SS置き場トップに戻る
 
 
 
聖を待ちながら
 
 
 時計を見ると、聖の指定した時間まであと五分。
 聖のことだから、時間より早めに来ると言うことはまずあり得ない。それどころか、時間に遅れてくる方が当たり前に近いのだろう。
 それがわかっていても、自分は時間より早めに来てしまう。
 持って生まれた性格とは言え、何となく癪だ。
 ふと横を見ると、いつの間にか同じベンチの反対側に人が座っていた。 
 眼鏡をかけた真面目そうな人。けれども、がちがちの堅物と言うほどではない。
「あの、なにか?」
 いつの間にか、蓉子はじっと相手を見つめていたらしい。
「ああ、ごめんなさい」
「いえ。もしかしてここお邪魔だったかしら?」
「構いません。友人と待ち合わせているだけですから」
「そう。私も待ち合わせ場所がここだから」
 想像通りの落ち着いた口調。
 多分見た目通りしっかりした性格なのだろうなと思う。
 ここにいると言うことは、リリアン女子大に通っているのか、それともここに知り合いがいるのか。
 蓉子は、周りを眺めた。
 通っていた高等部とは違う、それでもどことなく漂う独特の雰囲気は、やはり大学構内とは言え、リリアンの一部だった。
「リリアンって、その気のある子が多いんでしょ?」
 リリアン出身だというと、まず間違いなくそう言われる。
 母校が有名なのは嬉しいが、こんな意味で有名だと言われるとかなり困惑してしまう。
 外に出て始めて判ったのだが、世間の目は結構怖い。冗談半分にしても「女子校=女の園=同性愛」という連想は広く流布している。名門かつ排他的でもあるリリアンともなれば、その連想はかなり強固なものだった。
 さらなる問題は、蓉子がそれを強く否定できないこと。
 なにしろ、「その気がある」と自認している親友を持った身なのだから。
 今も、リリアン女子大に通っている彼女との待ち合わせなのだ。
 考えてみれば、同性愛者だと公言している(さすがに広言はしていないようだ)相手の親友であるというのも、誤解されても仕方のない状況かもしれない。
(だからといって、同性愛者の同性の友人が、全て本人と関係を持っているなんて短絡的よね)
 その理屈で行くと、世間一般のマジョリティである異性愛者の友人関係は大変なことになる。なにしろ、異性の友人とは関係を疑われて当然になるのだから。
 それはただの、嫉妬深いパラノイアの世界だ。
 マナーモードにしていた携帯に着信。
「はい? ああ、聖。どうしたの? …仕方ないわね。判ったわ。カフェテラスのほうで待っているわ」
 待ち合わせ時間に遅れるという電話。
 携帯を戻し、ベンチの端に座る相手に声をかけようとしたとき、
 相手の携帯に着信音。
「はい? ああ、サトーさん? …仕方ないわね。判ったわ。うん。ああ、そうそう。それよりこの前のことだけど、貴方、部屋に忘れ物してるでしょ。そう。あんなもの置いていかないで欲しいのだけれど? 持ってきているわけないでしょう。どうして私がサトーさんの下着なんか持ち歩くのよ。…わかったわ。カフェテラスのほうね? ええ? ちょっと待って。どういう事よ。もう一人って…またそうやって勝手に……そりゃあ、確かに紅薔薇さまに会ってみたいって言ったのは私だけれど、そんな急に…仕方ないわね。それで名前は? …水野…蓉子? 特徴は?」
 そこまで聞いて、蓉子は頭を抱えそうになっていた。
 聖の他人を振り回す癖は高校時代と全く変わっていない。それどころかパワーアップしているような気がする。
「はじめまして」
 蓉子は携帯を持ったままの相手に声をかける。
「聖がいつもお世話になっているみたいね」
 携帯を持ったまま、相手は振り向いた。
「あれ……それじゃあ貴方が?」
「ええ。水野蓉子よ」
 相手の携帯に向かって、
「聖、貴方、相変わらず人を振り回しているみたいね」
 向こう側で聖の慌てる声が聞こえたが、無視して接続を切る。
「改めてはじめまして。私が水野蓉子です」
「はじめまして。私は加東景。お噂はかねがね、サトーさんから聞いているわ」
 何を言われているのやら。
「大変でしょう、聖とつきあうのは」
「少しね。だけど、なんていうのか…サトーさん、普通と違っていて楽しいわ」
 この人は聖のことをどの程度まで知っているのだろうか?
 蓉子は景の言葉に頷くと、
「どうせ待ち人は一緒なのだから、カフェテリアに行かない?」
「そうね、少し寒くなってきたし」
 二人は歩き始めた。自然と、景が先頭に立って蓉子を案内する形になる。蓉子もここへ来るのは初めてではない。しかしどうしても部外者という意識が先に来てしまう。
 
