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歌姫と英雄
 
 
(祐巳さん、変わりなかったなぁ…)
 クスクス笑いを抑えられずに、静は通りを抜けた。
 預かった手紙は忘れないように投函しなければならない…
(それにしても…)
 ちょっと悪いことをしたかな、と思う。
 エアメールが日本について祥子さんに届く頃は、祐巳さんはもうリリアンに戻って普通の生活を送っているだろうから。
「やあ、カニーナじゃないか」
 立ち止まる静。ちょっと今は避けたい相手に見つかってしまった。
 イタリアでただ一人(正確には二人)、静をカニーナと呼ぶ男。
 赤い高級スポーツカーに乗ったその姿は、ちょっと格好いい。
「良かったら乗っていかないかい、家まで送るよ」
「結構です。歩いて帰りますから」
「照れなくてもいいんだよ、カニーナ」
「照れてません」
「そんな、例え僕がイタリアの英雄、絶世の美男子、世界的俳優、パルコ・フォルゴレだからって、そんなに照れなくてもいいんだよ」
(なんでこんなのと知り合ったんだろう……)
 静、イタリア留学最大の不覚だった。
 確かに悪い人ではない。
 イタリアでは不思議なことに、事実大人気俳優であり歌手でありアイドルであり英雄。
 言動が助平の様な気がするが、嫌がる相手に無理強いはしない。ただ、ファンは喜んで乳を揉まれている(この辺りが静には全く理解できない)ので、のべつ幕無しにやっているように見えているだけ。
「あの、フォルゴレさん。お気持ちはありがたいのだけれど…」
「遠慮はいらないよ」
 溜息をつく静。問答を続けるよりは乗った方がいいかもしれない。この場でフォルゴレのファンにでも見つかったら厄介だ。それに、確かに送ってもらうこと自体はありがたい申し出なのだから。
「あら?」
 辺りを見回す静。
「どうしたんだい? カニーナ」
「珍しいのね。いつも一緒にいるキャンチョメ君は?」
「ん? ああああ、キャンチョメの奴、じっと座っとけって言ったのに!!!」
「え、どこにいるか知らないの?」
「ど、どうしよう。カニーナ、一緒に探してくれないか?」
 嫌な予感は当たった、何故かは判らないが、フォルゴレと行動を共にするといつも厄介なことに巻き込まれるのだ。
 初めて出会ったときもそうだった……。
 
 
 休日、散歩がてら広場に座って昼食を取っていると、妙な格好をした男の子がショボンと座っていた。
「…どうしたの? 迷子?」
「ううう…フォルゴレがいないんだ…」
「フォルゴレ?」
「そうさ!」
 男の子は突然立ち上がると腕を振り始める。
「フォルゴレは凄いんだぞ! イタリアの英雄なんだっ!」
 ♪鉄のフォルゴレ 無敵フォルゴレ〜〜
 歌い始める男の子。
「僕は、いつかフォルゴレみたいな無敵キャンチョメになるんだ!」
「フォルゴレ…聞いたことあるような名前ね。あ…うーん。でもさすがにそんなわけないわよね」
 ぐぅうううう。
 お腹の音。
 男の子はお腹を押さえて再び座り込む。
「お菓子ももうなくなっちゃったし…フォルゴレはいないし…」
「貴方、お腹減ってるの?」
 静は食べかけの昼食を差し出した。
「食べかけって訳にも…」
「…いいの?」
 キャンチョメの目は、食べ物に一心に注がれていた。
「私の食べかけで良かったら、どうぞ」
「わーい。ありがとう!」
 がつがつむしゃむしゃと平らげてしまうキャンチョメ。
「ありがとう。僕、キャンチョメ」
「私は蟹名静」
「カニナ…日本人かい?」
「ええ。そうよ」
「じゃあガッシュと清麿を知ってるかい?」
「ごめんなさい、知らない名前だわ」
「そっか…じゃあティオと恵は? 恵は日本のアイドルなんだぜ?」
「アイドルって…もしかして大海恵?」
