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祐巳さんと可南子ちゃん
 
「一枚の写真」
 
 新聞部は今日もてんてこまい。
 のはずだけど、今は静かに会議中。
 白熱する会議の時もあるけれど、次回のかわら版の編集会議も終わって、取りあえずは平穏ムード。
 ちなみに次回の内容は「つぼみ徹底比較。紅・白・黄」
 細川可南子、二条乃梨子、松平瞳子には既にインタビューも済ませている。
「こうしてみると、やっぱり一番写真に映えるのは可南子ちゃんね」
 特別アドバイザー兼撮影担当の武嶋蔦子がつぼみ三人の写真を並べながら言う。
「モデル並みの背の高さに、艶やかな黒い髪。これで表情がもっと軟らかければ、凄い人気になるでしょうね」
「松平瞳子は三年生、二条乃梨子は二年生、細川可南子は一年生。アンケートの結果、それぞれの人気分布よ」
 山口真美は資料に目を通す。
「なんとなく判るけどね。可南子ちゃんは上級生受けしそうにないわ、確かに」
「うん。わかる。だからって下級生受けするとも思えないけど」
「それは紅薔薇さまのお力でしょう」
「真美さん、何かご存じで?」
「隠すようなことでもないけど、簡単なこと」
 真美は頭の後ろに手を回して、髪を掴んでツインテールを作ると言った。
「可南子も妹を作らなきゃならないんだから、一年生に無愛想でいちゃ駄目だよ」
「うわ、祐巳さんそう来たか」
「細川可南子は福沢祐巳には絶対服従だからね」
 ちなみにこの辺り、正確なやりとりはこうだ。
・・・・・・・・・・・
「可南子も妹を作らなきゃならないんだから、一年生に無愛想でいちゃ駄目だよ」
「え? 妹を作らなきゃ……ですか」
「そう。大変だよ、可南子。作らなきゃシンデレラやらすとか、新入生歓迎会で騙すとか、運動会で強引に約束させられるとか……、いや、そういうことはしないけどね」
 周りの視線が痛いので話題を変える祐巳。
「候補が多くて困っていた人の言うことは一味違うわね、志摩子」
「そうね、由乃」
「選んで頂かなくて幸運でしたわ。瞳子はこんな素敵なお姉さまに巡り会えましたもの」
「瞳子、あんた態度替わりすぎ」
 可南子は四人の言葉を全く聞いていない。というか、祐巳の前にいる可南子にとっては、祐巳の言葉以外は全てノイズと言っても過言ではない。
「祐巳さま、私は妹なんて…」
「無理に作らなくていいよ。可南子が嫌なら卒業するまで作らなくてもいいんだよ。薔薇の継承よりも、私は可南子のほうが大切だから」
・・・・・・・・・・・
 要は、完全に祐巳の手中で転がされているのだが。
「でも最近の可南子さんは以前に比べるとかなり柔らかくなったと思います」
「ええ。一年の時は、近づくのも躊躇われるような雰囲気でしたのに」
「そうね。あの頃は可南子さんとお話しするのはクラスでも乃梨子さんか瞳子さんだけだったわ」
 今の主要スタッフである二年生たちが口々に思い出を語っていた。
 真美は蔦子に目配せした。うなずく蔦子。
 二人は思い出を語り合う二年生に気付かれないようにそっと部屋を出た。
 可南子の祐巳に対するストーカーもどきな事件を知っているのは、山百合会を除けば蔦子と真美だけだ。蔦子は未だに、やや出遅れたとはいえその事件をかぎつけた真美の才能に一目置いている。
 事件そのものは、蔦子と祐巳の説得で記事化されなかったのだが、代わりに真美は詳細を聞かされている。
「それにしても祐巳さんが可南子ちゃんを妹にしたときは驚いたわよ」
「事件を記事にしなくて良かったわ。とにかくつけ回すとスールになれるなんて誤解されたら、シャレで済まないどころじゃないわよ」
「確かにそれは困りますね」
「でも、今となってはいいスールよね、あの二人」
「そういうこと。でも、こんなのを見るとちょっと悔しい」
 蔦子は一枚の写真を真美に見せる。
 そこには、可南子の胴にしがみつくように抱きつき、顔を上げて微笑む祐巳と、祐巳の身体を受け止め、優しい顔で見つめる可南子の姿があった。
「こんな安心しきった祐巳さんの顔、見たことある? これまで撮った写真の中でも最高の顔だもの」
「可南子ちゃんもこんな顔するんだね。でもどこかで見たことあるような気がするのよね、この可南子ちゃん」
「それは、そうね。見たことあるわよ」
 こともなげに言う蔦子。
「その顔、祥子さまと一緒にいたときの祐巳さんそっくりだもの」
 蔦子はそこで嬉しそうに笑った。
「ついでに言うと、三奈子さまと一緒にいたときの真美さんにもそっくりなんだな、これが」
「え…」
 きょとんとして、そして真っ赤になる真美。
「蔦子さん、そんなとこまで見てたの?」
「リリアン女学生ある所に武嶋蔦子さんあり、よ」
「…ねえ蔦子さん、この写真貸してもらえる?」
「祐巳さんと可南子ちゃんがオッケーなら焼き増ししてあげるわよ?」
「ほんの数分借りるだけよ」
 再び部屋に戻っていく真美。首をかしげながらも、蔦子は着いていく。
 部屋の中では、二年生が「紅薔薇さまが細川可南子を選んだ理由」について議論していた。
「やっぱり、そういう話になると思ったわ…、貴方達、これを見なさい」
 蔦子から借りた写真をテーブル真ん中に置く真美。
「この写真を見て、紅薔薇さまが可南子ちゃんを選んだ理由を考えてみなさい。それがわからなきゃ、いい記事なんて書けないわよ」
 顔を見合わせてにやりと笑う蔦子と真美。
 ああは言ったが、これは正解のない問だ。どれだけ一枚の写真から状況を導き出すことができるか、しかも今回のような、ピカイチの写真から。
 それが真美なりの、新聞部の鍛え方なのだ。
「真美さま…」
 一人がやがて顔を上げた。
「判ります。紅薔薇さまが松平瞳子ではなく細川可南子を選んだ理由」
 真美が蔦子に話したことのある「一番期待している子」だった。
「言ってみなさい」
「紅薔薇さまがこんな無防備に抱きつくなんて、答は一つしかありません」
 ほお、という顔で二年生を見る蔦子。
「身長差です。松平瞳子ではこの抱きつきは不可能です
 どんがらがっしゃん、と転びたいのを辛うじて堪える蔦子と真美だった…。
 
 新聞部の前途は有望……なのか?
 
 
 
 
 
 
 
あとがき
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