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SWEET&BITTER
由乃&瞳子編
 
 
 バレンタインが近づいていた。
 瞳子は、このところ悩むことが多い。
 クリスマス、お正月、そしてトドメに節分。
 クリスマスケーキはわかる。
 お正月もまあ、おめでたいし、ニューイヤーパーティーというのがあるのだから、ケーキやクッキーもおかしくない。
 でも、節分にケーキってなんなんだろう。
 なんだかおかしくありません? 黄薔薇さま。
「だってねえ…由乃が言うんだもの」
 まあ、なんですの。そのみっともない崩れた笑みは。黄薔薇さまともあろう人が、もっと凛々しくしてくださらないと。
「令ちゃんの美味しいケーキが食べたいって…、嬉しいこと言ってくれるからさぁ」
 由乃さまは優しいですから、黄薔薇さまにはお世辞を言っているんですわ。それは、まあ、黄薔薇さまのケーキは確かに不味くはありませんけれど…。
 …悔しいけれど、とても美味しいですわ…。
 はあ…瞳子には、これ以上美味しいお菓子なんて作れそうにないのに…。
「令ちゃん、バレンタインのケーキも楽しみにしてるからね」
「任せてよ、由乃」
 お姉さま、そんなに楽しみなんですの?
 瞳子は、どうすればいいんでしょう?
 瞳子には、令さま以上の腕なんかありませんもの。
 溜息をつきながら、瞳子は考える。
 けれども、考えた所でどうしようもない。考えた所で、お菓子作りの腕が上がるわけでもない。
 仕方がない。お小遣いを奮発して、輸入物の高級なチョコレートを買うことにしよう。
 外国産の珍しいチョコレートなら、きっとお姉さまも喜んでくれるに違いない。
「お母様?」
 瞳子は母親の部屋を訪れた。母親は海外のお菓子を良く取り寄せている。自分が食べるためではないのだが、それでも詳しいはずだった。
 瞳子は事情を話し、母親の薦めるチョコレートを聞こうとした。
「瞳子さん。話は変わるけど、明日、ホットケーキを焼こうと思うのだけれど…」
「え。お母様のホットケーキ、久しぶりですわ。瞳子、今から楽しみです」
「そう。そう言われると嬉しいわ。けれど瞳子さん。私は、この松平家で雇っている料理人よりも料理がうまいかしら?」
「え、それは…」
「うふふ。わかっているわ、瞳子さん。私が勝てるわけないものね。多分、ホットケーキだってちゃんと作ってもらった方がうまく作れるのよ」
「でも、瞳子はお母様の焼いたものが大好きで…」
「それは、私が焼いたから…ではなくて?」
「え?」
「由乃さんも、瞳子さんの作ったものならば喜ぶと思うのだけれど…」
「あ…」
 瞳子は母親の顔をまじまじと見つめた。
「お母様……」
 瞳子は決意した。
「台所をお借りしてもよろしくて?」
「勿論」
          
 頑張って、頑張って、も一つ頑張って、駄目押しに頑張って。
 できあがりに満足はいかない。味見しただけでしみじみと自分が嫌になった。けれど、頑張って作った。
 その点だけは満足だった。
 これでいい。
 頑張って作った。お姉さまのために。
 これでいいに決まってる。
 頑張ったんだから。
 
 大事にカバンに入れて登校。
 朝一番でお姉さまに渡す。そう、マリアさまの前で待っていれば必ずお姉さまは通るから。
 固い決意で門をくぐる。
 門のそばで志摩子さまを見かけた。
「ごきげ…」
 挨拶をしようとして人影に気付く。
 陰に隠れて見えないけれど、乃梨子さん?
 ああ、乃梨子さんたら、志摩子さまにこんなところでバレンタイン。
 朝から急いで、大変ですこと。
 瞳子は、二人をそっとしておこうと決めて、マリアさまへの日課のお祈りに向かった。
「?」
 何故か乃梨子さんがいる。
 いつの間にか追い抜かれたのだろうか?
「ごきげんよう」
 振り向く乃梨子さん。
「ごきげんよう、瞳子」
「乃梨子さんがこんなに足が速いとは思いませんでしたわ」 「足が? …なんの話?」
 まあ、しらばっくれる気ですのね。そんなに朝から熱々なのが恥ずかしいのですか、乃梨子さん?
 紙袋まで持って。察する所、志摩子さまとプレゼントの交換ですのね? 
「だって、先ほど、門の横で志摩子さまと一緒にいらしたでしょう? その紙袋は、そこで志摩子さまに戴いたものではありませんの?」
 言いながらふと見ると、志摩子さまの登校姿が見える。
 そしてその横には…あれは確か…。そうだ、祐巳さまがあの日、泣きながら駆け寄った人。
 先代白薔薇さま、佐藤聖さまだ。
 その後、三人でちょっとした騒動になり、志摩子さまの言葉に我を失って気絶しかけた乃梨子さんを介抱したりして、志摩子さまと一緒に保健室へ運んだりしていたら、朝の時間はすぐに過ぎてしまった。
 
