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祐巳さんと可南子ちゃん
 
「ライバルはお父さん?」
 
ライバル登場?
の続編です
 
 
 
 夕子さんが風邪を引いてしまった。
 まあ、一晩中起きていたのだから仕方がないとは思う。
 それもこれも、私と可南子の中に入ろうとした天罰だ、とは祐巳は思っていない。ほんの少ししか。
「大したことはないんだけどね…やっぱり次子に伝染ると大変だから…」
 布団で横になっている夕子さんの枕元には、可南子と祐巳が座っている。
「ちいちゃんは私が見ますから」
 可南子が次子ちゃんを抱いている。
「せんぱ…お母さんはゆっくり休んでいてください」
「ごめんね、可南子がせっかく遊びに来てくれたのに、手伝わせるみたいなことになって…」
「私も手伝いますよ、夕子さん」
 祐巳が二人の間に無理矢理入る。
「いいえ、祐巳さん。家族でもないお客様にそんなことさせるなんて滅相もありません。可南子は私の大切な大事な大好きな家族ですから」
 ニコリ、と笑う夕子さんに、祐巳も最高級の微笑で返す。
「いえいえ夕子さん。私は可南子のリリアンでのお姉さまですから。可愛らしい素敵な最愛の妹のためなんですもの、可南子の手伝いをさせていただきますわ」
「いえいえ。校内だけの姉妹である方に手伝って頂かなくとも、ここは本当の家族である私たちがいるのですから」
 何故か凄みを増していく二人の微笑み。
 片や、高校中退そして未成年出産という修羅場を乗り切ってさらには農家の嫁入りという、人生何がどうなるかさっぱり判らない人生万事塞翁が馬の人妻パワー。
 片や、水野蓉子小笠原祥子の紅薔薇の系譜に脈々と受け継がれてきた血脈にみっちりと鍛えられ、さらには佐藤聖ことエロ薔薇の後継者として認定された薔薇さまパワー。
「でも、夕子さん達より今は私のほうが一緒に過ごす時間は長いのですし」
「時間なんて問題じゃないの、問題は愛の深さよ。第一知り合ったのは私のほうが早いのだから」
「中学生の頃の話じゃないですか」
「最近の中学生は侮れないのよ」
 ピキッ 祐巳のこめかみで何かが音を立てた。
「…で、でも、可南子のファーストキスは私のものですから」
 ガバッ、と布団から起きあがる夕子さん。
「今、なんと?」
 ふふん、と笑う祐巳。
「可南子のファーストキスは私のものだって言ったんですよ、可南子のお母さん」
「ファ、ファーストキス…」
「ええ」
 目を閉じて、お祈りのポーズを取り、記憶をたぐり寄せる祐巳。
「可南子の唇、柔らかかったわ…」
「や、柔らかい…?」
 拳を握りしめる夕子さん。ちなみにさっきまで風邪で寝込んでいた人。
「祐巳さん、言うに事欠いて嘘は良くないわ、嘘は」
「本当のことですよ」
「く……」
「さらに、今の山百合会…あ、リリアンの生徒会です…での私の定位置はどこだか知っていますか?」
「定位置? 何が言いたいの?」
「今の山百合会に、私の椅子はありません」
「……えーと、それは、虐められていると解釈して…」
「違います。私の定位置、私がいつも座る所、そこは、可南子の膝の上なんです」
「可南子の膝の上ッ!」
 夕子さんはまじまじと祐巳を見た。確かに、祐巳は小柄だ。可南子の膝の上に座ればぴったりかもしれない。
 ぴったり。
 自分が可南子の膝の上にちょこんと座っている所を想像してうつむく夕子さん。
「う、恨めしい…いいえ、羨ましい…」
 夕子さんは血の涙を流しかねない勢いで歯を食いしばっている。
「可南子のお膝の上はとても気持ちいいんです、さらに背中に当たる可南子の身体のラインが温かくて、柔らかくて、気持ちよくて…」
 うっとり、と空を見上げる祐巳。その視線は宙を漂っている。
「くぅ……」
 ギリギリと歯を食いしばる夕子さんは、必死で記憶の中の可南子フォルダから「祐巳さん以上のいい話」を探っていた。
「さて、それじゃあ私は可南子を手伝って二人で…」
「お待ちなさい」
 静かに、しかし迫力の声。
「これだけは言いたくなかったのだけど、祐巳さん、貴方がファーストキスごときをそこまで自慢するのなら仕方ないわ」
 布団から立ち上がる夕子さん。その目は気迫に満ちている。しつこいようだが、さっきまで風邪で寝込んでいた人だ。
「祐巳さん、これだけは言いたくなかったけど、貴方がそこまで言うのなら仕方ないわ」
 夕子さんは一歩進み、祐巳に向かって構える。
「良く聞きなさい」
 思わず身構える祐巳。
「次子は、実は私と可南子の間にできた娘よ」
「……………………へ?」
 二人の間に奇妙な沈黙が流れる。
「いや、それ、普通にあり得ないと思う…」
「実は可南子は男だったのよ」
「昨日一緒にお風呂入ったし」
「…くっ、さすが紅薔薇さまと呼ばれるだけあるわね」
「いや、普通気付くって」
 祐巳は呆れた顔でその場を去ろうとして
「あれ、可南子は?」
 
