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男の甲斐性!?
(中編)
 
 
「ふりとはいえ、彼氏なんだからそれらしくなってもらわないとね」
「黄薔薇さまの言うとおりですわ。瞳子もそう思いますもの。祐麒さま、特訓あるのみですわ」
「…そうですね。私の彼氏のフリをするのでしたら、せめて極秘仏像スポットのいくつかは押さえておいてもらわないと」
「それなりの礼儀作法も必要ね」
「祐麒さんは銀杏はお好き?」
「だからといって調子に乗るようでしたら、祐巳さまの弟といえども容赦はしませんが」
 六者六様の言い分に、祐麒の笑みが引きつる。
「と…特訓?」
 
 
「つまり、祐麒さんが二股をかけていても納得できるだけの技量を持っていなければ駄目なのよ」
 祥子の言葉に頷く祐麒。
「それは判ります」
「幸い、祐麒さまは祥子さまにとっては数少ない免疫のある殿方の一人ですから、そう考えれば優お兄様も納得されますわ」
 けれども、と瞳子は続ける。
「瞳子のボーイフレンドでもある、と言うからには、やはりそれなりのモノは身につけていただかないと」
「それなりのモノというと…」
「知性教養の類ですわ」
「う…」
「まあ一夜漬けでどうにかなるものだとは、瞳子も思いませんし、私自身の好みとは無関係です。ですけれど、今回は私の好みとは無関係に、優お兄様を納得させることが目的ですから。やはり祐麒さまにはそれなりのモノを見せて頂くことになります」
 広辞苑並みの厚さの紙の束が五つ、祐麒の前に無造作に置かれる。
「せめてこの程度の知性は欲しいものですわ」
「えっと、これって何かな…瞳子ちゃん」
「日本の古典、海外などの主な文学の抜粋と、社会常識の類ですわ」
「まさか、これを全部読めと…」
 瞳子は高らかに笑う。
「まさか、祐麒さまだって、全く本を読まないと言うわけではないのでしょう? ここにあるのは、例えば西洋ならばアーサー王物語、東洋ならば西遊記、他にはアラビアンナイトなど、著名なモノばかりですから、既に粗筋をご存じなものもたくさんあると思いますわ」
「あ、それならいいけど…本編を全部読まなくてもいいんだね」
「ええ。名場面と粗筋だけ判っていればよろしくてよ」
 ほっと一息ついた祐麒は何の気無しに束をめくり…その表情が凍り付く。
「ああ、言い忘れましたけれど、当然全て原語で読んだことにしてくださいましね」
 祐麒の前に広がるのは、英語ドイツ語中国語フランス語スペイン語アラビア語の山だった。
 
 
「誰かと思えば、君か。花寺の生徒会長じゃないか」
「あ、お久しぶりです」
「そうか、君がウチの志摩子とつきあっているのか」
 敵を欺くにはまず味方から。
 だから父から騙してください、と祐麒は志摩子に言われている。
「はい。志摩子さんとは文化祭以来、お付き合いさせていただいております」
「そうか。君のような青年なら儂も文句はないが…君、彼女がいなかったか?」
「へ?」
 そんな事実はない。というより全く心当たりがない。
 気付かれたとかばれたとか言う以前に、祐麒にはいかなる意味の彼女もいないのだから。
「いませんよ」
「花寺に行ったときに、君と始終行動を共にしていた女の子がいたような気がしたが」
「…いや、あれは男です」
「おおっ?」
「有栖川金太郎と言って、立派な男です」
「そうか。勘違いしていたようだな、済まない」
「いえ。それはいいんですが、ウチは男子校ですよ?」
「無論知っているが」
「…じゃあなんで彼女がいると思ったんですか」
「…ウチの娘には彼氏がいるんでな…つい、花寺もそうなのかと」
「僕のことですか?」
「いや、リリアンにだ…」
「え…」
「二条乃梨子という…」
「…」
「…」
 嫌な沈黙が立ちこめる。
「あの、今の、聞かなかったことにしていいですか?」
 無言で住職は頷いた。
「志摩子を頼む」
 ずんと、重い荷物を載せられた気分の祐麒。
「あの子を真っ当な道に戻してやってくれ」
 ずんずんと、かなり重い荷物を載せられた気分の祐麒。
「こうなってしまっては君だけが頼りかもしれんのだ」
 ずんずんずん、非常に重い荷物。
「乃梨子ちゃんとやらに罪がないのは判っているが、親としてはやはり…」
 ずんずんずんずんずんずんずん。
 重みに潰されそうな祐麒。
「あ、あの、じ、実は」
「何も言わず、よろしく頼む、祐麒君!」
 真剣な顔で手を握られ激励され、なんにも言えない祐麒は、頷くとそのまま退出した。
(駄目だ、志摩子さん。あんなお父さんを騙すなんて俺にはできない…)
 祐麒は忘れていた。
 志摩子の父が異常なまでに冗談が好きな性格であることを。
 
