○○はサンタクロース♪
【瞳子の場合】
そっと隠れるサンタクロース。
サンタルックはスカートで、帽子からはみ出た縦ロール。
瞳子は薔薇の館の片隅で、じっと待っている。
たまたま、演劇部にあったサンタルック。
これでみんなを驚かせるのも面白いかもしれないけれど、今日の目的は乃梨子さん。瞳子サンタは息を潜めてじっと待っている。
昨日、珍しく実録風ホラービデオを見てしまった。見るつもりはなかったのだが、乃梨子さんに「瞳子はこんなの見ないよね。恐がりそうだし」と言われては引き下がれなかったのだ。
とても、怖かった。
夜、部屋にいても怖かった。
悔しい。実に悔しい。
こうなっては、乃梨子さんにも怖がってもらうしかない。
瞳子の選択は、何故かサンタさん。
サンタさんの格好でいきなり脅かしてやろう。きっと乃梨子さんは恐れおののくに違いない。
瞳子は真面目にそう考えていた。
人の気配。開く扉。
瞳子はじっとその影を見つめた。
背が高い。
一瞬、憮然とした表情になるがすぐに戻す。
例え相手が宿敵でも、今の瞳子は乃梨子さん狙い。少なくとも今日は可南子さんは関係ない。
静かに扉を開けて入ってきた可南子さんは、きょろきょろと辺りを見回している。
瞳子は、自分が捜されているような気がしてよりいっそう身を潜める。そんなわけはないのだけれども。
かなりの挙動不審。一体可南子さんは何をしようとしているのか。
可南子さんは誰もいないのを確かめると、カバンの中からなにやら袋を取りだした。
瞳子の位置からでは陰になっていてよく見えない。
クスクスクス。なにやら笑っている。
不気味だ。人気のない部屋で一人クスクス笑いというのは不気味だ。
なにやらがさがさとした包み。
おもむろに机の上に並べると作業を始める。
人型のものが見えた。どうやら人形らしい。
…藁人形?
昨夜のビデオも出てきたアイテムだ。嫌な連想。
可南子さんは何かを人形に縛り付けている。
「……うこさん…」
もしかして、今、瞳子さんって?
こちらに聞かせるためではない、ただの独り言だから良く聞こえない。
外では、曇り空がついに雨になった。しかも結構な降り具合。ますます独り言が聞こえにくくなる。
なんだろう。
呪いの藁人形?
連想はますます嫌なものになっていく。
昨夜のビデオでは、恋敵を呪殺するために使われていた。
そうだ。背の高い、痩せぎすの長髪の女が、ライバルの美少女を呪い殺そうとしていた。
(今の状況にぴったりですわ!?)
長髪の女(可南子さん)が宿敵の美少女(瞳子)を葬り去ろうとしている。確かにこの状況は昨夜のビデオと同じもの。
雨音が強くなる。
突然立ち上がる可南子さんに瞳子はビクッとなるが、まだ気付かれてはいない。
そして瞳子は見てしまった。可南子さんが金槌を持っているのを。
呪いの藁人形は釘を打つことで呪いを成立させるもの。
(の、呪われる……!?)
扉を開けて出て行く可南子さん。
あまりのことに唖然としていた瞳子は、扉が閉まった音で我に返った。
「…呪われたくない」
可南子さんを追いかける瞳子。格好がサンタのままだけれど、今はそんなことを言っている場合じゃない。呪われるか否かの瀬戸際だ。
隠れていた場所からダッシュで飛び出す。
サンタ衣装がひっかかってもたついて、ビスケット扉を開けた頃には可南子さんは館から出る直前だった。雨の様子を見て、なにやら考え込んでいる。
「可南子さん!」
誰もいなかったと思っていた館の中からの声に、可南子さんは驚いて振り向いた。
右手には金槌、左手には何かの入った紙袋。
「?? …瞳子さん?」
「可南子さん、その紙袋の中、見せて下さいません?」
「…嫌です」
「怪しいですわね」
「なにがです? 瞳子さんには関係のないことです」
「変なものが入っていないかどうか、気になりますの」
「入っていません」
「でしたら、見せて下さりませんこと?」
「嫌です」
「…やっぱり、瞳子の藁人形なんですね」
「は?」
「藁人形なんて、何を考えてますの!」
「藁…なんですって?」
「素直にお渡しなさい!」
手を伸ばし、紙袋を掴む瞳子。それに抵抗して紙袋を放さない可南子さん。
「瞳子さん、何か勘違いを…」
引っ張り合っていた紙袋が破れ、中身が館の外へと飛んでいく。
飛んだものを追って、雨の中へ駆け出す可南子さん。
「え?」
ようやく瞳子は、何か勘違いしていることに気付く。
「あ……」
慌てて瞳子は可南子さんに駆け寄る。
可南子さんは、泥だらけになったリース付き人形を拾っていた。
「…クリスマスリース?」
「……どうして?」
「あ…」
「…瞳子さん。ふざけるにもほどがあります」
静かな口調。
