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○○はサンタクロース♪
 
【祐麒の場合】
 
 
 柏木の甘言にのった自分が愚かだった。
 祐麒は心から後悔していた。
 
 事の起こりは二学期の終業式前。
 
「さっちゃんの家でクリスマスパーティをやるらしい」
「それがどうしたんだよ」
「クリスマスと言えばサンタクロース。サンタ役が必要だとは思わないかい?」
「…俺にやれって?」
「さすがユキチ。僕が見込んだだけのことはある。頼まれてくれるかい?」
「あんたがやればいいだろう」
「僕は同じ日に別の場所で正式なパーティに呼ばれているんだ。席を外すわけにはいかないよ」
 小笠原家のクリスマスパーティ。それとは別に祥子がプライベートなものを開く。柏木が言っているのはそちらのプライベートパーティのことだった。
 柏木自身は小笠原家のオフィシャルのパーティのほうにいなければならないと言う。
「そりゃあ、途中で抜けて顔を見に行くくらいは構わないさ。だけどサンタ役ができるほど長時間席を外すのは無理だよ」
 言われてみればその通り。そして、祐麒はクリスマスの日は暇だ。
 一緒に過ごす彼女などいない。
 一緒に過ごす悪友なら腐るほどいるが。
「わかった。だけど…」
「ああ、大丈夫。衣装はこっちで用意するし、手引きもきちんとする。ユキチはプレゼントを持っていって渡すだけでいいんだよ。さっちゃん達さえ良ければ、そのままパーティに参加してもいいよ」
「……」
「ああ、プレゼントなら心配することはない。僕が買っておくよ。なんなら、ユキチから祐巳ちゃんへのプレゼントも僕が負担しようか? なに、バイト代とでも思ってくれれば」
 この辺り、親切のつもりだろうがデリカシーには欠けている。ある意味、非常に柏木らしい申し出に祐麒は逆に笑ってしまった。
「いや、それはいい。だけど、やるからには恥を掻きたくないから。ちゃんと計画は立てて欲しい」
「もちろんだ。僕がユキチに恥を掻かせると思うのかい?」
 それが自分の…祐麒のためになると判断すれば、平気でそれぐらいはやりかねない男だ。と、祐麒は知っている。
「わかった。25日の予定を開けておく」
「いや。パーティは23日だよ」
「え?」
「本来のクリスマスは色々と都合がつかないから、ずらしたそうだ」
 なんとなく気勢がそがれたが、祐麒は素直に返事した。
 
 そして当日。
 祐麒は柏木の指示に従って、日が暮れてから小笠原邸の裏口にやってきた。
 ちなみに、祐巳からそれとなく聞き出した今日のメンバーは、祥子、祐巳、令、由乃、志摩子、乃梨子、可南子、瞳子ということらしい。要は全員集合だ。
「やあ、ユキチ。時間通りだよ。おや、その荷物は?」
「俺からのプレゼントだよ」
「嬉しいな、ユキチからのものならなんだって」
「祐巳にだ。どうして俺が先輩にクリスマスプレゼントなんか渡すんだよ」
「愛の証だろう?」
「帰る」
「冗談だ」
 慌てて引き留めると、柏木は祐麒を空き部屋に案内してサンタ衣装を渡す。
「着替えたら早速隠れに行くよ」
「どこに隠れるんだ?」
「さっちゃんの部屋の中に絶好の隠れ場所がある」
 婚約者の部屋の様子を知っていても、別に不思議はない。
 しかし、祐麒は示された隠れ場所を見て逃げそうになった。
「これって衣装箪笥じゃないのか…」
「クローゼットと言って欲しいな。なに、さっちゃんはああ見えて物欲に乏しいからな、あまり服は持っていない。ユキチが隠れるくらいのスペースは十分にあるさ」
「祥子さんの服が…」
「気にするな。それより早くしないと皆が戻ってくるし、僕も会場に戻らないと困る」
「戻ってくるって、今までどこに?」
「居間だろう? さ、早く」
 クローゼットの扉を閉められるがあらかじめ隙間ができるように細工していたらしく外の様子はしっかり見える。
 これで、後は時間を見計らって出て行くだけだ。
 
 出るに出られない。
 色々な意味で。
 まさか、まさか……。
(こんなことなら、祐巳に詳しいことを聞いておけば良かった…)
 後悔先に立たず。
 まさか、クリスマスパーティとは名ばかりのパジャマパーティだったとは……。
 まず、パジャマ姿の一行が入ってきた瞬間に祐麒は固まってしまった。
 勿論、裸ではないし、ネグリジェ等のシースルーなパジャマというわけでもない。しかし、健康かつ平凡な男子高校生が、これだけの美少女のパジャマ姿の集団の中に平気で飛び込むことができるかと言えば、答はNOに決まっている。
 そしてよく見ると、数人の足取りがおかしい。
 祐麒は、祐巳の手にあるものを見て愕然とした。
 シャンパンとワイン。つまり酒、アルコール、酩酊性飲料。
 酔ってます。
(酔った祐巳のパジャマ姿!?)
 愕然の理由がちょっとおかしい。
 わいわいとおしゃべりを楽しみながら、クッションに寝ころんだりして話し続ける一同。
 祐麒は目のやり場に困りながらも、全く視線を逸らさない。
(…出るタイミングを計っているんだ。出るタイミングを!)
 自分に嘘をついています。
 