「そうさ。フォルゴレには負けるけど、恵も日本で人気者なんだぜ」
「…人気者のフォルゴレって…やっぱり、パルコ・フォルゴレ?」
「そうさ、イタリアの英雄、パルコ・フォルゴレさっ!」
 名前は知っている。というよりイタリアでフォルゴレの名前を知らない人はまずいない。本気で超有名という言葉が使える数少ない人間の一人だ。
「ミケル!」
 背後の妙な叫びに振り向こうとした静の足下が突然崩れる。
「え?」
 倒れる静だが、キャンチョメがクッションとなり、助かる。
「大丈夫? キャンチョメ君」
「う、うん。でも、今の、魔物の攻撃だよ」
「魔物?」
 キャンチョメの言葉に不審を抱きながらも、静の目は叫びの聞こえてきた方向に向けられる。
「外したかよ!」
 見た目はごく普通の青年が、やや大きめの本を抱えてこちらを睨みつけている。
「おら、デューイ。向こうが本を開かねえうちにとっとと決めるんだよっ!」
「判ってるよ、ヒューイ」
 デューイと呼ばれたのは、どことなくキャンチョメに雰囲気の似た子供。
「ミケル!」
 デューイが歌うように口を開いた。
 衝撃波が二人を襲う。
「なんなの、これは!?」
 衝撃波に巻き込まれる、そう思った瞬間、大柄な影が静とキャンチョメを担ぎ上げるようにして突き飛ばした。
「危ない、お嬢さん!」
 静は、そこにイタリアの英雄を見た。
「初めまして、お嬢さん。私こそがイタリアの英雄、パルコ・フォルゴレさ」
 それがフォルゴレと静、そしてキャンチョメの出会いだった。
 その日、なんとかヒューイとデューイから逃げ延びた三人。静は巻き込まれたことに対してきちんとした説明を要求。フォルゴレは気軽に魔物の秘密を話してくれた。
 千年に一度、魔界から百人の子供が送られてくる。子供達は人間をパートナーとして様々な不思議な力を覚え、そして最後の一人になるまで争う。
 パートナーは魔本と呼ばれる一冊の本を与えられる。その本には子供達のレベルに応じて様々な呪文が記されていく。その呪文を読み上げれば子供達は術を行使することができる。しかし、本が焼かれると子供達は魔界へ強制送還されてしまうのだ。
 そして闘いの末、残った最後の一人が次代の魔界王になれるという。
 ちなみに、ガッシュ、清麿、ティオ、恵というのは、キャンチョメの仲間で、今のところ敵対はしていない、魔物同士とはいえ信頼できる友人とそのパートナーらしい。
 腐れ縁というもので、その日から三人は知り合いになった。
 やたらと女好きであることと陽気なことを除けばフォルゴレは割と紳士で、とてつもなく能天気なことを除けばキャンチョメは素直な子供だ。
 フォルゴレの紹介で何人かの歌い手にも会うことが出来、静にとってはさほど悪い出会いではなかった。
 魔物の子、と言うことを除けば。
 
 
「さすがイタリア。変な子供がいる」
「国とは関係ないと思うわよ」
「うーん。あのくちばし、ちょっと欲しいなぁ。祐巳ちゃん似合うかも」
「祐巳さんに付けさせる気?」
 呆れる景。聖は嬉しそうに子供に手を伸ばしている。
「ねえ、そのオモチャ、どこで売ってるの?」
「え?」
 赤いスポーツカーの後部座席に乗っている子供は、聖の言葉にきょとんとした顔をしてみせる。
「それそれ。口に付いてる奴」
「ああ、これはオモチャじゃないよ。生まれつきの口だよ」
 え、という顔の景。聖はそのまま続ける。
「あ、そうなんだ。可愛い口だね」
「そうかい? そんなこと言われたのは初めてだよ。そうだ、お前、僕の友達にしてやるよ」
「あら、ありがとう。私は聖」
「僕はキャンチョメ。無敵キャンチョメ様だ」
「無敵……。それじゃあ強いんだ」
「当たり前さ、僕は強いんだぜ。フォルゴレには負けるけど」
 尚も続けようとする聖の背中を景はつつく。
