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コタツの中 しまのり編
 
 
 
 どうして薔薇の館にコタツが置いてあるんだろう。
 なんとなく、うさんくさい雰囲気。市販のコタツには見えない。
 どこかしらハンドメイドっぽさが漂っている。
 そういえば、冬休みの自由課題でコタツを作った剛の者がいて、持って帰るのに困ってる。という噂を昼の間に聞いたような気がする。
 持って帰るのが面倒くさいならどうやって持ってきたんだろうかと疑問に思ったけれど、提出した人間は冬休みの間に部室で作ったらしい。どこの部活動かは知らないが、とんでもない部もあったものだ、と乃梨子は心から思った。
 ということは、コタツは無事(?)、薔薇の館の備品として寄付されたのだろうか。
 よくわからないけれど、とりあえずコタツ自体には感謝している。ハッキリ言って薔薇の館にはロクな暖房器具がない。小さなストーブがあるきりなのだ。
 乃梨子にとってストーブというのは暖房器具ではない。お餅を焼く調理器具なのだ。暖房器具というのはもっと大きなスチームやエアコン、コタツのことを言う。
 あるいはパソコン。ノートパソコンを膝に置くととても温かいのだけれど、ある日菫子さんに「お願いリコ。それはさすがに貧乏くさいからやめて」と言われてしはまった。膝は暖まるし、なにより壁紙の志摩子さん画像を見ていると抱きしめているような気分になってとても心地よいのだけれど、とはさすがに言えず、乃梨子はそれ以来ノートパソコンで暖をとることは自粛している。
 とにかくコタツ。今はコタツだ。
 乃梨子はそそくさとお茶を煎れるとコタツの上に置いた。
 そこで気付いたが、コタツの上には小さなざるが置いてある。誰かは知らないが、このコタツを準備したのはよくわかっている人間らしい。
 乃梨子は戸棚の中からクッキーを取り出すとざるの中に入れた。欲を言えばやはりここはミカンかおせんべいなのだろうけれど、そこまで考えるときりがない。そもそもミカンやおせんべいが薔薇の館にあることは見たことがない。
 そうだ、これからはミカンやおせんべいを視野に入れよう。今までのようにクッキー、ケーキなどだけではない。
 そう、お茶もそうだ。紅茶や珈琲だけでは片手落ちというものだろう。ほうじ茶や煎茶、少々譲っても烏龍茶は置いておきたいものだ。
 さらにはおまんじゅうやおかき。薔薇の館には和風なものが足りない。
 機会があれば和風なオヤツを持ってこよう。なんなら酢昆布でもいいかも知れない。
 温かいコタツの中でお茶をすすりながら酢昆布を囓る。
 ……
 さすがにそれはちょっと歳不相応すぎるなと思い直す。
 それよりとにかくコタツ。
 簡単な敷物の敷かれた上に置かれたコタツ。その中に足を入れる。
 ……冷たい。
 乃梨子は中を覗き込んだ。
 スイッチが入っていない。というかまずコンセントが入っていない。
 コンセントの差し込み口を探すと……あった。少し遠いけれど何とか届きそうだ。
 コンセントを差し込んで、もう一度コタツに戻る。スイッチを入れる。
 暖かさが微かに広がる。
 ぬくぬくを待ちながら、乃梨子はコタツにすっぽりと入り込む。
 これでクッションがあると、もっといい。普段は椅子に座っているから座布団すらないのだ。これでは横になった時に枕にするものがない。
 そこまで考えて乃梨子は苦笑した。これではまるで自分の家、自分の部屋のようだ。いつの間にこんなにリラックスできるようになったのだろう。
 最初の内は、薔薇の館は多少なりとも緊張する場所のはずだったのに。今ではこんなに落ち着いている。
 志摩子さんがいるところだから。
 それが乃梨子の答だった。
 志摩子さんのいるところならどこだって同じ。なぜなら乃梨子にとって世界の全ての場所は、「志摩子さんのいるところ」と「志摩子さんのいないところ」の二つしかないのだから。
 身体が温まっていくに連れて、頭の中までポカポカと暖まっていく。
 うとうとし始めたところに、ようやく誰かがやってきた。
「ごきげんよう。あら、乃梨子、来てたのね」
「志摩子さん、ごきげんよう」
 今でも、他の人がいない時は「お姉さま」ではなくて「志摩子さん」
 一瞬、志摩子さんの動きが止まる。その視線を追った乃梨子はコタツにたどり着いた。
「乃梨子、それ、コタツ?」
「うん。今日来たら置いてあったの。温かいよ。さあ、入って。お茶も準備してあるし」
「そうね。せっかくだもの」
 志摩子さんもすっぽりと入り込む。
 差し向かいにコタツに入って、なんだか平和な感じ。意味もなく視線を合わせたりしてフフフと笑いあう。
「コタツっていいね」
「ええ…。今まであまり意識したことはなかったけれど、コタツって、二人で入るといいものね」
「やっぱり、一人より二人がいいんだよ」
「でも、向かいにいるのが乃梨子かどうかで、かなり変わるわ」
 志摩子さんがニッコリと笑う。
「祐巳さんや由乃さんも大事なお友達だけれど、乃梨子とは違うもの」
「私だって!」
 乃梨子は我知らず声を上げる。
「可南子や瞳子とは違うもの。志摩子さんは志摩子さんしかいないものっ」
「乃梨子……」
「志摩子さん…」
 どちらからともなく手が伸びて、握り会おうとした瞬間…
「ごきげんよう」
 突然扉が開いて、現れたのは蔦子さま。
「志摩子さん、乃梨子ちゃん、ごきげんよう。あの、唐突だけれども、笙子見なかった?」
「笙子さんですか?」
 慌てて手を後ろに回しながら、乃梨子は大仰に首を傾げてみせる。
「いいえ。放課後になってからは見てませんけれど。薔薇の館に来る用事でもあったんですか?」
「いや、そういうわけではないんだけれど…」
 蔦子さまはふとコタツに目をやる。
「ああ、そのコタツだわ」
「コタツがどうかしましたか?」
「そのコタツ、笙子が作ったらしいのよ」
「え?」
 どうして笙子さんが? ということは製造場所は写真部室?
 一体どういうこと?
「邪魔だから片づけてって言ったんだけれど、ここに寄付していたのね。うん、これなら有効利用だわ。とりあえず一枚」
 口を開く間も与えられず写真を撮られる二人。
「タイトルは…まったり白薔薇姉妹、ってところかしら」
 さらに二人に口を開く隙を与えず、
「笙子を見かけたら部室に来るように言ってくれないかしら。私がコタツ片づけるように言ったら、あの子拗ねちゃって…、まあそれも可愛いんだけれども…」
 どさくさ紛れに惚気つつ、蔦子さまはごきげんようと去っていく。
「これ、笙子ちゃんが作ったものだったのね」
「うん。そうみたいだね。でもいつの間に置いていったんだろう」
「後できちんとお礼を言わなきゃね」
「うん…」
 言いながら、乃梨子は自分の瞼が重くなっていくのを感じていた。
 温かくなったせいで眠い。
 志摩子さんが傍にいて、幸せな気分なのも一因だと思う。
 ふと見ると、志摩子さんも眠そうだ。
 うん、このまま二人で眠ってしまうのもいいかも知れない。
 
