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共通点
 
 
 
 定期テストの季節がやってきた。
「ああ……」
 頭を抱えているのは祐巳さま。
「どうしよう…」
「考えてもしょうがないわ。頑張って切り抜けるのよ」
 由乃さまはそう言いながらも余裕がありそうだ。
「そうね。一週間前だもの。まだ何とかなるわよ、祐巳さん」
 志摩子さんは余裕の表情。やっぱり志摩子さん、才色兼備だ。
「日頃からやっておけば、テスト前だからって苦労しなくていいのよ、祐巳」
 祥子さまは呆れたように言う。
「第一、テスト前だからって慌てるなんてみっともなくてよ、祐巳。普段からきちんとやっていれば、今になって慌てる必要はないのだから」
「それは…そうなんですけれど」
「それで、何にそんなに苦しんでいるの?」
 やっぱり祥子さまは祐巳さまには優しい。なんだかんだ言いながらも勉強を見てあげるつもりなんだ。
「数学です」
「数学?」
「はい。対数関数と空間ベクトルがわかりにくくて」
 立ち止まると、祥子さまは何故か令さまを見る。
 首を振る令さま。
「あ」
 志摩子さんが始めて気付いたというように口を開く。
「そういえば、由乃さんと祐巳さんは、理系クラスでしたわね」
「今年の松組は理系クラスなの?」
「私の藤組は文系クラスですけれど」
 ああ。そうかそう言えば入学後のオリエンテーションで聞いたような気がする。
 二年生からは理系クラスと文系クラスに別れるんだ。
 この反応を見ると、祥子さまも令さまも文系クラスなのだろう。
「ごきげんよう」
 瞳子と可南子がやってきた。
「紅薔薇さま。わからない所をお聞きしたいのですが」
 そう言えば、瞳子もテストには苦しんでいる。
 私と可南子は…うん、外部受験組だからね。それなりの実力は持ったまま入学しているから。
「乃梨子さん?」
 可南子は、ノートを抱えて祥子さまに近づいていく瞳子から離れると私に向かってくる。
「選択授業は、文系になさるんですか?」
「可南子は理系?」
「ええ、勿論。祐巳さまに合わせます」
「私も勿論だよ。志摩子さんと同じ」
「どちらを選んでも、似たようなものですからね」
 私も、どちらでも余り変わらない。どうせ、学校の授業レベルなら教科書を一通り読めばどの教科も十分だから。
「お互い、授業に関しては退屈ですね」
「うん」
 可南子との奇妙な共通点に気付いたのはつい最近。
 私も可南子も、学力だけで言うならばリリアンでは力不足。
 私は第一志望が受けられず、高校浪人というわけにも行かないので、唯一受けていたリリアンに入学。
 可南子は、自宅から一番近いそれなりの女子校という理由でリリアンに入学。
 その結果、今の一年生の成績のツートップが、私と可南子になっている。
「可南子、暇なら、瞳子に教えてあげればいいのに」
「それはお断りします。というより、瞳子さんが断ってくると思います」
 それはそうかも知れない。それじゃあ…
「祐巳さまに教える…は論外ね…」
「一年生ですから」
 見ていると、由乃さまが祐巳さまに何か教えようとして、混乱し始めている。
「だからね、それは指数関数の話なの。グラフを見れば一目瞭然だから…、って、祐巳さん、底の値でグラフは二通りに別れるの忘れてない?」
「えーと…正と負だっけ?」
「違うよ…1より上か下かだよ」
「あ、そうか。それじゃあ負のときは全部…」
「対数関数の底の値は負を取らないんだってば!」
「えっえ…由乃さん。そのeは何?」
「ええ? あ、これは常用対数…じゃなくて自然対数!」
「あれ? eは電子じゃないの?」
「それは物理の話じゃないの! 令ちゃんは横から口挟まないで!」
 慌てて身を退く令さま。
 私と可南子は苦笑した顔を見合わせると、お茶を人数分準備する。
 志摩子さんは落ち着いて教科書を確認している。志摩子さんの頭なら今さら何を確認することもないのだろうけれど、テスト前は勉強するべきだというのが志摩子さんの真面目さ。
 祥子さまは瞳子のノートを見ている。令さまは自分の科目のノートを整理しているし、由乃さまと祐巳さまは相変わらず。
「あのね、祐巳さん。公式が多いって言っても、空間ベクトルの公式の大多数は平面ベクトルの公式にZ軸のパラメータを増やしただけのものなんだから、新たに覚えるところなんてほんの少しなのよ」
「うう…平面ベクトルの公式忘れちゃった…」
「う゛…」
 瞳子は祥子さまに古語の文法を尋ねているようだ。一年生で習う範囲の古語なんてたかが知れているのだけれど、瞳子は英語にしろ国語にしろ、文法全般が苦手らしい。
 台詞に感情を込めるのと、文法を理解するのはおのずと別のものなのだろう。
 由乃さまが可南子を手招きする。
「可南子ちゃん、ちょっとこれ持って」
 どこから持ってきたのか、二本の細い棒。
「乃梨子ちゃん、これ」
 私にも棒を一本。
 由乃さまの指示で空間座標の軸を作る。
「いい、祐巳さん。これが直線mとするわよ…」
 由乃さまの講義が始まる。
 可南子はじっと祐巳さまの視線の動きを追っている。
「…祐巳さま…。由乃さまの説明をちゃんと見たほうがいいかと思いますが」
「あ、可南子ちゃん、気付いた?」
「祐巳さん?」
「あ、ごめんなさい。由乃さん。あの、今何時かなと思って…つい…」
「…もう一回だけ、説明するわよ」
「はい」
 今度は真面目に、祐巳さまは話を聞いている。
 ふと可南子を見ると、可南子も祐巳さまをじっと見ている。
 …優しい顔だね。可南子のそういう顔、嫌いじゃないけれど、祐巳さま以外には絶対見せない顔だよね。
 
