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ライバル登場!白薔薇編
 
作品中、とある子に関する設定はほとんどでっち上げです
本気にしちゃいけません。
 
 
「ちょっと貴方」
 可南子は横を通り過ぎようとした一年生を呼び止めた。
「貴方、そのタイは何?」
 昔の祥子さまのように、特に他人の服装が過剰に気になると言うことはないのだけれど、今回は例外中の例外。いや、もしかすると紅薔薇姉妹の隔世遺伝かもしれないけれど。
 それにしても、その生徒の格好は余りにも非道かった。
 タイが曲がっている、どころのレベルではない。これはもう、タイがねじくれてささくれ立っている、としか形容のない結び方だった。
「え? ああ、これですか。急いでいたもので。すいません」
 それだけ言うと、そそくさと歩いていく。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
「はい?」
 明らかに心外そうな、そして迷惑そうな顔で振り返る生徒。
「まだ、なにか?」
「貴方、一年生よね?」
「はい」
「言われたとおり、タイはちゃんと直しなさい」
 一年生は可南子の顔をじっと見ていたが、ようやく気付いたように自分のタイに視線を落とす。
「ああ、これですか…。でもこれ、私が結んだんだから、私が自分で直しても同じようにしかならないと思うんですよね」
 他人事のように冷静に言う。
「ああ、そうだ。良かったら直してもらえません? 貴方、几帳面そうだし」
「はあ?」
「だから貴方、几帳面で、タイを結ぶのもうまそうだから…、あ、こんな日にここにいるということはもしかして薔薇の館の方ですか…」
 そこまで言うと、一年生は目をパチクリさせて可南子を見つめる。
「あ、もしかして、細川可南子さん? 本当にのっぽさんなんですね」
 見ず知らずの一年生に突然名前を言い当てられる可南子は驚くが、よく考えてみれば自分は紅薔薇のつぼみ。あのリリアン一愛らしいと(主に可南子に)言われている福沢祐巳さまの妹なのだ。一年生が知っていてもおかしい話ではない。
「まあ、本当にのっぽさんなんですね。百八十くらいあるんじゃないですか? 日本人男性の平均身長越えてますね」
 けれども、かなり無礼な一年生だ。
「こんなに背が高いのに、隠れて人を尾行するのがうまいんですよね、凄いですよね。私もこう見えて、お姉さまとか尾行するのうまいんですよ」
 無礼を通り越して天然かもしれない。
「紅薔薇のつぼみの可南子さま、でいいんですよね、リリアンでの呼び方は」
「え、ええ」
 可南子の当惑を余所に、一年生はマイペースに話を進めていく。
「実は割とファザコンで、祐巳さまがヤバイ程大好きで…」
「ちょっと待ちなさい。貴方さっきから聞いていれば失礼なことばっかり、どこで聞いてきたの?」
「お姉さまから」
「お姉さまって…」
「あ、私、白薔薇のつぼみの妹です」
「え? 白薔薇のつぼみって…」
「はい。二条乃梨子さまです」
「あなた、乃梨子さんの妹なの?」
「はい」
「ちょっと来なさい」
「どこにですか?」
「薔薇の館に決まっているでしょう。乃梨子さんに話があります」
「じゃあ私は関係ないじゃないですか」
「貴方のことで話があるんです」
 
 
「乃梨子さん!」
 リリアンでは珍しい大声に、回りの注目が集まる。
 慌てて小走りになり、瞳子さんは乃梨子に近づく。
「どうしたのよ、珍しい。瞳子が大声なんて。よかったじゃない、回りに人があんまりいなくて。真美さまとかに見られたら新学期早々一面記事だよ」
「そんなことより、どうしたもこうしたもありませんわ。乃梨子さんにきちんと説明してもらいたいものですわ」
「なにを?」
「乃梨子さん、一体いつの間にロザリオをお渡しになったんですの?」
「へ?」
 我ながら、祐巳さまのような返事。
 乃梨子は目の前の友人をじっくりと見た。
「ロザリオってなんの話?」
「おとぼけにならないで。乃梨子さんにロザリオを受け取った一年生に、私、出会ったんですのよ」
「ちょっと待って…」
「あんな失礼な一年生見たことありませんわ。一体どういうおつもりであんな子にロザリオをお渡しになったんですか、乃梨子さんは」
 抑えてはいたが、徐々に大きくなっていく瞳子の声のトーンに、ギャラリーが一人、また一人と増えていく。
「瞳子、とにかく薔薇の館に行こう。話は向こうで聞くから、ね」
「わかりました。ですけど、この件についてはきちんとしたお話を聞かせてもらわなければ、瞳子は納得できませんわよ」
「私にもよくわからないんだけど…」
「一体乃梨子さんはどこをどう認めたのかしら…」
 歩きながら、瞳子さんの話を聞く羽目になった乃梨子。その話をまとめると……
 
