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白ポンチョの伝説
 
 
「令、由乃ちゃんの白ポンチョ姿、見たくない?」
「…突然何を言い出すかと思ったら、どうしたの?」
「これを見ていたらね、ふと思ったのよ」
「マリア祭の…ああ、幼稚舎の生徒の行進ね」
「天使の扮装を見ていたらね、白ポンチョを思い出して」
「確かに、少し似てるかも」
「それで、令は見たくないの?」
「祥子は祐巳ちゃんのが見たいんだ?」
「ええ。見たいわ。素直に言ったのだから、令も答えなさい。由乃ちゃんの白ポンチョ姿、見たいの?」
「見たことあるからいい」
「え? ああ、そうね、試着姿くらいは見たことあるでしょうけど、私が言っているのは…」
「白ポンチョくらいなら、私がリクエストしたら着てくれるし」
「リクエスト?」
「由乃からすれば白ポンチョなんて簡単だけど、私はお医者さまの扮装しなきゃならないから結構たいへんなのよ」
「令?」
「でも『先生、お願いやめて』なんて演技する由乃も可愛いんだけどね」
「令、由乃ちゃんと何してるの?」
 
 
「いや、それ、どう考えても嘘って判らない?」
 怒る、というのを通り越して由乃は呆れていた。
「うん。さすがにこのやりとりが全部本当だとは思ってないけれどね」
 ノートを手にうなずく真美さん。
「一応、お姉さまの取材ノートを発見したからこうやって尋ねている訳よ。いくらなんでも一から全くの捏造とは思えないから、どの部分までは実際にあったことなんだろうかと」
 今は卒業している築山三奈子の取材ノート。創作ノートの間違いではないかと突っ込みたいのを堪える祐巳。
「いくらなんでもね…」
「そうよ。いくら何でもポンチョプレイなんて」
「プレイ言うな」
「まあ、ポンチョが可愛いからって、令ちゃんに見せたのは本当だけどね」
「あ、見せたんだ」
「その辺を詳しく…」
「プライベートだし、第一卒業なされた黄薔薇さまにも関わることだから、ノーコメントよ」
 由乃は軽くいなす。
「由乃さん、そこをなんとか」
「令ちゃんのファン、ミスターリリアンのファンは未だに根強いのよ。その令ちゃんがいくら頭に超の付く美少女といえども、妹のポンチョ姿に鼻の下長く伸ばしてたなんて、その子達の夢壊すみたいで可哀想で」
 超の付く美少女って、自分で言いますか、由乃…。
 そのツッコミも堪えて、祐巳が言う。
「とにかく、真美さん。その件に関してはノーコメント。と言うより記事にするのもやめて欲しいかな。由乃の言うとおり、卒業した人まで記事にするのはちょっと感心できないよ」
「まあいいわ。それじゃあこのノートに書いてある他のことなんだけど…」
 まだ続けようとする真美さんにお引き取りを願い、さっきからずっと会話に参加しようとしなかった志摩子に祐巳は目を向けた。
「もしかしてさっきの会話、聞いてた?」
 志摩子は去年も白薔薇さまだった。その意味では令さまやお姉さまと同じ立場だったのだ。
「ええ、祥子さまが祐巳のポンチョ姿を見たがっていたのは覚えているわ」
 あ、やっぱりそうだったのか。祐巳は心の中でうなずいた。
「だけど結局、令さまは興味を示さなかったし、そのころはまだ乃梨子とはスールになっていなかった私に発言する機会は無しで、残念だけど立ち消えになったのよ」
「ふーん」
 由乃は普通に答えているけれど、今なにかさらりととんでもないことを志摩子が言ったような気がしませんか?
「“残念だけど”」
 つまり、そのころ乃梨子ちゃんが白薔薇のつぼみになっていたら賛成したわけね、志摩子。
「ねえ、由乃、祐巳」
 志摩子の目がきらんと光ったような気がした。
「瞳子ちゃんと可南子ちゃんの白ポンチョ姿、見たくない?」
「見たい」
 早っ! 早いよ、由乃。そんな速攻で答えるなんて。
「乃梨子と瞳子ちゃんと可南子ちゃん、一番可愛いのは誰かしらね」
「縦ロールに白ポンチョ。これが可愛くなくて何が可愛いというの。ただひたすら背が高いだけの娘や、無愛想なおかっぱには絶対に負けないわ」
 由乃、よく言ったわね。私の可南子に挑戦するというのね。今のは宣戦布告ということなのね。
 よくわかったわ。
「そうね、可愛いのは瞳子ちゃんかもしれない。でも、美しいのは可南子よ。モデルばりのスタイルと長身によく映える黒髪は、お子様体型の二人など足元にも及ばないでしょう」
 由乃と祐巳のやりとりに、にっこりと志摩子は微笑んだ。
「どこの文明でも初期の着物は白ポンチョタイプ。その単純さゆえにね。つまり、白ポンチョに一番似合うのは日本古来の髪型と心を持つ娘。西洋かぶれや間違った男性蔑視主義者など…」
 志摩子まで。
 敵に不足無しね。祐巳はにやりと笑う。
「それじゃあ、一番白ポンチョが似合うつぼみは誰か、勝負よ」
「こういうのはどう? 買った者には、残る二人が何か奢ること。あ、商品でも可ね」
「それでは私が負けたらギンナン一年分を…」
「「いや、それいらない」」
 
