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名門? 花寺特訓部
 
 
 
 売り言葉に買い言葉だった。
 まずは、生徒会での来年度予算会議。
 野球部への予算減額が決まろうとしたときだった。
 野球部代表としてその場にいた部長が猛反発。
 そしてお互いに言い争った挙げ句が……
 
 
「ごめん、よくわからない」
 祐巳の言葉に祐麒は心から納得していた。
 それはそうだろう。言っている本人も今ひとつよくわからないのだから。
「野球部が大変なのは判ったよ。でも、どうしてそこに私たちが出てくるのか判らないの」
「それは…」
 
「例えばだ。他の学校は応援団が豪華なんだよ。それに引き替えうちはなんだ!」
「ちょっと待て、応援団ならうちにもあるだろう!」
「チアガールとか女子マネとか、何だかそういう甘酸っぱい燃え萌えな応援が青少年には必要なんだよ!!」
 廃部を討議してやろうかと思いながら、祐麒は言う。
「無理だろ。うちのどこに女子がいるってんだ」
「それはわかってる。うちは男子校だ。だが、近くの女子校が応援したりするのも良くある話だろ?」
「だからなんだ。第一、野球部の予算減額となんの関係がある」
「だから、勝てばいいんだろ? 予算減額は対外試合の成績のせいだろ?」
「…女の子の声援があれば勝てると?」
「その通りだ!」
「…あのな…」
「古今東西、女に応援されて頑張らない男がいると思うか? いや、チアガールってのは冗談にしても、応援くらいは考えてくれてもいいんじゃないか? せめて話ぐらいは持っていってくれよ」
 
「…というわけなんだ」
「確かに、リリアンにチアリーディング部はあるけれど…。だからって花寺の応援は…」
「うん。それはわかってる。別に無理に出てくれとか応援してくれなんて言うつもりはないよ。ただ、できれば一度見学でもして、それから決めてくれないかな、ってこと」
「見学?」
「そう。真摯に練習する姿を見て欲しいって」
「それを見たら応援する気になるかも知れないって事?」
「ああ。練習を真面目にやってる連中を応援すること自体は別に嫌じゃないだろう?」
「うーん。花寺とリリアンの新しい協力関係か…」
「そこまで難しく考えなくても、単なる見学でいいからさ、あとのことは終わってから考えればいいよ。野球部の連中だって、本気で無理強いするつもりはないよ。第一、そんなことしてヘソ曲げられたら、連中は明日から自主休学だ」
 生徒会が動く必要はない。リリアンの、ましてや山百合会を不愉快な目に遭わせたと知られれば、今の花寺では生きる道が閉ざされるに等しいのだ。
「わかった。とりあえず皆には話してみるよ。令さまとお姉さまにも。だけど、約束はできないよ?」
「ありがとう、祐巳。恩に着る」
 
 祐巳の話は、割と好意的に受け入れられた。
「野球か、面白そうだね」
 基本的に運動が好きな黄薔薇姉妹はあっさりと受け入れ、祥子さまは、
「練習の見学の招待でしたら、喜んで受けてよ」
 と、一言。
 そして白薔薇姉妹にも特に異論はなく、と言うより乃梨子ちゃんが何か企んだ顔で積極的に賛成して、無事に全員一致で見学が決まったのだった。
 