「いい加減にしなさいよ。子供をからかって楽しい? そんな趣味だったの? 佐藤さん」
「こういう素直そうな子は楽しい」
「オモチャが欲しいのかい?」
 キャンチョメが二人の会話を無視して尋ねると、聖が喜んで頷いた。
「欲しい欲しい。そんなオモチャ」
「…これは違うって。まあいいや。僕がオモチャに連れてってやるよ」
 車から飛び降りたキャンチョメは、一目散に走り始める。
「さあ、ついて来いよ!」
「よし、行くわよ。景さん」
「ちょ、ちょっと、佐藤さん、本当に?」
「せっかく地元の子供が穴場に案内してくれるって言うのよ。行かなきゃ損でしょう」
 いつの間にか穴場案内になっている。
 仕方なく景は、張り切った聖の後についていく。
 少し行くと、先行していたはずのキャンチョメが逆走してくる。
「うわぁあああああ! 助けて、フォルゴレ!!!」
 ぶつかりかけて慌てて避ける聖と景。しかし、キャンチョメを追いかけてきた男にぶつかってしまう。
「きゃあ!」
 転ぶ聖。その拍子に荷物をばらまいてしまう。
 男は、自分の落とした荷物を拾うと一言の詫びも言わずにかけだしていく。
「大丈夫? 佐藤さん」
「あ…なんとか。なんだったの、今の?」
「さあ。でもあの子、追いかけられていたみたいね」
「そうだね」
 荷物を拾い集めながら、聖はキャンチョメの逃げていった方向を眺めている。
「あの子、なにか訳あり…あれ?」
 きょとんとした顔で、紙袋を持ち上げる聖。
「蓉子へのお土産のつもりで買ったのに……」
「盗まれたの?」
「ポルチーニ茸がこれに化けちゃった…」
 聖が紙袋から出したのは、茸ならぬ拳銃。
 顔を見合わせる二人。
「佐藤さん…これ、ちょっとまずいんじゃないかしら」
「冷静だね、景さん」
「貴方もね」
 人間、どうしようもなくなったときには二つのタイプに別れるという。
 どうしていいか判らなくてパニックになる人。
 妙に冷静になってふてぶてしくなる人。
 どうもこの二人は、二人とも後者だったらしい。
「とにかく、キャンチョメ君を捜そう」
「あの男は?」
「キャンチョメ君を追いかけているみたいだから、自然と会うんじゃないかな」
「なにか物騒なことにまきこまれなきゃいいけど」
「もう遅いかも」
「え?」
 慌てて手を振る聖。
「冗談、冗談だからね、景さん」
「佐藤さん、心臓に悪いわ……」
 
 
 静とフォルゴレは手分けしてキャンチョメを探すことにした。
「ちゃんと車の中でじっとしておくように言ったんだ。いつの間に降りたんだろう。まだこの前の魔物もいるって言うのに」
「なんですって?」
 静はフォルゴレに詰め寄る。
「貴方、そんな危険があると判っていてキャンチョメ君を一人にしておいたの?」
「本は私が持っているんだ。本がある限り、キャンチョメが送還される心配はない」
「そういう問題じゃないでしょう。子供を危険な目に遭わせるなんて最低よ」
「そうだな。僕は最低かもしれない。だけど、守られているだけでは王にはなれない。そしてキャンチョメの目指す王は、守られているだけの存在じゃない」
 ドキリとするほど真面目な顔。
 この一瞬の真面目な顔があるから、静はフォルゴレ達との縁を切る気になれないでいる。本質的には一本の筋が通った気概。それがこの、イタリアの英雄の真の姿かもしれないのだから。
「済まないとは思う。だがカニーナ、今はとりあえずキャンチョメを探すんだ」
「ええ」
 フォルゴレと別れ、静は市場の中へと入っていく。今までの例からすると、キャンチョメが何かお菓子にでも目を引かれてふらふらと出て行ってしまったと考えるのが、一番まともに思えるのだ。
 顔見知りになった店の人に尋ねると、案の定、キャンチョメはここを通っていた。
 しかし、誰かに追いかけられていたようだという。
 魔物か?