 休み時間、と思ったけれど、今日の時間割は教室移動が多くてそれどころではない。
 それなら昼休み。
 お弁当を持って薔薇の館へ向かおうとすると…
「瞳子さん、お待ちになって」
 呼ばれた声に振り向くと、見覚えのない一年生。いや、見覚えはあるけれど、まともにお話もしたことのない他のクラスの子。
「瞳子に何か御用ですか?」
 三人は松組の御堂明穂、千日恵、四橋泉美と名乗る。
「実は…」
 祐巳さまにチョコレートを渡したいのでよしなに取り次いでもらえないだろうか、との三人の頼み。
「ご自分で渡した方がよろしいと思いますけれど…」
「でも……」
「祐巳さまなら、拒否なさったりはしませんわ」
「それはその通りだと思いますけれど…」
 皆まで言わないで。瞳子は心の中で頷いた。
「…可南子さんですね」
「はい」
 怖い、というと言い過ぎかも知れないけれど、やはり渡したい相手の姉妹には気は遣う。
 卒業間近の祥子さまはいいとしても、祐巳さま溺愛と言われている可南子さんにはやっぱり気を遣ってしまう。
 でも、半年前ならまだしも、今の可南子さんはちょっと違う。
 彼女は変わったのだから。
「大丈夫ですわ。可南子さんだって、祐巳さまがおモテになることくらいはわかってますもの。却って、こそこそとするほうが怒りを買うかも知れなくてよ? 堂々と正面から渡した方がいいに決まってますわ」
 助言は思ったより長引いて、そのうえ、薔薇の館に向かおうとすると瞳子のファンだという一年生も現れて。
 チョコを受け取ったりお礼を言ったりしている内に時間は刻一刻と過ぎていって、着いた頃には薔薇の館にはお姉さまの姿はなかった。
 仕方ないのでさっさとお昼を食べて、教室に戻る。午後一番の授業は音楽だから、急いで教室から移動しなければならない。
 戻る途中で紙袋を抱えた可南子さんと擦れ違ったけれども、可南子さんは何かに夢中で、気づきもせずにさっさと歩いていってしまった。
「?」
 可南子さんの後ろ、なんだかあとをつけているみたいな一年生。
 そわそわした様子で手には赤い箱。
 どうやら可南子さんには可南子さんのファンができたみたい。
 今年の一年生は、自分も含めて人気者。
 何だか楽しくなって、午後の音楽は張り切って受けることができたりする。
 ところが、放課後…。
 探すよりも待っていた方が早いと思って薔薇の館にいると…。
 まず祐巳さまにくすぐられ。
 悶絶から快復したと思ったら今度は祥子さまに詰問され。
 お鉢を回してきた乃梨子さんを恨みながら、お姉さまを待っていると…。
 蔦子さんから預かったという写真を持って、お姉さまが慌ててやってくる。
 もう可南子さんと祐巳さまの間でケリはついたのだと教えると、とても不満そうな顔。
「つまんない」
 お姉さまはトラブルが大好き。それはもう呆れるくらい。
 ちなみにここ数代では、令さまが例外中の例外の穏和な黄薔薇さまだと言われているらしい。
 それって瞳子もお騒がせって事ですの?
 そう尋ねると、乃梨子さんと可南子さんはうんうんと頷いて、志摩子さまと祐巳さまは困ったように笑う。由乃さまはガッツポーズまで作って「頑張るのよ、瞳子!」と励ましてくれる。
 励まされても困るのですけれど…。
 つまらなそうにお茶をすすっているお姉さま。けれどもこれでようやくチャンス。
「お姉さま、あの、バレンタインの…」
「ああ、バレンタイン? 安心して」
 ええ?
 驚く瞳子の前に、由乃は小振りの箱を二つ。
「いつもは家でもらうんだけれど、今年は学校に持ってきてもらったの。その代わり毎年のものより小さくなっちゃったけれどね」
 何がですの? お姉さま。
「令ちゃん特製バレンタインケーキ。はい、これが瞳子の分よ」
「あの…お姉さま?」
「ん? いいのいいの。令ちゃんのケーキ、美味しいからね。」
 だって、瞳子は…お姉さまのために作ったのに…
「早く食べましょう」
 なんだろう。これ。なんだか……。
「どうしたの? 瞳子?」
 やっぱりお姉さま、令さまの方がいいんですね…。
「瞳子!」
 由乃の大声に、驚いて俯いていた顔を上げる瞳子。
「貴方、どうして泣いてるの?」
「え?」
 いつの間にか、泣いてた。
「瞳子、何かあったの? そう言えば、いくらバレンタインだからって誰もいないなんておかしいとは思ったけれど…」
 瞳子は無言でカバンの中から箱を出す。
「お姉さま! 令さまのケーキと瞳子のケーキ、どちらを選びますの!」
 突然の激しい口調に、今度は由乃が驚いた。
「え? ケーキ? 瞳子が?」
 令のケーキ、瞳子のケーキ、瞳子の泣き顔。三つを順番に見る。
 そして視線が一つに止まる。
 令のケーキ。
 由乃はそのケーキを箱に戻した。
「…馬鹿なこと聞かないでよ。そんなわかり切ったこと」
「お姉さま?」
「最初から出しなさい、こういうものは」
「お姉さま!」
「座ってなさい、瞳子。貴方のケーキなんだから、私がとびっきりのお茶を煎れるの」
 とびっきりのお茶。
 そして特別なケーキ。
「ごめんなさい。お姉さま。うまく焼けなくて……ちょっと苦いですわ…」
「瞳子、これはビターって言うの」
「それでよろしいんですの?」
「苦いって言うのは、不味いって事でしょう? このケーキは美味しいから、ビターなの」
 由乃はフォークをピンと立てる。
「瞳子が作ったケーキなら、どれだけ焦げてても、私にとってはビターな味よ」
 二人はケーキを食べた。
 結局、最後には二人で笑いながら令さまのケーキも食べたのだけれど。
 二つのケーキに挟まれて、由乃は幸せ。
 ちょっと今夜の体重計が怖いけれど。だけど、そんなことよりも、とても幸せな二つのケーキ。
 令ちゃんの甘いケーキ。
 瞳子のちょっぴりほろ苦いケーキ。
 そして二人は、瞳子の取り出した三つ目の箱をお供に、令の待つ家へと向かったのだった。
 
 
あとがき
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