 
 景は、蓉子を観察していた。
(この人が水野蓉子。佐藤さんのお友達)
 お友達と言うよりも、それ以上の関係だと聞いている。ただし、佐藤さんではなく、彼女と同じく内部進学組の他の学生から。
 元紅薔薇さま、水野蓉子。元白薔薇さま佐藤聖の親友。佐藤さん本人に言わせれば「腐れ縁」。
 そして、気になる噂が一つ。怖くて本人には確認していないのだが、
「佐藤聖は同性愛者である」という噂がある。
 勿論、女子校出身者がそういう噂を立てられやすいと言うことは知識で知っている。
 そのうえ、全校生徒の憧れの対象であったとなれば、そんな噂の一つや二つはないほうがおかしいだろう。
 第一、噂が本当だとしたら、その佐藤さんをちょくちょく家にあげている、あまつさえ良く泊めている自分はなんなのか。
 時々、リリアン出身者から意味ありげに向けられる視線の意味は、怖いから考えたくない。
 蓉子を見ている限り、礼儀を守って理屈を通せば、大概のことは答えてくれそうな雰囲気を持っているような気がする。
 この質問も、興味本位でないと判れば答えてくれるだろう。
 でも、判った所でそれがどうだというのか。
 佐藤さんが同性愛者ならば、自分の態度は変わるのか?
 彼女に言い寄られて困った? NO
 彼女に惚れてしまった? 無論NO
 向こうが規を越えようとしない限り、こちらから無闇に、友達としての距離すら拒否するのは気が進まない。
 カフェテリアに座ると、蓉子は景が制止するよりも早くコーヒーを二つ、セルフサービスのカウンターから買ってくる。
「コーヒーで良かったかしら?」
「ええ。ありがとう」
「さとうは?」
 先に聞かれた。
「佐藤さんに関しては、貴方のほうが詳しいと思うけど」
 景の言葉に蓉子は手を止めて、無言でシュガースティックを指し示した。
「あ…」
「そんなに、聖のことが気になってるの?」
 コーヒーをテーブルの脇に寄せ、蓉子は両手を顎の下で組むと、少し首を傾げて言った。
「聖は、ああ見えて人見知りが激しいのよ」
 景は何故か、妙な罪悪感に襲われていた。
 
 
 カフェテラスに入っていくと、よくあるセルフサービスの形式だった。
 案内の礼、というわけでもないが、蓉子はコーヒーを二つ、席を探している景の元へと運んだ。
「コーヒーで良かったかしら?」
「ええ。ありがとう」
「砂糖は?」
 カップと一緒にプレートに乗せたシュガースティックに目をやると、
「佐藤さんに関しては、貴方のほうが詳しいと思うけど」
 おかしな答え。
 ああ、そうなのね。
 蓉子は口の中で小さく呟くと、該当の物を指で指し示した。
「あ…」
 コーヒーをテーブル脇に寄せた。
 これは面白くなりそうな気がする。
「そんなに、聖のことが気になってるの?」
 両手を顎の下で組んで、問いつめる姿勢。
「聖は、ああ見えて人見知りが激しいのよ」
 景をじっと見つめる。
「貴方とは、入学してからのつき合いだと思うのだけれど…ええ、最初の出会いは知っているわ。祐巳ちゃんから聞いたから」
 蓉子は組んでいた手を解くと、頭を下げた。
「遅れてしまったけれど、その節はありがとう。私の孫がお世話になったものね」
「孫…ああ、祐巳ちゃんね。妹の妹の事をそう呼ぶの?」
「不文律みたいなものね。明確に決まっているわけではないわ。もっとも、ほとんどの人がそう表現するけれど」
「祐巳ちゃんはいい子だから」
「ええ。だから聖も私も気に入ったの。あの聖が会ったとたんに気に入る相手なんて珍しいのよ」
「私にはそうは見えないけど…貴方が言うのなら、そうなんでしょうね」
「そう。だからね、聖がこんなに早く気に入った人にも興味があるのよ」
 蓉子は景の様子をじっと見つめていた。
 信じている。今は聖を信じている。もう二度と同じ間違いをすることはないと。
 けれども、聖のお姉さまを除いては、聖の弱さを一番知っているのは自分だという自覚もあった。
 自分にも祐巳にも、そして志摩子にも救うことのできない聖がかつていた。今の聖とは違う聖が。
 目の前にいる景は、栞や静なのだろうか?
 それとも……
「佐藤さんとは、いいお友達だけどね。ちょくちょく泊まりに来たりするわよ。いつも勝手に来て、勝手に泊まっていくけれど、押しつけや身勝手とはちょっと違うみたいな…なんていうのかな…」
「「人徳?」」
 二人が同時に言い、同時に笑い出す。
「ないわよ、それだけは…」
「そうね、佐藤さんにはあり得ない言葉ね…」
 ひとしきり笑うと、何か吹っ切れたように蓉子は言葉を続けた。
「貴方は、聖の親友になれた人なのね。これからも聖をよろしくね」
「ええ。こちらこそ」
「なんか盛り上がっちゃってる所、悪いかな?」
 聖が姿を見せる。
「遅いわよ、佐藤さん」
「聖、人を呼びつけておいて待たせるなんてどういうつもり?」
「いや、ごめんごめん。車で来るつもりが、キーが見あたらなくてさ」
「それで今日は何?」
「うん、それがね…」
 嬉しそうに二人に向かって話す聖の姿に、蓉子は目を細めた。
 なんで、ホッとしてるんだろう?
 加東景が、思った通りの人だったから?
 江利子に聞いたとおり、祐巳ちゃんに聞いたとおりの人だったから?
 いや、違う。
 聖が、こんなにも笑っているから。
 こんな笑顔を聖が見せることのできる相手。
 だったら、聖は大丈夫。
 少しホッとして、それよりは小さく嫉妬して、蓉子は立ち上がった。
「聖、遅れたんだから、今日は貴方のおごりよ」
「え、ちょっと、蓉子」
「ごちそうさま、佐藤さん」
「景さんまで?」
 蓉子と景は笑いながら、聖を挟んで歩き始める。
 
 
 
 
あとがき
SS置き場トップに戻る
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送