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祐巳さんと可南子ちゃん
 
外伝「トナカイ」
 
 
 ♪真っ赤なお鼻のトナカイさんはいつもみんなの笑い者
 
 
 
 紅薔薇のつぼみの妹をご存じ?
 ええ、勿論知っておりますわ。なにしろ、あの目立つ姿ですもの。
 本当に、遠くからでもよく見えるお姿ですものね。
 紅薔薇のつぼみも、よくあんな変わり種を妹にしているものね。
 そうね。黄薔薇さまも背がお高いけれど、あんなひょろひょろとは違いますものね。
 知ってます? あの方の渾名。
 ええ、ハリガネでしょう? とってもお似合いですわ。
 まあ、ハリガネの紅薔薇ですって?
 うふふ、まるで造花のようね…
 ではあの方のことは造花と呼びましょう
 薔薇の造花ね。決して本物の薔薇にはなれない。ぴったりだわ。
 本当。うふふふ。
 
 
 
「祐巳さま!」
 蔦子さんや由乃さんとおしゃべりをしていると、乃梨子ちゃんが血相を変えて現れた。
「大変です!」
 由乃さんと顔を見合わせる。
 乃梨子ちゃんがこんなに慌てていると言うことは…志摩子さん!?
「志摩子さんがどうかしたの?」
 立ち上がった由乃さんに首をふる乃梨子ちゃん。
「違うんです。可南子さんが…」
 可南子が体育授業が終わった後の休み時間に倒れた。
 乃梨子ちゃんがそう言い終えた瞬間、祐巳はとにかく走り出した。目標は保健室。
 今一緒におしゃべりしていた蔦子さんや由乃さんが驚いているが、もう祐巳には見えていない。
 途中で会った先生に注意されて駆け足はやめても、とことこ早足で歩いていく。
 
 
 倒れた可南子さんを、瞳子は保健室に運び込む。
「ふう。これだけ背が高いとやっぱり重いですわね」
「ごめんなさい…」
 小さく呻くような可南子さんの言葉に、瞳子は顔を真っ赤にして首を振る。
「聞いてらしたの?」
「別に…気絶していたわけではないから」
「あの…」
「判ってる。重いのは事実だから、気にしていないわ」
「可南子さん、あまりしゃべらない方がいいと思いますわ」
 瞳子が保健の先生〜保科栄子先生と協力して可南子ちゃんをベッドに寝かせると、突然けたたましい足音がして、保健室のドアが開いた。
「可南子っ!」
 祐巳さまの登場。
 ロザリオを渡したばかりの妹が倒れたと聞いて、とるものもとりあえず駆けつけたのだろう。
 さすがにリリアンの校内を走ってくるような真似はしないが、かなり焦っている様子。
「可南子ちゃん?」
 こちらはうってかわって、涼やかな雰囲気で現れる祥子さま。もっとも、今現れたと言うことは、かなり急いできたのだろうけど。
「祐巳さま…」
 起きあがろうとする可南子さんを強引に押さえつける瞳子。「寝ていなければ駄目ですわ。今倒れたばかりなんですから」
「可南子、大丈夫?」
 心配そうな祐巳さまの言葉に、可南子さんは気丈に答えた。
「はい。もう、大丈夫です」
「お昼ご飯はちゃんと食べたの?」
 先生の問に黙ってうなずく可南子さん。
「そういえば、今日のお昼は薔薇の館に来なかったわね、可南子ちゃん」
 祥子さまが何気なく、そう言った。
「もうしわけありません。どうしても用事が…」
「別に責めているわけではないわ。ただ、お昼と聞いて思いだしたから口に出したまでよ。気にしないで」
「細川さん、お昼のメニューは?」
 可南子さんの様子を見ていた栄子先生が鋭く聞いた。
「え、…サラダと、卵焼きとおにぎりでしたが」
「嘘はやめなさい。貴方、お腹に何も入ってないんじゃない?」
 詰問調になる言葉に、祐巳さまが口を出した。
「先生、可南子は…」
「福沢さんは少し黙っていなさい。妹を庇うのも時と場合によりけりよ。貴方、妹に不健康になって欲しいの?」
 不健康、と言う言葉に口を閉じる祐巳さま。確かに、誰が好きこのんで妹を不健康にしたがるだろうか。
「お昼はサラダだけでした…」
「朝は?」
「食べていません…」
 消え入りそうな声で告白する可南子さん。
「食事はきちんと取りなさい。なにかお腹に入れないと、また倒れてしまうわよ」
 立ち上がる栄子先生。
「細川さん。牛乳は平気?」
「は?」
「牛乳は飲めるの? お腹下したりはしないの?」
「はい。大丈夫ですが…」
「よし。それじゃあ…小笠原さん、福沢さん、私が戻るまで責任持って細川さんを見ていてちょうだい。くれぐれも起きあがったり、勝手に出て行かないようにね」
「どちらへ?」
「細川さん用のクスリを取ってくるのよ」
「薬ですか?」
「ええ。保健室にはその手の薬は置いていないから」
 
