた祐巳さんを助けた方がいて、その人が運ばれたのよ。それで祐巳さんは付き添っていったのだと思うわ。みんな、それで誤解しているのね」
 うふふ、と志摩子さんは笑う。
「そういうことか、でも、祐巳さまを助けた人って偉いですね」
「そうね、乃梨子も誇りに思っていいわよ」
「私が? どうして?」
「私も、さすがお姉さまだと思うのよ」
「って…聖さま?」
「ええ」
「いや、少しは慌ててください」
 
 病院にたどり着いたはいいが、「福沢祐巳の病室はどこ!」という祥子さまの言葉だけでは見つかりようがない。病室にいるのは佐藤聖である。
 もっとも、瞳子ちゃんも令さまも、由乃さんも同じような状態だったのだが。
「おや、みなさんお揃いで」
 聞き覚えのある声に瞳子のドリルが逆立つ。
「細川可南子っ! どうしてここに」
「どうしてと言われましても、祐巳さまと一緒に参りましたのですが?」
「いつの間に、貴方」
「登校中に祐巳さまのお姿をお見かけしたので、ご挨拶しようとした所にこのような事故が起きまして、そのまま救急車を追いかけて…いえ、同乗してここまで参りました」
 あまり深く追求しないことにして、祥子さまは尋ねる。
「それで、祐巳はどこにいるの?」
「ご案内いたしますわ、つぼみの身の危険に今頃お気づきになった紅薔薇さま」
 カチン
 しかし、祥子さまは我慢している。祐巳の居場所を聞くまでは取りあえず我慢だ。
「それでは参りましょう、クラスメートの危機に今頃のこのこ現れた黄薔薇のつぼみも」
 カチン
 由乃さんも我慢。
「病院内ではお静かに。妹になりたいと大層な口をきくくせに情報の遅い瞳子さん」
 ドリュッ
 瞳子ちゃんも我慢。
 ピリピリした空気の集団に、看護婦や患者達は自然と道をあける。
(うーん。とにかく由乃だけは止めよう。こんなところで暴れたらシャレにならないものな)
 祥子さまと瞳子ちゃんと可南子ちゃんがどうなろうと、最愛の従妹に比べれば知ったこっちゃない令さまは、心にそう誓っていた。
 
 
「お願いがあるんだけど、お景さん」
「誰がお景さんよ、誰が」
「じゃあ、加東さん」
「じゃあって…まあいいけど。なに?」
「これ、このままにして欲しいんだけど」
「はあ?」
「こう両手に包帯巻いてると、両手が使えないみたいじゃない?」
「軽い捻挫でしょ。痛みはあっても立派に使えるじゃない」
「言わなきゃわかんないって」
「…祐巳ちゃんに恩着せる気?」
「や、そこまでは言わないけど、両手がふさがっていると色々お世話してもらえそうな気がしない?」
「……ヘンタイ」
「別にイイよ。当たってないこともないし」
「どうなっても知らないわよ」
「あれ、帰っちゃうの?」
「頼まれて保険証を届けただけでしょ。私は祐巳ちゃん騙す気もないし。だから帰るの」
「そ。じゃあバッハハーイ」
「そんな元気な怪我人がいるか」
 少し間をあけてやってくる祐巳。怪我はないが、一応念のため検査を受けていたのだ。検査のほうには、何故か現れた可南子ちゃんが付き添っていたが、今は売店に行ってもらっている。
「聖さま…ごめんなさい」
「ああ、いいよいいよ。別に骨折とかじゃないから。捻挫だよ、単なる。祐巳ちゃんが気にすることないから」
「いえ、そんなことないです。あの…私、聖さまのお世話、なんでもします」
 祐巳の一途な瞳に一瞬、罪悪感が聖さまの胸に走る。しかし、
『お世話、なんでも』という言葉が全てを打ち消した。
「そ、それじゃああの…祐巳ちゃん…私、喉が渇いたなぁ」
「はい。何がいいですか?」
「そこのお水でいいよ」
 口移しで、と言いかけて辛うじて自制する聖さま。
(まだ、まだよ、聖。口移しはもっと後、まずはこの段階からじわじわと外堀を埋めていくのよっ!)
 かちゃり。ドアが開いた。
「ごきげんよう、お姉さま。お加減はどうですか?」
「志摩子? 乃梨子ちゃん?」
 そこには、ナース服を着た二人がいた。
「お姉さまのお世話をしに参りました」
「どうして?」
「祐巳さんにご迷惑をかけるわけにはいきませんから」
「志摩子さん、私のせいで聖さまが怪我したんだから、私がお世話をするのが当然だよ」
「そうですか。わかりました。ではこれを」
 ナース服の一式を取り出す志摩子さん。
「…どうしてこんな物を?」
「私のスペアです」
 当たり前のように答える乃梨子ちゃん。
 取りあえず祐巳は悩むのをやめた。
「それじゃあ、私たちは一旦帰りますわ…」
 乃梨子ちゃんの腕をとる志摩子さん。
「帰るわよ、乃梨子。服を着替えて帰りましょう」
「志摩子さん、駄目。そのままがいい。私、お医者様の白衣着るから」
「…何をする気、乃梨子?」
「はっ…あの…は、ははっ、ははは」
 笑って誤魔化す乃梨子ちゃん。
「…うふふふ」
 ちょっと意味深な志摩子さんの笑い。
 あはは、うふふ、と笑いながら手を繋いで帰っていく二人。
 呆然と見送る聖さまと祐巳。
(志摩子…イイ妹見つけたね…)
 いや、聖さま、そこしんみりする所じゃないです。
 