 次に気がつくと、数十分が過ぎていた。
「あら、目が覚めたのね」
 テーブルの方から声がして、顔を向けると黄薔薇さまと紅薔薇さまがニヤニヤとこちらを見ている。
 乃梨子は自分が満面朱に染まっていくのを感じた。
「あ…あの……ごきげんよう」
「ごきげんよう、乃梨子ちゃん、志摩子」
 見ると、志摩子さんも同時に目覚めたようでやっぱり顔を真っ赤にしている。
「二人仲良くおねむだから、コタツに入れないじゃないの」
「あ、そんな、ど、どうぞ」
「冗談よ。私たちは、ここではテーブルの方が落ち着くから」
 祥子さまが笑い、令さまが頷く。
「そうそう。あ、志摩子もそのままそこにいていいよ。私たちは好きでこっちにいるんだから気にしないで」
「あ、あの…はい。ではお言葉に甘えて…」
 あれ、志摩子さんにしては珍しいことを言うなあ、と乃梨子は思った。いつもの志摩子さんならここで一度はコタツから出るなりの反応をするはずなのに。
 ちょいちょい
 志摩子さんが遠慮がちに手招きしている。
「どうしたの?」
 乃梨子は身を乗り出した。けれど志摩子さんは座ったままの姿勢で身を乗り出そうとしない。二人が身を乗り出せば充分に内緒話もできる距離になるのに。
「乃梨子、こっちに来て」
 志摩子さんが自分のすぐ隣の床をぽんぽんと叩く。
 え? 志摩子さん。隣に来いって……。でも、黄薔薇さまも紅薔薇さまもいるのに。
 今日の志摩子さんはとっても大胆だ。
 乃梨子はコタツを出ると、おずおずと隣に座った。寄り添うようにコタツに入ろうとして止められる。
「乃梨子、聞いて」
「どうしたの? 志摩子さん」
「あのね、乃梨子…」
 困り顔で話し始める志摩子さん。
 