 
「それじゃあ、瞳子。私は先に行ってるから」
「はい、お姉さま。部室の用事が済んだら瞳子もすぐに薔薇の館に行きますわ」
 由乃さまと別れ、瞳子は演劇部室に忘れ物を取りに行こうと振り返った。
 そこに、初めて見る顔の一年生。
「なるほど、松平瞳子さま…確かにドリルですね」
 冷静な言葉にまず、?
 そして言葉の内容に気付き、!
「なんですの、貴方は。人の顔を見るなり突然」
「あ、すいません。その縦ロールがあまりにもぴったり似合っていたもので…」
 最初の一言は置いて、自慢の髪型を褒められるのは悪い気分ではない。 
「この髪型が私にそれほど似合って?」
「いえ、ドリルという渾名に」
「そっちですの!」
「純粋に髪型の話をするなら、いつの時代だよっ、て感じですね。まあそれを言うならこのリリアン女学園そのものが時代錯誤な雰囲気ですが。あ、これは別に貶しているんじゃありませんよ。この時代錯誤な感覚こそがこの学園のいい所だという人もいますし、事実私もそう思いますから」
「貴方、何者ですの?」
「申し遅れました。私、白薔薇のつぼみの妹です」
「…白薔薇のつぼみって…乃梨子さんの?」
「はい、二条乃梨子様の妹です。以後よろしく。黄薔薇のつぼみ、ドリ…瞳子さま。」
 
