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黄薔薇流結婚式?
 
 
 令の作るお菓子は美味しい。
 だけど、それだけじゃなかった。
 ご飯まで美味しかった。
「今日の調理実習の時間に、たくさん作りすぎてしまって…」
 令ほどの腕の持主が、そこまで分量を間違えるなんてまずあり得ない。そう、これは最初からここに持ってくるつもりで多く作ったんだということは間違いない。
「美味しいっ!」
 誰より先に手を伸ばして一口食べた聖が、感極まったような声をあげる。
「凄いねぇ。江利子、いい妹持ったね。これは掘り出し物だよ」
「あ、ありがとうこざいます、白薔薇さま」
 言葉は喜んでいるけれど口調は不満そう。
 うんうん、私に一番に食べさせたかったんだろうね、令ってば可愛いんだから。
 それにしても素手で摘むなんて聖の奴。ケーキやピザの類ならまだしも、これは五目寿司なんだけど……。
「あの、お姉さま…」
 私の分を別の皿に盛ってくれる。
「ありがとう、令」
 お皿を受け取りながら手を軽く握ってあげると、令は真っ赤になって少しうつむく。うふふ。
 ニッコリと微笑みかけようとしたところに、無粋な聖の大声。
「うん、本当に美味しいよ。ねえ志摩子」
 パクパクと聖は食べているけれど、可哀想に志摩子ちゃんはちょっと複雑な表情。
 あのねえ、聖。志摩子ちゃんのお昼のお弁当見ていて気付かない? 志摩子ちゃんは和食には五月蠅そう、多分自分でも作っているはずよ。
 ケーキやお菓子ならまだしも、令の和食を褒められるのは複雑じゃないかしら?
「え、ええ。美味しいですわ。令さまの五目寿司」
「…でも、志摩子のも食べてみたいかな」
「え?」
 あらあら、志摩子ちゃんたら、灯をつけたみたいに明るい表情になっちゃって。なるほどそういう作戦だったわけね。やるわね、聖。
「別に明日すぐにとは言わないけれど、今度は志摩子の作ったのが食べてみたいな」
「は、はい。お姉さま」
 本当に志摩子ちゃんたら嬉しそう。見ているこっちまで嬉しくなりそうなくらい。
 その一方で、蓉子は黙々と食べている。
「うん。白薔薇さまの言うとおり、本当に美味しいわ。ねえ、祥子」
「え、ええ…」
 見ると、祥子は一口か二口食べたあとはまったく箸をすすめていない。
 満腹なわけでもないだろうし、令の味付けが口に合わないわけでないことは過去の経験からわかっている。表情を見てみると…ああ、また好き嫌いね、お嬢様なんだから、本当に。
 どうやら蓉子は気付いているようだけれど、助け船を出す気はないらしい。
 祥子は祥子で素直に「嫌いです」とは言えないみたいで、引くに引けない状況みたい。うん、面白い。
「あ、祥子、ごめん。それ、さっき私が味見した奴だから」
 突然令がそんなことを言いだしたかと思うと、別のお皿と祥子のお皿を取り替える。
 いつの間に準備したのか、新しいお皿の方には祥子の嫌いな食材は一切入っていないようだった。
「いいのよ、令。気にしていないわ」
 ようやく食べ始める祥子。さすがにつき合いが長いだけあって、令は祥子の操縦がうまい。
 微笑んで、令はまた新しいお皿を取り出す。ああ、これは由乃ちゃんの分ね。最後のトリ、真打ちって訳ね。
 一番に渡すのが私で、最後の締めが由乃ちゃん。
 令ったら、本当に気遣いがしっかりしていて…
 …貴方、将来禿げるわよ。
 
