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男の甲斐性!?
(前編)
 
 
「志摩子はまだ高校生なんだが」
「なに、別に昔ながらの親の決めた婚約者じゃあるまいし、顔を合わせるだけでいいじゃないか」
「約束はできない、というより、誰が来ようがうちの志摩子がその気になるとは思わない」
「それならそれでいいじゃないか。断る理由もないだろう」
 父のくぐもったうめきのような返事。
 これは不承不承の返事の印だ。
 客と父との会話を盗み聞きするつもりはなかったが、会話の中に自分の名前が出てきたとなると少し話は変わる。
 志摩子は、客に茶を出すと一旦廊下に出て、隣の部屋に入る。
 客間の隣は、物置のようになった小部屋だ。志摩子一人の隠れるスペースはいくらでもある。
「じゃあ、月末の日曜日にでも適当な理由で連れてくる。なんなら、ここに泊まり込みで修行させてもかまわんぞ、こき使ってくれ」
「相変わらず強引な男だな」
「そう言うな。親の俺が言うのもなんだが、うちの息子はいい男だぞ。それに、うちの息子に惚れてシスターを諦めて家にいてくれたら、お前だって嬉しいだろ」
「それは…まあ…」
 珍しく歯切れの悪い父の言葉。
 でも、いい男って?
 惚れる?
 シスターを諦める?
 父の旧友は、悪い人ではないがちょっと強引な所があり、正直に言うと志摩子は苦手としている。
 その息子。多分似たような性格に違いない。
「そりゃあな、志摩子ちゃんにもうつきあっている男の子がいるとか言うのなら話は別だけどな」
「聞いたことがないな」
 なるほど。
 志摩子は納得した。
 父の旧友は、志摩子に彼氏を作らせるつもりらしい。
 馬鹿馬鹿しいと思うが、それにつきあわされるのもあまり面白くない。
 こんなとき、嘘でも彼氏代わりになる人がいれば、ごまかせるのに。あいにく志摩子に男の知り合いは皆無に近い。
 あ、強いて言うならば…。
 頼みを聞いてくれそうな、そして志摩子の彼氏だと言っても不自然ではないような男の子が一人いた。
 
 
「瞳子は、ボーイフレンドはいないのかい?」
「突然なんですの、お兄さま」
「いいや、瞳子やさっちゃんみたいな魅力的な子なら、彼氏がいない方が不自然だと思ってね」
 そのさっちゃんはお兄さまの婚約者ではありませんの?
 瞳子はそう言いたいのを堪えていた。
(これだから、小笠原の血の入った男って…)
「瞳子にも、祥子お姉さまにもボーイフレンドなんておりませんわ」
「そうか…何か問題でもあるのかな…」
「は?」
「さっちゃんは男嫌いだからね。そういうのは判る。逆にボーイフレンドがいたら驚くよ。僕を差し置いて、とかそういう問題とは違うけれど」
「はあ…」
「でも瞳子にはボーイフレンドがいてもおかしくないだろう? どうして作らないんだ? 告白してくる男の一人や二人、不自由しないと思うけど。もしかして、瞳子もさっちゃんと同じなのか」
「違いますわ」
 溜息を堪えて瞳子は首を振る。
「そうか。それなら、僕にも紹介して欲しいな」
「お兄さま?」
「さっちゃんと違って、ボーイフレンドがいるんだろう?」
「それは…」
「瞳子ちゃんと私の何が違うと仰るの? 優さん」
 二人の会話を断ち切るように、祥子が姿を見せる。
「やあ、さっちゃん。来てたのか」
「瞳子ちゃんの所へですわ。まさか優さんが来ているとは思いませんでしたから。ところで、私の名前が出ていたような気がしましたが」
「ああ」
 肩をすくめる柏木。
「さっちゃんは男性恐怖症だから、瞳子と違ってボーイフレンドがいないっていう話だよ」
「瞳子ちゃんにボーイフレンドが? まあ、そうだったの…」
 一瞬、瞳子を見直す祥子、けれども、すぐに柏木の言葉の前半部分に気付く。
「優さん、私は別に殿方を恐れているわけではありません。慣れていないと言うのは認めますが、恐れてなどいませんわ」
「でも、さっちゃんには現に男の友達は皆無だろう? まあ、リリアンじゃあ仕方がないだろうけれども、それでも瞳子にはちゃんとボーイフレンドがいるらしいし」
 いつの間にか瞳子のボーイフレンドの存在が既成事実になっている。
「あ、あの、お兄さま…瞳子は別に…」
「私だって男性のお友達くらいはいますわ。曲がりなりにも婚約者がいる身で深いお付き合いをするわけにはいきませんけれども」
「ふーん。さっちゃんをエスコートできるくらいの男性なのかな?」
「勿論ですわ。優さんに勝るとも劣らない素敵な方ですわ」
「じゃあ、こんど会ってみたいな」
「え、優さんが?」
「うん。ああ、大丈夫。おじさん達には内緒にしておくから」
 祥子の脳裏には即座に一人の男の姿が浮かんだ。
 彼ならば何とか…というより、祥子が平気で相手のできる、数少ない男の一人なのだが。
 