 
 薔薇の館に薔薇さまたちがそろい踏み、つぼみは誰もいない。
「入学式も終わって、次はマリア祭まで大きなイベントはなし。私たちはこの隙に、早く慣れなきゃいけないのよ」
「そうだよね、私たちも薔薇さまなんだよね」
「そうよ。祐巳さん。いえ、紅薔薇さま。私たちは志摩子さんと違って今年初めての薔薇さまなのだから、慣れなきゃならないことがいっぱいよ」
「そんなに大上段に構えなくても大丈夫よ、二人とも。私だって、そんなに気負っていたわけじゃないから」
「志摩子さんは、もう終わったことだからいいの」
 一言の元に切り捨てる由乃さん。
 確かに言っていることは正しいんだけれど、いつものように容赦がない。
「まあま由乃さん。あ、そうだ、私お茶入れるね」
 宥めながら立ち上がる祐巳。
「お姉さまは何を…」
 うっ、と絶句する。
「祐巳さん、いきなり大ボケはやめてよね。今私たちが薔薇さまになったって言ったばかりじゃないの」
「う…面目ない」
「いいわよ、座ってて。私がお茶を煎れるから。令ちゃ…」
 これも絶句する由乃さん。
「今、由乃さん、令ちゃんって言いそうになったよね」
「まさか。私はその…冷茶って言ったのよ。冷えたお茶ね」
「冷茶なんて誰が飲むの?」
「私が飲むの。春先の冷茶は美味しいのよ、とても」
「ふーん」
「何よ、祐巳さん、その言い方」
 じと目の由乃さんと笑う祐巳。
 そこで扉が開く。
「ごきげんよう。お姉さま、黄薔薇さま、白薔薇さま」
「あ、可南子。ちょうどいい所に…あれ?」
 可南子の後ろに小柄な女の子。見たところ一年生のようだが、可南子の後ろにいるのでより小柄に見える。
「その子は?」
「可南子ちゃん…もしかして、もう妹が?」
「いえ、この子は…」
 可南子の言葉を無視して一歩前に出る一年生。
「あ、あの、もしかして皆さんは薔薇さま方ですか?」
 きょとんとして顔を見合わせる由乃さんと祐巳。
 志摩子さんがやや苦笑しながら答える。
「ええ。そうよ、私が…」
「いえ。判ります。貴方は白薔薇さまですね?」
「え、ええ…」
「そして紅薔薇さまと、黄薔薇さま」
 祐巳と由乃を順番に示す。
「当たり。私たちのこと知ってるの?」
「お会いするのは初めてですけれど、お話はお姉さまに聞いていますから」
「お姉さまって…まだ入学してから少ししか経ってないわよ。誰だか知らないけど早いわね」
 由乃さんは感心しているけれど、令さまが由乃さんを妹に決めたのは入学式よりもっと前だから、それどころの騒ぎじゃない。
「どんな風に聞いているの?」
「狸と暴走機関車と美人」
「タヌ…」
「ぼう…」
「まあ…」
 一人だけ頬を赤らめて照れる志摩子さん。
 祐巳は愕然と、そして由乃さんは眉を上げ、可南子は怒りに震えている。
「あの、彼女は…」
「可南子ちゃん、悪いけど黙ってて」
 可南子の言葉を打ち切る由乃さん。
「貴方、お名前は?」
「はい。友梨子と言います」
「そう、友梨子ちゃん。貴方のお姉さまって一体誰なのかな?」
「はい。私のお姉さまは、白薔薇のつぼみです」
「ええ?」
 祐巳と由乃さんが同時に志摩子さんを見た。
 志摩子さんも驚いて二人を見返している。
「いいえ。私は乃梨子からは何も聞いていないわ」
「お姉さまの言ったとおり、本当に白薔薇さまって美人なんですね…」
 友梨子ちゃん、ややうっとりとし始める。
「いいなぁ、私もこんな人をお姉さまにしたいなぁ」
 おいおい、貴方はすでに白薔薇のつぼみの妹じゃないのか。
 祐巳、由乃さん、可南子の思いは一つ。
 友梨子ちゃんは次いで、残った三人を見る。
「うん。お姉さまの言うとおり。可愛らしい狸さんと頼れる暴走機関車と格好いいのっぽさん」
「…可愛らしい?」
「…頼れる?」
「…格好いい?」
 三人の目があった。
 どうやらさっきからのそれぞれの渾名は、悪意をもって付けられたものではないらしい。
「貴方、本当に乃梨子ちゃんの妹なの?」
「はい。二条乃梨子さまの妹です」
「ロザリオはもらったの?」
「いいえ、まだです」
「それじゃあ正式な妹ではないのね」
「れっきとした妹ですよ?」
「???」
 首を傾げて志摩子さんは友梨子ちゃんをじっと見つめていた。
「あ、もしかして…」
「何か思い出したの? 志摩子さん」
 椅子から立ち上がり、友梨子ちゃんに近づく志摩子さん。
 じっと友梨子ちゃんの顔を見る。
「ああ、やっぱりそういうことね」
 志摩子さんは微笑んだ。
「ごきげんよう、二条友梨子ちゃん」
「二条って、志摩子さん?」
「あ、そういえば乃梨子ちゃんって、実家に妹がいるって」
「それじゃあ、乃梨子さんの本当の妹なんですか?」
「はい。白薔薇のつぼみの『妹』の、二条友梨子です」
 
