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○○はサンタクロース♪
 
【乃梨子の場合】
 
 
 
 『和の心でクリスマス』
 最初にそのコピーを見たときは、「便乗商法もここまで…」と心の中で溜息をついたものだった。
 ところが、良く読んでみると最初の想像とは違ったものだった。
 よくある軽薄な便乗商法ではない。本当に、和菓子が好きな人がクリスマスを祝うためのもの。考えてみればクリスマスとケーキそのものには関連性はない。西洋の祝い事だからケーキであると決まっているだけ。日本ならば和菓子でもおかしくない。
 第一、正月にケーキを食べる人もいるのだ。クリスマスに和菓子でも一向に構わないだろう。
 店の名前を確認すると、志摩子に名前を聞いたことのある和菓子の老舗だ。割と有名なお店であり、評判から判断するとこのクリスマス用和菓子セットはとても真っ当なものなのかもしれない。
 しかもこのセットは限定発売だという。さらに店の前には「残りセット一組」との張り紙が。
 即座に乃梨子は予約を入れようとした。
 店の中へ入った瞬間、同時に入ってきた一人の女の人。
 これは、とピンときた乃梨子は接客のカウンターに向かう彼女の後ろから声をかける。
「すいません、クリスマス用和菓子セットの予約お願いします」
 振り向く彼女。驚きの表情だ。
「譲ってもらうわけにはいかない?」
 理知的な眼鏡の女性。年上だが、二十歳前後だろうか。
「ごめんなさい。私もどうしてもそれが欲しくて…」
「…はあ、しかたないか…。いいわ、気にしないで」
 
 しかし、乃梨子は気付いていなかった。予約を済ませ、うきうきと帰り道を急ぐその姿を見つめるドリル、もとい視線に…。
 
 
 乃梨子が休み時間に音楽室へ移動していると、たまたま通りかかった祐巳さまが、ちょうどいいというように話しかけてくる。
「あのね、乃梨子ちゃん」
「なんですか、祐巳さま」
「クリスマスなんだけれど、令さまが由乃さんのためにケーキを焼くんだって」
 はあ。それで、それがどうかしましたか?
 さすがに言葉にはしないけれど、そう言っているのも同然の表情で祐巳さまを見る。
「私もね、令さまのお手伝いをして、ついでに教えてもらって、祥子さまにケーキを焼こうと思うの」
 はい。頑張って下さいね、祐巳さま。
「良かったら、乃梨子ちゃんも一緒にどうかな、と思って」
 ?
 少し考えて祐巳さまの言いたいことが判る。
 つまり、乃梨子は志摩子さんにケーキを焼いてあげるつもりはないのか、ということ。
「いえ、私は別にケーキを焼く予定はありませんし…あ、もし手が足りないと言うことであれば、時間があれば手伝いますけれど?」
「あ、そういう訳じゃないから…。そう、乃梨子ちゃんはケーキを焼かないんだ」
「はい」
「そう、わかった。ごめんね」
 とぼとぼと歩いていく後ろ姿を見て、何故か乃梨子は自分が悪いことをしてしまったような気になっていることに気付いた。これも、紅薔薇のつぼみ福沢祐巳のカリスマ性の一貫なのかもしれない。
 現に、クラスメートの何人かは廊下に立ち止まって祐巳さまを見つめていたのだから。勿論そのうち二人は、言わずもがなの犬猿コンビなのだけれど。
 