 
「令さん、お付き合いしてください!」
 父の道場の門下生の一人に突然告白され、令は喜ぶ以前に驚いた。
「え、ちょ、ちょっと待って…」
「ずっと見てたんです。俺とお付き合いをお願いしたいんです」
 道場ではいくら厳しくしていても、やはり令は女の子。それどころか、中身は平均以上の夢見る乙女。
 嬉しくない、と言えば嘘になる。
「あ、でも、私にはよし…」
 由乃がいるから、と言いかけて慌てて口を閉じる令。
 リリアン生徒相手ならまだしも、普通の相手にはその言い訳は通じない。
 いや、言い訳ではない。事実、由乃がいるから彼氏はいらない。令はそう言いきることができる。
 ただ、普通は誤解されるだろうな、と想像できるだけの常識もある。
「俺じゃ不足ですか?」
 普通に見れば長身で健康。ルックスも悪くない。いわゆるイケメン、優男ではないが、武道をやっている者独特の野性味と堅実さが漂っている。
 令にしてみれば、好感度は抜群の男性だ。
「俺、諦めませんから! 令さんに彼氏がいると仰るなら諦めます。でも、いないのなら、俺を候補にしてください!」
 諦めは悪いがしつこいというわけではない。
 由乃がいないならつきあってるかもしれないなぁ、とふと思う自分に驚きながら、令は答えていた。
「ああ、ごめん。つきあっている人がいるから」
 由乃の名前は出さずに。嘘はつかないように。
 これで丸く収まる。
「…令さんに相応しい人ですか?」
「ええ、勿論」
「方便じゃないんですか?」
 男は結構鋭いようだった。
「嘘じゃない。本当にいます」
 数分後、押し問答のあげく、少なくとも相手に男の姿を見せないことには収まらなくなってしまっていた。
(仕方ないか…)
 知り合いに頼んで彼氏のふりをしてもらう。
 それも、面倒のない相手に。
 うってつけなのが、一人いる。
 
 
「お姉ちゃんがヘンタイだったなんて…」
 飲んでいたお茶を吐きそうになり、乃梨子は妹の頭をこつんとはたいた。
「アンタ、突然何言い出すのよ!」
「だってお姉ちゃん、家に帰ってからずーと同じことしか言ってないよ?」
「何よ、それ」
「シマコサンシマコサンって…」
「…な、なんでアンタが志摩子さんの名前知ってるのよ」
「お昼ご飯食べながら散々惚気話のようなものを話し続けていたのは誰ですか?」
 どうやら無意識らしい。実家に戻ってどこか緩んでしまったのだろうか。
「それが素敵な男の人とかなら、私も納得するし、お姉ちゃんに彼氏できたんだなぁと思うけれど…、どうして女の人の話ばかりなの? …これだから女子校は…」
「なによ。リリアンが悪いって言うの?」
「だってさ、考えてみたら菫子さんもずっと独身なんだよ? お姉ちゃんも同じようになりたいの?」
「それは……」
 自分の将来のイメージ。
 大学生の自分。
 就職した自分。
 家庭を持った自分。
 年老いた自分。
 …何故か全てのイメージにおいて、隣に志摩子さんがいる。
 まあ、それはいいとして、志摩子さんが赤ん坊を抱いているイメージはさすがに自粛したいと思う乃梨子だった。
「お姉ちゃん、もしかして、……女の人が好き?」
 自分の身を庇うように退く妹に、乃梨子は頭を抱える。
「私はノーマルだから」
「信じられないよ」
「本当」
「じゃあさ、彼氏とかいるの?」
「いるよ」
「どんな人?」
「滅多に会えないけれど、パソコンでよく話してるわよ」
 タクヤさん、ごめん。乃梨子は心の中で手を合わせる。
「だから、どんな人よ」
「年上の落ち着いた人よ」
 嘘ではない。
「嘘だね」
「本当」
「じゃあ会わせてよ」
「なんでよ。そんな権利アンタにあるの?」
「じゃあ、嘘だ。やっぱりお姉ちゃんはヘンタイになったんだ」
「怒るよ?」
「図星だから?」
 修学旅行のお土産は妹には絶対買わない。乃梨子はその瞬間、そう決意したのだった。
 
