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BITTER→SWEET
 
 
 バレンタインなんてやってる場合じゃない。
 なんと言っても情報は鮮度が命。
 新聞は取材が命。
 リリアン瓦版は真美と三奈子さまの命。
 今年のバレンタインはいろいろあって企画はできなかったけれど、思った通り、事件そのものはたくさん起こってくれた。
 バレンタイン、というよりも卒業式直前特集号に載せるべきネタは多い。取捨選択と演出力がものを言う記事が二人を待ち受けている。
 あとからあとから出てくる新事実を適合させたり想像で繋いだり。部員達の取材メモと報告をつきあわせて実際に起こった出来事を推理する。材料が足りないときは大胆に想像する。
 当たり前と言うべきか、大幅な予想失敗と言うべきか、下校時間までに原稿をまとめることができず、続きは三奈子さまの家でやることに。
 
 真美も別に始めてではない。今までも何度か同じ用事で訪れたことがある。
 デスクトップパソコン一台とノートパソコン一台。ノートパソコンは三奈子さまのお父様のものだと言うことだが、無理を言って三奈子さまが借りている。ちなみに真美は三奈子さまのデスクトップを使うことに。
 進路も決まった三奈子さまは、今は新聞に全力投球。ある意味引退前よりも今のほうが全力投球しやすくて楽しいと嘯いている。
「それじゃあ、早いことやっちゃいましょう」
 夕食をご馳走になったあと、三奈子さまの部屋で作業開始。
 パソコンのスイッチを入れる。
 ぽーんと出てくる画面。ディスプレイに表示された壁紙は…
「な、な、な………」
「どうしたの、真美?」
 覗き込む三奈子さまは、ポンッと手を叩く。
「ああ、替え忘れていたのね」
 壁紙は真美の写真。それもどこで撮ったのか、右斜めからの笑顔の写真だ。
 誰が取ったかはわかる。こんな物を撮る人間は一人しかいない。
 リリアン生の写真と言えばこの人、武嶋蔦子さん。
「お、お姉さま、これは…」
「蔦子さんにもらったのよ。さすがに彼女の腕はいいわよ。他にもね」
 マウスに手を伸ばす三奈子さま、そこで真美はようやく気付く。
 デスクトップ上のフォルダに「MAMIPHOTO」と言う名前が付いたものがあることに。
「あ、あの、お姉さま、そのフォルダは…」
「ヒ・ミ・ツ」
「え、ヒミツって、あの…」
「パスワードかけてるから勝手に見られないわよ」
 マウスに伸ばした手を抑えられる真美。
「さあ、原稿を仕上げましょう」
「気になってそれどころじゃ…」
「真美、貴方それでも時期新聞部長? 私をがっかりさせないで」
「は、はい」
 なんだか無茶を言われたような気もするけれど、真美は原稿に集中することにした。
 ワープロソフト起動。
 ああ、赤いロゴが素敵。
 やっぱり日本語ワープロの雄と言えばOne太郎よね。うんうん。One太郎にATOK、これ最強。
 それにしても松○許すまじ。
 調子よく進む原稿。学校での苦行が嘘みたい。
 ワンクッション置いたのが良かったのか、それともお姉さまの家にいると言うことでハイテンションになっているのか。
「真美、ちょっと休憩して、順番にお風呂に入りましょうか?」
「はい。それでは、お姉さまお先に」
「別に私は一緒でもいいけど?」
「いえ、借りる立場で…」
 一瞬絶句。そして真美の顔が真っ赤になる。
「な、な、な………」
「真美、貴方それさっきも言ったわよ?」
「お姉さまが変なこと言うから…」
「変なこと? 私はただ卒業までに後悔がないように、やりたいことをしようとしているだけよ」
「それがやりたいことなんですか?」
「うーん。まあ、一緒にお風呂に入ったり、一緒のお布団で寝たり、要するにイチャつきたいのだけど?」
「な、なにを…」
 そこまで言って、真美は自分の立場に気付く。
 ここは、お姉さまの家。そして、お姉さまの部屋。
 のこのこついてきている自分は、飛んで火にいる夏の虫?
「なに深刻な顔してるのよ。いくらなんでも嫌がってる相手を襲ったりはしないわよ」
「その部分は信じています、お姉さまを」
「それならいいじゃない」
 肩をすくめる三奈子さま。
