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妹たち
 
 
 祐巳さんが大きく伸びをする。
「うん。やっぱり可南子のここが一番いい気持ち」
「お姉さま。そんな所におられては仕事ができません」
 ややつっけんどんに言う可南子ちゃんだけど、頬が赤いのは隠せない。うーん、可南子ちゃん、どう見ても喜んでる。そういうところが紅薔薇さまにそっくりなんだよね。
「大丈夫大丈夫。そんなに溜まってないでしょ? もし間に合わなかったら一緒に居残りして頑張ればいいよ、可南子。それとも家に来る?」
 暢気な祐巳さん。というよりこれは惚気かな?
 ベタベタ。
 もう一つベタベタ。
 さらにしつこくベタベタ。
 白薔薇さまとそのつぼみ。志摩子さんと乃梨子ちゃんがスールになってからしばらくの間も、かなりの新婚さんでラブラブな空気を撒き散らしていたのだけど、さすがにここまでベタベタなものじゃなかった。
 さすがは福沢祐巳。伝説のエロ薔薇さま、佐藤聖さまからセクハラスキンシップ奥義を受け継いだ第二のエロ薔薇さま。
 この人が来年紅薔薇さまになってさらに薔薇さまのオーラを身にまとったらどうなる事やら、それを考えると怖いような面白いような。
 でも面白いならいいかも。
 う。私もどうやら先代黄薔薇さま、鳥居江利子さまのウィルスに冒されつつあるみたいだ。あんまりあの人は好きじゃないんだけど、薔薇ファミリーの繋がりとはそういうものかもしれないと、最近は思えるようになってきた。
 