 
「ファザコン」
「…誰がよ?」
「可南子に決まってるじゃない」
 可南子は諦めたように息を吐くと、母親の前に置かれたグラスを取り上げる。
「飲み過ぎよ。明日はお休みなんだから、ゆっくり寝れば?」
「可南子はお父さんのことが好きなんでしょう?」
「大好きよ。お父さんも、お母さんも」
「でもお父さんの所に行っちゃうんだ」
「行かないって。お母さん、今日は特別に飲み過ぎよ」
「だって、その年で彼氏の一人もいないんでしょう? こんなに可愛いのに」
「はいはい。わかったから…うわ、酒臭い」
「ファザコンだから彼氏ができないのよ」
「あのね、お母さん、私、リリアンに通っているのよ? 男の人と会うことなんてないの。わかる?」
「関係ないわよ。そんなの」
「さあ、お布団敷いてあるから」
「可南子、お父さんの所に行くの?」
「行かないから。早く寝なさい、酔っぱらいは」
「だから彼氏もいないんだ」
「同じ事ばかり言ってないで、早く寝て」
 
 
「令ちゃんに彼氏……?」
 道場に通う小学生からの情報だった。
「うん。今度見せるって言ってたよ」
「…ふーん…私というものがありながら……」
「どうしたの?」
「ん? ううん、なんでもないの。お話ありがとうね」
 お菓子を渡す由乃。
 こうして、由乃は道場での令の動向をつぶさにチェックしているのだ。
 
 
「祐巳さん、実はお願いが…」
「祐巳、お願いがあるのだけれど」
「祐巳さま、瞳子のお願い、聞いてください」
「祐巳ちゃん、ちょっと頼みがあるんだけれど」
「祐巳さま、言いにくいんですけれど、お願いが」
「祐巳さま、こんな事を頼めるのが祐巳さましかいなくて…」
 忙しい。と祐巳は思った。
 まさか一日に六人からそれぞれ頼み事を受けるとは。
 さらに驚いたことに、全員の頼み事の中身はほとんど一緒だった。
「祐麒さん(くん・さま)に話がしたい。ダミーのボーイフレンドになってくれないだろうか」
 