 可南子ちゃんが売店での買い物を終え(売店に寄った瞬間、祥子さまと瞳子ちゃんがキレそうになったが、可南子ちゃんの「祐巳さまのおつかいです」の一言で丸く収まった)、ようやく病室に姿を見せた。
「あ、可南子ちゃん、ありがとう」
 愕然とする祥子さま、瞳子ちゃん、可南子ちゃん。
 一同の前では、ナースルックの祐巳がかいがいしく聖さまの世話をしている。
 具体的には、リンゴを剥いて食べさせている。
「な、な、な……」
 あまりのことに二の句が継げない祥子さまと、ドリル高速回転発射準備完了ターゲットロックオンの瞳子ちゃん。そして可南子ちゃんは取り出した黒いノートになにやら書いている。そのノートの表紙には手書きで「DEATHNOTE」。
「何やってるの、祐巳さん」
 由乃さんがごく普通に尋ねた。
「聖さま、私のせいで両腕怪我しちゃったから、治るまで私が看護婦さんになってお世話するの」
 そして聖さまのほうに向き直り、
「はい、聖さま。あーんして下さいね」
「あーん」
「はい。あ、リンゴの汁が…」
 ハンカチで聖さまの口の回りを拭く祐巳。
 ギリギリギリッ
 歯ぎしり×3
「祐巳、そこまでする必要はなくてよ。この病院にだってちゃんと看護婦がいるんですから」
「祐巳さま、いけません。そのようなことをなさっては…」
「祐巳さま、いくら怪我人だからと言っても、甘やかすにもほどがあります」
 三人の言い分に、キッと怒った顔を向ける祐巳。怒った顔だと言うことは判るが、困ったことにそれはそれでとても可愛らしい。仔狸が頑張って威嚇しているような愛らしさである。
「三人とも、どうしてそんなこというの? お姉さま、酷いです。可南子ちゃんも瞳子ちゃんも。聖さまは私のために怪我したんだよ?」
 絶望に突き落とされる三人。
「祐巳…いえ、私は、そんな…ああ…」
「祐巳さま。私はそんなつもりでは……。申し訳ありません」
「祐巳さま…。瞳子は祐巳さまのことが心配なだけなのに…」
「いいんだよ、祐巳ちゃん。私が祐巳ちゃんに無理を言うのが悪いんだから…」
 聖さまの言葉は確実に祐巳の心を打っていた。
「そんな…聖さまがそんなこと言わないでください。私、聖さまの無理ならいくらでも聞きますからっ」
 絶望どころか奈落の底、さらにその下、どん詰まりまで落とされる三人。
 聖は三人の様子を見ながら心でほくそ笑む。
「そう。それじゃあ祐巳ちゃん、今度はウーロン茶が飲みたいな」
「はい。可南子ちゃんに買ってきてもらったのがあります」
 自分の行為の結果に気付き唖然とする可南子ちゃんと、睨みつける祥子さま、瞳子ちゃん。
(聖さまに飲ませるために買ってきたわけじゃないのに…コノウラミハラサデオクベキカ)
 ふと、祥子さまは令さまを見た。
 手招きして囁く。
「令、あなた剣道やっているんだから握力は相当あってよね?」
「ん? あ、うん。平均よりはあるだろうけど、どうして」
 両手を差し出す祥子さま。
「ちょっと、手首の辺りをポッキリやってくれないかしら?」
