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祐○争奪戦
 
 
 
「祐麒、これ、祐巳ちゃんの部屋まで持っていって」
 母に言われ、素直に二つのグラスののったお盆を運ぶ祐麒。
 祐巳に客が来ている。
 島津由乃。割とよく遊びに来る祐巳の同級生。
 彼女に関しては、甘酸っぱいような、ほろ苦いような、トラウマっぽいような、頭痛を呼ぶような、複雑な思い出のある祐麒である。
 階段を上がりきった所で、その由乃とぶつかった。
「え?」
 慌てて、本を倒さないように手を突く祐麒。
 おかげてジュースはこぼれずに済んだが、女の子と間近で、しかも押し倒すような形で向かい合ってしまった。
 二人の顔が至近距離に近づく。
 …やばい。
 この瞬間祐麒が思ったのは、
(ここでなんかあったら、令さんに殺される!)
 きちんと山百合会の人間関係を把握してるようだ。
「祐麒!」現場を目撃して慌てる祐巳。
「あ、祐巳さん、これは転んだだけよ」
「…そうなの? 祐麒、気をつけてよね」
「す、すいません」
 ようやく立ち上がると、今度は由乃に手を貸して立ち上がらせる祐麒。
「怪我ないですか」
「いや、祐麒君こそ大丈夫? 顔真っ赤だよ」
 それは違う理由だ。
「大丈夫です。本当に」
 二人の間に割り込む祐巳。
「祐麒…わざとじゃないよね?」
「はあ?」
「由乃さん可愛いから…あわよくば偶然を装ってキスとか…考えてないわよね?」
「馬鹿言うなよ」
「そう。それならいいけど。由乃さんに変なことしたら、私、お姉さまと瞳子ちゃんに頼んで私設軍隊出してもらうから。あと、志摩子さんと乃梨子ちゃんと可南子ちゃんに頼んで呪ってもらうわよ。まあ、私が手を出すまでもなく、令さまに半殺しの目に遭うと思うけど…」
 怖いなぁ、リリアン。祐麒は改めて思った。
 よく見ると姉の顔が笑っているので冗談と言うことは判るのだが、小笠原の私設軍隊と細川可南子の呪いは本当にありそうで怖い。あと、支倉令による半殺しも。
「由乃さん。本当に大丈夫? 頭とかうってない? 傷物にされてない?」
「…傷物って…」
 盛大な溜息と共に姉を見る祐麒。
「そういう所に使う言葉じゃないだろ…」
「ん? なんか間違った? キスでもされたら充分傷物じゃない」
「いつの時代の人間だよ」
 笑い出す由乃。
「あはははは、それいい。うんうん。それじゃあ祐巳さん、私が祐麒くんに傷物にされたら責任取ってね」
「わかったわ由乃さん、って、具体的にどうするの?」
「祐巳さんに、私のお嫁さんになってもらいましょう」
「おいおい」
 これだから女子校は、と言う顔で二人の顔を交互に見る祐麒。
「うん。いいよ、由乃さん」
「それじゃあ祐麒くん、そういうことだから」
「いや、そういうことって…」
「つまり、大好きなお姉ちゃんを取られたくなかったら、いくら私みたいな可愛い女の子相手でも、無闇に欲情しちゃダメって事よ」
 うわわわわわわわわわ。
 白髪化する祐麒。
 天下のリリアン学園生にそういわれては、祐麒ならずとも打ち砕かれた幻想の前に挫けるだろう。
「まあ、そう言う由乃さんは令さまに欲情して…」
「なんか言った? 祐巳さん」
「いえ、何も」
 一番怖いのは、由乃だった。
 