 
「これが慶長末期に作られたもの」
 乃梨子は一枚の写真を置くと、隣に別の写真を並べる。
「そしてこちらが寛永初期のものです」
 二つを見比べても、何がなんだか全く判らない。
「違いは一目瞭然ですね。時代背景としてはそれほどの差がないような気もしますが、慶長から寛永にかけての仏師の講では、基本的な技法の交換が地方ごとに行われていたとされる明確な証拠が残されています。それがこの…」
 三枚目の写真。
「長野は桑栄寺に伝わる、当時としては無名ですが、最近再注目を集めている…」
 何がなんだか判らない。
「そう言ったわけで、この二つの像の顔には、晩年の仙慶作品に見られる特徴が早くも芽吹き始めていると、専門家の間では評価されています」
 すいません、乃梨子ちゃん、寝てもいいですか?
「つまりですね。この目元からのラインの特徴が、後期と前期のそれにおいては決定的な差異となって現れているんです」
 ごめん、眠い。
「祐麒さん、聞いてます?」
「は、はい、うん。聞いてる。聞いてる」
「お願いしますよ。これくらいの知識はないと、仏像愛好の集いで知り合ったなんて紹介できないじゃありませんか」
「あの…」
「なんです?」
「乃梨子ちゃんの家の人たちも、仏像が好きなの?」
「全然」
「…それじゃあ、俺が仏像に詳しくても無知でも、気付かないんじゃないかと」
 乃梨子は祐麒の顔を食い入るように見つめると、説明に使っていた写真に目を落とす。
「…確かに」
 腕を組み、首を傾げる。
「それもそうですね。でも乗りかかった舟ですから、いいお話ですし、聞いていてください」
「はいっ!? いや、別に必要ないでしょ!」
「必要ない?」
 乃梨子の目がすっと細められる。
「仏像が必要ない…と?」
「いや、そうじゃなくて…」
「いいから座りなさい。全く興味のない話を聞かされて、祐麒さんが苦しい思いをしていることくらい判っています」
「へ?」
 それじゃあ何故、と言いかけた祐麒は、乃梨子の目の色にヒッと息を呑む。
「…志摩子さんの彼氏? 例え演技でもざっけんじゃねえよ……私のありがたい仏像談義につきあったら許してやるッてんだから、少しはありがたく思えっての…」
 たちまち正座で畏まる祐麒。
「謹んで拝聴します」
「じゃあ、続けますね」
 
 
 幸い、可南子の相手にはなんの特訓もいらなかった。
 ただ、家に遊びに行って母親と顔を合わせるだけでいい。
「ふーん。貴方が可南子の彼氏……」
 じっと見ていると、何故か不愉快な表情になっていく母親。
「…ごめんなさい。貴方を見ていると何故だかあの女を思い出すのよ……」
 当たり前だが、祐麒は祐巳とそっくり。雰囲気もどことなく似ている。さすがは姉弟といえる。
 そして、聖や蓉子、可南子によると祐巳と夕子は雰囲気が似ているらしい。
 可南子はそれに思い至って少し複雑な顔になる。可南子にとっては祐麒は男。夕子とは多少なりとも似ている訳のない存在だ。 
「とりあえず私の部屋に」
 可南子は祐麒を部屋に招き入れる。打ち合わせにもなかった予定外の行動だが、母親の調子がこれでは仕方がない。
「余計なことを言わないでください」
 釘を刺された祐麒だが、部屋に入った瞬間その理由がわかる。
 ぬいぐるみの群。
 ぬいぐるみが部屋中にころころしているのだ。それも可愛い系のファンシーなモノばかり。
「ぬいぐるみが好きなんだね」
「余計なことは言わないで」
 少し頬を染めた可南子に、祐麒は一瞬「おやっ」と思う。
「お茶くらいは飲ませてあげるから、勝手にその辺りのモノに触らないで」
 言われなくても、女の子の部屋のモノを勝手に触ったりはしない。
 とは言っても、やはり手持ちぶさた。きょろきょろしていると、英語の教科書が見えた。
(リリアンの教科書ってどんなレベルだろう?)
 ふと手に取ると、挟まれていた物がばさりと落ちる。
 慌てて拾おうとするとどこかで見たことの、いや、見慣れた顔のオンパレードが。
「何をやっているんですか…」
 冷たい声が聞こえる。
「あ、いや…」
 ばらまかれた祐巳の写真を拾う祐麒の頬に冷や汗が一筋。
「…見つけたんですね」
「まあ、一応…」
 小さく溜息をつくと、可南子は机の中から封筒を取りだした。
「このことは黙っていてください」
「う、うん…」
 封筒を差し出す。
「口止め料と言ってはなんですが」
 封筒の中身をそっと見る祐麒。
「☆▽◎□×★※!!??」
「祐巳さまの秘蔵の写真です。ネガはありますから、それは差し上げます。ですからこのことは内密に」
 祐麒はブンブンと激しく頷く。
 