 
 なんだろうこれは。
 私は自分の目を疑った。
 令ちゃんが最初に江利子さまにお皿を渡した。それはいい。
 悔しいけれど仕方ない。いけ好かないけれど、江利子さまは令ちゃんのお姉さまだ。
 そして紅薔薇さま、白薔薇さま、志摩子さん、祥子さま。
 最後に私。
 うん、中途半端に二番目や三番目よりは、一番最後を締める方がいい。
 だけど、今のは何? どうして令ちゃんが祥子さまとお皿を交換するわけ?
 …令ちゃん、それって、祥子さまのお皿…祥子さまが二口ほどつまんだお皿じゃない…嘘、どうしてそこから食べるのよ……間接キスじゃないのっ!!
 令ちゃんの馬鹿ッ!
「いいのよ、令、気にしてないわ」
 なんでそうなるのよっ! 祥子さまが気にしていなくても私が気にするのよっ!!
 ああ、もう信じられない。
「料理がうまくて気だても良くて。確か、家事全般も不得意ではないのよね、令。今すぐにでもお嫁さんになれそうね」 
 黄薔薇さまが妙なことを言い出した。違う、言っていることの前半は正しい。でも後半がとても間違っている。
 令ちゃんは料理どころか家事全般が得意でとっても女らしくて、すっごく格好良くて、だけどお嫁さんにはならないのに。
 私とずっと仲良く一緒に暮らすのに。
 うん。令ちゃんはお嫁さんにはならない。
 たとえ日本に同性結婚を許す法律ができたとしても、令ちゃんはお嫁さんにはならない。
 だって、そうなったら令ちゃんのお嫁さんは私だから。
「でも、令はどちらかと言えばお嫁さんよりお婿さんのほうが似合うかも」
「白薔薇さま、酷いですよぉ」
 だけど令ちゃんは笑っている。男装の麗人風だって事は令ちゃんもわかっているんだから。あんなことを言っているけれど、令ちゃんは自分がそう見られることを意識してファッションだって選んでるんだから。
 いいんだよ、令ちゃん。その代わり令ちゃんが好きそうな可愛い服は、全部私が代わりに着てあげるから。
 私はいつだって令ちゃんの着せ替え人形になってあげるからね。
「ふーん、なるほどね…。祥子?」
「はい、お姉さま?」
「令が男だったら、貴方の男嫌いも多少マシになるんじゃない?」
「はあ?」
「やっぱり駄目?」
「…」
 どうしてそこで沈黙なの、祥子さま!!!
 そりゃあ、悔しいけれど二人はお似合いに見えるわよ。
 二人が佇んでいると凄く絵になるけれど。
 二人が並んで歩いているだけで、溜息をついて眺めている生徒が多いけれど。
「…そうですね。令となら、一緒に暮らせそう」
「祥子、それじゃあ、ただのルームメイトだよ」
 笑う令ちゃん。そうそう令ちゃんは正しい。…って、祥子さま今一瞬残念そう顔しませんでしたか!!!!
 あああ、まさか祥子さままで令ちゃんを狙っているというの? 私の敵はデコ、もとい黄薔薇さまだけではなかったと言うことなのね?
 祥子さま、早く妹をつくってそっちに夢中になればいいのにっ!!
 令ちゃんも令ちゃんよっ! なによ、その満更でもなさそうな顔はっ!!
「…令ちゃんの馬鹿」
 いいんだ、もう、出て行ってやる!
 
 
 ……怒ってる……照れてる……なにやら自己完結したようね。…あ、また怒ってる。
 …あらあら、出て行っちゃった。
 江利子は由乃観察を一時中断した。
 由乃の呟きを耳に留めたのは、注意していた江利子だけ。
 江利子と令以外には、由乃が用事を思い出して外へ出たように見えているだろう。
「令、お茶のお代わりをお願い」
 勿論、江利子は気付かないふりで令に用事を言いつける。
「え、…はい、お姉さま」
 …令、貴方過保護過ぎよ。由乃ちゃんは、貴方が思っているほどか弱くないわよ?
 由乃と令の関係は、令にロザリオを渡したときからさんざん聞かされている。
 正直、ちょっと悔しい。
 令を妹にしたときは、令の心を由乃から多少なりとも離せるか、という興味もあったにはあったのだけれども、令は予想以上の逸材だった。
 結果として、令の由乃への想いはまったく減っていない。
 だからといって、令が江利子のことを想っていないのかと言えば、そんなことはない。
 要は、令の想いの総量が増えたのだ。由乃への想いはそのままに、それとは別に江利子への想い。
 深く考えると何となく面映ゆくなってくるけれど、それは令がそれだけ希有な存在だからと言うこと。そして、由乃ちゃんも同じく。
 姉が在学中には妹を作る心配をしなくていい志摩子や、ああ見えて蓉子に依存しきって妹を作れないでいる祥子とも違う。(志摩子を妹にしようとしたのは自分の希望ではなく、蓉子の策略に焚きつけられたか協力したか、そのどちらかだろうと江利子は踏んでいる)
 令は姉と妹の双方に、きちんとしたバランスをとっている。
 だからこそ、江利子は令が好きだ。それも、自分にだけ目を向けてくる令ではなく、由乃と仲良くしている令が。
 そして、令と仲良くしている由乃が好きだった。特に、令と仲良くしながら、自分には牙を剥いてくる由乃が可愛くて仕方ない。
 そこまで考えて江利子は、先代の黄薔薇さまに頼まれたことを思い出した。
「貴方に頼むんだから、緊急でも絶対必要でもないって事はわかるわよね?」
 そんな前置きで頼まれたこと。だから江利子は素直に忘れることにしていたのだけれど。
 けれど、思い出した。思い出したからには、利用するしかない。
「…蓉子、聖。ちょっと頼みがあるのだけれど?」
 
