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素敵なロザリオ
 
 
 
 二人連れの男たちが辺りを伺うようにして姿を見せた。
 あからさまではないが、誰かを捜している仕草。そしてその手に持っているのはリリアン瓦版の原稿。あのとき落とした、三奈子の署名入りのもの。
 そう。探されているのは三奈子。
(…まずいことになったわ)
 三奈子は、心の中で呟くと校舎の陰に隠れるように身を伏せる。
(まさかとは思っていたけれどまさかこんな所まで追いかけてくるなんて…)
 もしかするととんでもない事に巻き込まれるのではないか、という勘が的中してしまった。記事を書くときにはほとんど当たった事のない勘なのになぜこんな時だけ。
 けれども、後悔してももう遅い。今できる事はただ一つ。できるだけ周りに迷惑をかけない事。
 特に新聞部の部員たち。そして、真美だけは守らなければならない。
 男たちが用があるのは自分だけなのだから。
 
 それは数日前の事だった。
 
 文化祭を控え、当日発行する予定のリリアン瓦版臨時号の記事を考えながら、三奈子は駅裏を散策していた。
 瓦版臨時号の記事内容自体には頭を悩ませる必要はない、ただ単にそれは、当日の案内を中心とした紹介記事に過ぎないから。
 それでも、自分にとっては最後の文化祭。何か記念になるような形のものを残したい、そう考えながら歩いていると、妙な二人連れを見かけた。
 アロハシャツ、サングラス。いかにもチンピラ風な男性二人。けれども面構えと年齢を考えればそれなりの地位についていてもおかしくないような二人連れ。
 二人は何か小さな包みを大事そうにやりとりしている。
 ヤクザ風の男が二人、裏道に隠れて何か小さなものを受け渡ししている。
 三奈子は咄嗟に目を逸らした。
 動きがあまりにも大袈裟すぎて、「はい、私見てましたよ」と大声で宣言しているに等しいのだけれども、今の三奈子はそれにも気づかない。
「おや、その制服は」
 ビクッと背筋を伸ばす三奈子。考えてみれば、このあたりでこの制服といえばリリアンだとバレバレなのだ。
「リリアン女学園の…」
 やっぱり。
 三奈子は咄嗟に振り向いて走り出す。学校名がばれても、個人が特定できなければ大丈夫。
「ちょっと! そこの!」
 背後からの声も完全無視して走る。
 走って、駅について、電車に乗って、電車が動き出して、追いかけられていない事を確認してようやく一息ついて。
 そこでようやく気づいたのだ。署名入り原稿の入った紙ばさみを落としてきた事に。
 原稿はもういい。どちらかというとルーティンワークな記事で、その気になればいつでも書き直しはできる。問題は署名だった。
 きちんと名前を書いてしまっている。
 ご丁寧な事に学年とクラスもだ。
 それでも、三奈子は具体的に何かを見たわけではない。あの署名記事を見て学校までやってくるとは思えない。そう、追ってくるわけがない。むこうもそこまで暇ではないだろう。
 
 と、ついさっきまでは自分を信じてこませていたのだけれど。
 
「この人を捜しているんだが」
 令は差し出された原稿用紙に目を落とす
 どこかで見た覚えのある原稿用紙だと思ったら、新聞部の使っているものだ。
 完成前の原稿をチェックするために何度か見たことがある。
「新聞部?」
 よく見ると、三奈子の名前が。
「三奈子さん? ああ、彼女なら自分のクラスの所にいると思いますよ。何か御用ですか?」
「いや、用事というわけじゃない。これを拾ったんでね。良ければ渡しておいてもらえないかな?」
「ええ。構いませんよ。だけど、一体どこでこんなもの…」
「うん、ちょっとね。それじゃあ」
 令はお辞儀をするとその場をあとにした。
 少し歩いてふと考える。
 志摩子の父と一緒にいた老人は一体誰だろう?
 