「私だって、人並みにイチャつきたいことがあるのよ。真美ったら、必要以上にクールだし。私たちのスキンシップなんて、せいぜいこれぐらいじゃない」
 ポニーテールをポンポンと叩いてみせる三奈子さま。
「真美は、私の髪を結うのが好きよね」
「それは…私がこんな髪型だから、髪を結うのが物珍しくて」
「それじゃあ、私が先にお風呂に入ってくるから、出たらまた結ってくれるかしら? 勿論、真美がお風呂に入ったあとからでいいわ」
「あ、はい」
 順番にお風呂に入る二人。
 真美が風呂から上がって部屋に戻ると、髪を下ろした三奈子さまが待っている。
「待っていたわよ、真美。それじゃ早速お願い」
 背中を向ける三奈子さま。
 真美は三奈子さまの髪の毛に手を伸ばす。
 いつ見ても、豊かな髪量、柔らかな髪質。ポニーテールにしてしまうのはもったいない。これなら、少しふわふわ気味の可愛らしいストレートになるだろうに。
「いつ見てももったいないですよね。お姉さまの髪。まとめてしまうなんて」
「ポニーテールは活動的でいいのよ。それに、私が髪を下ろしたら、真美は一体誰の髪をまとめるつもり?」
 言葉に詰まる真美。
「んふふ。誰も知らない真美の秘密。真美が実は人の髪を弄るのが大好きなんて、誰も知らないでしょうね」
「別に、髪なら誰のものでもいいって訳じゃありません」
 真美はせっせと髪をまとめる。
「私は…このお姉さまの髪が好きなんですから」
「あら、赤くなりながら可愛いこと言うのね」
「赤くなんてなってません! だ、第一、お姉さまは私のほう見てないじゃないですか」
「見なくてもわかる。真美のことだもの」
 クスクス笑う三奈子さま。
「あれ? 真美、もっと赤くなったんじゃない?」
「もう、髪まとめるの止めますよ」
「べつにいいわよ。そもそも、私がまとめて欲しいんじゃなくて、真美がまとめたいんじゃなかったかしら?」
「だって、お姉さまがお頼みに…」
「じゃあ、止めてもいいわよ?」
「え…」
「真美は止めたいのでしょう?」
 シラッと言う三奈子さまに、真美は頭をがくんと落とす。
 降参の印だ。
「ホンットに意地悪ですね、お姉さまは」
「新聞部で三年間、一線を張っていたらこうなるのよ。真美だって、いずれね」
「それはお断りします」
「あら、つれないのね」
「お姉さまは強引すぎるんです、取材にしろ、紙面にしろ」
 肩をすくめる三奈子さま。その拍子に髪の毛が引っ張られるようになって顔をしかめる。
「だって仕方ないじゃない。真美は知らないでしょうけれど、新聞部と山百合会は、どちらかと言えば仲が悪かったのよ」
 身体の位置を直し、髪の毛を再び真美に預けながら、三奈子さまは続けた。
「それが変わったのは、貴方達のおかげだからね」
「私たち…ですか? 別に何も変わったことをしたつもりは…」
「祐巳さん、由乃さん、志摩子さん、蔦子さん。貴方達の世代には、とんでもない子が多いのよ。今までのリリアンを、いい意味で変えてしまうような子たちがね」
「祐巳さんは、そんな感じがしますね。なんだか、山百合会も祐巳さんの存在で変わったと、卒業なされた先代の薔薇さまも言ってましたね」
「その祐巳さんの友達なんだから、真美、貴方もその一員よ」
「私も…ですか?」
「なんだか不服そうね」
 今度は髪を引っ張らないように、注意深く首を回す。
「嫌なの?」
「嫌というか…ピンと来なくて…。祐巳さんの友達って事じゃなくて、リリアンを変えてしまうっていうのが」
「ふふっ。いつだって、変革者は自覚しないものよ」
「私は、お姉さまのいるリリアンのままでいて欲しいから…」
「私はもうすぐいなくなるじゃない」
「嫌ですよ、そんなの…」
 三奈子さまが、真美の手から髪を振り解くように動いた。
「お姉さま?」
「可愛いこと、言わないの」
 髪を振り解かれて行き場を失った真美の手。 
 宙に浮いた形のその手を捕らえ、三奈子さまは真美の身体を引き寄せる。
「可愛いから、こんなことしたくなるじゃないの」
 豊かな髪が真美の頬をくすぐり、真美の身体は三奈子さまの両腕に捕らえられていた。
 風呂上がりの火照った身体が、まだ冷め切らない三奈子さまの身体の熱に触れ、二人の間の熱が上がる。