 
 見学当日。野球部員は補欠に至るまで全員出席、なおかつ遅刻者皆無という、部創立以来の快挙を成し遂げた。
「すいません。馬鹿なことをお願いしてしまって」
 祐麒は生徒会を代表して挨拶に姿を見せる。
「貸しは大きいよ、祐麒」
 祐巳が言うと、令さまは苦笑しながら、
「まあまあ。私たちだって無理矢理連れてこられた訳じゃないんだから。祐麒さん、そんなに頭を下げないで」
「そう言ってもらえると助かります。しかし、今回は本当にこちらのワガママにつきあって頂いて感謝しています」
「いいのいいの。それより、練習風景が見てみたいんだけど」
 由乃さんが、祐麒の手を引く。
 周囲を囲むように見守っていたギャラリーがざわめく。
 中にはあからさまな憎悪の視線まで。
「そうですね。野球の練習風景なんて、普段見られるものではありませんから、好奇心が湧きますわ」
「そうね。野球部は、リリアンにはないものだから、全くの初見学ですわ」
 志摩子さんと祥子さまが話しながら、祐麒の両脇に立つ。
 さらにざわめくギャラリー。無理もない。
 今の祐麒は、左右にリリアンでも一二を争う美少女とも名高い白薔薇さまと紅薔薇さまを両脇に従え、そして、一見可憐純情な儚い美少女由乃さんに手を引かれているのだ。
 さらに、自然と由乃さんの横に位置する令さま。
 祐麒と志摩子さんの間に無理矢理割り込む乃梨子ちゃん。
 同じく、弟とお姉さまの間に無理矢理入り込む祐巳。
 というわけで、山百合会総勢が祐麒に集っているように見えないこともない。
 ギャラリーからの視線のプレッシャーに耐える祐麒。
 そのまま一同を野球部の練習しているグラウンドに案内する。
 真面目な練習風景。
 というか明らかに、誰かに見せるために練習しているとしか思えない。
 祐麒は唖然とそれを眺めた。
 やたら派手なノック。あえて遠間から飛び込んでダイビングキャッチ。
 一球投げ込む事にポーズを決める投手陣。返球するたびに立ち上がって顔を見せるキャッチャー達。
 …そして全員新しいユニフォームを卸しているのは一体…。普段は体育のジャージか着古し練習着の癖に。
「あ…あの…」
 説明しようと口を開くが…
「これが練習風景…。さすがに皆さん頑張ってらっしゃるのね」
 祥子さまは素直に感動している。まあ、普段見慣れていないのだから仕方ないか…。
「あ、これはこれは…」
 顧問の先生がやってくる。
「あ、先生。こちらがリリアンの…」
「貴方が藤堂さんですか? お父上からお話は伺っていますよ」
 その時、祐麒は信じられないものを見た。
 いや、祐麒だけではない。その証拠に、キャッチボール中の一人が顔面でボールを受けて悶絶している。そして、ランニング中の一人はバックネットの柱に正面衝突した。
 彼らはみんな、信じられないものを見てしまったのだ。
 それは…
 志摩子さんの「げっ?」という顔。
「ち、父ですか…」
「ええ。生徒達にはお父上の漫談…ごほん、訓話は非常に好評でして…、よろしくお伝え下さい」
「は、はい…わかりました…」
「志摩子のお父様はこちらでは人気者のようですわね」
 祥子さまがなんの他意もなくサラッと言う。
「は、はい…おかげさまで…」
 なんとなくどす黒いオーラが醸し出されてきたような気がする…。
(お、おい。祐巳、どうすりゃいいんだ?)
(こんなときは乃梨子ちゃんだよ、乃梨子ちゃん)
 辺りを見回す福沢姉弟。けれども何故だか乃梨子ちゃんの姿は影も形もない。
「あ、あれ、乃梨子ちゃんは?」
「さあ?」
 由乃さんも乃梨子ちゃんの離脱には気付かなかったらしい。
「トイレかな?」
「あ、そうだ…これ…」
 令さまが何事か思い出したように、持っていたカバンから小さな包みを取り出す。
「これ、作ってみたんだけど…」
「なんです?」
「レモンスライスの蜂蜜漬け。こういうものって、定番かなと思ってね」
 そして、令さまが言ってはいけないことをぽつりと。
「でも、思ったより人数が多かったから…全員に行き渡るかな…」
 次の瞬間、素振りをしていた一人のバットがすっぽ抜けた。
 バットを後頭部に受けて一人退場。
 盗塁練習をしていた一人が殺人スライディング。
 スパイクを食らって一人退場。
 祐麒は慌てて尋ねた。
「れ、令さん…それって何人分くらいあるんですかね?」
 これに慌てたのが祐巳。
「ちょっと、祐麒。何言い出すのよ。急に」
「人の命がかかってるかも知れないんだから、祐巳は黙ってろ!」
「ひ、人の命!?」
「まあ。弟と言えども私の祐巳にそんな口の利き方をするなんて、かかっているのは祐麒さんの命かも知れなくてよ?」
 祥子さまの冷ややかな口調に祐麒の魂が凍る。
「お姉さま、さすがにそれは…」
 祐巳のフォロー。
 おお、さすが実の姉。と祐麒が感謝していると、
「とりあえず命だけは助けてください」
 命だけですか、お姉さん。というか、『私の祐巳』発言はスルーですか、そうですか。
