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ニェイニャンニャイニュニ
 
 
 
 ほら、たまにいるだろう。野良のクセにやたら人懐っこい猫が。
 貴方が一人の時を見計らって、足下に擦り寄ってくる猫が。
 ニャアニャア鳴いて、貴方に何かを訴えかけてくるような。
 必死なんだよ。
 貴方にわかって欲しくて。
 野良のクセにやたらと人懐っこいのを見かけたら、少し足を止めて考え込んでみるといい。
 しばらく連絡の取れてない、しばらく姿を見てない、友達や身内はいない?
 
 
(神様。私はあの子に恋をしました。ついては結ばれたいと思うのですが)
(いや、儂、別に神様じゃないし)
(…噂は聞いてますよ。神様が嫌なら長老でもいいですけれど)
(なんだ、聞いてきたのか、儂のこと)
(当たり前です。だからこうやってお布施も持ってきているじゃありませんか。ほら、お刺身ですよ、お刺身。それも腐りかけの生ゴミじゃない、魚屋の店先からかっぱらってきた新鮮な物ですよ)
(かっぱらうなよ)
 
 
 由乃は、朝から妙に頭が痒かった。
 頭が痒いというと、なんだか不潔にしているようで嫌なのだけれど、痒いものは痒い。それでもやっぱり誰にも言えず、その日は我慢した。
 おかしな事に、痒いのは頭の2カ所。そこだけが猛烈に痒いのだ。
 家に帰って、手鏡を使って頭を見たけれど、何もない。
 恥を忍んで令ちゃんに頭を見てもらう。
「別に…あ、なんだかうっすらと赤く腫れてるみたいだけど。由乃、何か心当たりはあるの?」
 そう言われても何もない。
「他に痒いところは?」
 なんて、シャンプーをする美容師さんみたいなことを聞く。
「うーん。別に…」
 と言った瞬間、なにやらむずむずと痒みが。
 お尻に。
 まさか、「令ちゃん、お尻が痒いの」とは恥ずかしくて言えない。
「ないわ」
「そう。それじゃあちょっと様子を見たほうがいいと思う。我慢できないほどじゃないんでしょう?」
「う、うん」
 
 
(あの子の名前は島津由乃と言います)
(人間みたいな名前じゃな)
(人間の雌ですから)
(人間!? こりゃまた厄介な)
(そう言うと思って、お刺身とは別に猫缶も持ってきました。スーパー特売ではなく、山の手の外国猫からパクって来た高級品です)
(パクるなよ)
 
 
 頭を洗っていると、なんだか異物感。
 シャワーで洗い流してよく見ると……
「ひぃっ!」
 思わず由乃は鏡の中の自分に向かって叫んでしまった。
 それは、紛れもない猫耳だった。
 猫耳が生えている。由乃の頭から。
「どうして?」
 触ると感覚がある。引っ張ってみると痛い。
 ちゃんと神経も通ってるらしい。
 痒い痒いと思っていたらこんな物が突然…
 由乃はハッと気付いて身体を捻った。鏡に映すお尻。
 今度はショックというよりも、当然のように心が受け入れた。
 シッポが生えている。猫の尻尾が。
 
 
(どうにかなりませんか?)
(どうにかって…どうせえというのか)
(長老ほど長生きした猫は魔力を持つと聞きましたが)
(…まあ否定はせんが)
(その魔力でちょちょいと、島津由乃を猫にしちゃって下さい)
(無茶言うな)
(できないんですか?)
(できるけどな)
(お刺身と猫缶に続いて、煮干しとカリカリがあります)
(いや、しかしな)
(いらないんですか?)
(ちょっと待て)
 
 
 まずは令ちゃんに相談。
「…どう考えても、普通じゃないと思うんだけど」
「猫になってしまう病気なんて、私も聞いたこと無いよ」
「…病気って言うより、呪い、みたいな」
「怖いこと言わないでよ、由乃」
「私、このまま猫になっちゃうのかな?」
「馬鹿なこと言わないで、朝になったら一緒にお医者さまに行こうよ。ついていってあげるから」
「うん。でも、私、怖いニャ」
「ニャ?」
「ニャ? あれ、私何言ってるニャ?」
「由乃?」
「違うニャ。勝手に言葉が出……」
 意識して、語尾を正常に戻す。
「…るのよ」
 大きく息をつき、
「駄目ちょっと油断すると出るニャ」
 言ってしまい、手で口を閉じる。
「いいよ。由乃。無理はしなくても。私なら気にしないから」
「ごめんニャ」
 由乃は俯きながら言う。
 なんでこうなるの。勝手に語尾にニャがつくなんて。一体どういう事よ。
 本気で「呪い」なの?
 猫になっちゃうの?
 