 
 翌日の二年松組。
「ということがあったわけで」
 笑いに包まれる一同。
 傷物の意味を蔦子に教えられて真っ赤になる祐巳。
「ああ、祐麒、どう思っただろ」
「祐巳さん、ときどき思い切った発言すると思ったら、だいたいが天然ボケなのよね」
「由乃さん、それはひどい…」
「でも、キス一つでお嫁に来てもらえるのなら、覚悟決めてもいいかも」
「蔦子さんてば…」
「だって、キス一回我慢すれば、祐巳さんがもれなくお嫁に来てくるんだから」
「なるほど…」
 突然の、聞き覚えのある声に振り向く由乃。
「ロ、紅薔薇さま?」
「祐巳に用事があって二年生のクラスまで来てみれば…そう、いいことを聞いたわ」
「あ、あの…お姉さま?」
「いいのよ、祐巳。あなたは安心してお嫁入りの準備をしていなさい。あ、格式とか家柄なんて気にしなくていいわ。持参金も家財道具も何もいらないわ。あなたは身一つで来てくれればいいのよ。きっとお母様も喜ぶわ」
「紅薔薇さま?」
「そう、そうよ。すぐに出入りの職人に祐巳のウェディングドレスを造らせましょう。真っ白のドレス。いいえ、デザインから始めなきゃ…そうね、この時期ならパリコレは…」
 一人の世界に入り、なにやら手帳をめくっている祥子。
 祥子は一人合点して帰っていく。
「何の用だったんだろ」
「さあ…?」
 次の休み時間、志摩子に確認してみると、放課後の集合時間のことだった。
「少し遅くなるって言ってらしたわ」
 そこに姿を見せるのは乃梨子。
「ごきげんよう、お姉さま、祐巳さま、由乃さま」
 乃梨子は、今日の放課後の会議が急に延期になったと伝えに来たのだ。
「変ねえ。さっきの休み時間、紅薔薇さまはそんなことは一言もおっしゃってなかったわ」
 どうやら、言葉通り、本当に「急に」決まったらしい。
「なんだろ」
 疑問に思いながらも自分の教室に戻っていく祐巳と由乃。
 二人は気付いていなかった。その背後で、乃梨子がなにやら志摩子に耳打ちしていることに。
 志摩子の目が、妖しく光った。
 
 
 薔薇の館。歌いながら踊っている祥子。別に何かの練習ではない。あまりの歓びに身体が勝手に踊り出し、喉が勝手に歌い出すのだ。
 しかも、歌の内容で、祥子の計画は全て筒抜けになっている。「つまり…」
 令は痛む頭を堪えながら話を続けていた。
「祐麒くんを…じゃなかった、祐麒くんにキスされたら、もれなく祐巳ちゃんがお嫁さんになってくれると」
「……」
 瞳子と可南子は珍しく顔を見合わせた。
「どう思います? 瞳子さん」
「祥子お姉さまの歓び様を見る限り、かなりの信憑性があるようですわね」
 しかし、と付け加える瞳子ちゃん。
「お姉さまは大事なことを忘れていますわ」
「なんですか?」
「お姉さまは男嫌い。殿方に接物をするようにし向けるなど、まず不可能ですわ」
 意味ありげに可南子を見る瞳子。その唇がニヤリと笑う。
「そしてそれは細川可南子、あなたにも言えることでしてよ」
「わ、私は…」
 言いかけてうなだれる可南子。
「ならば私は、あなたを含めた全員を妨害してみせます」
 ホーッホッホッホッ。瞳子は勝ち誇った笑いを響かせる。
「つまりそれは、あなたが男である祐麒さまを守ると言うことになりますわね」
(…私が、男を守る……男を…男を!)
 がくんと、うなだれたまま動かなくなる可南子。
「精神と肉体が乖離して動けなくなったようですわね。今回ばかりは、あなたに邪魔されることはなくてよ、可南子さん」
 再び高笑いを響かせ、ビスケット扉を開く瞳子。
(優お兄様のお屋敷でのファーストコンタクトの感触からすると、私は悪い印象は持たれていないはず! この瞳子の魅力で落として差し上げますわ。祐麒さま、早くいらして)
 「レイニーブルー」事件の元凶として祐麒に覚えられているとも知らず、瞳子は高笑いを続けるのだった。
 一方、令は、
(いくら祐巳ちゃんの弟でも…由乃の唇を事故に見せかけて奪おうとした罪、万死に値する。祥子には悪いけど、この場でとどめを刺してくれるわ!)
 昨日の状況をかなり曲解しているようだ。
 