 
 瞳子さんを伴って薔薇の館にやってきた乃梨子が見たものは、いい気になってお茶を飲んでべらべら喋っている実の妹だった。
 横で志摩子さんが真っ赤になってうつむいている。
「友梨子! あんたそんな所で何してんのよっ!」
「お姉ちゃん…じゃなかった。リリアンだと…お姉さま!」
「違うッ! それはスール制度での呼び方よ!」
「あ、そうなの」
「何話してたのよ」
「別に、家でのお姉ちゃんのこととか、菫子さんの所でのお姉ちゃんのこととか…」
「だから、何話したの…」
 ニタリ、と笑う祐巳さま、由乃さま、可南子さん。
「パソコンの壁紙が志摩子さん」
「写真立ての中には志摩子さんの写真」
「寝言で一言、お姉さま」
「携帯の待ち受け画面に志摩子さん」
「パソコンの起動音は志摩子さんの『ごきげんよう』」
「携帯の着ボイスが志摩子さんの『乃梨子、電話よ』」
「実家でお母さんに習うギンナン料理」
「仏像レプリカに並んで何故かマリア像、しかも誰かに似ている」
「去年のアルバムには一年生より二年生の写真が多い」
「ハードディスクの中には志摩子さんのアイコラ」
「ひぃいいいいいいっ!! って、最後の一つは明らかにデマですから…いや、さすがに、それは…」
 白髪化する思いの乃梨子。そういえばこの春休みに友梨子が遊びに来ていた。小さいときから放っておいてもなんの心配もない妹だったから気にしてなかったのだけれども、まさかそこまで調べていたとは…。
 そしてさらに…
 何故リリアンにいる、妹よ。
「新入学生だから」
「…何も聞いてないよ?」
「菫子さんは知ってるよ?」
「…どこに住むの? 菫子さんのマンションだと、もう部屋なんて」
 いや、考えてみれば新学期は始まっている。
「あ、私、寮に入ったから」
「え?」
「リリアンの寮に入ってるの」
「どうして誰も何も言ってくれないのよ」
「口止めしたから」
「なんで!」
「お姉ちゃんをこんな風にした元凶を確かめようと思って。あのね、たまに家に帰ってきても四六時中、志摩子さん志摩子さん志摩子さん志摩子さん…って、妹じゃなくても何があったのかと思うんじゃない? お父さんとお母さんは薫子さんに『リリアンはそんなもんだ』って言われて納得してるし。普通納得できないって」
 元凶、もとい志摩子さんは心配そうに乃梨子と友梨子を見比べている。
「でも安心したけどね。別に悪い人って訳じゃないし。お姉ちゃんが何か妙な宗教にでも引きずり込まれてるのかと思ったけど、そういうわけでもないみたいだしね。なにより…」
 友梨子と志摩子の手を取った。
「こんなに素敵なお姉さまだったら私も欲しい。ねえ志摩子さん、お姉ちゃんにロザリオ返してもらって、私にください」
「友梨子!」
「冗談だよ。そんなに怒らなくても…」
 乃梨子は頭を抱えていた。
「あ、そうそう」
 由乃さまがふと思い出したように言う。
「乃梨子ちゃん、暴走機関車って何?」
「え?」
「私はノッポと言われました」
「私は狸なんだよね、乃梨子ちゃん?」
「…誰がそんなことを?」
 答の分かり切った質問。
「友梨子ちゃんが、お姉さんにそう聞いたって言うのよ。友梨子ちゃんのお姉さんって誰だっけ?」
 にっこりと笑う祐巳さま。
 例え庶民派といえども、腐っても紅薔薇の系列。笑って人を追いつめる術は心得ているらしい。
「あ、えーと…。別にアレは悪口というわけでは…」
 下がろうとするが、退路は可南子さんと由乃さまにふさがれている。
「あ、あの、祐巳さま? 由乃さま? 可南子?」
「なんてね」
 再び普通の微笑みに戻る祐巳さま。
「可愛い狸だからね、怒るに怒れないと言うか、タヌキ顔は本当だし」
「暴走しているのは事実だし、頼れると言われるとやっぱり嬉しいかな」
「背が高いと言われるのは仕方ないですしけど、格好いいなんて言われるとは思いませんでしたわ」
 ホッとする乃梨子。
「でも乃梨子ちゃん、実は口が悪かったんだね」
「うん。それは驚いた」
「結構猫を被ってらっしゃるようで」
「あはは…」
 三人の様子を複雑な表情で見ているのは瞳子さん。
「あの…友梨子ちゃん?」
「はい?」
「私は何か無いんですか? 可愛いドリルとか、頼れるドリルとか、格好いいドリルとか、女優なドリルとか」
 友梨子は少し記憶を探るように考える。
「ないです。ドリルはドリルですよ」
「あ、そうですの…ちょっと、乃梨子さん、お話が…」
「え、なに、瞳子。ちょっと、引っ張らないで。痛いって。痛いってぱ。瞳子、……瞳子?」
 
 
「じゃあ、私、今日は帰るね」
「…うん」
 瞳子にさんざん責め立てられ疲れ切った乃梨子の生返事。
「お姉ちゃん…」
「なに?」
「志摩子さんって綺麗だね」
「勿論」
 一気に回復する乃梨子。この辺りが妹からおかしいと言われる原因なのだが。
「…私、お姉ちゃんのライバルになるかも」
「ライバル…ってなによ」
「隠さなくてもわかるってば。お姉ちゃんの妹だよ? 私」
「ちょ、ちょっと友梨子!」
「それじゃあ、時間に遅れると寮はうるさいから、帰るね」
「ちょっと友梨子! 友梨子ってば!」
 去っていく友梨子。
「大変そうな妹さんね」
 可南子さんがすっと横に立つ。
「でもなかなか強そうな子ね。由乃さまとかが好きそうなタイプだと思わない?」
「怖いこと言わないで」
「妹にしてしまえば?」
「絶対嫌」
 
 
あとがき
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