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祐巳さんと可南子ちゃん
 
「敵は白薔薇」
 
 
 薔薇の館は今日も静か。
 ……ではない。
 それは突然現れた。
「祐巳ちゃん、久しぶり〜〜」
「ぎゃぅ…あ、せ、聖さま?」
 背後から突然抱きつかれたにもかかわらず、喜色満面で振り返る祐巳。
「会いたかったよ、紅薔薇さま」
「聖さまが言うと、蓉子さまがいるように聞こえますよ」
「それじゃあ、祐巳ちゃんって呼ぶよ」
 その様子に顔をしかめる由乃と瞳子。
「お、お姉さま。避難した方がよいのでは?」
「待ちなさい。最期まで見届けるのよ」
「下手をすると血の雨が降りますわよ?」
「あの蓉子さまや祥子さまの防御をかいくぐって祐巳を抱き続けていた聖さまよ。そう簡単には…」
 ビスケット扉が開く。
 ギクッとなる黄薔薇姉妹だが、入ってきたのは志摩子と乃梨子。
「あら、お姉さま。ごきげんよう」
「はい、志摩子、ごきげんよう。元気そうね」
 いいながらも、聖の腕は祐巳から離れない。
「聖さま、久しぶりに志摩子に会うのにこれはないんじゃないですか?」
「いいのいいの」
 乃梨子がすっと、聖と志摩子の間に入る。
「お姉さま、ここで突っ立っていては迷惑です、早く中に入ってしまいましょう」
 手を引いて、聖から一番遠い位置の席に志摩子を座らせる。
「お姉さま、今とっておきのお茶を入れますから、そこに座っていてくださいね」
 由乃は事の成り行きを面白そうに見ている。
「ふっふっふっ…そうか、可南子ちゃんが来たら…と思っていたけれど、乃梨子ちゃんの反応も面白そうね…」
 島津由乃は本人の意志とは無関係に、完全に鳥居江利子の「騒動を横から眺めるのが何よりも好き」な遺伝子を受け継いでいた。恐るべし、黄薔薇隔世遺伝。
「お姉さま、いいんですか?」
「いいの。それより瞳子、私たちのやることは一つよ、判っているわね」
「乃梨子さんを宥めるんですか? 瞳子はそういうことはちょっと苦手で…」
「何言ってんの。煽るのよ。鎮火してどうするの」
「ああ、それなら瞳子の得意技です」
 怖いぞ、黄薔薇姉妹。
 瞳子は志摩子と乃梨子にそっと近づく。
「白薔薇さまはつぼみでいらした頃、聖さまととても仲がよろしかったと、祥子お姉さまにお聞きしたんですが、どのような姉妹だったのですか?」
 乃梨子が呪いの人形と化して瞳子を睨みつけるため、少し挫けそうになる瞳子。
 しかし、勇気を振り絞って志摩子の答を待つ。
「そうね…私たちは仲の良い姉妹、というのとは少し違っていたと思う…。だけど、祥子さまの言われたことは本当よ」
「し、志摩子さん〜〜」
 乃梨子人形にかつての支倉令が乗り移ったように、由乃は思った。
(なるほど、目上目下に関係なく、ヘタレた姉妹とはああなってしまうものか…)
 由乃はそう思いながら、聖と祐巳に近づく。
「聖さま、ごきげんよう」
「ごきげんよう由乃ちゃん。それとも黄薔薇さまの方がいいかな?」
「聖さまが呼びやすい方で。それより聖さま、今の紅薔薇のつぼみをご存じですか?」
「背後霊ちゃんのこと?」
「はい…」
 絶句する由乃。少し後ろに下がる。
「どうしたの、由乃…」
 殺気を感じて、祐巳を抱いたまま右に転がる聖。
 破壊される椅子。
「避けましたか…さすがは腐っても元白薔薇さま」
 背後霊…もとい、可南子が立っていた。
「今すぐお姉さまを離しなさいっ! 不埒者!」
 どこから持ってきたのか、西洋の騎士が持つようなスピアを構えている。
「ちょ、ちょっと、あなた、いきなり武器持って卒業生を襲うわけ?」
「可南子!」
 聖に抱きかかえられたままの姿勢で、祐巳が言う。