 静は礼を言うと、急いでキャンチョメの走っていった方向を追う。
 見えた。
 市場を抜けた広場の外れ。ガラクタの山に隠れたつもりか、身体の半分が完全に見えている。
「キャンチョメ君!」
「うわぁあああああ、助けてフォルゴレー!」
「しっかりしなさい、私よ」
「あれ、カニーナじゃないか。どうして?」
「どうしてじゃないの。さあ、フォルゴレさんも探しているわ、戻るわよ」
「う、ぅん、でも、ヒューイとデューイが…」
「だけど、本がないと何もできないんでしょ? フォルゴレの所まで戻らないと」
 笑い声。
「ハハハハッ。そうか、本もなけりゃあパートナーもいないか、こりゃいいことを聞いたな。デューイ、今度こそ決めるぞ、抜かるなよ」
「判っているよ、ヒューイ」
 魔物と青年が近づいていくる。
「あ……」
「くっ…」
 キャンチョメを背後に庇う静。
「貴方達、子供相手に何する気よ」
「子供? おいおい、相手は魔物だぜ? あんたこそ、綺麗な顔に傷でも付かないうちに消えな」
「子供を置いて? できるわけ、ないじゃない」
「無理矢理にでも、消えてもらうさ。ミケル!」
 デューイの口から放たれる音の衝撃。
「うわぁあああああ!」
 頭を抱えて伏せるキャンチョメ。じっと目を閉じて衝撃の予感に身を固くする。
 ……
 来ない。
 衝撃が来ない。
 そっと目を開けたキャンチョメの視界に写るのは静の背中。
 静はミケルの衝撃を全身で受け止めていた。
「下手な歌ね…。まったく心に響かないわ」
「カニーナ…」
「キャンチョメ君、お逃げなさい。フォルゴレさんが貴方を捜しているわ。貴方は早くフォルゴレさんを見つけるの」
「う、うん」
「そう。早く行きなさい」
「わかったよ」
(そうだ、僕がいたって邪魔なだけなんだ。術の使えない僕なんて…)
「てめぇ…いい加減、倒れやがれ!」
 ヒューイの持つ本が輝きを増す。ミケル以上の術を放つ前兆だ。
 光を目に留め、キャンチョメの足が一瞬止まる。
「早く行きなさいッ!」
 庇うように立ちはだかる静。
(僕がいたって足手まといなんだ…)
 しかし、走り出そうとしたキャンチョメを何かが止める。
 こんな時、ガッシュなら?
 ティオなら?
 ウマゴンなら?
 ウォンレイなら?
 そして……
 キッドなら?
「ドレミケル!」
 ミケルとは比べものにならない衝撃が放たれる。
「駄目だーーーー!!」
 静の前に飛び出すキャンチョメ。
「キャンチョメ君!?」
「僕が、カニーナを守らなきゃ駄目なんだ!」
 一撃を受ければ人間以上に頑丈な魔物ですらただでは済まない。それだけの衝撃がキャンチョメを包む。
 かに見えた瞬間。
「コポルク!」
 呪文の効果(コポルク=体を小さくする呪文)でキャンチョメの身体は瞬時に縮み、その頭上を衝撃は抜けていく。そして、そこにいたはずの静は力強い腕に抱えられ、その場を離れていた。
「良くやったな、キャンチョメ」
 歌姫を片手に抱いた英雄、パルコ・フォルゴレはそう言った。
「さあ、そこの不細工で卑怯な二人組。私たちに勝てると思っているのか!」
「誰が不細工だ!」
「ふん、君の家には鏡がないようだな。仕方ない、今度フォルゴレモデルの鏡を送ってあげるよ。住所を後で教えてもらおうか」
「やかましい! ミケル!」
 あっさりとかわすフォルゴレ。
「ずいぶんと下手な歌だ、カニーナに弟子入りした方がいいんじゃないか?」
「はっ、デューイの術の命中率の悪さは計算ずくだ。魔物同士の戦闘が、術だけだと思うなよ」
「そうかい? キャンチョメ!」
 コポルクの効果が消え、キャンチョメが元の大きさに戻る。 ヒューイが紙袋を取り出すのを待ち、似たような紙袋をキャンチョメに渡す。
「ポルク!」(ポルク=変身呪文。ただし外見のみ)
 驚くキャンチョメ。
(え? 変身してない…あ、違う。フォルゴレは、僕を「キャンチョメ」に変身させたんだ…でも、どうして?)