 要は、スカートがコタツの中で何故か引っかかって身動き取れなくなったと言うことらしい。
 リリアンの制服は上下繋がっているので、スカートが引っかかると自然に上半身の動きも限定されてしまうことになる。だから、自分で何とかしようにも、引っかかっていると思しきところまで手を届かせることができないのだ。
「こちら側で何とかならないの?」
 乃梨子はコタツの裾から手を入れてスカートを引っ張ろうとする。
「乃梨子っ」
 志摩子さんの切迫した声。乃梨子の手は何か柔らかいものに触れた。
「きゃっ」
「あ、ごめんなさいっ」
 どうやらお尻みたい。
 慌てた拍子にさらにもつれてしまうスカート。
「乃梨子、お願い…」
 潤んだ目で見上げられては絶対に逆らえない。というか、このまま裾から手を差し込んでさらに困らせたい、という欲望に必死で逆らいつつ、乃梨子は元の位置に戻った。
「じゃあ、こっちから覗いてみるよ」と手真似で告げると、志摩子さんは頷いた。
 黄薔薇さまと紅薔薇さまはこちらにはもう興味がないようで、何かテーブルの上に広げて話をしている。
 よし。今の内。
 乃梨子はコタツ布団を持ち上げるとコタツの中に潜り込んだ。
 胸元まで潜り込んだところで動きが止まる。
 暗い。暗くてよく見えない。コタツの中だからコタツの火で明るいはずなのに。
 目を凝らすと、うっすらと何かが見える。
 白い。
 ………
 乃梨子は慌ててコタツから出た。
 心臓が口から飛び出しそうなほどどくどくと脈打っている。
 わかった。
 今の白いのは………。
 うん。そうだ。乃梨子はコタツ布団の中に入りながら、ついでにスカートの中に顔を入れてしまったらしい。
(落ち着け、落ち着け私。今のは事故、事故なのよ)
 乃梨子は自分の鞄の中からペンライトを取り出す。前に何かで使って、そのまま入れっぱなしにしていたものだ。
 再び突入。
 そこではたと気付いた。
 一体自分はこのペンライトで何をするつもりなのか。
 コタツから出る乃梨子。
(落ち着け、落ち着け私。いいから落ち着け。っていうか、このペンライトは何? 一体何をするつもりだったの私)
 深呼吸。深呼吸。
 とりあえずペンライトはしまって……。
 鞄の中にはデジカメ。
 そうだ。瞳子が演劇部の発表を見て欲しいと言っていたから、デジカメを準備していたんだ。
 えーと、容量は十分。充電もしてある。
 よし。
 ごそごそ………。
 だから、一体デジカメで何を撮る気なのかと…
 はたと気付いた乃梨子は三度、コタツから撤退した。
(落ち着きなさい、二条乃梨子。貴方はこんな落ち着きのない子ではなかったはずよ……。志摩子さんの下着なんて、きっといずれ見る機会が…いや、そうじゃなくて………)
 
 
 令が尋ねた。
「ねえ、祥子」
「どうしたの、令」
 祥子は令の広げていたカタログから顔を上げる。
「乃梨子ちゃんと志摩子、何してるんだろう」
 祥子は無言で乃梨子を観察した。
「……わからないわ」
 二人が見ている前で、乃梨子はコタツの中に頭を入れたり出したりを繰り返している。そしてコタツから出るたびに、苦悶の表情で天を仰ぐのだ。
 一方志摩子は、頬を染めて俯いたままの格好だ。
 テーブルからつと離れる祥子。
「…乃梨子ちゃん?」
 ぎくっ、と制止する乃梨子。その顔がゆっくりと上がって祥子に気付く。
「あ……紅薔薇さま…あの、私は別にその…志摩子さんが動けないのをいいことにとか、そういうことは一切考えていません」
「……貴方、何を言ってるの?」
「いや、あの…」
 ますますしどろもどろになる乃梨子。
 令は、志摩子に近づいている。
「ねえ、志摩子。どうしたの?」
「あの……黄薔薇さま…」
 仕方なく、本当のことを話す志摩子。
「恥ずかしいのはわかるけれど…。乃梨子ちゃん一人じゃさすがに困るよ」
 いいながら令はコタツの板部分を持ち上げると横に置く。
「もうバレたんだから、堂々と行こう」
 そしてコタツ布団を剥ぐ。
「黄薔薇さま、どうなさるんですか?」
 乃梨子の問いに、
「うん。板と布団を取って、絡まったスカートをなんとかするのよ。コタツの中での作業なんて無茶よ」
 そして屈み込んでしばらく考え込んでいたけれど……
「……無理ね」
「ええっ!?」
 思わず叫んだ志摩子と乃梨子に、
「来たままじゃ無理よ。一旦脱いでもらった方がいいわ」
「で、でも…」
 確かに、スカートの側からするりと抜ければ脱ぐことはできる。
「女同士なんだから恥ずかしがらない。まさか下着をつけてない訳じゃないんでしょう?」
「それはそうですけれど」
「脱いだ方が取りやすいのよ。来たままで無理にやると制服を破いてしまうかも」
「…そうですか…」
 渋々、タイを解き始める志摩子。
「でも、この体勢だと足下から抜けるのも難しいですね…」
 志摩子の言葉に考える祥子。
「それじゃあこうしましょう。乃梨子ちゃんと私が足を引っ張るから、令は頭の上側から制服を押さえていて。そうすれば志摩子の身体だけがすっぽりと抜けるわ」
「なるほど。いい考えね」
「わかりました。では祥子さま、令さま、お願いします。乃梨子、頼むわね」
 