「そうだ、祐巳ちゃん、ちゃんと妹を指導しなきゃ」
「可南子、そのスピア、凄く似合ってる! 北欧神話のヴァルキリーみたい」
 がくっ、転びそうになる聖。
「祐巳ちゃん、そうじゃないでしょ。危ないでしょ、あんなの」
「聖さま、大丈夫ですよ。可南子は運動神経抜群なんですよ、本気で当てるわけないじゃないですか…」
「そうなの?」
「私には」
「待ちなさい、祐巳ちゃん」
 聖の目は既に笑っていない。
「それじゃあ、私には当てるって事なのかな?」
「そうですね。可南子ならやりかねません」
 言っている間にも可南子のスピアが振り下ろされる。
「うわっ、と、ちょっと、本当に危ないって」
 それでも祐巳を離さない聖。
「早くお姉さまを離しなさいっ!」
 果敢な攻撃を続ける可南子だが、聖はことごとく避ける。
「いい加減にしなさい、本気で怒るよっ」
「だから早くお姉さまを離しなさいと言っているでしょう!」
「それとこれとは話が別」
「別じゃありませんっ!」
「物わかりが悪いなぁ」
「訳がわからないのはそちらですっ!」
「わかったわかった。ほら」
 聖のタイミングで、可南子の動きが止まる。
「あら、まあ」
 由乃が可南子を見た。正確には、可南子の背中に乗っかった者を。
「可南子ちゃん。お姉さま盗られて淋しいのね」
「どどどど」
 かなり久しぶりに、祐巳の道路工事。
「どうして、志摩子?」
「どうしてって、お姉さまを盗られた可南子ちゃんが可哀想で」
「可南子から離れてよ」
「どうしようかしら…可南子ちゃんは、私のこと嫌い?」
 西洋人形のように可愛らしい志摩子の問に、可南子は顔を真っ赤にして答えられないでいる。
「可南子!」
 祐巳の声に、慌てて首を振る可南子。
「首を振るって言うことは、嫌いじゃないって言う事よね」
 言われて間違いに気付き、縦に激しく振り始める可南子。
「嫌いじゃないって言ったら首を振ったわよ」
 楽しそうに志摩子が言う。
「志摩子! 可南子から離れなさい!」
「可南子ちゃんこんなに可愛いのに」
「志摩子には乃梨子ちゃんがいるでしょう!」
「ふふっ」
 祐巳を解放する聖。
「ようやく目覚めたわね、志摩子」
「はい。お姉さま。こんなにいいものだったのですね」
 二人の会話に目を白黒させる祐巳。
「聖さま、志摩子、これは一体?」 
「白薔薇の血統に代々受け継がれる本能、紅薔薇の下級生に抱きつきたがる血よ」
「私は純粋に可南子ちゃんが可愛いと思っただけですわ」
 言い張る志摩子。
「…はっ。そう、そうよ。この状況を見れば嫉妬に狂いかねない乃梨子ちゃんはどこに行ったの!」
 祐巳の視線は辺りをさまよい…
「瞳子、瞳子は私の友達になってくれるって言ったよね」
「え、えーと。はい、確かに言ったような気がしますけど…」
「志摩子さんたら酷いんだよ、ねえ、聞いてる、瞳子。瞳子は私のこと裏切らないよねっ、ねっ。志摩子さんたら私の気持ち知ってるくせにね、ねえ聞いてる、瞳子?」
 居酒屋で同僚に愚痴をこぼす酔っぱらいOLと化した乃梨子がいた。
 そして、抱きつくようにして瞳子にしがみつく乃梨子を必死に引きはがそうとしている由乃。
「乃梨子ちゃん、こら、瞳子から離れなさい。乃梨子ちゃん!」
「うん。さすがリリアンの異端児、乃梨子ちゃん。黄薔薇に走ったか」
「聖さま、何納得してるんですか。あの二人を何とかしてください」
「私と志摩子はお互いに依存しない関係だから」
「そんなイイ台詞言ってる場合ですかー!」
 
 
 薔薇の館は今日も平和…じゃなかった。
 
 
 
 
 
 
 
あとがき
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