 判らない。判らないが、キャンチョメにとってフォルゴレとは神にも等しい存在。何があろうと絶対に信じることのできる相手なのだ。
「そっちが盾の呪文を持ってないことは知っているんだ!」
 ヒューイは紙袋から……
 ポルチーニ茸を取り出した。
「このポルチーニ茸で……茸?」
「はっはっはっ。料理でもしてくれるのかな」
 指さして笑い、次いで真面目な顔。
「それとも、これかな?」
 キャンチョメの持った紙袋から、拳銃を取り出してみせる。
「な…」
 絶句するヒューイに、フォルゴレは告げる。
「教えてやろう。今のキャンチョメの呪文は、交換呪文だ」
「交換だと?」
「そう。相手の持ち物と自分の持ち物が似ているとき、瞬時に入れ替える魔法さ。このバトルにおいてそれがどういう意味だか、判らないわけではあるまい!」
 この闘いにおいて、相手の魔本を奪うことは勝利に等しい。相手の持ち物を奪うというのはある意味もっとも強力な魔法なのだ。
「行くぞ! ポルク!」
「ちぃっ!」
 ヒューイは本を地面に投げ捨てた。
 勿論、ヒューイの本にはなんの変化もない。
「はははは、思った通り、手に持っていないものには効果がないらしいな!」
「ちぃ! ならばこの隙に!」
 即座にダッシュして距離を詰めるフォルゴレ。
 慌てて本を拾うヒューイ。
「遅い! 食らえ! ドレミケル!」
 何も起こらず、しかしフォルゴレは動きを止める。
「何をしているのかな?」
「な…ドレミケル! ミケル!」
 何も起こらない。
「本を持っていなければ、呪文を唱えても何も起こらない。その鉄則を忘れたのか?」
「馬鹿な、本なら…」
 ヒューイの手の中の本が笑う。
「へへっ、僕だよ」
「なにっ!?」
「君が持っているのは、キャンチョメが化けた偽の本だ。君がさっき放り投げたとき、本に化けたキャンチョメが隣に並んだのさ。君が拾ったのはキャンチョメ。そして本物の本はここだ」
 フォルゴレは、手にした二冊の本を見せる。
「終わりだな」
 ライターの火が本に近づけられた。
 膝をつくヒューイとデューイ。
 
 
「その拳銃はどうしたの?」
 静の問いに、フォルゴレは快活に答える。
「ああ、キャンチョメを探していたら、素晴らしい東洋のお嬢さんに出会ってね、つい一曲歌って踊っていたら、私の名前を告げた子供がいたと言うんでね。聞いてみたらキャンチョメのことだったんだ。そして奴らはお嬢さん達の荷物と自分の拳銃を入れた紙袋を間違えていたというわけさ」
「一曲歌って踊って?」
「ああ、シャイだと言われる東洋人にしてはノリノリだったなぁ」
「変わった人もいるものね」
「確か、セイとかいってたなぁ」
 いや、まさか、さすがに。いくらなんでも。
 静は、頭に浮かんだ思い出の人の姿を必死でかき消した。
「ポルチーニ茸は、ヨーコのお土産と言っていたよ、新しいのを買って返さないとなあ」
 蓉子…。
 いや、多分偶然。あり得ない。いくらなんでも。
「どうしたんだい、カニーナ。突然顔色が…」
「な、なんでもないわ…あ、あの、念のために聞きたいんだけど…」
「ん?」
「貴方、その東洋人と一緒に踊ったの?」
「ああ、見事だったよ、彼女…」
「チチモゲじゃないわよね……」
「残念ながら、無敵フォルゴレのほうだ」
 良かった。本当に良かった。いや、聖さまじゃないと思うけれど、それでも良かった。まだマシ。「チチをモゲ」より「無敵フォルゴレ」のほうが数倍マシ。
 
 
 数週間後、「イタリアの英雄、パルコ・フォルゴレに東洋人の恋人発覚!?」とのタイトルで、ノリノリで一緒に踊っている聖さまのとフォルゴレの写真がタブロイド誌に掲載された。
 山百合会はパニックに陥り、蓉子が祥子に依頼して小笠原家直属暗殺舞台をイタリアに派遣したりしなかったり、志摩子が魂の抜け殻になったりするのだが、まあ、それは後日談である。
 
 
 
 
あとがき
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