 
 なんだろう、これは。
 私は自分の目をまたもや疑った。
 黄薔薇さまがその気になったときの行動力というのは、白薔薇さまや紅薔薇さまでも止められないとは聞いていたけれど、まさかこれほどのものだったとは。
 十分ほどで頭を冷やしたつもりになって戻ってくると、ちょうどみんながお聖堂に移動していくところに出くわした。
 訳がわからないままついていくと……
 いつの間にか令ちゃんタキシードに着替え、その前にはウェディングドレスを着た黄薔薇さま。
 そして、キツネにつままれたような表情で回りに立っている白薔薇さま、紅薔薇さま、志摩子さん、祥子さま。
 黄薔薇さまの突然の指示で全員移動した後、令ちゃんは黄薔薇さまがどこかから調達してきた衣装を渡されたのだ。
「あ、あの、お姉さま…、とりあえず言われたとおりに着替えたのですけれど…? お姉さま、いつの間に?」
 令ちゃんもキツネにつままれたような顔。それもそのはず。一体黄薔薇さまはいつの間にウェディングドレスに着替えたのだろうか? 令ちゃんが渡された衣装を着るのにはほとんど時間はかかっていない。
 制服を脱いでタキシードを着るのにはそれほどの時間はいらない。けれど、ウェディングドレスは別だ。しかもたった一人で姿を消して、いつの間にかこの格好で現れたのだ。
「ああ、これは演劇部の衣装よ。簡易ドレスですぐ着脱できる優れものよ。ほら」
 衣装のどこかに触れると、黄薔薇さまは体操服姿になる。なるほど、体操服の上にドレスを着込んでいたのか。
「なるほど、服のことはそれで解決したとして…」
 紅薔薇さまが一歩黄薔薇さまに詰め寄る。
「江利子、悪いけれど、もう一度説明してくれないかしら? なんでこんなことになったわけ?」
「ん? だからお聖堂が結婚式に使えるのかどうかを調べてくれって言われたのよ」
「だからって、新郎新婦が必要だとは思えないけれど?」
「調べるからにはきちんと調べるわよ。リハーサルやってみて、光源とか立ち位置とか、お客さんの配置とかが可能かどうか調べるんじゃない」
「リハーサルって貴方、令と結婚式の真似事をする気なの?」
「そうよ?」
 …何考えてるのよ…それから、令ちゃんまでどうして顔を赤らめてるのよっ!! さっさと断りなさいよっ!
「さすがにカメラマンまでは急に用意できないわね。志摩子、貴方のクラスメートじゃなかったっけ? 入学式の日に首からカメラぶら下げていた…えーと…」
「武嶋蔦子さんですか?」
「そうそう。彼女って、あれだけカメラ命なら、腕も確かなんでしょう? 明日にでもお願いできないかしら」
「蔦子さんなら喜んで来ていただけるような気がしますけれど…」
「江利子。部外者を巻き込まないの。志摩子、呼ばなくていいわよ」
「あれ? 蓉子の悲願じゃなかったかしら? 開かれた山百合会は」
「そんなはっちゃけた開き方がありますかっ!」
 頑張れ紅薔薇さま。ついでに黄薔薇さまの邪悪な計画も潰してください。
「じゃあ、いいわ。祥子、適当に何枚か撮ってくれるかしら? 正直なところ、写真自体は使い捨てでも何でもいいのよ」
「あ、は、はい」
「ところで江利子、質問いい?」
 白薔薇さまが手をあげていた。もうこうなったら誰でもいいから、黄薔薇さまの暴挙を止めて!
「何かしら?」
「令の花嫁役は、江利子で決定なの?」
「勿論」
 と言いつつ、今ニヤリって笑った。
 黄薔薇さま、私のほうを見てニヤリって!
 何よ何よ何よ!! それは私に対する挑戦じゃないのっ!
 