 
「コタツのつもりじゃなかったんです。ただ、出来合のものだとコタツが一番使いやすそうだったので…」
 笙子は祐巳と由乃に説明していた。
 中庭で涙ぐんでいるところを、祐巳と由乃に見つかり、驚いた二人に話を聞いてもらっていたのだ。
 ちなみに、その時背中にかついでいた大荷物は一旦薔薇の館に置いておいた。そして、祐巳と由乃はミルクホールで笙子の話を聞いた。
 蔦子さんにはきちんと話そう、と言うことになって三人は薔薇の館へ戻っている途中だった。
「金具をつけて、現像したフィルムを乾かすための装置を作ったつもりだったんです。お姉さまはたくさん写真を取るから、一気にたくさん乾かそうとすると、コタツを流用した方がいいのかなと思って」
「でも、あれはコタツとしてもかなり使えるわよ」
 由乃の無慈悲な言葉に祐巳は慌ててフォローする。
「写真の現像がない時はコタツとして使えばいいんだよ。ね、笙子ちゃん」
 そして、三人が扉を開けると……
 志摩子が三人がかりで押さえつけられている(ように見えた)
 令が志摩子の手を押さえつけている(ように見えた)
 乃梨子と祥子が、志摩子のそれぞれ右足と左足を押さえつけている(ように見えた)
 志摩子の身体が、コタツに括り付けられている(ように見えた)
 呆然唖然愕然の三人。
「れ、れ、れ、れ、れ、れ………令ちゃんの馬鹿ーーーーーーーー!!!!!!!」
「お、お姉さま! 一体何を!!!」
「え? 由乃? あ…ちょっ、ちょっと待って、誤解!」
「祐巳? 待ちなさい、違うのよ、違うの!!」
 涙を流しながら走り去っていく由乃と祐巳を追いかけて、令と祥子が館を出て行くと、乃梨子と志摩子、そして笙子だけが残される。
「えっと……あの、笙子さん…」
 固まったように動かない乃梨子。必死で言葉を絞り出している。
「うん。わかってるわ、乃梨子さん」
 その言葉に乃梨子と志摩子は顔を見合わせてホッとする。
「あ、それじゃあちょっと手伝ってくれないかな…」
 笙子は聞いていない。
「そうやって、お姉さまを罠にかけて捕らえるのね。勉強になったわ、乃梨子さん」
 捕らえてどうする。
「いや、あの…笙子ちゃん」
「あ、いいのよ。乃梨子さん。コタツは今はいらないから。ごゆっくり」
 いや、ごゆっくりと言われても。
「お姉さまにそのコタツを仕掛けるのは明後日ぐらいにするわ」
 仕掛けるって、これは家電じゃなくてトラップ扱いですか。
「それまでは存分に使ってください。それじゃあ、ごきげんよう」
 乃梨子と志摩子に何も言わせないまま去っていく笙子。後に残された志摩子と乃梨子。
「……」
「……」
「乃梨子」
「はい」
「とりあえず、足を引っ張ってくれるかしら」
「あ、うん」
 なんとなくわびしい気持ちになって、乃梨子は志摩子の足を引っ張る。
 そして二人で、コタツから制服を引きはがす作業に取りかかったのだった。
 
 
 
 
あとがき
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