 上気した肌からあがる湯気が、二人の顔の間に揺れる。
「貴方がいる限り、新聞部がある限り、かわら版がある限り、私のいたリリアンはそこにあるのよ」
 三奈子さまは真美の方に顎をくっつけると、耳元で囁いた。
「だから、貴方は自分が思うようにやればいいの。今までの新聞部のやり方なんか忘れてしまっても構わない。貴方が正しいと思う物を作りなさい。それが今までの新聞部のやり方。いいとか悪いとかじゃなくて、私には私の、真美には真美のやり方があるのよ」
 真美は動かない。いや、動けない。耳元をくすぐるようにわざと息荒く囁く三奈子さまの思う壺だとわかっていても、お姉さまの柔らかい息を耳元に感じていたいから。
 陶然となりつつ、ふと目に入るパソコンの画面。
「あ…」
 瞬間に我に返る真美。
「原稿しなきゃ…」
 あら、と呟いて、今度は三奈子さまの手が行き場を失ってさまよう。
「ちょっとテンションが下がっちゃったわよ。休憩にしましょう?」
 露骨に嫌な顔をしてみせる真美。けれども、それが半分演技だとわかっているのが三奈子さま。
「美味しいチョコレートがあるのよ」
「食べたらさっさと原稿の続きですよ」
「うんうん。わかってる」
 溜息をついて真美はもう一度、三奈子さまの髪に触れようとして…
「お姉さま? チョコレートってもしかして…」
「そう。真美がくれた物よ」
「でも、あれってお姉さまの好みに合わせて、うんとビターな物を探したんですよ?」
「わかってるわよ。真美が甘くないチョコは苦手だってこともね」
「だったら…」
「大丈夫」
 嬉しそうにVサインをしてみせる三奈子さま。
「真美でも苦ウマなチョコが食べられる工夫があるのよ」
「味が変わるんですか?」
 半信半疑の真美だけれども、少なくとも三奈子さまはあからさまな嘘をこんな場面では言ったことがない。
「ええ。どんなチョコレートでも甘くなる、ちょっとしたコツがあるの」
 真美の目がキラリと輝く。記事になりかねないモノを見つけたときの目だ。
 三奈子さまは、そんな真美の様子に苦笑しながら、手招きする。
「こっちにきて。詳しく教えるから」
「はい」
 手招きを続けながら、余った手でチョコを一欠片、自分の口に放り込む。
「うん。適度にビターでいい感じね」
「それがどうやったら甘くなるんです?」
「簡単なことなんだけどね、多分この方法は、真美にしか使えないと思うのよ」
「え?」
「こっちこっち」
 手を伸ばした三奈子さまは、真美のうなじに触れると引き寄せる。
「お姉さま?」
「喋らないの。舌噛むわよ」
 少し溶けたチョコが、真美の唇に触れる。
 少し暖まったチョコ、溶けたチョコ。
 そして唇。
 チョコと一緒にお姉さまの唾液。
 しっかりと押さえられた頭は動かすことができない。もっと思いっきり逃げようとすれば多分…けれど、逃げる気はあるの?
 チョコの味が口の中でふわりと広がる。
 ビターな味わいを、何故か甘く感じる不思議。
「…ん…」
 クスクス笑いをしているような顔で、三奈子さまは真美から唇を離した。
「真美? 甘かった?」
 寝起きのようにボーッとした顔で、真美はお姉さまを見つめている。その表情が少しずつ、ピントを合わせるようにはっきりとした物に変わっていく。
「お、お、お、お姉さま!」
「はい。なーに?」
 ニッコリと首を傾げる三奈子さま。
 それを見ると、もう真美は何も言えなくて。
「チョコレートは、まだあるんだけど、真美…」
 そして三奈子さまは悪戯っぽく顔を突き出す。
「まだ食べたい?」
 真美は頷くしかないわけで。
 
 
「信じられないっ!」
 三奈子さまに、そして真美さまに憧れて入部してきたルーキーは、思わずそう叫んでしまった。
「お二人で一晩かけて、原稿が一つも仕上がらないなんて」
「私たちにもスランプはあるのよ。ねえ真美」
 全く悪びれる様子もなく、三奈子さまは真美さまに同意を求める。
「え、ええ、そうですわ、お姉さま…」
 何故か頬を染めて答える真美さま。
 二人の様子に、ルーキーは何となく面白くなさそうにワープロに向かうのだった。
 
 
 
あとがき
 
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