 
「令の花嫁役は、江利子で決定なの?」
 さすが聖。そんなところまでは説明していないのに、もう気付いたらしい。
 江利子は感嘆しつつもわざとらしく由乃に視線を送り、ニヤリと笑って見せた。
「勿論」
 由乃の反応を見て、腹を抱えて笑いたいのを必死で我慢する。
「黄薔薇のつぼみと黄薔薇さま。ベストカップルだと思わない?」
 由乃の視線を楽しむ江利子。
「男装の令の隣に立つのは私しかいないと思うのよね」
 蓉子がそこで江利子に目配せをして見せた。
「ああ、そうかも知れないわね。だけど、令に似合う子ならもう一人いるわよ?」
 蓉子はチラリと由乃を見た。
「祥子がいるじゃないの」
 江利子は咄嗟に下唇を噛んで笑いを堪える。
 …蓉子、見事なスカシよ!
「そうね。祥子にならこの役を譲ってもいいけれど、どうかしら?」
 ここで慌てたのが令。自分の与り知らぬところで話がとんとん拍子に決まっている。
「あの、お姉さま…」
「何、令。貴方まさか、祥子に不服でもあるの?」
「い、いえ、そんな…」
「それじゃあ、まさか…私に不満が?」
「そんなわけないじゃありませんか」
「じゃあ、いいじゃない」
 ええええ、と令が言い淀んでいる内に、話が終わってしまう。
 
 
 帰り道、しばらくの間二人は無言だった。
「令ちゃん。祥子さまと江利子さま、どっちにするの?」
「え、いや、それは…あの…」
「もういいっ。令ちゃんの馬鹿」
 静かに言うと、由乃はスタスタと歩いていってしまう。
「ああ、待ってよ、由乃ー」
 
 
 私は決心した。
 こうなれば手は一つ。
 例えやらせと言えども、令ちゃんと江利子さまの結婚式なんて実現させてなるものですかっ!!
 邪魔してやる。いいえ、それじゃ駄目。江利子さまの代わりに私がウェディングドレスを着る。それで完璧よ。
 江利子さまがウェディングドレスを片づけた場所はちゃんと調査済み。明日は早めに薔薇の館へ行ってドレスをゲット。そしてお聖堂にはドレスを着た私が現れる。
 ドレスさえ着てしまえば、こっちのもの。写真撮影とリハーサルは私と令ちゃんでやってしまうのよ!
 
 
 翌日−−−−− 
 
 ドレスが無くなっていた。
「無いわ」
 江利子が言うと、令と祥子は表情が変わる。
「ええっ!」
「なんですって!」
 聖と蓉子は苦笑している。
「あー、予定通りだね、江利子」
「はあ…令も大変ね。同情するわ」
 志摩子は驚きの表情を見せずに微笑んでいる。
「良かったわね、由乃さん」
 顔を見合わせる令と祥子。
「どういうこと? 祥子」
「私が聞きたいわよ」
 二人に説明を始める蓉子。
 
「えっと…つまり、お姉さまは、私と由乃の晴れ姿を見たいというわけで?」
「そういうこと」
「…由乃がドレスを盗っていくと予想して?」
「そういうこと」
「…あの、お姉さま?」
「何?」
「最初から素直に仰らなかったのは…」
 答のわかりきった問いだった。
「それじゃあ、つまらないじゃない?」
「はあ…」
 令は、今さらながら我が姉の性格に脱力した。
 
 お聖堂で今か今かと待ち受けていた由乃は、真実を聞かされて逆上しかけたが、令の姿と自分の姿にすぐに骨抜きとなり、結婚式の真似事を見事に勤め上げた。
 ちなみに、写真担当の祥子は使い捨てカメラの使い方がわからず、フィルムを巻き上げずにただシャッターを押すだけだったため、一枚も写真は残らなかったという。
 とにかく、江利子の望み通り、再び令と由乃の間には平和が戻ったのだが……
 
 
「令ちゃんの馬鹿ッ!」
 出て行く由乃をハラハラと見つめる祐巳。
 祐巳が山百合会に出入りするようになってから第一回目の爆発だった。
「あ、あの、黄薔薇さま、由乃さんが…」
「ああ、あれはいいのよ。祐巳ちゃん。いつものことだから」
「いつもって…」
 辺りを見回すが、紅薔薇さまも白薔薇さまもごく普通の日常のまま。
 してみると、ゃっぱりこれはいつも通りの風景なのか。
「結婚式の効果もここまでかな…」
「へ?」
 黄薔薇さまの意味不明な言葉に振り向く祐巳。
「そうすると…次は…」
 ニヤリと笑って呟く黄薔薇さまに、祐巳は山百合会の深淵を見たような気がした。
「新婚初夜かしら?」
 
 
 
 
 
あとがき
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