 
 祐巳はようやく落ち着いた。
「お姉さまは誰に可南子のことを聞いたんですか? 乃梨子ちゃんは私のクラスに来るだけで精一杯だったと思うんですけど」
 祥子さまは微笑んだ。
「乃梨子ちゃんは、祐巳のクラスに行く前に志摩子に偶然会ったみたいね。私に教えてくれたのは志摩子ですもの」
「志摩子さんが…」
「後でちゃんとお礼を言わなきゃね」
「はい。あ、お礼と言えば…」
 祐巳は瞳子ちゃんの手を握る。
「瞳子ちゃん、ここまで可南子を運んでくれたんだよね」
 情熱的な祐巳の握手に慌てる瞳子ちゃん。
「私以外に、可南子さんを運ぼうなんていう物好きがいなかったからですわ」
「ありがとうね、瞳子ちゃん」
 素直な感謝の言葉に、つい視線を落としてしまう瞳子ちゃん。
 慌てて手を振り払い、「祐巳さまは大袈裟すぎます。命を助けたとか言う訳じゃないんですよ」
「それでも、私は瞳子ちゃんが可南子を助けてくれて嬉しいんだもの」
「わかりましたわ。謹んで感謝はお受けします。でも祐巳さまは、可南子さんの面倒はよろしいのですか?」
 あ、と呟いて、祐巳は可南子に向き直る。
「可南子。本当に心配したんだよ」
「すいません。祐巳さま。こんなくだらない事で…」
「くだらない事じゃないよ。可南子の一大事だったんだから」
「本当にごめんなさい」
 起きあがろうとする可南子を抑える祐巳。
「駄目だって、今は休んでて」
 そのまま、抱きつくようにして可南子をベッドに押し倒す。
「このまま、休んでいるの」
 祥子さまのこめかみがちょっとひくつき、瞳子ちゃんは静かに溜息をついて首を振った。
「あ、あの…祐巳さま…」
 真っ赤になる可南子。
「こうでもしないと可南子、また起きようとするじゃない」
「し、静かに寝てますから、祐巳さま〜」
 この状況にもかかわらず、祐巳の中の下級生イジメ隊がぴくりと動く。
「それに、まだ私のことを祐巳さまなんて呼ぶんだ。、ちゃんと呼ばないと離れてあげないよ?」
「祐巳さ…お姉さま」
 祐巳の身体が後方に動く。
 首根っこを捕まえた祥子さまが引っ張っているのだ。
「祐巳、いい加減にしなさい。はしたなくてよ。それに、貧血で倒れた可南子ちゃんの血を昇らせてどうするの」
 そのまま、祥子さまは可南子を見下ろして続けた。
「可南子ちゃん。きちんと食事は取りなさい。それとも、とれない理由でもあるのかしら?」
「そうですわ。今度倒れても、もう瞳子はここまで連れてきてあげませんわよ。今日も重くて大変だったんですから」
 祐巳と可南子のスキンシップを間近で見せられた二人は、少し意地悪になっている。
「…だから、嫌なんです」
 可南子は、顔を横に向けた。
 顔を見合わせる祥子さまと瞳子ちゃん。
「何が嫌なの?」
「可南子さん、私たちのことが…」
「自分が嫌なんです!」
「どうしたの?」
 意外な成り行きに慌てる祥子さま。
「可南子ちゃん。何が嫌なの?」
「今、瞳子さんが言ったことです。私は重いんですっ!」
 瞳子ちゃんが飛び上がるようにベッドに向かって伸びた。
「可南子さん、瞳子は太っているってつもりで言ったんじゃないですわ。可南子さんは背が高い…か…ら……」
 自分で言いかけた言葉の残酷さに気付き、瞳子ちゃんは口を閉じた。
「太るなら、それでいいんです。横に大きくなるなら…」
 可南子はついに枕に顔を埋めた。
「私はもう、身長なんて欲しくないんですっ!」
 瞳子ちゃんに近づこうとして立ち止まり、祐巳は何か言いかけ、キッと瞳子ちゃんと祥子さまを見る。
「ごめんなさい。お姉さま、瞳子ちゃん。ここは私と可南子だけにしてください」
 何か言いかけた瞳子ちゃんを止める祥子さま。
「瞳子ちゃん、ここは祐巳に任せましょう。可南子ちゃんへ謝るのは、後からでも遅くないから」
 二人が部屋を出ると、祐巳はベッドサイドに腰掛ける。
「可南子が身長を気にしてるのは知ってた…。でも倒れるほどものを食べないのは行きすぎだと思う」
「私はいいんです…。確かに身長がこれ以上伸びるのは楽しくありません。でも…」
「噂のこと?」
 さりげない祐巳の言葉に、可南子はぎくりと反応する。
「私が貴方を選んだことをとやかく言う人の話なら、真美さんから聞いたわ。誰が言っているのかも、頼めば教えてくれると思う…」
 祐巳は可南子の頬に手を触れる。
「可南子がそんなことで苦しむのなら、私がその子に注意する。紅薔薇のつぼみの権限でも何でも使って、その子を止める。私は可南子を守るためなら、どんなことだってやってみせるよ」
 指が動き、可南子の流している涙をなぞる。
「でも、人の噂を消す一番イイ方法はそんな事じゃないよ」
 祐巳は、この夏に祥子さまの別荘であったことを話した。
「…コシヒカリ姫?」
「そう。コシヒカリ姫」
 ぷっと吹き出す可南子ちゃん。
「コシヒカリ姫…くっくくく…」
 どうやら可南子ちゃんの笑いのつぼを刺激したらしい。
「お姉さまの呼び方を変えてもいいですか?」
「可南子〜〜、人前でコシヒカリ姫なんて呼ばないでよ?」
 そして祐巳は、可南子と一つの約束をした。
 