 
 ルール
 白ポンチョは、実際のレントゲン撮影でも使用可能なものを複数用意して、くじ引きで各自に割り当てるものとする。(支倉令を擁する由乃の有利を防ぐため)
 審査は、そのつぼみの姉以外の者が五点満点で行う。なお、特別審査員として武嶋蔦子、支倉令、小笠原祥子。(令さまと祥子さまではそれぞれ瞳子、可南子が有利になるのではという意見も出たが、令さまはこういうことは冷静に審判するだろうし、祥子さまはどちらかと言えば可南子の敵であろうと判断された)
 満点は二十五点。
 優勝者とその姉には、ミルクホールで好きなパン一週間分が与えられる。
 白ポンチョの内側は一切の衣服を認めない。
 
 
 乃梨子はテーブルに頭を突っ伏していた。
「頭…痛い」
 もうアフォか、ヴァカかと。
 何やってんですか、お姉さま。そんなにポンチョ姿が見たいんですか。
 一言「見たい」と言ってもらえれば、いつでもポンチョ片手に深夜の訪問…いや、そうじゃなくて。
 なんでそんなファッションショーみたいなことをしなきゃならないんですか。しかも白ポンチョ。
 まあそれはいいとして、この最後の一文はなんですか。
『白ポンチョの内側は一切の衣服を認めない』
 お姉さま、露骨すぎます。
 なんですか、これは。変形裸エプロンですかそうですか。
 私にこんな事をさせるんですから、それなりの代償は考えてますよ、いいですか、志摩子さん。次は志摩子さんがシスター服を着てくださいね。志摩子さんの懺悔を私が聞いてあげるから……うふふふふふ。
 
 
 瞳子は、乃梨子の不気味な笑いを横目で見ながら考えていた。
 可愛い白ポンチョ。これはもう瞳子にとっての悲願といってもいい。
 忘れもしない高校入学後第一回目のレントゲン検査。可愛いフリルを注意した先生方。
 そして今年の第二回目は、白い糸で刺繍したところが当日解れて、見るも無惨な姿に。
 可愛い白ポンチョをお姉さまに見せることができる。
 それに…天使のような自分の姿を見せつければ、祐巳さまは自分の選択を心から悔やむかもしれない。
「あああ、どうして私はあのとき可南子を選んでしまったんだろう、こんなに可愛い天使のような瞳子ちゃんが目の前にいたのに…」
 くっくっくっ……。
 
 
 可南子は、瞳子の悪魔の微笑みを気味悪そうに見ていた。
 …お姉さまが見たいとおっしゃるならば仕方ないですね。
 …でもどうせなら、大きな布に二つの穴をあけて、お姉さまと一枚のポンチョを一緒に着てみたい。
 お姉さまと触れあう肌…あ、いけない。こんな事を考えては…。
 駄目。
 何か忘れているような気がする。
 何かとてつもなく大切なこと。
 なんだろう…?
 