 
 
 そろそろ手が疲れてきたかな、と思い始めた所で由乃さまの説明が終わる。
「私もこれぐらい。これ以上は先生か、蔦子さんに聞いて…」
「ありがとう、由乃さん…」
「それで、少しは理解できたかしら?」
 ニッコリと笑う祐巳さま。だけど返事はしない。
「祐巳さん?」
 祐巳さまニッコリ。
「祐巳さんってば?」
 祐巳さまニッコリ。
「……わかってないのね」
「あは…あはは…」
 由乃さまガックリ。
 どうも祐巳さまは数学が苦手みたい。じゃあどうして理系を選んだのかというと…。
「お父さんも弟も理系だから、なんとなく…私の場合、どっちを選んでも苦労しそうだから、お父さんや弟に教えてもらえる方がいいかなぁって」
 前にそう教えてもらった。
 だったら、祥子さまに教えてもらえる文系にすればいいのに…と聞いてみると、
「出来の悪い妹と思われるのもショックだから…お姉さまとあえて違う方にすれば、出来の悪さもごまかせるかなって…」
 それはどうだろうと思ったけれど、私はあえて口にはしなかった。
 祐巳さまが理系を選び、私も理系を選ぶ。その時祥子さまが文系ならば、それはそれで私の一歩リードだから。
 卒業までに、いえ、祥子さま卒業後に、いかに祐巳さまの気持ちを奪うか。それが私と祥子さまの勝負。
 多分、私と祥子さまの関係に気付いていないのは祐巳さまだけ。
 もっとも、今の私は祥子さまが嫌いではないのだけれども。
「あの…」
 瞳子さんが祐巳さまをちらちらとみながら言う。
「祥子さま、今日ご自宅に伺ってもよろしいですか?」
「勉強の続き?」
 聞き返しながら、祥子さまも祐巳さまの様子を伺う。
「私は構わなくてよ…」
 祐巳さまはその様子を耳に留めたけれど、特に気にはしていない様子。
 瞳子さんとの関係も、前とは多少変わっているから。
 それなら、と瞳子さんが早速帰り支度を始めると、それをきっかけにそれぞれも帰り支度を始める。
 私は、乃梨子さんと協力してコップを片づける。
 途中で瞳子さんがごめんなさいと言いに来たけれど、
「大丈夫ですから、瞳子さんはテストに全力を集中してください」
「感謝いたしますわ。ですけれど、可南子さんと乃梨子さんはよろしいの?」
 ここは、憎まれ口でも叩いた方がいいのかな、と一瞬迷っていると、
「瞳子とはここの出来が違うの」
 乃梨子さんが笑いながら頭を示す。
「…酷いですわ、乃梨子さん」
 精一杯怒ったような声の瞳子さんだけれど、怒っていないのは一目瞭然だった。
 瞳子さんはそのまま祥子さまと一緒に帰っていく。祐巳さまは「今日はお姉さまを瞳子ちゃんに貸してあげる」と笑っている。
 由乃さまは令さまと一緒に。
 祐巳さまと志摩子さまは私たちを待とうとしてくれている。
「あ、ごめんね。志摩子さん。すぐ終わるから」
 言いながら、ティーカップを棚に戻す乃梨子さん。
 乃梨子さんは、志摩子さまと話をしているときは別人になる。
 普段の、どちらかと言えばぶっきらぼうな乃梨子さんは、その瞬間だけ消えてしまう。
 そんなとき、ほんの少しだけ志摩子さまが羨ましくなる。
 私と乃梨子さんには奇妙な共通点がある。
 学力で言えば、リリアンどころの騒ぎではなかったこと。けれども、奇妙な縁でリリアンに入ってしまったこと。
 洗い物を終えると、私たちはカバンを持って合流する。
「行きましょう、乃梨子」
「さ、行こうか、可南子ちゃん」
 私たちはそれぞれの大好きな人に並ぶ。
 私と乃梨子さんの最大の共通点。
 
 リリアンに入って、素敵な人と巡り会えたこと。
 
 
 
 
あとがき
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