 
 冬休みの山百合会の予定を決めるための会議が始まった。
 冬休みの予定→クリスマス→ケーキ
 非常にわかりやすい筋道で話題は逸れていく。
「クリスマスケーキ?」
 祐巳さまの問いに令さまは少し首を傾げた。
「うーん。あまり大きいのだと、家では作れないからね。だからクリスマスケーキだからって大きいものを作る訳じゃないよ。勿論、いつもよりいっそう腕によりをかけて作るけどね」
「私、今年はチョコレートケーキがいい」
 由乃さまが手をあげると、令さまは苦笑しながら頷く。
「はいはい。チョコレートケーキね」
「祐巳、話を逸らさないで」
「はい」
「ケーキぐらい、令に言わなくても家で用意させるわ。何かリクエストはあって?」
「え、リクエストですか?」
「ええ。希望なら、食べきれる範囲で大きさだって自由でいいわよ」
「…たくさんで食べると大きくできますね」
「そうね。いっそ大きいケーキを作ってもらおうかしら」
「切り分けるのが大変ですね」
「そうね…。そうだわ、祐巳。二人で一緒に切り分ければいいのよ。二人でナイフを一緒に持って」
「はい。…あれ?」
 再び首を傾げる祐巳さま。
「結婚式の新郎新婦じゃないんだから」
 呆れて令さまは言う。
「はーい。それ、私やりたいです。祥子さま。私と令ちゃんで入刀式」
「由乃まで?」
「だって、面白そうじゃないの。こうやって、ナイフ構えて」
 由乃の構えはどう見ても刀。ナイフでケーキを切り分ける構えではない。
「それじゃあケーキがぐちゃぐちゃになっちゃうよ」
「私と令ちゃん、祐巳さんと祥子さま、志摩子さんと乃梨子ちゃんで一つずつ入刀式よ」
「ケーキがたくさんいるわね」
 ニコニコと笑う志摩子さん。
 そういう問題じゃないよ、と乃梨子は笑ったが、そこでふと固まる。
「…お姉さまは、ケーキが好き?」
「?」
 不思議そうな顔の志摩子さん。
「ええ。好きよ。もしかして乃梨子は嫌いなの?」
 いえ、そういうわけでは。
「ううん、嫌いじゃない。志摩子さんは和菓子も好きだよね?」
「ええ。洋菓子と和菓子なら、私は和菓子のほうが好きよ」
 ホッと胸を撫で下ろそうとした乃梨子に奇襲を食らわすように、
「といっても、クリスマスはやはりケーキでないと格好が付かないと思うけど」
 ええええ。乃梨子に衝撃。
 やっぱりクリスマス用和菓子なんて邪道だったんだ。
「そういえば…」
 由乃さまが指を立てる。
「駅前の和菓子屋で、クリスマス用和菓子の予約なんてしてたけれど、クリスマス用和菓子って何かしら?」
「一言で言えば、邪道ね」
 いつものように冷たく言い放つ祥子さま。確かに言っていることに間違いはないのだけれど、取り付くしまがないとはこのことか。
 でも、でも、まさか志摩子さんはそこまで…
 その乃梨子の希望を冷たく打ち砕く志摩子さん。
「紅薔薇さまの仰るとおりね、私もクリスマスに和菓子はちょっと…」
「でも、でも…」
 ついしどろもどろに和菓子の弁護を始めてしまう乃梨子。
「どうしたの乃梨子ちゃん、和菓子の弁護なんて」
 訝しげな顔で由乃さまが尋ねる。
「い、いえ、特に弁護というわけでは。ただクリスマスに和菓子を食べるというのも変わっていて面白いかもしれないなと思って…」
「べつに面白くないわよ。ねえ、お姉さま。やっぱりクリスマスと言えばケーキよね」
「うん、私もそう思う。クリスマスに和菓子はなんというか…ミスマッチね。…祐巳ちゃんはどう思う」
「私ですか? 私も…うーん、やっぱりクリスマスはケーキのほうがらしい…かな」
「ほら、やっぱり祐巳さんもそう思うのね」
 何故か勝ち誇ったような顔の由乃さま。
「乃梨子ちゃん。仏像は確かに渋い趣味だけど、だからってクリスマスの日にまで和菓子は行き過ぎだと思うわよ」
 関係ない。別に仏像の影響ではないのだ。
「そうそう。クリスマスはやっぱりケーキなんだよ」
 腕組みまでして頷いて、そんなに妹の後押しをしなくてもいいじゃないですか、黄薔薇さま。
 乃梨子は恨めしそうに心の中で呟いた。
「クリスマスに食べるという限定なら、やっぱりケーキが食べたいわ」
 志摩子さんのトドメ。
 あ…あ……。乃梨子の頭の中が真っ白になっていく。
 