 
(その人間を猫にしてしまえばいいんじゃな?)
(お願いします)
(では呪いをかけてやる)
(あの…)
(なんじゃい)
(頼んでおいてなんなのですが、その呪いは確実なんでしょうか)
(馬鹿者。儂の力を疑うのならいつでも帰っていいんじゃぞ)
(いえ、滅相もありません。ただ、やっぱりちょっと心配に…)
(最近の若い者は嘆かわしいのぉ。まあよい。安心しろ。その人間は徐々に猫に近づいていく。シッポが生え、猫耳が生え、いつの間にか人間の言葉は話せなくなる。そうすれば後は時間の問題じゃ。身体も縮み始めて、立派な猫の誕生じゃ)
(立派な猫ですか)
(立派な猫じゃ)
(可愛いんでしょうか?)
(人間であった頃のレベルは保つはずじゃ。その子が人間として可愛い子であれば、猫としても可愛くなるのじゃ)
(じゃあ安心ですね)
(最近の若いのは、人間の可愛らしさが判別できるのか)
(できますよ?)
(最近の猫も変わったのぉ…)
 
 
 なんだか泣きたくなったけれど、令ちゃんが傍についててくれた。お布団を持ってきて、同じ部屋で寝てくれた。
「ぐっすり眠って、気を確かに持って。きっと何とかなるよ」
 令ちゃんは力強くそう言った。
 だけど、目を覚ましてもそれは夢じゃなかった。
 口を開きたくない。口を開けば「ニャ」と言ってしまう。馬鹿馬鹿しいんだけれども、とっても悔しい。
 猫耳もシッポも、自分の意志で動かすことができる。それどころか、なんだか目まで猫目になってきたような気がする。
 このまま猫になっちゃうのかな。
 お母さんには、令ちゃんから調子が悪いと言ってもらうことにした。こんな頭じゃ部屋から出られない。今日がお休みの日でよかった。
「気分はどう?」
「ニャア…ニャ…」
 由乃は、何か言いかけて口を閉じる。
 言葉が出ない。
 嫌だよ、こんなの。
「由乃…」
 令ちゃんがしっかりと抱きしめてくれた。
 怖いよ、令ちゃん、怖い、怖いよ。
「大丈夫だよ。由乃。例え由乃がどうなろうとも、私は必ず一緒にいるからね」
 令ちゃん。
 令ちゃん、大好きだよ。
 だけど、もう令ちゃんに伝えることもできない。
「ニャア…」
 人間の言葉が出てこない。
「ニャア! ニャア!」
 嫌だよ。こんなのは嫌。猫になってしまうのなら、せめて最後に令ちゃんに伝えたい。
「ニャア…ニャ……」
 令ちゃん、大好き。
「……ニェイニャン……ニャイ…ニュニ……」
 涙が溢れてきた。
「うん。由乃。わかってる。わかってるよ。私も、由乃のことが大好きだよ」
 けれども、令ちゃんはわかってくれていた。
 
 
(しかしじゃ、儂とて完璧ではない。呪いを外す方法も、ないことはないのじゃからな)
(というと?)
(まあ、そんなことはないと思うがの)
(なんなんです?)
(うむ。人間の言葉が話せなくなってから、それでもその言葉をわかってもらえるような相手がいれば、呪いは解かれてしまうのじゃ。そんな人間、滅多にいやしないじゃろうがな)
(猫の言葉がわかる人間ですか?)
(というより、余程心が通じ合った相手という事じゃろうな)
(はあ……。まあ、とにかく、呪ってくれるんですよね?)
(おう、任せておけ)
 
 
「あれ?」
 いつの間にか、猫耳とシッポが消えている。そして今、由乃は人間の言葉をきちんと話すことができた。
「…治ってる?」
「本当だ。由乃、猫耳もシッポもなくなってるよ」
「……本当に治ったのね!」
「そうだよ、治ったんだよ!」
 喜ぶ二人。
「…安心したら、お腹が減ってきちゃった」
「朝ご飯もまだだものね。一緒に行こう、おばさんも心配しているよ」
「うん」
 二人が連れ立って朝食へ向かうと、ちょうど玄関から由乃のお父さんが濡れたバケツを持って入ってくるところだった。
「どうしたの? お父さん」
「ああ、なんだか、家の裏で野良猫が大喧嘩してうるさいんでな、水かけて追い払ってやったんだ。由乃、あんまり野良に餌やっちゃ駄目だぞ。懐かれたらどうする? きちんと飼うなら話は別だけどな」
 
 懐かれた、というより惚れられていたのだけれど。お父さんは勿論、令ちゃんにも由乃自身にも、そんなことがわかるわけはなくて。
 
 
 
 
 
 
あとがき
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