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第一次スーパー山百合大戦
 
 
 元紅薔薇さま、水野蓉子。
 またの名を完璧超人水野蓉子。
 容姿、気品、頭脳、センス、度胸、全てにおいて一級品。誰が見ても、つい一年前まで女子高生だったとは信じられない完成度を誇る美女である。
 その蓉子が母校、リリアン女学園へと向かっていた。
 後輩達の成長を見届けたい。
 その想いが蓉子を動かしている。
 妹、現紅薔薇さまの祥子、そしてその妹、紅薔薇のつぼみこと祐巳ちゃん。
 祐巳ちゃんが妹をつくったという。それも、文化祭の日に見かけたあの背の高い子だ。
 是非会ってみたい。そして、妹を作った祐巳ちゃんの成長した姿を見たい。
 次期紅薔薇さまに相応しい、妹を毅然と導く姿を。
「なるほどご立派」
 友人が頷いている。
「で、なんで私が?」
「あら、貴方が勝手についてきてるんでしょ?」
「なんでそうなるかな。今日は久しぶりにあってお茶でも飲むって予定が…」
「私が遊びに行くって言ったら、一緒に行くって言ったじゃない」
「遊びに行くって…、まさかリリアンとは思わないでしょ?」
「それは貴方の勝手な思いこみじゃない」
「あのね…蓉子…」
「いいじゃない別に」
「でもね…。私はリリアンは別に懐かしくないんだから。いつも大学に行っているんだからね」
 聖は言いながら首を振る。
「時々、蓉子って凄いMyMotherになるよね」
「なによ、それ」
「我がママ…わがまま」
「馬鹿言ってないで、ちゃんと前見て運転しなさい」
「ねえ蓉子」
「何よ」
「これってもしかして、私、タクシー代わり?」
「あ、リリアンが見えてきたわ」
「なんで答えないのよ」
「学園の駐車場は左に曲がった所よ」
「蓉子、人の話聞いてる?」
「運転に集中しなさい」
「…はい」
 
 薔薇の館が見える。
「楽しみよね。次期紅薔薇さまとして今まさに花咲かんとしている祐巳ちゃんの勇姿。初めて薔薇の館にやってきた頃は、正直頼りなさそうな、なんの取り柄もないただ平凡なだけの女の子に見えたけれど。さすがは祥子よね。その目に狂いはなかったのよ。わずか半年もしないうちにつぼみとなるだけの度量を見せつけ、さらには山百合会の潤滑剤としてなくてはならない存在へ。素晴らしいわ、祐巳ちゃん」
「蓉子、演説してる間に通り過ぎちゃうよ」
「判ってるわよ」
「ところで、祐巳ちゃんの妹って誰? 電動ドリル? それとも背後霊ちゃん?」
「瞳子ちゃんは由乃ちゃんの妹になったらしいわよ」
「へえ、それじゃあ今年のつぼみの妹は全員同じクラスなんだね」
「一人はつぼみだけれどね」
「乃梨子ちゃんか…ちゃんと話したことないのよね。いい機会だからちょっとからかってみようかな」
「ほどほどにね。祥子の話だと、まだまだリリアン慣れしていないみたいだから」
「志摩子の妹だもの。その辺りは大丈夫だと思うよ」
 
 
「祐巳、いい加減にしなさい」
「だって、お姉さま…」
 最近、祐巳さんは逆らうことを覚えた。
「いつまでもそんなことをしているのは、はしたなくてよ」
「でも〜」
「いいではありませんか、紅薔薇さま。私なら一向に構いませんから」
 祐巳さんを膝に載せたまま、可南子ちゃんがにっこりと笑う。
 可南子ちゃんも最近、にっこり笑うことを思い出したらしい。
「貴方に聞いてないの」
「そうですか、では…」
 祐巳さんを羽交い締めにするように抱きしめる可南子ちゃん。
「これでお姉さまの意志では抜け出せませんわ。私の腕からは逃れられませんもの」
「私は捕まってしまったので、逃げることができません、お姉さま」
「祐巳…、貴方…」
 信じられないものを見たと言いたげに、祥子さまはよろよろと後ずさりする。
「私の前で可南子ちゃんとそんなイチャイチャするなんて……こんな事になるなら、妹を作れなんて言うんじゃなかったわ…」
 扉が開く。
「ごきげんよう」
 蓉子さまと聖さまの登場。
「お姉さまッ!」
 祥子が満面の笑みで駆け寄る。
「まあ、祥子、そんなに慌ててどうしたの?」
「あら、私としたことがなんてはしたない。でも、懐かしくて」
「ありがとう、ところで祐巳ちゃ…」
 言いかけた蓉子さまの目が祐巳さんと可南子ちゃんを捉える。
 可南子ちゃんの膝に座り、全身を弛緩させて至福の表情で緩みきっている顔。
「…どうしたの、祐巳ちゃんは…」
「見たところ、妹とものすごくラブラブみたいだね」
 聖さまは、テーブルについている白薔薇姉妹を見つけると手を振って近づいていく。
 蓉子さまはもう聖さまには目もくれない。
「…祥子。これはどういう事?」
「え、あ、祐巳は妹ができて嬉しいんですわ。いつも一緒にいますの」
 さすがに、妹ができて自分の相手をしてくれなくなった、と愚痴をこぼすのは格好悪い。
「ふーん…いつも一緒ね…」
 祥子さまの手を取る蓉子さま。
「祥子、ちょっと一緒に来なさい」
「はい?」
 