 
 祥子は保健室のドアをノックする。
「もう、よろしくて?」
 自分と瞳子ちゃんのうかつな発言が、可南子ちゃんを傷つけたと判っている。そのフォローを自分の妹であり、可南子ちゃんの姉である祐巳に任せきりにする、というのは祥子の本意ではない。
 だが、これをうまく捌くことができるのも祐巳だけだろうとは思う。
「はい。お姉さま」
 祐巳の声がした。口調で判る。祐巳と可南子ちゃんはうまくいっているのだ。
 ささやかな歓びと割と大きな嫉妬を抱えて、祥子はドアを開く。
「ようやく入れるわけね」
「そうですわね」
 瞳子ちゃんが頑張って足止めしていた栄子先生は、何かの紙袋を持っている。
 最初は瞳子の足止めに怪訝な顔をしていた栄子先生だが、保健室に残っているのが姉妹である可南子ちゃんと祐巳だと知ると、素直に二人と一緒にドアの前に立っていたのだ。
 中にはいると、栄子先生が紙袋をベッドサイドのテーブルに置く。
「細川さんのクスリよ」
 怪訝な顔で、可南子ちゃんが袋を開ける。
 中から出てきたのは、あんパンと紙パックの牛乳。
「それを食べたら、教室に戻ってもいいわ」
 栄子先生の指示に、素直にあんパンの袋を破る可南子ちゃん。
 そこへやってきた志摩子と乃梨子ちゃんは、あんパンをぱくぱくと食べる可南子ちゃんの姿に驚いていた。
 
 
「何してんの? 祐巳さん」
 由乃は、自分の声が怒りに震えていることに気付いていた。
 それも仕方がない。
 薔薇の館に来てみれば、親友の祐巳さんが大好きな令ちゃんに抱きついているのだ。
「あ、由乃さん。ちょっと令さま貸してね」
 令ちゃんが平静な顔をしていると言うことは、浮気ではない。
 ああ見えて祐巳さんは時々驚くほど太い神経を見せてくれるが、少なくとも令ちゃんには浮気現場を押さえられてしらばっくれるような神経は期待できない。
 令ちゃんが平静だと言うことは、浮気ではないと言うことなのだ。
「だから何してるの?」
「練習。令さまが一番可南子の身長に近いから」
 まあいい。後で令ちゃんにゆっくりと問いつめてみよう。
 
