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姉の本能?
 
 
 
 他愛のないおしゃべり。
 いつものメンバーといつもの時間。
 そして、いつもの話題。
 それは昨夜のテレビ番組。由乃さんが面白いと言い始めて、祐巳や蔦子さん、真美さんも巻き込んで毎週の話題に上がるようになったもの。
 一話完結の刑事ドラマで、毎回犯人役として色々なゲストを出演させるのが売りの一つである番組。
 いつも番組の前半で犯人役の犯行を描き、後半で主人公がそのミスやアリバイ、トリックを暴くという構成になっている。
 由乃さんは主演俳優のファンらしい。
 祐巳は、主役の警部補の助手的存在である平刑事のファン。
 ちなみにこの趣味はお姉さまにはまったく理解されず、祐巳はちょっと不機嫌。
 蔦子さんは純粋にトリックや犯人のミスを捜している。
 真美さんは、もともとこの手のタイプの推理ドラマ〜倒叙ものが好きだったという。
 
「昨日の犯人は、さすがに美形だったわ…」
 由乃さんがしみじみと言う。
「さすがに、モデルよね。立ち居振る舞いもいちいち決まっていたわ」
 昨夜の放送のゲストは、男性モデル兼俳優だった。
「だけど、演技はやっぱり駄目ね…」
 頷く一同。
 リリアンの乙女は、テレビの俳優の演技にも厳しい。
「モデル上がりの人には、そう簡単には俳優をやって欲しくない」
 祐巳が突然言った。
「モデルのような、外見だけを魅せる仕事をしていた人が、内面を作り上げなければならない俳優の世界に入ってくるのだから、そう簡単にはいかないものなのよ。それを忘れてもらっては困るわ」
 珍しく語気の荒い祐巳に、由乃さんと真美さんが目を丸くする。
 けれど一人だけ、ふーん、と目を細める蔦子さん。
「それは祐巳さんの意見かしら?」
 ん? と蔦子さんの様子に気付き、祐巳はニッコリと笑う。
「というふうに、瞳子ちゃんが言っていたから」
「瞳子ちゃんが?」
 松平瞳子と言えば、リリアン演劇部の期待の星。自他共に認めるエース。趣味ではなく本気の女優志望であり、言うだけあって自己研鑽は怠っていない。
「うん。瞳子ちゃんは女優目指して頑張っているから、そういうふうに他の世界から別の手段で俳優になる人が嫌なんだと思うよ」
「そう。だけど、モデルが外見だけを魅せるって言うのは誤解だと思うわよ」
 顔を見合わせる真美さんと由乃さん。
 どちらかと言えば今まで、蔦子さんはこの手の話だと調子を合わせるほうだった。
「それにね、モデルが内面を作り上げていないっていう訳ではないと思うわ。確かに、俳優ほどではないとしても、モデルはモデルなりに大変なのよ」
 蕩々と弁ずる蔦子さん。祐巳は目を丸くして拝聴している。
「そもそも、外見だけしか魅せないというのもおかしいのよ。仮にその言葉が正しいとしても、外見にはおのずと内面が映し出されるものなの。プロのモデル、プロのカメラマンとなれば尚更よ」
 祐巳はぽかんと頷いている。
「プロのカメラマンが撮る写真というのが、どれだけ被写体の内面を映し出しているか、そしてプロのモデルがいかにその要求に応えているか…」
 語り続ける蔦子。
 由乃さんは、真美さんに何か耳打ちされてニヤリと笑っている。
「いい、祐巳さん。だから…」
 由乃さんがそこで手をあげる。
「はいはい、そこまでよ、蔦子さん」
「なに、由乃さん」
「蔦子さん、やたらモデルのことを庇うのね」
「え?」
「姉の本能かしら?」
 祐巳は由乃さんが何を言いたいのかわからず、きょとんとする。そして蔦子さんは、やや冷や汗を浮かべそうな顔。
「確かに、カメラマンとしての心得はお見事。さすがリリアン写真部の押しも押されぬエース武嶋蔦子さんだわ」
「あ、ありがとう」
 何故か突然、居心地悪そうにそわそわし始めた蔦子さん。
 由乃さんの後から、真美さんがひょこっと顔を出す。
「ところで、その武嶋蔦子さんが近々ロザリオをあげるかも知れない相手がいらっしゃるとか?」
 うう、と唸って席を立とうとする蔦子さんを、いつの間にか背後に回っていた由乃さんが押さえ込む。
「さあ、お上は何もかもお見通し。キリキリ吐きやがれいっ」
 あ、と祐巳は気付く。それは内藤笙子ちゃんのこと。蔦子さんが妹にするかも知れないと相手と言われれば、笙子ちゃんしかいない。
 茶話会での出来事を祐巳は思い出し、改めて真美さんの…というか新聞部の観察眼に心の中で舌を巻いた。
「いえ、御奉行様、あっしは何も…」
 由乃さんの時代劇口調にノッて誤魔化そうとする蔦子さんだけれども、残念なことにそこには真美さんもいる。
「ところで、蔦子さん。今年の一年には元子供モデルだったっていう子がいるのよ?」
「わ、私は別に、笙子ちゃんにロザリオを渡すなんて決めて…」
 ニヤリ、と真美さん。
「ふーん。笙子ちゃんって名前なのね? とすると、この前、山百合会主催の茶話会に来ていた内藤笙子ちゃんかしら?」 
「あっ!」
 とっても珍しい、蔦子さんの“してやられた”顔。
「ふーん。笙子ちゃんだったのね」
 ニコニコと由乃さん。
「……由乃さん、知らなかったの?」
「ん? 私、真美さんに話を合わせただけだから」
 由乃さんはさすがに江利子さまの後継者、次期黄薔薇さまだと祐巳は思った。
「それじゃあ、このまま、いいかしら?」
 由乃さんに捕まえられた蔦子さんににじり寄る真美さん。
「な、何よ」
「姉も妹もいらないと常々広言していたリリアンの写真家武嶋蔦子さんが、一体どんな経緯で妹を見つけたのか、独占インタビューよ」
「え、そんなのいらない!」
「冷たいなー。蔦子さん」
「由乃さんまで!」
 二人に挟まれた蔦子さんに逃げ場はない様子。
「祐巳さん、助けて」
 祐巳は仕方ない、と助け船を出すことにした。
「しょうがないなぁ。あのね、真美さん、由乃さん。蔦子さんは話したくないみたいだから…」
 つまらなそうな顔の二人と、助かったという顔の蔦子さん。
「…私が替わりに話してあげるね」
「違うーーーー!!!」
 人に話されるくらいなら自分で話す。
 蔦子さんは観念すると、ぽつりぽつりとバレンタインデーの事件を語り始める。
 