 
 後に、山口真美はこう語る。
 はい。あの……蓉子さまですか?
 まさかあんな事になるなんて…。
 あの日、新聞部は締め切り間際の超修羅場態勢でした。引退したはずの三奈子お姉さまを筆頭とした三年生まで駆り出して、部員総出で原稿を仕上げていたのですが…。
 突然、蓉子さまと祥子さまが現れて。
 ええ、新聞部の取材メモを請求なされて…。
 そうです。そこには色々な極秘資料も入っているため、絶対に見せることはできません。
 私は絶対に出すことはできない、そう宣言しました。
 その時です。
 何人かの部員が、まるで操られているかのようにふらふらと立ち上がり、蓉子さまに取材メモを渡しているのです。
 蓉子さまはそれを斜め読みすると何枚かを抜き取り、コピーを命じました。
 部員達は従います。後で聞いた所によると、彼女たちはかつて紅薔薇さまファンクラブの一員だったと言うことで……。
 ええ。どうも在学中に一人一人密室に呼び出されたというのですが、そこで何があったかは一切覚えていないと断言しているのです。
 一体そこで何があったのか……。
 まさか洗の……。い、いえ、今のは聞かなかったことにして下さい。私には守るべき新聞部というものがあるのです。紅薔薇さま…いえ、水野蓉子さまに逆らうなんてそんな畏れ多いこと……。勿論、全く考えていませんわ。
 ええ、蓉子さまは素晴らしい御方ですから。もし同じ事があれば、今時は抵抗なんて愚かなことはせずに自らメモを抜粋してお渡しするつもりです。
 え? あ、はい。よくご存じですね。ええ、私もあの後、密室に呼ばれて……あれ? あの部屋で何があったのか覚えてない…頭が痛い…。
 あ、はい。そうですね。そんなことは些細なことです。肝心なのは、水野蓉子さまは素晴らしい御方だと言うことですわ。
 
 同じく、武嶋蔦子さんの証言。
 ノーコメント。
 怯えたように顔を背ける彼女からは、何も聞くことはできなかったという。
 
 
 新聞部、写真部からせしめた取材メモと盗撮写真のチェックを終えると、蓉子は祥子の煎れたお茶を一口飲んだ。
「間違いないわね」
「なにがですの?」
「細川可南子。彼女のせいで祐巳ちゃんは堕落した」
「可南子ちゃんのせい?」
「そう。本来なら、今頃祐巳ちゃんは次期紅薔薇さまとして成長しているはずなのに…妹相手にイチャイチャしている暇なんてないのよ」
「そ、そうですわ」
「それに、姉妹関係においては、姉は導く者。祐巳ちゃんは可南子ちゃんを導かなければならないの。イチャイチャしていい相手は祥子、或いは私。つまり姉だけなのよ!」
 というか、実は祥子がいなくても私だけに甘えてくれればそれはそれでいいのよ祐巳ちゃん、と心の中で呟く蓉子。
「その通りですわっ! お姉さま!」
 蓉子さまも駄目に決まってるじゃありませんかっ、祐巳が甘えていいのは私だけなんですよ、引っ込んでいて下さい! と言いたいのを堪えて賛同する祥子。
「祥子。こうなった以上、私のやるべき事は一つよ」
「はい」
「元紅薔薇さまの名において、可南子ちゃんを教育します!」
「現紅薔薇さまの名において、協力いたしますわ、お姉さま」
「そう。念のために言っておくわ。いいこと、祥子。これは山百合会の将来を思ってのこと。けっして嫉妬心とかそういうものではないのよ」
 貴方は協力しなくてもいいから、と心の中で叫ぶ蓉子。
「当たり前ですわ。お姉さま。私だって、嫉妬などというものはございません。あくまでも、これは祐巳と可南子ちゃんのことを思っての行動ですわ」
 嫉妬丸出しでみっともない姉だな、と言いたいのを必死の思いで堪える祥子。
 顔を見つめ合い、ふふふと笑い出す二人。
 どこからどう見ても単なる悪役にしか見えないのは、気のせいか。
 