 
「特別審査員の佐藤聖です」
 なんで聖さまがいるんですか。
「んー、なんか面白そうなことがあるって聞いて」
 祐巳は頭を抱えた。
 志摩子はいつもの笑みで言った。
「初々しいつぼみたちのポンチョ姿がそんなに見たかったのですね、お姉さま」
「そう、そうよ、志摩子。さすがあなたは私をよくわかってる」
「聖さま」
「なに? 祐巳ちゃん」
「くれぐれもお願いです。優勝したつぼみを食っちゃわないように」
「じゃあ祐巳ちゃん代わりに食べていい?」
「可南子を出し抜く自信がおありなら」
「う…背後霊ちゃんか…ちょっと苦手だな」
「どうしてもつぼみが食べたいときは、乃梨子ちゃんにしてください。彼女も白薔薇のはしくれです。これも運命だと思って諦めてくれるでしょう」
「でも最初の一箸は志摩子に譲らないと…」
「嫌ですわ、お姉さま。最初の一箸だけで我慢しろとおっしゃるんですか」
 乃梨子ちゃん逃げた方がいいかもしれないよ。と言おうと思ってすぐに口を閉じる祐巳。
 聖さまの手が可南子に伸びないためにもやはり犠牲になってもらおう。
 ありがとう、乃梨子ちゃん。あなたの勇姿は忘れない。
 
 審査開始
 
 まずは乃梨子ちゃん。
 ポンチョを渡され、特設更衣室(部屋の隅をカーテンで仕切った)で着替える。
 そして出てきたのは…
 どう見ても邪馬台国人。
 乃梨子ちゃん、似合いすぎ。
 しかし、確かにこのシンプルさはとても可愛い。なるほど、志摩子さんの自信も判る。
 採点用紙に書き込む審査員。
 
 そして瞳子ちゃん。
 瞳子ちゃんが技に出た。
 審査員の前でくるっと回って優雅にお辞儀。
 もともと裾の長くないポンチョがひらりと揺れて、太股までがちらりと見える。
 親指立てて「オッケー」と片目をつぶる由乃。
 何を教えたの、由乃。
 聖さまが幸せそうな表情をしている。
 瞳子ちゃん狙いますか、聖さま。
 うん、白と紅は聖さまも食べ飽きただろうから、そろそろ黄も対象になっていいかもしれない。
 
 そして真打ち、可南子。
 …………。
 ………。
 ……
 出てこない。
 可南子?
 どうしたの?
「お、お姉さま…」
 カーテンの向こうから聞こえる悲しそうな声。
「どうしたの、可南子?」
 急いで特設更衣室に入り込む祐巳。
「一体何…が…か」
 祐巳は絶句した。
 その祐巳を恨めしそうに見上げる、しゃがみ込んだままの可南子。
 問題点は三つ。
 一つ目。
 シャレのつもりで、誰かが小さめのポンチョを混ぜておいた。
 二つ目。
 女の子の標準からすると、可南子は大きい。
 三つ目。
『白ポンチョの内側は一切の衣服を認めない』
 結論。
 可南子がきちんと隠せるのは腰の少し下まで。
「か、可南子…」
 祐巳の声が少しうわずった。
「お姉さま!」
 心細さに抱きつく可南子。
 立ち上がって抱きつきに行った瞬間、ポンチョがふわりと浮き上がる。
 祐巳の身体はポンチョの中へ。
 気付かずに抱きしめる可南子。
 …へ? 可南子…
 素肌が祐巳の目前に広がっていた。
 むにゅ
 温かくて柔らかいものが、祐巳の顔面に当たる。
 …これって…可南子の…
 ……胸?
 …あ、鼻血が… 
 
 
 静まりかえる審査員一同。
 視線は特設更衣室に集まっている。
 何か、赤いものが流れてきた。
 一同が不審な顔を見合わせた瞬間、
「お姉さまーーーーーーー!」
 可南子の絶叫が響き渡った。
 そして数秒後、
「祐巳ーーーーーーー!!」
 当然祥子の絶叫も。
 
 
 
 
 
あとがき
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