「ところで、志摩子さんのお姉さま…佐藤聖さまってどんな方だったんですか?」
「どんな方って…」
 由乃と顔を見合わせる祐巳。やや赤くなった顔でにんまり笑うと、可南子の背後に回る。
「祐巳さま?」
「可南子ちゃん、ちょっと協力してね……あのね、乃梨子ちゃん、聖さまという人は…」
 可南子に背後から抱きつく祐巳。
「こんな人でしたー!」
「ゆ、祐巳さま!」
 叫んだのは可南子ではなく瞳子。
「何をなさるんですか!」
「乃梨子ちゃんにぃ、聖さまの説明をしているのぉ〜」
「そんな白薔薇さまがどこの世界にいると仰るんですか!」
 令、祥子、由乃、志摩子が同時に俯く。
「…いらしたんですの?」
 静かに尋ねる瞳子に、志摩子は無言で頷いた。
「…、だからといって、可南子さんを相手にすることはありませんわ!」
 無理矢理に、祐巳の手を可南子から引きはがす瞳子。その拍子に、可南子のパジャマの胸元のボタンがはずれてしまう。
「キャア!」
 右手で前を押さえ、可南子は左手を瞳子のパジャマに伸ばした。
「何するんですか!」
 瞳子は避けようとして避けきれず、可南子の手がパジャマのズボンをひっかけた。
「ギャアーー!」
 可南子以上の叫び。
「よくもやりましたわね!」
 あははははは、と酔っぱらいの笑い声を上げて、祐巳が由乃のパジャマに手をかけた。
「脱がしっこだねっ」
 由乃、祐巳、可南子、瞳子、そして令、祥子まで入った争いから身を退く志摩子。
 やや硬い表情で、それでも微笑んで騒ぎを見つめている。
「…あの、志摩子さん…」
「なに? 乃梨子」
「やっぱりこういうことは…」
 乃梨子の手が伸びた。
「参加しないとマズイんじゃないかなって…」
 志摩子の防御は一瞬遅かった。
「きゃっ!」
 
(俺…明日死ぬかもしれない)
 クローゼットの中に、幸運すぎて翌日の死を覚悟した少年が一人。
 
 数時間後……
 全員がようやく眠った。それを確認してからさらに一時間を待ち、推測を確信に替える。
 ゆっくりとクローゼットの扉を開き、足音を殺して外に出る。
 プレゼントにそれぞれ名前が書いてあることは確認済みなので、とりあえず一カ所に固めておいておくことにする。
 目の前にサンタが現れるサプライズは無くなったが、あの状況で祐麒が姿を見せればサプライズどころの騒ぎではなかっただろう。
「ん…」
 一人がむくっと体を起こし、祐麒は心臓が止まるかと思った。
「誰〜〜?」
 祐巳の寝ぼけ声。
「…サンタさん?」
「ほっほっほっ、メリークリスマス」
 できるだけ太い声で答える祐麒。
「…ご苦労様〜」
 ぱたん、と眠り始める祐巳。
 
 
 翌日、サンタがプレゼントを持ってくるのを見たと主張する祐巳に一同は苦笑したが、実際に置かれていたプレゼントには唖然とした。
 
 気味が悪い、と全員がプレゼントを辞退し、祥子が使いの者に命じてそれらを密かに処理してしまったことを知った柏木は、さすがに少し落ち込んだという。
 
 そして祐麒は……。
 パーティ翌日、帰宅した祐巳は祐麒を呼び寄せるとこう言ったのだ。
「なんとなく柏木さん絡みだってことは想像できるけど、とりあえずあの夜見たことは全部忘れなさい」
 勿論、祐麒が逆らえるはずもなく。
「あ、それから…」
 祐巳は手袋をはめた手を差しだした。
「ありがとう。この袋だけ、祐麒の字でプレゼントなんて書いてあるから、みんなから咄嗟に隠すの大変だったんだよ」
「あ…それはもらってくれたの?」
「そりゃあ、祐麒からのプレゼントだもん。きちんと名前も書いてあったし」
 
 こうして、祐麒のサンタは失敗に終わった。
 だけど、祐麒にとっては失敗なんかじゃない。祐麒にとって一番大事なプレゼントが、きちんと渡せたのだから。
 
 
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