 
 翌日のリリアン。
 可南子が登校してくると、どこで見たことのある人が校門前で待っている。
「細川可南子ちゃんね」
 思い出した。前紅薔薇さま、水野蓉子さまだ。
「文化祭であったから、自己紹介はいいわね」
「なにか、御用ですか?」
「今日は貴方に忠告に来たのよ」
「忠告?」
 元々下がっている眉をさらに下げて、可南子は聞き返した。
 身に覚えは全くない。
「祐巳ちゃんは、次に紅薔薇さまとなる大事な身。貴方に甘やかされて駄目になるわけにはいかないの」
「私がお姉さまを甘やかしていると?」
「その通り」
「馬鹿なことを…」
「いいわね。祐巳ちゃんのため、ひいては山百合会のため、貴方は妹としての道を踏み外さずに、一歩引きなさい!」
「お姉さまを甘えさせるな、そういうことですか?」
「甘えて欲しいのなら、いずれ自分の妹ができる日を待ちなさい」
「それでは、私がお姉さまに甘えるのは構わないということですか?」
「問答無用! おとなしく一歩引くならよし、さもなければ実力行使に出ます!」
「今の『問答無用』って明らかにおかしいですよ」
「問答無用!」
「それ二回目」
「お黙りなさい!」
 蓉子の合図と共に、可南子を取り囲む三年生を中心とした生徒達。
「元紅薔薇親衛隊は未だに健在よ、さあ、可南子ちゃん。おとなしく祐巳ちゃんから身を退きなさい!」
 辺りをゆっくりと見回し、可南子はふっと笑う。
「なるほど、これが元紅薔薇さまのお力ですか…」
 手をあげる可南子。
「笑止! 時代の流れも読めぬロートルは縁側でひなたぼっこでもしていればいいものを!」
 可南子の包囲網をさらに囲むように現れる生徒達。
「なにっ!」
 蓉子の見るところ、それらは一年生を中心に構成されている。
「こ、これは?」
「リリアン防衛隊。汚れなき乙女の花園リリアンを、醜くもあさましい男どもから守り抜くために、私が極秘裏に結成した組織ですわ。まさか、初陣が蓉子さまになろうとは思いませんでしたが…」
「そんな、わずか一年と在学していない貴方にこれほどの組織を作り上げる時間が…」
 その時、蓉子は見た。
 防衛隊の中に存在する二年、三年の中には、かつて聖の親衛隊だった者がいる。
「まさか…」
 可南子の高笑い。
「その通り、かつて白薔薇さまの親衛隊を私的に作り上げていた方々です。私の男不要論に喜んで賛同して下さいました」
 確かに、ガチの聖さまの筋金入りのファンが男に目をくれる道理もなく。
「さらに、聖さまとのカップリング対象としてもっとも公式化されている蓉子さまに、元白薔薇親衛隊が協力するとお思いですかっ!」
 蓉子の頬に流れる汗は冷や汗か、それとも激戦の予感に高ぶる血潮の流す汗か。
「可南子ちゃん…確かに貴方を舐めていたようね…だけど、一年主体の貴方の防衛隊、三年主体の私の親衛隊。将来性は別として、今現在の戦闘力においては比ぶるべくもないはず!」
 全軍に命令を下す蓉子
 同じく、可南子も命ずる。
 
 
 後に、二年生某は語る
 はい、私はどちらの勢力にも属していなかったのでですが、驚きました。
 クラブの朝練…あ、はい、テニス部です…が終わって、マリア様に手を合わせようと校門まで行くと、たくさんの生徒が入り乱れて…あんなにたくさんの生徒が一度に集まって動いているのを見たのは、体育祭以来です。
 本当に驚いて…え、蓉子さまと可南子ちゃん…。
 あれ、祐巳さんのお姉さまと妹の仕業だったんですか…。
 あ、はい。祐巳さんとはお友達です。いや、本当ですよ。
 嘘じゃないです。見栄じゃなくて! そりゃ最近は影が薄いですけれど…あ、その人物紹介、「某」てなんですか、「某」ってちゃんと私の名前入れて下さい、私はかつ……(以下略)
 
 
 親衛隊の劣勢に動揺の色を隠せない蓉子。
「そ、そんな…何故…」
「蓉子さまは大事なことをお忘れですわね…」
 蓉子に近づく可南子。
「確かに、親衛隊の大多数は三年生。対して私の防衛隊の大多数は一年生。元白薔薇親衛隊の方々は、組織化にこそ尽力して頂いたものの、その絶対数は少ない。確かにそれだけを問題にすれば蓉子さまの圧勝でしょう。しかし」
 可南子は立ち止まり、周囲の争いを示す。
「親衛隊とは、所詮ファンクラブの強大化したもの。しかし、防衛隊は、そもそも防衛を目的に組織されたもの。元々集められていた人材の戦闘力に差があるのですわ。文化系の三年生と体育系の一年生、勝負において有利なのはどちらでしょう?」
 