 
(嫌な予感がする)
 祐麒は薔薇の館へ向かう道を歩きながら、悪寒に震えていた。
 周りから物珍しさの視線がまとわりついてくるが、それは仕方がない。リリアンの中で学ランを着た男が歩いていれば、それが例え花寺の生徒会長だとしても不思議に思われるのだ。
 しかし、リリアンの生徒会長から緊急の呼び出しである。両校の存続に関わる極秘事項というのだが、いったい何のことなのか。
 とにかく、無視はできない。
 薔薇の館に近づくと、妙に自己陶酔の入った高笑いが聞こえてきた。
(なんか嫌な声だな…)
 さらに近づくと、館の中から魂が抜けたような長身の女生徒が姿を見せ、祐麒に気付いた様子もなくとぼとぼと歩いていく。
(げっ…細川可南子!)
 姉のストーカーであった下級生だ。足を洗って、祐巳との仲も修復したとは聞いていたが、この様子からするとちょっと信じがたい。
 高笑いに混じって歌声も聞こえてくる。
(この声は…祥子さん?)
 最近はよく電話がかかってくるので、祐麒も声を覚えてしまったのだ。
 と、突然高笑いが止んだ。
 ついでに歌声も止んだ。
 そして聞こえてくる争いの音。
「?」
 訳がわからないが、とりあえず館に近づく。
「ごきげんよう、祐麒さん」
 祥子が姿を見せた。
「あ、お久しぶりです、祥子さん…?」
 祥子はまるで、高笑いする遠縁の親戚の娘をぶちのめし、自分の作戦を邪魔しようとした剣道部の親友を葬り去った後のような姿をしていた。
 少し時間がずれていたらこれに、背の高く髪の長い下級生を叩きつぶしたような姿、というのが加味されていただろう。
「さあ、祐麒さん、こちらへ」
「はあ…」
(えーと…なんか赤い点々が二つ、物置みたいな所まで床に落ちて繋がってるけど…)
 祐麒は見ていないことに決めた。
(見てないものは存在しない。うん、赤いものなんて落ちてない)
 階段の途中にある折れた木刀、ついさっき毟られたとおぼしき縦ロールも見ない。
(木刀なんてない。縦ロールなんてない)
(というか。早く帰りたい)
「どうぞ…」
「はあ…って、なんで小じゃれたベンチがこんなところにあるんですかっ」
「さっき出入りの業者に運ばせたものよ」
「いや、そうじゃなくて、ここは生徒会室では?」
「細かいことを気にしているようでは大物にはなれなくてよ、祐麒さん」
 天下の小笠原グループはそうやって大物になったわけですか? と聞きたいのを堪え、祐麒はうなずいた。
 逆らったら多分、物置に通じる赤い点々が三つに増えそうな気がする。そして階段に落ちている木刀と縦ロールの横に学ランが並ぶに違いない。
 そう考えざるを得ない迫力が、祥子の全身からたなびいている。
「では祐麒さん。お願いを聞いてくださる?」
 ベンチに腰掛ける祥子。
「なんですか?」
「私に……」
 祥子がさすがに言いよどむ。
 その瞬間、バイクのヘルメットが祐麒の真横を凄まじいスピードで薙いだ。
 見事なストレートを描いた軌跡が、祥子の顔面に繋がる。
 スパコーーーーーーーン
 小気味がいいと言い切ってしまえるような軽快な音と共にもんどり打って倒れる祥子。
「何考えてんの、あなたは!」
 振り向く祐麒。
 そこにはライダースーツに身を包んだ美女が息を切らしながら立っていた。
 どこかで見た顔。
 そうだ。去年の文化祭で花寺にやってきた…紅薔薇さまだ。
「大丈夫? 福沢祐麒くんよね?」
 蓉子は息を整えながら尋ねた。
「あ、はい。でも…どうして?」
「電話があったのよ。祥子の様子がおかしいって」
「様子ですか?」
「突然結婚式の準備を始めようとしたらしいのよ、家に電話して」
 傷物…結婚式。
 祐麒の中で線が繋がった。
「まさか…」
「なに? 祥子がおかしくなったことと関係あること?」
「というか…祐巳絡みかと…」
「ああ、そう」
 座り込む蓉子。
「水野さん?」
「大丈夫。安心したらどっと疲れが…」
「安心って…」
「何言ってるの」
 笑う蓉子。
「祐巳ちゃんのことで祥子がおかしくなるのは日常茶飯事よ」
 うわぁ。
 祐麒は頭痛を覚えた。
(祐巳。お前どんな学校に通ってんだ…)
 とりあえず、自宅での由乃、祐巳、自分の会話を再現する祐麒。
「なるほど、つまり、祐麒君にキスされれば祐巳ちゃんをお嫁にもらえると…」
「いや、馬鹿な話だとは…」
「祐巳ちゃんはいい子よ。約束は絶対守ってくれるわ…」
「水野さん?」
 祐麒の手を取る蓉子。
「さあ、祐麒くん、お姉さんといいことしましょうね。ほら、ムードたっぷりなベンチもちゃんと用意してある。さすが祥子、お姉さま思いねぇ」
