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乙女の秘密(笑)
 
 
 
 うららかな日射し。冬には珍しい暖かさ。
 薔薇の館にはフルメンバーが揃って、午後の時間をゆったりと過ごしていた。
 狙ったわけではないが、いつの間にか学年ごとに別れる形でそれぞれくつろいでいる。
 おしゃべりをして、時折笑う一年生を優しく見つめる三年生。
 しかし、祥子と令の眼差しは蓉子や江利子のものよりも遙かに優しく、そして暖かい。
 勿論、愛情の差ではない。直接の姉妹というのはそういうものだ。
 その証拠に聖の志摩子を見る眼差しは、同じ三年生たちともやはりどこか違っている。
 薔薇の館という言葉にふさわしい麗しい空間がそこにはあった。
 祥子の爆弾発言までは。
 
 令はコップの中身を飲み干した。
「こうしてみると、由乃と祐巳ちゃん、志摩子と同じ歳には見えないね」
「うふふ、本当に。祐巳がとってもお子様に見えるわ」
「可愛い子供?」
「令は由乃ちゃんが一番可愛く見えているんでしょう?」
 一見するとこの二人、美男美女の若夫婦に見えてしまう所が怖い。しかもこの会話は、公園で遊ぶ子供を見守る若夫婦の会話だ。
「子供…」
 祥子は突然気づいたようにきょとんとする。
「そういえばあの子…」
「どうしたの、祥子」
「祐巳ったら、もう済ませているのかしら」
「何を?」
「何をって勿論、女として大切な事よ」
 なにかまた一人合点で考えているな、とつき合いの長い令は思う。
「なんだか知らないけれど、本人に聞いてみればいいんじゃない?」
「それもそうね、他人ならいざ知らず、姉妹だものね」
 どうやらプライバシーに関わることらしい。
 立ち上がる祥子。
「祐巳」
 大きな声ではないが、珍しく静かな館内では全員にその声は聞こえている。ただ今のところ、誰も干渉するつもりがないだけだ。
「なんですか、お姉さま」
「ちょっと聞きたいのだけれども」
「はい」
「貴方、もしかしてまだなの?」
「何がですか?」
「だから、貴方、処女なの?」
 ビシッと破滅の音がした、ような気がした。
 口に含んだ飲み物を噴く音も数カ所から聞こえる。
 コップの割れる音。椅子の倒れる音。
 かろうじて音を立てていないのは、志摩子と蓉子だけである。
 ただし、その表情は引きつっている。
 それぞれの行動は違っても、全員の視線は一カ所に集まっていた。
「ど、どどどど…」
 それ以上の言葉を続けることのできない祐巳。
「さ、祥子?」
 正気に戻って最初に尋ねたのは、さすがに蓉子だ。
「貴方…」
 江利子がキューを出し、聖が蓉子の口を背後から塞ぐ。
(なにするのっ!)
(こんな面白いこと、貴方に任せたら速攻で収束させるでしょ!)
(当たり前でしょーーーー!!!)
 質問者が江利子に変わるが、周りの動揺に逆に驚いた祥子は気にも留めていない。
「祥子ちゃん、人に聞く前に自分が言うべきよ」
 一瞬当惑するが、それもそうだなと納得した顔の祥子。
「私はもう済んでいますけれど」
「え゛え゛え゛え゛え゛え゛」
 車にひかれたカエルのような声で絶叫したのは令。
(い、いつの間に…一体相手は…まさか、あの柏木とか言う…嘘、絶対嘘だ、祥子に限ってそんな…)
「どうしたの、令」
「さ、祥子?」
「何を驚いてるの? 令」
「祥子、貴方、しょしょ…」
「処女じゃないってこと?」
 くぎぁあああああと絶叫してテーブルに突っ伏す令。それを見た由乃がつたたたと走っていって頭をはたく。
「そこまでショックを受けるというのは一体どういう事なのか説明してくれない、令ちゃん」
 二人のやりとりが判らず、キョトンとしている祥子に江利子は続ける。
「ふむ。それじゃあ次は祐巳ちゃんが答える番よね」
 返事がない。
「祐巳ちゃん?」
「立ったまま意識を飛ばしてます」
 代わりに答える志摩子。
「それじゃあ判らないわねぇ。うん、ついでだからみんなにも聞いてみましょうか」
 黄薔薇さま、悪魔の笑い。
「黄薔薇さま。私たちはみんな高校生ですよ? 一応祐巳には聞きましたけれども、高校生にもなってまだというほうが珍しいのではないのですか?」
「そうかな。世の中結構判らないわよ?」
 世の中、と言う言葉を出されると祥子は弱い。自分が世間知らずであることを、山百合会に入ってからは何度も痛感しているのだ。
「例えば由乃ちゃんはどう思う?」
「え、由乃ちゃんはもう済んでいるはずですよ」
 んぎゃ、と奇声を発して振り向く由乃。
「なんでそうなるんですか、祥子さま?」
「だって貴方、この前令から…」
「ストップ! そこまでです、祥子さま、それ以上は言わないでくださいっ!」
「休み時間に分けてもらっていたじゃない」
「は?」
 呆然と由乃。
 聖と蓉子、志摩子がうなずいた。
 それに気づいた聖は蓉子の口から手を離す。
「蓉子、こうなったら最後のオチまで黙ってなよ」
「はあ…まさかこんな事まで教える羽目になるなんて…。それよりなんで江利子はすぐに判ったのよ」
「勘よ、勘。外れていたとしてもそれはそれで面白そうだし」
 …なんでこれが黄薔薇さまなんだろう。
 蓉子は紅薔薇さまになってから数百回目の自問自答を繰り返す。
 呆然としていた由乃の顔に少しずつ理解の色が。
「もしかして、先週の木曜日の昼休みですか?」
「そうよ。貴方急に始まって持ち合わせがないからって令に分けてもらいに来たでしょう?」
「生理用品ですよね?」
「そうよ?」
 周りの反応が全く腑に落ちない祥子。
「もしかして、初潮が来てない女の子のことを、処女って言うんですか?」
「なによ、知らなかったの? 由乃ちゃん」
 由乃のどんよりした目が蓉子を見る。
(すいません、紅薔薇さま、あとよろしくお願いします)
 溜息をついてうなずく蓉子。
 
 数分後、蓉子の説明が終わった後の祥子は見ている方が困るほど恐縮しまくり、その日は即座に帰宅したという。
 
 
 
 
「ということがあったわけよ」
 ゲラゲラ笑う令。勿論自分の問題発言は全てカットしている。
「うわぁ…」
 明らかに退いている乃梨子。
「困ったものですわ。恥知らず…失礼、世間知らずというものには」
「令さま、それは隠しておくって約束だったじゃないですか」
「そうだっけ? まあいいじゃない、祐巳ちゃん。じゃあ、乃梨子ちゃんも可南子ちゃんもこの話は広めちゃ駄目だよ」
「ひどいです、令さま」
「ごめんごめん。そんなにふくれないで」
 プクーッと頬をふくらせてそっぽを向く祐巳。
「ごきげんよう、皆様」
 外へ出る祐巳と入れ違いにやってきたのは瞳子。
「なんですの? 祐巳さま、子供みたいに」
「まあまあ。今は放っておいてあげてよ、瞳子ちゃん」
「祐巳さまは子供だなって瞳子は思います」
 そして溜息。
「もしかして、まだ処女なんじゃありませんか?」
 ビシッ。
 どこか懐かしい破滅の音がした。ような気がした。
 そして令は、心の底から思う。
 ……大丈夫か、この一族。
 
 
 
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