 
 その頃…。
 祥子は校門付近の争いを全く無視していた。
 二人が争っている隙に祐巳に会う。
 漁夫の利。というやつだ。
 二人の醜い争いを見せつければ、平和主義の祐巳のことだ、愛想づかしは間違いない。
 そうなれば誰憚ることなく祐巳は自分一人のもの。
 祐巳の後ろ姿が見えた。
 いつものツインテールがぴょこぴょこ動いている。
「祐巳、ごきげんよう」
 あまりのうれしさに、つい背後から抱きしめてしまう祥子。
「ごめんなさい、祥子さま」
「え?」
 振り向いたツインテールが、SFXのようにぐにゃりとドリルに変形する。
「と、瞳子ちゃん?」
「はい、それから」
 祥子の身体中に巻き付く数珠。そして、どこからか現れる影。
「こ、これは!」
「申し訳ありません、紅薔薇さま」
「乃梨子ちゃん!?」
「山百合会の未来のため、というか、志摩子さん世代の安寧のためです」
「な、なにが!」
「祐巳さまと可南子さんのラインを崩すわけには参りません」
「そうですわ。第一、それが成功したら次はあの剣道女が瞳子とお姉さまの仲を裂こうするに決まってますわ!!!」
「瞳子の言うとおりです。由乃さまと祐巳さまの平穏イコール志摩子さんの平穏。そう言うわけで、紅薔薇さまはしばらくここにいて下さい。失礼します」
「ちょ、ちょっと、乃梨子ちゃん、瞳子ちゃん!」
 二人は祥子を置き去りにして歩いていく。
「まったく、祐巳さまの実力を知らな過ぎますわ、皆様」
「まあ仕方ないと思うけどね」
 
 
 蓉子と可南子の対峙が続く。
 ふと、気がつくと、戦闘は終結していた。
 どちらの勝利もない。いつの間にか、双方撤退していたのだ。
「あれ?」
「あら?」
 防衛隊も親衛隊もいなくなった校門前。
 そこにすっくと立つ、ただ一人の少女。
「…お姉さま?」
「祐巳ちゃん?」
「何をしてらっしゃるんですか、蓉子さま」
「…祐巳ちゃん…他のみんなは?」
「教室に戻るようにお願いしました」
「お願いって…」
 溜息をつく可南子。
「祐巳さまのお願いを断れる人なんて、リリアンには誰一人としていませんわ」
 蓉子は可南子の言葉に瞠目した。
 福沢祐巳、恐るべし。
 すかさず、可南子は祐巳に抱きつく。
「お姉さま…蓉子さまが私をいじめるんです……」
「ええええーーーー!!!」
「蓉子さまが、私をお姉さまから引き離そうとして…怖かった…怖かったです…」
 いや、あんた、今さっきまで対等に戦ってたし。ていうかあの防衛隊って何よ、あんなの組織してた人に怖いとか言われたくないし。
 祐巳が可南子を庇うように蓉子の前に立つ。
「蓉子さま、可南子をいじめないでくださいっ!」
「違うのよ、祐巳ちゃんこれには…」
 すっとICレコーダーを取り出す可南子。
『さあ、可南子ちゃん。おとなしく祐巳ちゃんから身を退きなさい!』
 紛れもない蓉子の声が聞こえる。
「あ……」
「蓉子さま……。そんな蓉子さま、嫌いです」
 グサッ。
 何よりも、どんな攻撃よりも蓉子の胸に刺さる言葉。
「…行こっ、可南子」
「はい、お姉さま」
 仲睦まじく後者に向かう二人。
 後には、打ちひしがれた蓉子が残されていた。
 
 
 
 数日後。
「つまり、正面からの攻撃そのものに無理があったのよ」
「はい、お姉さま」
「今度は搦め手で行くわよ。さあ、令!」
「はい。蓉子さま、これを」
「そうそう、この令特製のケーキでまず祐巳ちゃんを籠絡」
「あの……蓉子さま?」
「判っているわよ、令。祐巳ちゃんだけじゃなくて、由乃ちゃんも必ずあのドリルノッポおかっぱ連合から取り返してみせるからね」
「は、はい、頼りにしてます、蓉子さま!」
 
 
 第二次スーパー山百合大戦は、そう遠い話ではないらしい……。
 
 
 
あとがき
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