 
 翌日、乃梨子さんと瞳子さんに朝食を食べたかどうかを聞かれ、可南子は素直に食べたと答えた。
 昨日、祐巳さまと約束したことである。少なくとも、昨日の夕飯からは、ダイエットのことなどは考えずに普通に食事をした。母親は驚いていたが、それは嬉しい驚きだったようで、そこまで心配させていたのかと思うと、やはり可南子も気は重い。
 昼食のお弁当もちゃんとある。ただし、今日は教室で食べるようにと言われている。乃梨子さんと瞳子さんも今日は教室で食べると言っている。
 まだ誰の妹でもない瞳子さんなら知らず、乃梨子さんまで教室で食べるというのはかなり珍しい。
 お昼休み、お弁当を食べようとすると、何も約束していなかったのに、乃梨子さんと瞳子さんが机を動かして勝手に並べてしまう。
 そして椅子を一つ余分に。
「どなたの椅子ですの?」
 聞いてから、可南子は教室の出入り口でのざわめきに気づく。
 …紅薔薇のつぼみよ
 …お弁当を持ってきているわ
 …もしかして一年生の教室で食べるの?
 …ええっ! 白薔薇さまも?
 祐巳さまと志摩子さまがお弁当を持って教室に入ってくる。
「ごきげんよう、乃梨子」
「お姉さまも? 私、聞いてないよ?」
「祐巳さんから話を聞いたのよ。それで、たまには私が乃梨子の所に来てもいいかな、と思って」
 瞳子さんが椅子をもう一つ準備しようとしたが、その前にクラスの有志が椅子を準備していた。
「ごきげんよう、可南子」
 祐巳さまはにっこりと余所行きの微笑みで挨拶する。
「お姉さま、どうして?」
「いつも可南子達が薔薇の館に来ているんだから、たまには私が来てもいいかなと思ってね、それに…」
 祐巳さまは、その言葉を誰かに聞かせようとしているようだった。
「可愛い妹のクラスメートがどんな人か、気になるし」
「そうね。私も祐巳さんと同じ。乃梨子のクラスメートがどんな人か気になっていたの」
 教室内は騒然としていた。それはそうだろう。
 いきなりなんの前置きも無しに、一年生の教室に白薔薇さまと紅薔薇のつぼみが現れたのだ。それもお弁当を食べに。これで騒然としないようならば、そこはリリアンではない。
 慌てず騒がず、志摩子さまと瞳子さんは回りの雑音も気にならないようにお昼を食べている。
 可南子と乃梨子さんは、普段からマイペースを保つので良くも悪くも周囲を無視できる。
 そして祐巳さまは明らかに何か考えながら食べていた。
 昼食そのものは無事に終わり、乃梨子さんと志摩子さまはまるでここが薔薇の館であるかのように普通におしゃべりを始めた。
 何人かが志摩子さんに近づいていこうとするが、巧みに乃梨子さんがガードしているため近づけない。
「さて、可南子」
「はい」
「私考えたんだけど、やっぱり、可南子の身長は私にとってはとても素敵なのよ」
「なんですか?」
 可南子がよくわからないものを見たときの表情になる。
「私は、こういうのが好きだから」
 ゆっくりと、祐巳さまが可南子の膝の上に座る。まるで、子供が母親の膝の上に座るように。
「可南子が嫌いなものを無理に好きになれなんて、私には言えないし、言う資格もないと思う。でも私は、こんな可南子が好き。背が高い所も、本当は優しいのにそれを人にうまく伝えられない所も」
 大きく可南子に身体を預け、のけぞるように可南子を見上げる祐巳さま。
 騒然としていた教室内に、ざわめきのさざ波が広がる。
 中には、可南子を羨望の目で眺めている子もいた。
 教室の反対側にいた数人の塊が崩れ、一人が取り残されていく。別れた数人は残った一人の言葉に応えず、ざわめきのさざ波の中に紛れていった。
 その一人の顔を可南子はよく知っていた。
 彼女のせいで、今の可南子は“造花”という言葉が嫌いになっている。
「それでも、私は可南子が大好きだから。それだけは、絶対に変わらないから」
 可南子は、膝の上の祐巳さまを抱きしめていた。
 大きくなるクラスメートの囁き。
 それがどうした。
 自分を守るために何でもする、そうお姉さまは言った。
 それならば、自分はお姉さまのためになんでも我慢できる。
 馬鹿馬鹿しい噂など、気にする必要はない。自分はこれほど愛されているのだから。
 
 
「可南子、知ってる?」
 祐巳はよく通る声で尋ねた。その声が向けられた真の相手を志摩子さん、乃梨子ちゃん、そして瞳子ちゃんは知っている。
 いつの間にか乃梨子ちゃんと瞳子ちゃんは、その相手の背中に回っていた。
「なんですか、お姉さま」
 可南子は尋ねた。
「どんな綺麗な花でも、腐ってしまった花は造花にすら劣る。それに、可南子は絶対に造花なんかじゃない」
 乃梨子ちゃんと瞳子ちゃんに挟まれた女生徒は、その場を去ろうとして二人の存在に気付いた。
「どこへ行かれるのですか?」
 生徒の名前を呼ぶ瞳子ちゃん。
「薔薇さまを本気で怒らせるなんて、本当に馬鹿な人」
 乃梨子ちゃんがニコリと笑って言った。
 そこへ志摩子さんが、乃梨子ちゃんに用事があるように近づく。そして、動けない姿の横で小さく呟いた。
「これは忠告です。二度目はありませんよ」
 
 
「うーん。可南子の膝の上、気持ちいい」
 そして、本当に可南子ちゃんの膝の上が祐巳の定位置になってしまうのだけれども……、それは、この後のお話。 
 
 
 
 ♪いつも泣いてたトナカイさんは 今宵こそはと喜びました
 
 
あとがき
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