 けれども、祐麒の幸せは長続きしなかった。
 
「まだまだっ!」
「あ、あの、令さん! これは一体!」
「無駄口をきかないっ!」
 容赦ない突きを受けて、もんどりうって転がる祐麒。
 げほげほ言って涙目になりながら、必死で落ちた竹刀を拾う。
「私とつきあうからにはそれなりの剣士じゃないといけないのよ!」
「ダミーでしょ!? 代行でしょ!?」
「私に言い寄ってきた男に決闘申し込まれれてもいいの?」
「そんな話初耳ですよ!!!」
「今言った!」
 風切る音と共に襲ってくる竹刀を祐麒は必死で避ける。
「そんな無茶な!」
「無茶じゃないの! 第一、私とつきあっているなんて言ったらお父さんとまず勝負よ!」
「だから初耳ですってば!」
 日頃、令は由乃とばかりつきあっている。そして由乃は、令のことなら何でも知っている。つまり、説明の必要は全くない。
 それが、令の癖になってしまっているのだ。
 つまり、相手に説明する習慣がない。
 したたかに面を食らって倒れる祐麒に、令は猛然と責め立てる。
「ほら、早く立って!」
「ちょっ、ちょっと待ってください、剣道なんかやっても…」
「…なんか?」
 これまでの流れから祐麒は学習していた。
 この令の口調の変化。
 ああ、まだ自分は地雷を踏んでしまったんだなぁ。楽しいなぁ。あはははははは。
 現実逃避の祐麒だった。
「剣道なんかって…聞き捨てならないなぁ…。祐麒君は剣道なんかって言うような人だったんだ…ふーん…」
 もう言い訳は通じない。
 祐麒は心の中で呟いた。
(祐巳。祐巳が最近強くなった理由、判ったような気がするよ…)
 
 
「ふ…ふふふふふふふふふふふふ」
 目が危ない。というかどこかにイッテいる人の目だ。
「そう、そうなのね、令ちゃんも、志摩子さんも、祥子さまも…あまつさえ乃梨子ちゃんに瞳子ちゃんに可南子ちゃんまで、彼氏を作る必要ができたという訳ね……」
「あ、あの…由乃さん…」
「なにか?」
 ギロリと祐巳を睨みつける二つの輝き。
「あの…みんなそれぞれ事情があるから…男の人に告白されたのは令さまだけだから、ね?」
「どっちにしろ、祐麒さんを担ぎ出す理由がわからないわよ」
「そ、それはだって、他に適当な男の人が…」
「令ちゃんには私というものがありながら!!」
「それはリリアン以外では通じない理屈だと…」
 ギロリギロリ
「祐巳さんは黙っていて! これは令ちゃんと私の問題なのよ!」
「うう…」
「こうなったら祐巳さん、私にも祐麒さんを貸してもらうわよ」
「仕方ない…ええ!?」
 これ以上のハードワークは祐麒の身が危険なのではないかと思ったけれど、祐麒の身の安全と山百合会の平和を比べた場合、どちらを選ぶのかは一目瞭然だった。
 第一、山百合会のほとんど全員とデートできる権利を手にするためなら、これくらいの身の危険や命の危険、はては精神崩壊肉体損壊の危険はものともしない男はたくさんいるだろう。
 そう考えれば、祐麒は幸せ者なのだ。
 諦めろ、祐麒。
 
 
「とりあえず、次の日曜日にお姉さまと瞳子ちゃんの所に行く予定だからね」
「うん」
「あ、その前に土曜日は乃梨子ちゃんの実家だからね」
「うん」
「それから、令さまから伝言だけど、令さまに交際を申し込んできた男の人から祐麒に果たし状が来たって」
「うん…ってなに!?」
「あと、由乃さんが祐麒に言いたいことがあるから時間つくって欲しいって」
「由乃さんまで!!!」
 生傷だらけの祐麒は顔をしかめる。
「身体が保たない…」
「あ、それから可南子ちゃんから伝言もあったんだ」
「え?」
「なんかねぇ、祐麒がごちゃごちゃと文句を言ったときは、こう言えばいいって教えてくれたんだけど」
「まさか…」
「祐麒、封筒の写真って何?」
 半分寝ていた祐麒が飛び上がる。
「俺、頑張るから。やー楽しみだなぁ。土曜日と日曜日が!」
「???」
 
 
 
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