 令がレモンスライスの数を言うと、練習に名を借りたバトルロワイヤルは一気に終息していく。ちなみに、一部の脳みそ筋肉は未だに数減らしを続けているが、それは算数ができないから仕方がない。
 もっとも、それ以前に有志の者たちによって彼らは沈黙させられてしまうけれど。
「ところで特訓は?」
 由乃さんがちょこちょこと練習の輪に入っていく。
 緊張する部員達。
「特訓はないの?」
「特訓というと…」
「勿論、魔球を打ち崩したり、秘打の練習よ」
 由乃さん、どこの世界のお話ですか?
「私、特訓見たいなぁ…」
 残念そうに手を後に回して上半身を揺らす。
「駄目?」
 ニコリと笑って首を傾げる。
「ああ…」
 祐麒の後で令さまが呟いていた。
「由乃のアレに逆らえる男の子はいないと思う…私でも三回に二回は負けるんだから」
 多いな。
 ちなみに祐麒は、祐巳でさえなければどんな美少女相手でも結構動じないという、因果な性分の持ち主である。
 平たく言うと、困ったシスコン野郎。
「あ、あります、あります、ありますとも!!」
 端から見るとみっともない、というより可哀想なくらい絶叫している部員達。
「逆さ吊り打法とか」
 由乃さん曰く、高い所からぶら下がって(足を縛って結ぶので逆さまになって)素振りをして開眼する打法らしい。
「超至近距離千本ノックとか」
 数メートルの間隔でのノック。これに対応すればどんな鋭い打球にでも対応できるらしい。
「十キロ単位のパワーリストにパワーアンクル付けたままでランニングとか」
 漫画に出て来るような無茶特訓を思いつくままあげていく由乃さんと、それに立ち向かっては玉砕していく部員達。
 中には正気に返って断ろうとする部員もいるのだが、
「お願い…」
 と潤んだ目の由乃さんに言われてはまず断れない。よしんばそれを断ったとしても、次に来るのは、
「ねえ…」
 とかすれ声+ギュッと手を握る攻撃。
 これで堕ちない生徒は今の花寺には、いや、卒業生を全部含めたとしても柏木優その人しかいないだろう。
(うふふふふ。そう簡単に、貴方達に令ちゃん特製蜂蜜漬けレモンスライスを渡してなるものですか!)
 島津由乃、完全にわかっててやっています。
「私、皆さんの特訓が見たいの…ねえ、駄目?」
 散っていく部員達。
(…まあ、自業自得と言えば自業自得なんだよな…)
 祐麒は既に達観していた。
「…なんだか、部員の皆さんが次々とリタイアしているように見えるのですが…」
「はい。事実リタイアしています」
「どういうことかしら?」
「我が校のクラブながら、お恥ずかしい次第です」
「あら。別に祐麒さんを責めたわけではなくてよ」
「いえ、野球部の恥は我が校の恥、ひいては生徒会長たる僕の恥ですから」
「ご立派な考え方ですこと。さすがは祐巳の弟、ゆくゆくは私の義弟になる方ですわ」
「はあ、ゆくゆくは…って、えええええええーーーっ!?」
「祐麒さん、どうかしまして?」
「い、いや…。な、なんで義弟」
「私の将来の伴侶の弟ですもの。それとも祐麒さんは福沢家と縁を切るおつもりでして?」
「い、いや。そうじゃなくて…祥子さんの伴侶ってやっぱり…祐巳?」
「わかりきったことを聞くものではなくてよ」
「あ、あの女同士の結婚は日本の法律では…」
「所詮、現時点の暫定法に過ぎなくてよ。未来は変わるものよ、祐麒さん」
 この人ならやりかねない。祐麒はそう悟るとそれ以上の追求を控えた。
 しばらく傍観していると、部員の半数以上が医務室、或いは早退、ごくごく一部が病院送りとなっていた。
「今日はもう終わりですかね…」
 死屍累々のグラウンドを眺めて祐麒は呟く。
「あ、ちょうど良かった」
 いつの間にか戻ってきている乃梨子ちゃん。
 なにやら背中には大きな包み。
「…あの、その背中のものは…」
「さすが花寺ですね。仏像がいっぱいありましたよ」
「え?」
「それじゃあそろそろ…。志摩子さん、帰ろう?」
「あの、もしもし……、その背中の荷物…」
「じゃあ失礼します。ごきげんよう」
 志摩子さんの手を引いて、ニコニコと帰っていく乃梨子ちゃん。
 その様子を見て、皆も帰り支度を始める。
 
 
 翌日、生徒会室を訪れる野球部部長。
「ユキチ…応援の件だけどな…」
「この前の、結構面白かったらしくてまた来てもいいって言ってたぞ」
「いや、今度来たらまた怪我人が増える」
「だろうな」
「あと…」
「何か?」
「部員が何人か止めて別の部活作りたいって」
「どんな?」
「特訓部。今なら週一で島津由乃さんが見学に来てくれるって」
「…一歩間違えると人体実験じゃないのかそれ」
「ああ、それがだな、さっき島津さんから電話があって…」
「?」
「実験部に取り次いでくれって言ってたらしい」
「…」
「…」
 大丈夫か、花寺。
 祐麒は母校の未来に、笑うしかなかった。
 
 
あとがき
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