「あ、あの、可南子さん。瞳子は…」
「もう、いいです」
完璧な拒絶。とりつくしまもなく、可南子さんは館に戻ると、置いていた荷物を持って帰っていく。その間、瞳子は何も言えなかった。というより言わせてもらえなかった。
「それは……可南子が怒るのも無理はないと思う…」
話を聞いた祐巳さまの第一声。
リースは、新潟のお父さんと夕子さん、そして妹の次子ちゃんのために作っていたものだったこと。
薔薇の館で作業をしていたのは、さすがに別れたお父さんのところに持っていくものを、自宅のお母さんの前では作れなかったと言うこと。
冬休みに入ったらすぐ、新潟へ行く予定であること。
そこまで聞いて瞳子はうなだれた。
「瞳子ちゃん。一緒に謝りに行ってあげるから」
渡りに舟。祐巳さまの申し出はありがたい。けれども…。
祐巳さまが一言言えば、可南子さんは瞳子を許すと言うだろう。
瞳子を許すのではなく、祐巳さまに言われたからという理由で。
それは違う。
そんな理由は違う。
「祐巳さま。お言葉は嬉しいのですが、瞳子は一人で可南子さんに謝りますわ」
「でも、瞳子ちゃん…」
「ストーーーーップ」
ずっと黙っていた由乃さまが間に入る。
「祐巳さん。うちの妹を甘やかさないでもらえる? 瞳子は自分の責任で可南子ちゃんに謝る。そういうことね、瞳子」
「はい、お姉さま」
「それじゃあ、瞳子、貴方の思うとおりにしなさい。それで通じないなら、祐巳さんどころか私も一緒に謝りに行ってあげるから」
翌日、可南子はごく普通に薔薇の館へやってきた。
由乃、令、祥子、祐巳、志摩子、乃梨子。
乃梨子が複雑そうな顔をしているのは、瞳子にビデオを貸したという負い目かもしれない。
その瞳子さんがいない。
クラスにもいなかった。つまり、お休み。
昨日のことがショックで休んだとも思えない。気にしないほどの厚顔無恥だとは思わないが、アレが原因で休むほどだとも思わない。
「あの、紅薔薇さま…」
可南子は一通りの挨拶を終えると、祥子に近づいた。
「この前のリースのお話なのですが」
「ああ。あの話ね」
クリスマスリースが欲しいと言った可南子に、祥子が自分の家にたくさんあるので一つ持っていってはどうかと勧めていたのだ。
「今からでもよろしければ、是非一つお分け頂きたいのですが」
「ええ。良くってよ。どんなのがいいかしら…。そうね、可南子ちゃんは今日は時間があるの?」
「はい」
「だったら、ウチに来て直接選ぶといいわ」
「いいんですか?」
「ええ。構わなくてよ。だって、お婆ちゃんは孫を甘やかすものだから」
その会話を横で聞いて慌てる祐巳。
「お、お姉さま」
祥子はクスリと笑う。
「あら。祐巳だって、蓉子さまにはたっぷり甘やかされていたのではなかったかしら?」
祐巳が慌てたのは違う理由だ。
なんだか判らないが、今日瞳子が休んだ理由は昨日の事件絡みに違いない。だとすれば、可南子が祥子からリースをもらってはいけないような気がする。
「あ、あの、そうじゃなくて」
しかし、言えるはずがない。確証はないのだ。
その逡巡を誤解する祥子。
「去年の私の気持ちが少しはわかったかしら。でもね祐巳、姉妹は代々こうやって続いていくものなのよ。可南子ちゃんに妹ができたら、貴方にも判るわ」
そして誤解を解くチャンスを探しているうちに、可南子と祥子は帰り支度を始めていた。
「それじゃあ祐巳。可南子ちゃんを借りていくわね」
二人が扉を開けようとしたとき。
「ごきげんよう!」
扉は外側から開かれた。
瞳子がそこに立っている。
「瞳子さん?」
訝しげな可南子。
「…可南子さん、これを」
瞳子は紙袋を差し出す。
紙袋を受け取りながら、可南子は瞳子の絆創膏だらけの指を見た。
「瞳子さん、その指…」
「指は関係ありませんの。そんなことより、紙袋の中を見て下さいません?」
紙袋の中にはクリスマスリース。
可南子の作ったものとは違うが、それでもきちんと作られた手作りのリース。ちゃんと人形もついている。
「も、もし、可南子さんがよろしいのでしたら、それを昨日のリースの代わりに持っていかれてもよろしいんですのよ」
「代わりなんていりません」
シラッと言う可南子に、怒った目の由乃が向かっていこうとする。それを止める祐巳。
「由乃さん、最後まで聞いていて」
可南子は嬉しそうに笑うと、紙袋を大事そうに抱える。
「これは、私の友達からのプレゼントですもの。代わりになんて、できません」
「友達…」
頬を染める瞳子。
別に意味で可南子に向かっていきそうになる由乃。必死で止める祐巳。
「放して、祐巳さん。可南子ちゃんが瞳子を落とす気満々よ…」
「違うってば、由乃さん。ああ、もう、姉馬鹿すぎるよぉ…」