祐巳さんと可南子ちゃん
1「お昼寝」
薔薇の館は今日も静か。
…動けない。
いや、動いてもいいのだろうけど、動きたくない。
ソファに並んで座っているうちに、珍しくお昼寝モードに入ってしまった志摩子の頭は、乃梨子の肩にもたれかかっている。
柔らかい髪の匂いが、意識していなくても乃梨子の鼻腔をくすぐる。
乃梨子は、同じような立場の可南子に目をやった。
可南子は膝の上で眠る祐巳を愛しそうに眺めているばかりで、乃梨子の視線には気づかない。
(うーん。いつも祐巳さまをだっこしている可南子の気持ちがわかってしまった…)
薔薇の館にはそれぞれお気に入りの椅子や居場所があるのだが、今の祐巳のお気に入り場所は可南子の膝の上。本人に言わせると「とても安心できる場所」らしい。
(そういえば今気づいたけれど、可南子の座っているのって揺り椅子じゃない…いつの間に……まさか備品購入したの? 祐巳さま、公私混同です、それは)
実は祐巳が祥子にねだりにねだりまくって買わせたのだが。
ちなみに祥子の出した交換条件は「私にも使わせなさい」。意訳すると「可南子だけじゃなくて私にもだっこさせなさい、祐巳」となる。
少しすると、ようやく可南子が乃梨子の視線に気づく。
ばつが悪そうに照れる可南子。乃梨子は笑い返すと、首をかしげて志摩子を示した。
(こっちも同じようなものだから)
二人が互いに微笑んだとき、ビスケット扉が開いた。
「……」
寝起きのような顔で、由乃が部屋の中を見渡す。
可南子と祐巳の姿に目を釣り上げ、志摩子の姿に目を丸くする。
「どうしました、お姉さま?」
横から頭を出す瞳子。
由乃と同じ順で部屋内を見渡す。
「ロッキングチェアでくつろごうと思ったら先に可南子さんに使われていて、ソファに寝ころぼうと思ったらお珍しいことに白薔薇さまが使っていらっしゃった?」
「さーすが、瞳子。私の言いたいこと全部言ってくれるわね」
「お褒めいただいて光栄ですわ」
「あ、あの、黄薔薇さま」
可南子が慌てて言うが、立ち上がろうとはしない。彼女にとってお姉さまたる祐巳さまの快適さは至高の絶対条件で、他の全てに優先するのだから。
「いいよいいよ、可南子ちゃん。祐巳はまだしも、志摩子がお昼寝なんて滅多にないことだからね。乃梨子ちゃん、たっぷり楽しんでよ」
「黄薔薇さま?」
「お邪魔虫は消えるから、二組ともよろしくやってなさい。さあ行くわよ、瞳子」
「あ、お姉さま、待って下さい」
とたとたと去っていく足音。黄薔薇姉妹の足音はいつも一つしか聞こえない。
「なんか、黄薔薇さまに気を使わせちゃったね」
「いつも好き放題におっしゃっているお二人ですから、たまには良いんじゃありません?」
「うん。実は私もそう思う」
二人の姉を起こさない程度の小さな声のおしゃべり。
少しおしゃべりを楽しんでいると、再び開く扉。
「黄薔薇さま?」
由乃と瞳子が戻ってきている。
二人は、無言でつかつかとそれぞれ紅薔薇姉妹、白薔薇姉妹の背後に立つ。
そしてまたそれぞれ、可南子、乃梨子の肩を押さえる。
「用意できましてよ、お姉さま」
「オッケー。いいわよ、蔦子さん」
慌てる二人を押さえつけて立てないようにする黄薔薇姉妹。
「ではお言葉に甘えまして」
蔦子が扉をくぐって入ってきた。同時に響く連続シャッター音。飛び起きる祐巳と志摩子。
「なに、なんなの?」
「乃梨子?」
高笑いする由乃と瞳子。
「撮りなさい、蔦子さん! この色ボケした紅白を! 写真の公開も私の権限でオッケーしますっ! いいわね、志摩子、祐巳!」
「ほーっほっほっほっ。お姉さまの言うとおり、無様ですわね、乃梨子さん、可南子さん!」
黄薔薇姉妹の大暴走。
薔薇の館は今日も平和。