 
 
 翌日。
 蔦子さんが一生懸命何かを読んでいる。
 祐巳が近づいてみると、リリアンかわら版の最新号。
「蔦子さんが一生懸命かわら版読んでいるなんて、珍しいね」
「うん…。ちょっと気になることがあって」
「記事の内容?」
「それもあるけれど…最近のかわら版、イマイチだと思うのよね…」
「そう?」
「聞き捨てならないわよ、蔦子さん」
 真美さんが姿を見せた。
 というよりも、蔦子さんがワザと真美さんに聞こえるように言っていたような気がする。
「あら、真美さん」
「きちんとした意見なら聞きたいわ。読者の意見をフィードバックしてこそよりよい誌面が作れるのだから」
「そうね、まとまった意見というわけではないけれど…」
 蔦子さんが指を一本立てる。
「まず一つ。先代部長と現部長では誌面に大きな違いがあるの」
「何か、ハッキリ言って」
「インパクトが弱いのよ」
 う、と一言漏らし、黙ってしまう真美さん。
 確かに…。と祐巳は思った。
 インパクトという一点だけで考えるならば、三奈子さまが中心なって作られていたかわら版は素晴らしかった。というより凄まじかった。
 考えてみると、山百合会に関係する騒動のほとんどは三奈子さま部長時代の新聞部によってかわら版化されている。イエローローズ事件など、未だに一部生徒の語りぐさだ。
 祐巳にとって(ほとんどの生徒にとって)、今のかわら版体制は好感の持てるものなのだが、確かに一部の者にとっては刺激が薄れたと言えるのかも知れない。
「端的に言えば、記事が面白くない。今年の一年生、結構戦力不足じゃないの?」
「そんなことはないわ。かわら版が面白くないとすれば、それは一年生ではなくて編集長たる私の責任よ」
 真美さん、偉い。
 祐巳は心底感動して真美さんを見た。
 偉い、真美さん。
「だけど、実際問題として実力の差はいかんともしがたいと思うのよ。いえ、今の一年生の実力が低いと言うよりも、勝手の一年生の実力が高すぎたのかしら…」
 そう言って、蔦子さんが差し出したリリアンかわら版。祐巳がふと見ると、なんと祐巳達が入学する前のもの。
 そしてトップ記事の署名は…築山三奈子。
 なんと、三奈子さまが一年生の時のリリアンかわら版だった。
「これを読んでご覧なさい。今の一年の記事と、その差は歴然としているわ」
 真美さんは何も言わずバックナンバーを手に取った。
 祐巳は思い出した。真美さんは三奈子さまの記事を読んで感動して新聞部に入ったと聞いたことがある。
 その真美さんにしてみれば、今の蔦子さんの台詞はとても納得できるものに違いないだろう。
「…お姉さまは別格よ。お姉さまのレベルに達している部員は、私も含めて誰もいないわ」
「そう。それじゃあ、貴方のお姉さまを越える一年生はいないと?」
「ええ。今のところはね」
「今のところ?」
 わざとらしく聞き返す蔦子さん。
「それじゃあ、今の一年生が二年、三年となれば三奈子さまを越えられると思う?」
「そ、それは…」
「ジャーナリストらしく、客観的事実で答えなさい」
 蔦子さんは真美さんの痛いところを突いた。
「…わかったわよ。…多分無理ね」
 けれどもそれは、一年生が無能という意味ではなくて、三奈子さまが極めて別格だったということ。それは祐巳にもわかっているし蔦子さんもわかっているはず。
「…一年生は貴方のお姉さまを越えられない…」
 いいながら、蔦子さんは視線を真美さんの後ろに向けた。
 その視線を追った祐巳も怪訝な顔になる。
「…つまり貴方のお姉さまは貴方よりも自分のお姉さまの方を評価しているみたいよ」
 蔦子さんの言葉に、弾かれたように振り向く真美さん。
「日出実!?」
 でも、そこにいたのはおトイレから帰ってきたところを突然三人に見つめられて、驚いている由乃さん。
「…ち、違うわよ、真美さん」
「蔦子さん!」
 再び振り向いた真美さんの目に映るのは、カメラを構えた蔦子さん。そして耳に入るのは、軽快なシャッター音。
「…あ…」
 驚いた顔を容赦なく撮られてしまっている。
「…騙したわね。…祐巳さんも一緒になって…」
 ちなみに祐巳は、蔦子さんの視線を追った先によく知った顔があったので怪訝な顔をしたまでで、真美さんを騙そうと思ったわけではない。
 だけど祐巳が釈明するより早く、
「はい、真美さんの姉の本能写真、しっかり撮ったわよ。昨日の仕返し。これでチャラね」
 にっこり笑う蔦子さん。これではまるで、祐巳までグルのよう。
 そして由乃さんは、祐巳に出来事の一部始終を根ほり葉ほり聞き出すと、満足した表情でニコニコ笑いながら席に戻った。
 祐巳は言えなかった。
 ニコニコして戻っていく由乃さんを、蔦子さんと真美さんが何かを企む目で見送っていたなんて……。
 
