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スイカごろごろ
 
 
「ごきげんよう」
 誰もいない。
 誰もいないけれど、テーブルの上には大きくて丸い物がごろりと。
「……??」
 祐巳は無言で丸い物に近づいた。
 ごろごろ
 転がり始めたので慌てて抑える。どうやら微妙なバランスで止まっていたらしい。祐巳が近づく震動で、バランスが崩れ転がり始めたのだ。
「おっとっと…」
 慌てて止めると、別の一つがごろごろと。
「ひゃっ!」
 右手で一つ、左手で一つ。
 ごろごろ
 床に置いてあった三つ目が、祐巳の足下を直撃する。
「きゃっ!」
 尻餅をついてしまう祐巳。
「あいたたた……」
 痛むお尻をさすっていると、
 ごろごろ
 四つ目が転がってくる。
「いくつあるの?」
 驚いて目を見張っていると、隅の方からごろごろごろごろと、重い音をたてながらスイカの群が転がってくる。
「へ?」
 ごろごろごろごろごろごろごろごろ
「な、なに!」
 祐巳は痛むお尻のことも忘れて、一目散にビスケット扉の外へと駈け出す。
 慌てて扉を閉めると、中から扉に重いものが当たる音。
 ごろごろっ ごろごろっ ごろごろっ
 どかっ どかっ どかっ ぐしゃっ
 なんだか力を入れすぎて自爆したスイカもあるようで、扉の舌から赤い汁が流れてくる。
「あららら…」
 上履きに染みるスイカ汁。
「…洗わなきゃ、スイカ臭くなっちゃう」
 スイカ臭いと、カブトムシやクワガタが寄ってくるのではないだろうか? そうすると祐麒は喜ぶかな、それともさすがに高校生にもなってもうカブトムシやクワガタはいらないかな。
 うーん。どうしよう。
 と、考えていると背後から声。
「何やってるの、祐巳さん?」
「あ、志摩子さん、ごきげんよう」
 志摩子さんの後ろには、不思議そうな顔の乃梨子ちゃんもいる。
「どうかしたのですか、祐巳さま」
 と、足下のスイカ汁に気付く乃梨子ちゃん。
「あれ、大変。掃除しなきゃ」
「モップは部屋の中じゃなかったかしら」
「志摩子さん、乃梨子ちゃん、今部屋は危ないよ」
「危ないって、どうかしたの、祐巳さん」
「スイカがごろごろしてるんだよ」
 顔を見合わせる乃梨子ちゃんと志摩子さん。
「…あの、祐巳さま。スイカがどうかしたのですか?」
「だからね、部屋の中でごろごろ転がっているんだよ」
「スイカは丸い物ですから、転がるのも仕方ないと思いますけど」
 乃梨子ちゃんは首を傾げている。
「うん。それはそうなんだけどね、そうじゃなくて、こっちに向かって転がってくるの」
 ますます訳がわからない顔の二人。
「祐巳さん。一体何があったの?」
「それがね」
 ガラスの割れる音。咄嗟に顔を見合わせる三人。
「なに、今の」
「中からですよ。中から聞こえたよ、志摩子さん!」
「ええ、私も中から聞こえたと思うわ、乃梨子」
 館の外から複数の悲鳴。
「何事なのっ!」
 一階の扉を開けて現れたのは、祥子さま。
「誰が、二階からあんな物を捨てたの!」
「お姉さま? あんなものって…」
「緑色の丸い物よ。第一、危ないじゃないの」
 今、二階の部屋にあるのはスイカだけ。つまり、スイカを投げ捨てる者など誰もいない。
 もしかして、スイカはごろごろだけでなくぴょんぴょんも?
 ごろごろと転がって、ぴょんぴょんと跳ぶスイカ。
 いや、それは果たしてスイカなのか?
 スイカだとしたら、食べたくない。
 怒った顔のまま、ずんずんと歩いてくるお姉さま。
「あら、祐巳。志摩子に乃梨子ちゃんも、そんなところでどうして…」
 そこで何故かニッコリと笑う祥子さま。
「ああ、そういうことね。祐巳、でかしたわ」
「はい?」
「犯人を閉じこめたのね」
「ええ?」
「二階の窓から何かを投げ捨てた犯人を、そこに閉じこめているのね。上出来よ、祐巳」
 つかつかと扉に近寄り、そこでやはり足下のスイカ汁に気付いて顔をしかめる。
「さあ、開けるわよ」
「ちょっ、ちょっと待ってください」
 中にはなんだかよくわからないスイカがいる…いや、いないのか?
「なにかしら、あれ」
「どうしたの、志摩子さん」
「乃梨子、あれ、なにかしら。何かが転がってくるのよ」
「どこ?」
「階段を…転がり上がってくる?」
 志摩子さんの言葉の調子につられて祐巳は祥子さまと一緒に階段に目をやった。
 スイカが転がってくる。
 階段を上りながら。
 ごろっ どすん ごろっ どすん
 それも一個や二個ではない。数十個のスイカ。
 ごろっ どすん ぐしゃ
 階段で力尽きたか角に当たり所が悪かったのか、自爆スイカで階段がスイカの汁まみれになっていく。
 辺りに漂うスイカ臭。
「な、なんですか、あれは!」
「だから言ったじゃない、スイカがごろごろしてるって!」
「え、え、それじゃあ、あれを祐巳さんは部屋に閉じこめていたの?」
「そうだよ」
「それじゃあ、紅薔薇さまが見たのは…」
「うん。多分スイカが二階の窓から逃げたんだと思う」
 二階の窓から落ちたスイカ、かなりの量が割れたに違いない、と祐巳は思った。
「どうするの?」
「部屋の中に逃げましょう」
「籠城ですね」