「祐麒、何かしたの?」
 帰宅後、理由を話して気味悪そうに尋ねる祐巳に、祐麒は首を振る。
「いや何も…あのさ…」
「なによ」
「花寺には祐巳のファンクラブみたいなのがあるんだけど…」
「リリアンには祐麒のファンクラブなんてないから」
「あ、やっぱり…」
「いいじゃない、祐麒、こんな可愛い女の子とデートできるなんて、一生のうち何度もないわよ?」
 ニヤニヤと笑いながら軽い意地悪を言ったつもりの祐巳だが、次の瞬間我が目を疑った。
「うん。俺もそう思う」
 祐麒、目がマジだよ…。
「あのさ、祐麒。あくまでもダミーだからね? 勘違いしたら駄目だよ」
「え? あ、ああ、勿論だよ。俺、ちゃんと本命はいるし」
「え!」
 それは知らなかった。
 弟に本物の彼女がいたなんて。いや、祐麒ももう高校生(いや、同じ歳なんだけど)だ、彼女がいてもおかしくないかもしれない。だけど一体…
「どんな人よ、祐麒!」
「あ、いや、どんな人って…」
「教えなさいよ。さもないと、デートのこと、柏木さんに言いつけるからね」
「なんでそこで柏木が!」
「きっと邪魔しに来ると思うよ」
 あり得る。祐麒は逡巡したが、答は早かった。
 祐巳の好奇心丸出しの質問に祐麒は答えていく。
「明るくて、回りを元気にしてくれるような子。同じ歳。女友達が多くて、好かれてる…このくらいでいいだろ?」
「ふーん。今度会ってみたいな」
「…多分無理だと思う」
「どうして?」
 複雑そうな顔で祐巳を見た。
「そりゃ……相手は俺のこと知らないから」
「へ?」
「いや、俺が好きだってこと、多分向こうは知らないから…」
「片思いなんだ」
「その……、いろいろあるんだよ」
「悪いこと聞いちゃった?」
「別にいいよ、それくらい」
「…それで、どうするの?」
「話だけは聞いてみるよ。祥子さんがこんな事頼んでくるなんてよっぽどのことだと思うし、他の人だってそれなりに困ったことがあるからこんな事頼んでくるんだろう?」
「ありがとう、祐麒」
「いいよ。その代わり、このことは誰にも言わないでくれよ。小林達に知れたら、何をやり出すかわかったものじゃない」
「あ!」
「どうしたんだ? まさか、もう…」
「違う違う。誰にも言ってないわよ。ただ、小林君達、花寺生徒会の人たちにお願いしても良かったんだなと思って」
「日光月光先輩、ついでに柏木は論外、アリスも別の意味で論外。小林と高田は本気で勘違いしかねないぞ」
 言われてみれば、そんな気がする。祐巳は少し慌てた。
「それは、ちょっと困るよ」
「だから、言わないほうがいいんだよ」
「わかった…」
 
 
 居心地悪そうな祐麒を、由乃さんを除く山百合会一同+2人が取り囲んでいる。
「皆さんのお話はよくわかりました。一つを除いて」
 祐麒は祥子さまと瞳子ちゃんのほうを向いて言った。
「祥子さんのボーイフレンドを装うのは判りますけれど、何故瞳子さんまで? 柏木…先輩にはすぐにばれるじゃありませんか」
「ええ、そのつもりですわ」
 毅然と答える瞳子ちゃん。
「祐麒さまには、二股をかけていただきますの」
「二股!?」
「良い機会ですもの。優お兄様にはきっちりと判って頂いた方がいいのですわ、二股をかけられる側の気持ちというものを。おじさま達はもう手遅れとしても…せめて、せめて優お兄様にだけは…」
 なにやら静かな怒りに燃えている瞳子ちゃん。
「私もそのつもりですわ、祐麒さん」
「お姉さま?」
 瞳子ちゃんの言動を呆気にとられて眺めていた祐巳は、続いた祥子さまの言葉により驚く。
「祐麒さん、二股をかける男の醜さ浅ましさを、たっぷりと優さんに見せつけてくださいませんこと?」
 明らかに怯えた表情の祐麒は、助けを求めて祐巳に目を向けようとした。
 けれども、祐巳は首を振る。
 その表情は告げていた。
「ごめん、無理、あきらめて」
 祐麒は再び、山百合会に向き直る。
「…判りました。できる限りのことはやります」
「本当にごめんなさい。こんなおかしなお願い」
 立ち上がり、頭を下げる志摩子さん。
「よろしくお願いします」
 同じく、乃梨子ちゃんが頭を下げる。
「あ、あの、こんな事お願いできる義理ではないと判っているのですが…」
 可南子ちゃんがやや引いた物言い。これまでの経過を考えれば仕方がないかも知れない。
「おかしな事になったけれど、よろしくね、祐麒君」
 手をさしのべる令さま。祐麒は慌てて握手の手を伸ばす。
 祐巳は、弟の慌てふためく姿を面白そうに眺めていた。
 
 
   −続−
 
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