「あの、祐巳さま…」
「なに、乃梨子ちゃん」
 なんとなく、祐巳さまの顔が勝ち誇っているように見えるのは気のせいか。
「この前に伺った、ケーキを焼く話なんですけれど…」
「ああ、あれね。もしかして気が変わった?」
「う…」
 読まれている。それはまあ、今日の会話を聞いているのだから予想できたことなのだろうけれど…。
「志摩子さんに、ケーキを焼きたいの?」
「はい…」
「オッケーオッケー。大丈夫、私に任せて」
 多分任せるのは祐巳さまにではなく黄薔薇さまにだと思います。
 ツッコミを口の中で消化して、乃梨子は頷いた。
 
 
 なんとかケーキは完成した。
 そして今日。薔薇の館でみんなが集まる。
 誰が言い出したのかは知らないが、何故かこうなった。
 どうせ全姉妹がケーキのやりとりをするのなら、皆が揃ってケーキを見学したい。ついでに味見もしたい。
 聞かなくても乃梨子には判る。どうせそんなことを言い出すのは暴走名物のおざげ様しかいない。
 乃梨子は焼き上がったケーキを大事に抱えて薔薇の館へ向かう。
「乗ってかない?」
 突然かけられる声に振り向くと、聖さまが車の窓から手を振っている。
「聖さま?」
 リリアンへ向かうというので素直に乗せてもらうと、座席の上にはどこかで見たような包み。
 紛れもない、あの和菓子屋の包みだ。
「あの、これは?」
「ん? ああ、それね。クリスマス用和菓子だって、面白そうだから買っちゃった。なんか結構人気みたいで、手に入れるのが大変だったよ。予約し損ねてキャンセル待ちで買ったんだから」
 乃梨子が意を決して予約を取り消しに行くと、確かに店の人は「本来なら受け付けないんですが、キャンセル待ちでもいいというお客様がいますので、特別に受け付けます。これはあまり言いふらさないで下さいね」と念を押していた。
 と、いうことはこれは本来なら乃梨子が買っていた分。
「変わり種だと思っていたら、かなり人気があったみたいだね。景さんが近くに用事があるって言うから、代わりに予約してもらおうとしたのよ。そうしたら、なんか血相替えた女の子に強引に奪われたっていうのよ。いやぁ、どこの誰だか知らないけれど、そこまでしてこれが欲しいのかって、景さんビックリしてたわよ」
 景さん。加東景。会ったことはないが名前は何度か聞いている。確か今現在の聖さまの親友。
 もし会うことがあったらどうしよう。顔を覚えられていたら物笑いの種だ。
 ちょっと乃梨子は鬱が入る。
「…こういうの喜びそうなのは、私の知り合いだと志摩子くらいしかいないけれどね」
 ああ、やっぱり志摩子さんは…
 え?
 ええ?
 聖さま、何か今聞き捨てならないことを。
「…志摩子さん…クリスマスはやっぱりケーキじゃないんですか?」
「んー。志摩子はそんな、周りに流される子じゃないしねぇ。周りに合わせることはあっても流されることはない子だよ。ケーキが好きならお彼岸でもケーキを欲しがるし、和菓子が好きならクリスマスでも和菓子を欲しがる。ただし、それが他人に迷惑にならない限りはね」
 でも、それじゃあ、この私のケーキは一体?
「乃梨子ちゃんこそ、それ、志摩子のために焼いたケーキでしょう? 知ってるよ。それを聞いて駆けつけたんだから」
「こ、これはあげませんよ」
「いいよ、私は祐巳ちゃんが焼いたケーキを狙うだけだから」
 楽しそうに言いながら運転を続ける聖さまの横顔を、乃梨子はじっと見つめた。
「あの…聖さま?」
「なに?」
「実は」
 ケーキを焼くまでの顛末を話す乃梨子。仕方なく和菓子屋の一件を語った所で聖さまは笑い始めた。
「ふふーん。面白い。今のメンバーだと……由乃ちゃん辺りかな、そんなことを考えそうなのは…黄薔薇の血筋だね。だけど、志摩子が一枚噛んでないと成立しないね」
「そこが私も疑問なんです」
「それってさぁ…」
 