「はあ?」
「私が両手を痛めれば、祐巳は私の世話をしてくれるに違いないわ」
「何言い出すの、祥子」
 いきなりの気合い声。
 瞳子ちゃんと可南子ちゃんが、両手で壁を手当たり次第に殴っている。
「こんな物じゃ埒があきませんわ。瞳子さん、そのドリルで私の両腕をひと思いに!」
「可南子さんこそ、その全体重を私の肘にかけてテコの原理でポッキリと!」
「二人とも何を…」
 慌てる令さまの隣で、今度は由乃さんが突然胸を押さえる。
「う…心臓が…」
「え? 由乃っ?」
「うう、祐巳さん、お世話して…」
「……由乃?」
 おろおろと四人を見回す祐巳。原因は自分なのだが、どうしてこうなったのか一番判っていないのも祐巳である。
「うるさい!」
 とうとう聖さまが怒鳴った。
「あんたたち、人の病室で何やってんのよ! 怪我人がいるんだから、少しは静かにしなさい!」
 祐巳の肩を抱き、
「私は祐巳ちゃんにしっかりお世話してもらうから、悪いけどみんな、出て行ってくれる?」
「あの……聖さま?」
「ああごめんね、祐巳ちゃん。でも、私は優しい祐巳ちゃんと二人っきりで…」
「聖さま、今、怒鳴りながら両手振り回してませんでした?」
「……え?」
「あと、今、私の肩をしっかりと抱いているような気がするんですけど…」
「……え? ええ?」
 自分の動きをゆっくりと思い返す聖さま。
 確かに祐巳の言うとおりだった。
「聖さま、手、治ったんですか?」
「ああ…うん。治っちゃったみたいね…。これも祐巳ちゃんがお世話してくれたおかげ…かな?」
 すっと聖さまの元から離れる祐巳。
「聖さま?」
「はい?」
「今から聖さまのお世話は…」
 にっこりと笑う祐巳。
「お姉さまと可南子ちゃんと瞳子ちゃんがやってくれると思います」
「え゛?」
 祥子さま、可南子ちゃん、瞳子ちゃんが満面の笑みで聖さまを囲む。
「そうですわね。聖さま、私たちがゆっくりとお世話して差し上げますわ」
「私、一度怪我人の看護というものをやってみたかったんです」
「安心してくださいませ、入院が延びたとしても、きっちりとその間のお世話はさせて頂きますわ」
「ご安心下さい。一ヶ月であろうと二ヶ月であろうと入院費用の心配はいりませんわ」
「私、自家製のクスリを実験してみたいのですが」
「あいにく医療用ドリルの持ち合わせはありませんが、代わりの物ならいくらでも」
 聖さまはゆっくりと後ずさる。
「あ、あの…祥子? 可南子ちゃん? 瞳子ちゃん?」
 令さまと由乃さん、祐巳さんの背中が見えた。
「令、由乃ちゃん、祐巳ちゃん、助け…」
 病室のドアを閉める祐巳。
「それじゃあ令さま、由乃さん、帰りましょうか?」
 
 
 再びお見舞いに来た志摩子さん乃梨子ちゃんのナースコンビに聖さまが救出されたのは、それから三日後のことだったという。
 
 
 
 
あとがき
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