 
 
 そしてまた、翌日。
 由乃さんと祐巳が放課後に薔薇の館へ行くと、志摩子さんが言ってきた。
「あ、由乃さん。聞いた?」
「何を?」
「なんだか、中等部から来た女の子が、由乃さんを捜しているって…」
「…中等部? もしかして、それって有馬…」
「名前は知らないわ。でも、剣道部の部室の前にいるって」
「…ごめん。志摩子さん、祐巳さん。私、用事思い出したから」
 たたたっ、と走り始める由乃さんは、祐巳が止める間もなく行ってしまった。
 その背を仕方なく見送りながら、祐巳は静かに志摩子さんに尋ねた。
「ねえ、志摩子さん。その話、もしかして、蔦子さんや真美さんに聞いた?」
「ええ。そうだけど?」
 祐巳は、剣道部付近に隠れている二人の姿を容易に想像することができた。
 由乃さんってば、ここまで来る道すがら、
「蔦子さんと真美さんは、次は私か祐巳さんに何か仕掛けてくるはずよ。そんなの絶対にひっかからないんだから」
 と笑っていたはずなのに。
 やっぱり、由乃さんにも姉の本能があるんだなぁ、と祐巳はちょっと失礼なことを思ってみたりする。
 でもこれは、志摩子さんを巻き込んだ蔦子さんと真美さんの作戦勝ちなのかも知れない。
 祐巳はそこまで考えると、乃梨子ちゃんの煎れてくれたお茶を飲み始めた。
 多分、このあと親友の愚痴を聞かされることになるだろうから。今の内、リラックスしておこう。
 
 
 
 さらに翌日。
 昨日、あれから由乃さんの姿は見なかった。
 祐巳は、もしかしたら三人がかりで何か仕掛けてくるかも知れないと思いながら登校している。
 妹絡みだとすれば…瞳子ちゃん、或いは可南子ちゃん。
 一体どういう手で自分を引っかけようとするか…。
 考えながら歩いていた祐巳は、それを目撃して思わず硬直してしまった。
 マリア像を行きすぎて校舎の手前。
 校舎の手前の植え込みの隅の方に、真美さんと蔦子さんと由乃さんが立っている。
 というか、震えている。
 三人の前には…烈火のごとく怒っているお姉さま。
「あ、祐巳ちゃん。ごきげんよう」
 呆然と立ちつくす祐巳に声をかける令さま。
「あ、令さま、ごきげんよう。あの…何があったんですか?」
「…紅薔薇さまの御説教」
「…え?」
「どうやらあの三人は、祐巳ちゃんに何か悪戯をしようと待ち受けていたらしいの。それを祥子が見つけて…」
「お姉さまが?」
「なんでわかったのか私にもわからないけれど…、これが姉の本能ってやつかも?」
 笑う令さま。
「祐巳ちゃんと祥子には悪いけれど、もう少ししたら、私が止めに入るから。さすがに由乃が可哀想だし」
「はあ…」
 令さまが止めに入るのを見ていると、どこからか三奈子さまがやってきて祥子さまに対抗している。
 さらに見ていると、由乃さんを令さまが、真美さんを三奈子さまがそれぞれ連れ出してしまった。
 …残ったのは蔦子さん一人。
 
 
 後で聞くと、蔦子さんは生まれて初めて、自分が誰かにロザリオをもらっていないことを悔やんだという。
 
 
 
あとがき
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