 一体黄薔薇さまと何を話しているのか。そもそもあの二人は何故黄薔薇さまを知っているのか?
 三奈子は校舎の影から観察を続ける。
 話している声はさすがに聞こえないけれど、二人が黄薔薇さまに三奈子の落とした原稿を見せているのが判る。
 そう言えば黄薔薇さまの自宅は道場で、お父様は道場主。やはりああいった類の人たちとのつき合いもあるのだろうか?
 用心棒とか、喧嘩術とか。
 二人と黄薔薇さまは別れてそれぞれに歩き出す。
 その時、三奈子は突然閃いた。
 二人に見つかりたくなければ、二人をこのまま尾行すればいいのでは?
 自分のアイデアに自分で頷くと、三奈子は二人のあとを尾行し始めた。
 二人は、まずフジマツ縁日村へ向かう。
 そのまま二人は由乃と祐巳が店番をしているところへ姿を見せた。
 きちんと応対をしてみせる祐巳の姿に驚く三奈子。
(のほほんとして見えていてもさすがは紅薔薇のつぼみ、相手が誰であろうと気合い負けはしないと言う訳ね?)
 二人が歩いていく先にさらに漬いていく三奈子。幸い、新聞部の三奈子が何かを追いかけるようにふらふらと歩いている姿は構内では珍しいものでもないため、誰も取り立てて気にしようとはしない。
 数分尾行を続けた所で、三奈子の目は別の二人を発見した。
 真美と蔦子。
 このところ、真美は蔦子と一緒にいることが多い。
 確かに蔦子の写真の腕はかなりのもので、それにかける情熱も目を見張るものがある。
 新聞部が部外にパートナーを求めるのなら、最適の人材と言えるだろう。
 それに、確か真美と蔦子は同じクラスのはずだ。真美にとっては二重の意味で便利なパートナーだろう。
 二人はいいコンビネーションで取材と撮影を続けている。
 真美が新聞作りのメインになってから、写真部や山百合会との関係はかなり良好になっている。蔦子が手伝っているのもその現れだ。蔦子に限らず、リリアンには山百合会びいきは多い。自然と、山百合会(の二年生)と仲がいいと言われている真美への協力は皆が惜しまないようになっている。
 二人を目で追っていると、三奈子は何となくいらついている自分に気付いた。
 二人がふとした拍子に笑いあうだけで、何か嫌な感情がわき上がってくる。
 自分でも判っている感情。
 嫉妬だ。
 でもあの二人は姉妹ではないし、これからも絶対姉妹にだけはなれない。
 けれども、姉妹とは関係なしに感情を繋げてしまう人もいる。
 真美に限ってそんなことはない、と信じてはいても、記憶の隅の事件を心が勝手に検索してしまう。
 かつてのクラスメートとそのお姉さまの話。
 ロザリオを渡せなかった相手と心を繋げてしまった上級生の話。
 嫌なことを思い出して塞ぎ気味になっていると、二人の男と二人の女子高生が正面で向き合っているのに気付くのがおくれてしまった。
(真美…!?)
 年を取った方の男が真美のほうへ手を伸ばす。身体の大きい方は、蔦子に向かっていた。
「やめてー!!」
 走り込み、真美と男の間に立つ。
「この子には関係ないわ!」
 両手を広げ、しっかりと脚を踏みしめ、男に目を向けて。
「貴方達は私に用があるんでしょう!」
 背中には妹を庇い、絶対に後の真美には手を出させないという気迫を込めた眼差し。
「私ならここにいるわ。逃げも隠れもしないから、妹には手を出さないで!」
「三奈子さま?」
「…お姉さま?」
 蔦子と真美、二人の怪訝そうな声に、三奈子は思わず振り向いた。
「何よ、貴方たち。こんな時にそんな暢気な」
「暢気って…何かあったんですか? お姉さま」
 真美の視線には、心なしか咎めるような表情が混じっている。
「何って…そりゃあ…」
 真美にも蔦子にも、緊迫した様子はない。というよりも、平和な雰囲気しか漂ってはいない。
「この…人たち」
 もう一度前を見ると、二人の男は驚いた様子ではあっても、怒っている様子はない。
「あの、お姉さま。そちらは…」
 一瞬言い淀んだ真美の代わりに、蔦子が言う。
「志摩子さん、つまり白薔薇さまのお父様ですわ。三奈子さま」
「ええっ!?」
 白薔薇さま、藤堂志摩子の父親と言えば、小寓寺の住職である。
「どうも、志摩子の父です。貴女が築山三奈子さんですか。娘がいつもお世話になっています」
 ぽかんとしながらも、慌てて条件反射で頭を下げる三奈子。
「い、いえ、こちらこそ、白薔薇さまにはいつもお世話に…」
「あ、あの、お姉さま。そしてこちらの方があの…」
 真美が慌てて、残った一人を示す。
「はじめまして。志村タクヤです」
「え…」
 今度こそ、三奈子は呆然と二人の男を見た。
 つまり、ここにいるのは白薔薇さまのお父様と、白薔薇のつぼみのボーイフレンド(と勝手に三奈子が思っていた人)。
「この方が…タクヤくん…?」
「お会いするのは二回目かな?」
「は、はあ…」
 
 その後、真美に問いつめられた三奈子は全てを説明してしまう。
「はあ…」
 溜息を隠そうともしない真美。
「お姉さまの想像力は見事なものだと常々感服していましたけれど、ここまでとは…」
「ごめんね、真美…」
「もう、いいですよ」
「本当に御免」
 さすがの三奈子も、この成り行きには本気でしょげていた。
「いいんですよ」
「私、いつも真美に迷惑かけてるみたいだね」
「慣れました」
 否定はしない答えに苦笑する三奈子。
「そうなんだ」
「ええ。勘違いや誤解が多くて、いつも自分の思いこみで突っ走るお姉さまをフォローするのも、慣れたものです」
「ごめん…」
「でも、そんなお姉さまの妹になんて、私くらいしかなり手がいませんよ」
「え?」
「私以外のいったい誰が、そんなお姉さまの妹になれるって言うんですか?」
「真美?」
「こう見えても、私だって自負しています。築山三奈子さまの妹になれる人材なんて、リリアン広しと言えどもこの私、山口真美しかいないって」
「…な、何言い出すのよ」
「そうじゃないんですか?」
 三奈子はぷいと横を向くと、恥ずかしそうに小声で、早口に言う。
「私が選ぶ相手だって、貴女しかいないわよ」
「お姉さま?」
 突然向き直る三奈子。顔が赤い。
「当たり前のこと言わないの! 私が妹に選ぶ子が、山口真美以外にいるわけないでしょ?」
 
 
 文化祭が終わって数日。
 ふと、真美は志摩子が妙な物を持っていることに気付いた。
「志摩子さん、それって?」
 文化祭で乃梨子のクラスが配布していた数珠リオだった。
 一言で言えば変わり種のロザリオ。
「こういうものも面白いかと思って」
「そうね」
 正直、真美にはあまり興味がなかった。
 変わり種のロザリオならば、誰にも真似のできない物を持っているから。
 ポケットの中、生徒手帳に挟んである一枚の写真。
 あの日、密かに蔦子が撮っていた写真。
 真美の前で両手を広げ、真剣な眼差しで立つ三奈子。
 真美を守る意志を全身で示すその姿。
 両手を広げすっくと立ったその姿は、まるで十字架のように。
 真美にとっては最高の、そして素敵なロザリオが、それなのだから。
 
 
 
 
あとがき
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