 こんな時にも乃梨子ちゃんは冷静だった。
「とにかく、入りましょう」
 祐巳、祥子さま、志摩子さん、乃梨子ちゃんの順で部屋に入る。
 案の定、窓は割れていた。
 そしてスイカの影も形もない。ただ、ドアの所に割れたスイカが転がっているだけだ。
 鍵を閉めると、祐巳は窓へと走った。やっぱり、窓の下にはかなりの量の割れたスイカが転がっている。
 一体、スイカは最初に何個あったのだろうか。
 どかっ どかっ どかっ
 扉を恐怖の表情で見つめる乃梨子ちゃん。
「一体、どうなっているんでしょうか…」
「スイカに何があったというの?」
 祐巳は、とりあえず薔薇の館に来てから起こったことを三人に説明する。
「なんでスイカがそんなことに…」
「さあ…」
 祥子さまの問いにも答えられるわけがない。何しろ祐巳自身がわかっていないのだから。
「志摩子さん、危ないッ」
 乃梨子ちゃんの叫び。見ると、志摩子さんがモップで割れたスイカを突いている。
「志摩子さん?」
「……」
 ひとしきり突いて満足したのか、志摩子さんはモップを置いた。
「割れたスイカはもう動かないみたいね」
「…そうか。割ればいいのか」
「なるほど。スイカ割りね」
 乃梨子ちゃんと祥子さまは即座に理解したようだけれど、祐巳にはわからない。
「え、どういうことですか、お姉さま」
「祐巳。モップは四本あったかしら?」
「は、はい、あると思いますけれど」
「じゃあ、一人一本ね」
「どうするんですか?」
 祥子さまはモップを手に取ると、雑巾部分を外してただの棒にしてしまう。
「スイカ割り大会よ」
「え?」
「割ってしまえばただのスイカ。スイカを割ること自体はそんなに難しくないはずよ」
 乃梨子ちゃんはやる気目一杯な様子で棒を素振りしている。
 祥子さまは棒の重みを計っているようだ。
「こんなとき、令がいれば楽なのにね」
 確かに、令さまが棒を持っていれば、それこそ鬼に金棒だ。
「昔習ったことを思い出すわ」
「え、お姉さまも剣道をやっていたんですか?」
「昔、お婆さまに薙刀を教わったことがあるのよ」
 志摩子さんは言い出しっぺなのに、怖々と棒を握っている。
「大丈夫だよ、志摩子さん。私の後ろにいてね」
 祐巳も棒を握る。
 剣道なんて勿論やったことはない。薙刀も無論。だけど、やるしかない。
 お姉さまと一緒にスイカを倒すのだ。
「誰かいるー?」
 窓の外から声。
 顔を出すと、由乃さんが手を振っていた。
「あ、祐巳さん。なにこれ?」
 スイカの破片の真ん中に立ちつくす由乃さん。
「ねえ、何があったの、一体?」
「それがね…」
 祐巳は言葉に窮した。
 スイカに襲われて籠城中。今から反撃に転じるところ。
 いきなりそう言われて納得できたら、由乃さんは大人物だ。
「あ、由乃さん。令さまは?」
「お姉さまなら一緒にいるけれど」
 由乃さんが窓からは見えない方に向かって手を振ると、竹刀を持った令さまが姿を見せる。
「一体何があったの? 祐巳ちゃん」
 苦笑気味に尋ねる令さまの声を聞きつけた祥子さまが、祐巳の横に並ぶ。
「令、ちょうどいいわ。薔薇の館の玄関から竹刀を構えて突入してくれない?」
「え?」
「スイカどもを挟み撃ちにして、一気に殲滅するのよ」
「……スイカ? …挟み撃ち? …殲滅?」
 訳がわからない、と言った顔の令さま。
 それはそうだろう。ここで「スイカね。わかったわ」と理解されても困ってしまう。
 支倉家とスイカの因縁の対決なんて言い出されたら、どうしていいかわからなくなる。スイカと因縁のある一族なんて、とても嫌だ。
「とにかく、スイカを割るのよ、令」
「祥子が何を言っているのかわからないよ」
「だから、説明は後にするから、お願いだからスイカを…」
 それ以上の説明は必要なかった。
 いつの間にかその場から姿を消していた由乃さんの悲鳴が玄関から聞こえたのだ。
 悲鳴は窓の下まで近づいてくる。
 そこに祐巳が見たのは、スイカに体当たりされながら逃げてきた由乃さんの姿だった。
「令ちゃん、助けて! スイカが、スイカがっ!」
「由乃っ!」
 そこからの令さまは凄かった。
 まさに鬼神の活躍だった。
 相手が体当たりしかできないスイカだったというのもあるだろうけれど、向かってくるスイカをばったばったと竹刀でなぎ倒し、最終的には薔薇の館を囲んでいたいスイカは全部令さまに向かって行ったのだ。
 そして、スイカは無事殲滅された。
 令さまに全員の尊敬の眼差しが集まったことは言うまでもない。
「でも、なんだったのかしら」
「さあ」
 不思議なスイカはどこから現れたのか。いったい何だったのか。
 スイカが全て破壊された今、その謎を解く事はできないわけで。
 とにかく、スイカには気をつけよう。と祐巳はなんだかよくわからない教訓を得たのだった。
 
 
 
「ごきげんよう」
 誰もいない。
 誰もいないけれど、テーブルの上には丸い物がごろりと。
「……??」
 祐巳は無言で丸い物に近づいた。
 ごろごろ
 桃が転がった。
 
 
 
あとがき
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