「水野さんっっっ!」
「お姉さまっ」
 起きあがる祥子。
「私と祐巳とのことを邪魔しないでください」
「わかったわ。祥子。あなたと祐巳ちゃんの邪魔はしないから、私と祐麒くんの邪魔をしないでくれる?」
「同じ事です!」
「祥子、あなた、私が卒業してからちょっとつけあがってるんじゃない? 私に勝てる気? 第一、妹の妹と言えば妹も同然、祐巳ちゃんは私の妹でもあるのよっ」
「ロートルが現役に勝てるとお思いですか? さっさと大学でも聖さまの所にでも行ってくださりませんこと!」
「なんで私と聖のこと知ってるのよっ!」
「白×紅の物語なんて、山百合会で知らないのは志摩子だけですわ!」
 にらみ合う二人に気付かれないように、そっと後ずさりする祐麒。
 ビスケット扉にたどり着き、開いたままのドアから外へ。そして階段をはいずるように降りると、人の足が。
「!?」
 志摩子だった。
「祐麒さん、こちらへ」
「え…」
 またか、と思ったが祐巳の話を思い出す。たしかこの人は白薔薇さま。先代はいざ知らず(笑)、今の白薔薇さまはつぼみ一筋の御方。
 祐麒は一か八か、志摩子に着いていくことに決めた。
「ここに隠れてください」
 体育倉庫だ。中では乃梨子が待っている。
「大丈夫ですか?」
「あ、ありがとうございます」
 やはりこの二人は安全なようだった。
 安心した祐麒の右手を取る乃梨子。
 左手は志摩子が掴む。
 カチャン、と金属音。
 両手にそれぞれ手錠がはめられた。その先には重そうな砲丸が数個結びつけられている。
「え?」
「安心してください。別に私たちは祐巳さまをお嫁にもらおうなんて思っていません。私には志摩子さんがいますし」
 じゃあなんで手を?
「私も乃梨子がいればいいもの」
 だからなんで手を?
 志摩子がにっこり笑った。
「でも、お姉さまの頼みだから…」
 お姉さま? ってあなたは白薔薇さまだから最上級の……。
 あ。
 体育倉庫の奥から現れる人影。
「はーい。久しぶりだねぇ、祐麒」
「せ、聖さん!」
「お正月に一夜を共にして以来だねぇ、本当に懐かしいよ」
 志摩子がチロッと祐麒を睨む。何か勘違いされていると知って、慌てる祐麒。
「あれは祥子さんの家に祐巳と俺と柏木で泊まったときでしょう!」
「寝ようとしている私たちの部屋に押しかけてきたのは誰だったかなぁ?」
 左手がかなりの力で絞められている。
「そんなご関係だったとは知りませんでしたわ」
 志摩子の顔だけが笑っている。とても怖い。
「志摩子さん。志摩子さんには私がいるわ」
「そうね。乃梨子」
 でも左手を絞める力は変わらない。
「いや、それは柏木と一緒に寝るのが怖くて…」
「まあいいじゃない、どっちでも」
 祐麒の前にしゃがむ聖。
「私は男の人なんて趣味じゃないけど祐麒は可愛いから、別格かな」
「聖さん?」
「それに体育倉庫でファーストキッスなんて、青春って感じじゃないかな?」
 祐麒はもがきながら、心の中で決心した。
(無事に帰れたら、リリアンとの関係なんて俺の代で解消してやるーーーー!!!)
 轟音。
 体育倉庫の扉が文字通り吹き飛ばされた。
「ユキチ!」
 あの巨体は…
「日光先輩! 月光先輩!」
 それだけではない。
 小林、高田、アリス、柏木、花寺生徒会新旧そろい踏みである。
 慌てて逃げ出す白薔薇組。
「助けに来たよ、ユキチ」
「柏木? あんたなんで?」
「先代の紅薔薇さまに電話したのは誰だと思う?」
「あ…」
「こうやって後輩たちを引き連れて現生徒会長の救援に来たんじゃないか」
 生まれて初めて、祐麒は柏木が頼れると思った。
「じゃそういうことで」
 合図と共に散っていく現生徒会。
「ユキチ、すまん。柏木先輩には逆らえない」
 ボソッと呟く小林の言葉を耳に留めた祐麒は、嫌な気配を感じてじたばたともがく。しかし砲丸が外れるわけもない。
「聞いたよ、ユキチ。君を傷物にすると祐巳ちゃんがゲットできるそうじゃないか」
「そんな話本気にするなーーーー!」
「僕はこう見えても、さっちゃんの次に祐巳ちゃんが好きなんだよ。それに祐巳ちゃんが柏木の家に入れば、さっちゃんも喜ぶと思うんだよ」
 あいかわらず、他人のことを気にかけているように見えて実は自己中。
 
 
 
 
 祐麒の受難は終わらない。
「誰か助けてーーーーーーー!!!」
 
 
あとがき
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