 
「まーま、まんまー」
 クスクス笑う可南子。
「ちかちゃん、違うのよ。私はお姉ちゃん。ママは今お家にいるのよ」
「まーま」
「次子は、まだそれしか喋れないから」
 お父さんが笑って、運転席から言う。
「ちかちゃん、早く覚えてね。お姉ちゃんよ。お・ね・え・ちゃ・ん」
 車を止めると、そこは郊外型のショッピングセンター。
 二人は車を降りる。次子は可南子が抱いたまま。
「お父さん。何か大きなものを買うの?」
「いや、まずはそこだ」
 指さす先にあるのは、ショッピングセンターの駐車場の片隅を借りて作られた屋台。野菜農家の人たちの直売場だ。
「この辺りじゃ、スーパーの野菜なんて誰も買わんよ。ブロッコリーとかもやしとか、この辺で作ってないものは別だけどな」
「ふーん」
 二人、次子を含めて三人は、早速屋台に立ち寄る。
「あれ、細川さん」
 お父さんの知り合いらしい。
「若いって聞いてたけど、本当だね」
 可南子の顔を無遠慮にじろじろ見ている。
 娘なのだから父より若いのは当たり前……。
 違う。これは違う。
 夕子さんと間違えられている、と可南子は気付いた。
「いや、新井さん、この子は…」
(ふふ…)
 ふと悪戯心を起こした可南子は、次子を片手に抱くと、残った手でお父さんにしがみついた。
「はい。主人がいつもお世話になってます」
「お、おい、可南子?」
 
 
 いつの間にか、お父さんと一緒に可南子は買い物に行ってしまったと判る。
「まあ、お父さんと一緒なら仕方ないか…」
「甘いわ、祐巳さん」
「え?」
「忘れていたわ…貴方という存在の大きさに紛れてすっかり忘れていたわ、私の最大の敵」
「敵?」
「お父さん…」
「お父さんって、可南子の?」
 祐巳は目をパチクリとさせる。
「だってお父さんって…」
「可南子は……ファザコン…元々がお父さん大好きッ子なのよ」
「でも、実の父親……う゛」
 そういえば、実の姉が好きだというとんでもないのが身内にいたなぁ、と思い出す祐巳。本人はバレていないつもりだろうけれど、一つ屋根の下に暮らしているのだ、とっくに気付いている。
「…そうよ。お父さんが可南子相手に変な気なんて起こすわけ無いわ。そんな年の離れ…」
 目の前の存在…夕子さん…の年齢を思い出して祐巳は愕然とする。
「そう。それが問題なの。あの人の場合、娘ぐらいに年が離れてても一向に問題はないの。ていうか、その方がいいのかもしれない」
 あんたなんでそんなのと結婚したーーーと叫びたいのを堪える祐巳。
「ファザコンの可南子とロリコンのお父さん、考えたらこれ以上最悪な組合せはないのよ!」
 そんなことになったら、イエローローズも黄薔薇革命もレイニーブルーもいばらの森も一瞬で吹っ飛ぶ大スキャンダルですよ。
 祐巳は急いで掛けだした。それを追う夕子さん。何度も言うけれど現在風邪引いて寝込んでいる最中の人。
 
 
「まさかオムツの替えを忘れてたとは…」
「ごめんなさい、お父さん、私が忘れてたのよ」
「とにかく、早く中に入って着替えなさい」
「はい」
 可南子は、次子のお漏らしで濡れてしまった服を脱いで、お父さんの上着を羽織っている。
 急いで中に入ろうとした所で、玄関を開けて出てきた祐巳と夕子さんに鉢合わせる。
「あ、お姉さま、お母さん」
 可南子の姿を見た瞬間、二人が同時に逆上した。
「可南子、その格好は何ッ!!」
「可南子、無理矢理脱がされて、服が破れて、仕方ないから上着羽織らされて!」
「けだもの、けだものよ!」
「男はみんな危ない存在なんです!」
 昔の誰かさんのような台詞を叫ぶ祐巳。
 そこへお父さんが、危険に全く気付かず現れる。
「ああ、夕子。祐巳さんもそろって……」
「「黙れっ! けだものっ!!!」」
 ダブルライダーキックがお父さんに炸裂した。
 
 
 
 その後……
 平謝りに謝って祐巳と可南子が帰宅した日の夜、たまたま細川家を訪れた新井さんから、ショッピングセンターでの仲睦まじい“新婚夫婦”の話を聞いた夕子さんが再逆上するのだが、それはまた別の話である。
 
 
 
あとがき
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