 
 瞳子ちゃんが和菓子屋で見かけた事を祐巳に話して、祐巳とのやりとりを見た瞳子ちゃんはさらに想像を働かせて、それを聞いた由乃さんは企みを思いついて。
 まず決行前に志摩子さんの意見を聞いて。
 題して「志摩子さんは乃梨子ちゃんの焼いたケーキが食べたい」大作戦。略してSNC大作戦。
 乃梨子ちゃんにケーキを焼かせるための準備は整い、そして令さまと祐巳は乃梨子ちゃんを巻き込むことに成功。
 乃梨子ちゃんは今ケーキを持ってここ、薔薇の館に向かっているはず。
 志摩子さんはニコニコして嬉しそう。
「嬉しそうだね、志摩子さん」
「ええ、乃梨子の焼いたケーキ、楽しみだわ。でも騙してしまったことはちゃんと謝らなきゃ」
「最初から、ケーキを焼いてと頼んだ方が早かったのではないかしら?」
 祥子さまも楽しそうに言う。
「乃梨子ちゃんなら、志摩子が一言言えば、何でもやってくれそうだからね」
 令さままで。
「でも、実はもう一つ楽しみが…」
 志摩子さんは小さく言った。
「なになに?」
 由乃さんは本当にこういう話は絶対に見逃さない。目が輝いている。
「お姉さまも、今日はここに来るんです」
「聖さまが?」
「ええ。今年は山百合会のクリスマスパーティはしないのかと聞かれて、つい言ってしまったのですけれど、いけなかったでしょうか?」
「…仕方ないわね…逆の立場なら、私たちだって言ってしまいかねないもの」
 祥子さまの言葉に頷く令さま、そして祐巳。
 蓉子さまや江利子さまに聞かれれば、やっぱりつい答えてしまうだろう。
 一人で首を振っている由乃さん。…まあ、由乃さんと江利子さまは特別だから…。
「来年は私たちの番ですね」
「今から楽しみですわ。可南子さん、勝負ですわ」
「貴方と勝負をしても仕方ありません。私は祐巳さまのためにケーキを焼くんですから。それより、大きなオーブンがあったら貸して下さいね」
「いいですけど、今から予約ですの?」
「今後何十年経とうとも、細川家のオーブンが松平家のオーブンより大きくなるとは思えませんから」
 ビスケット扉が開いた。
「ごきげんよう」
 聖さまが姿を見せる。
 全員が、挨拶を返そうとして、聖さまの横の人物に気付く。
「ごきげんよう」
 にっこり笑った乃梨子ちゃん。
 その手には何もない。
「すいません。折角焼いたケーキが、途中で事故に遭ってしまって…」
 乃梨子ちゃんの謝罪の言葉に、誰も返事をしない。
「でも、志摩子さんはケーキより和菓子のほうが好きなんですよね。聖さまにそれを聞いて安心しました」
 バレてる!
「いゃぁ、由乃ちゃん。ますます江利子に似てきたみたいだね。でも、まだ詰めが甘い」
 聖さまは意味深なことを言って笑う。
 
 とりあえず始まったパーティ。
 乃梨子のケーキが無くなったのは仕方がないけれど、令さまのケーキはやっぱり好評で。
 そして祐巳のケーキは一応成功作なのだけれど、令さまのケーキの前ではちょっと力不足。でも美味しい美味しいと言ってパクパク食べる聖さまと祥子さま、可南子さん。
 乃梨子は志摩子さんにお茶を渡しながら囁く。
「志摩子さん。最初にちゃんと言ってくれれば良かったのに」
「乃梨子、ごめんなさい。悪のりしたみたい…」
「…今日の夜、ケーキを持っていくから、食べ過ぎないでね」
「え? でもケーキは…」
 微笑む乃梨子。
「由乃さまや祐巳さま達には食べさせません。私のケーキは、志摩子さんだけのものだから」
「乃梨子…」
「なに?」
「私、乃梨子の作ったものなら何でも食べてみたいわ」
「任せてよ、志摩子さん」
 二人は密かに静かに、そして楽しげに微笑みあった。
 
 
 
 
あとがき
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