 可南子ちゃんが椅子に座って書類をチェックをしている所にやってきて、突然膝の上にちょこんと座り、甘えるようにもたれかかる。その場所が、最近の祐巳さんのお気に入り。
 可南子ちゃんにとっては、いつものお姉さまの奇行なので実はそれほど驚く事じゃない。というよりはっきりと至福の表情を浮かべている。
 知らない人が見たら、絶対に姉妹の順番を間違えるんだろうな。長身の可南子ちゃんを妹にしているからこそできる技だ。同じ事を乃梨子ちゃんや瞳子が志摩子さんや私にやったら…うん、「重いっ!」ってはねのけるね、私は。
「薔薇の館に揺り椅子があるといいのにね」
 何か言い出す祐巳さん。
「可南子に座ってもらって、だっこしてもらうの。そしてゆらゆら〜って、気持ちいいだろうね」
 真っ赤になってる可南子ちゃん。ああ、想像しちゃってるんだな。
 見ると、乃梨子ちゃんもどこかの世界に旅立とうとしている。
「揺り椅子で揺られながら微笑むお姉さま、素敵だろうな…」
 うーん。貴方は確か普通の中学にいたんじゃなかったっけ?凄い適応能力だよ乃梨子ちゃん。それとも志摩子さんの仕込みが濃いのかな?
 このまま放っておくと、本当に備品で購入しかねないので、そろそろ釘を刺しておこうか。
 と、私が動く前にもっと適役が現れた。
「祐巳、はしたない真似はおやめなさい」
 紅薔薇さま、小笠原祥子さまその人だ。
「あ、お姉さま、ごきげんよう」
 膝から降りて挨拶。ところが挨拶が終わると再び膝へ。
 アンタは猫か。
「祐巳、可南子ちゃんから降りなさい。可南子ちゃんも重くて大変よ」
「ひどい、お姉さま。重いなんて」
「ち、違うのよ、祐巳。そう言う意味じゃなくて」
「可南子、お姉さまがいじめるよ」
 よしよし、と慰める可南子ちゃん。ああ、本当にあんたらはどっちが妹なんだ。
「あ、紅薔薇さま。私なら大丈夫です。祐巳さまが重いなんてことはありません」
 あっそりそう言うと可南子ちゃん、余計な一言を付け加える。
「ああ、紅薔薇さまは、お姉さまをだっこしたことがないから判らないんですね。祐巳さまは軽いですわ。それに…」
 睨みつける祥子さまを意にも介さない可南子ちゃん。
「祐巳さまをだっこしていると、私も気持ちいいんです」
「可南子ちゃん! 祐巳を下ろしなさい」
「例え紅薔薇さまのご命令でも、私にはお姉さまの言葉が全てですから、お姉さまが下ろせとおっしゃらない限り、私はお姉さまをだっこしています」
 この姉妹を見ていると、私は自分が一年だった時を思い出す。
 江利子さまと令ちゃんの争奪戦をやっていたときだ。
 でも可南子ちゃんは当時の私よりずいぶん強い。それとも、祥子さまが当時の江利子さまに比べて弱いのか。
 多分そう。祥子さまは江利子さまのように策を弄したりしない。どっちかというと、策を弄するのは可南子ちゃんのほうだ。
 しかし、今まではあんなに祥子さまべったりだった祐巳さんがこんなに妹べったりになるなんて、人間、変われば変わるものだ。
「祥子、あんまり孫いじめちゃ駄目だよ」
「令、今のはどう見てもいじめられていたのは私でなくて!? もお、祐巳も最近は本当に生意気になって…」
「まあまあ祥子。姉に依存しなくなるのはいいことじゃない」
 令ちゃんがやってきた。偉そうなこと言ってるけど、私が瞳子をスールにしたときに一番落ち込んだのは令ちゃんじゃなかったっけ?
 令ちゃんは何かきょろきょろしている。
「瞳子ちゃんは演劇部かな?」
 はら、やっぱり気にしてるんだ。本当にわかりやすいったら。
「今日は遅れると言ってました」
 乃梨子ちゃんが答える。本当に乃梨子ちゃんはしっかりしている。ときどき、魂をどこかにとばして妄想しているのが玉に瑕だけど、きっと志摩子さんのことなんだろうな。
「由乃。良かったらお茶入れてくれないかな」
「あ、すいません。黄薔薇さま。私がすぐに」
「いいのいいの乃梨子ちゃんは。私は由乃の入れてくれたお茶が飲みたいな」
 令ちゃんは嬉しいことを言ってくれる。
 よーし、この由乃さんが、令ちゃんのために腕によりをかけてお茶を…
「すいません、遅れました」
 瞳子が息を切らしてやってくる。そんなに急がなくても…
「!?」
 一年生を除いた全員が、ビックリした顔で瞳子を見る。私も例外じゃない。
 うん。一年生は教室でこれを見たんだ。道理で、今日は朝から瞳子の姿を見ないと思っていたら…私に隠すために…。
「瞳子…それ…」
「あの……私も、お姉さまみたいにしてみようかなと思って…試しにですわ、試し」
 瞳子ちゃんは私と同じようなおさげを結っている。
「お揃いですわね、お姉さま」
 くぅ。なんて可愛いことするんだろ、この子は。
「どうですか、瞳子のこの髪型」
 誰かが私の名前を呼んでいるような気がしたけど、どうでもいい。
「可愛い、瞳子、とても可愛い」
「嬉しいですわ。お姉さまにそんなに褒めていただいて」
 誰かがお茶を入れてくださいと頼んでいるような気がするけれど、今はそれどころじゃない。
 乃梨子ちゃんも可南子ちゃんも可愛いかもしれないけれど、瞳子には負けるね。
 私の妹がやっぱり一番。
 
 
 
祥子「令…」
令「なに…?」
祥子「私たちも、蓉子お姉さまや江利子さまから見たらこんな風だったのかしら…」
令「多分……」
祥子「今さらだけど…蓉子お姉さまにお会いして謝罪したい気分だわ」
令「私も、江利子さまに会いたくなってきた…」
 
 
あとがき
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