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祐麒と由乃
 
 
「ねえ、祐麒ってつきあっている人とかいるの?」
 いきなりの質問に、祐麒は無言で箸を止めた。
「なに、突然」
 祐巳が箸を置いて真面目な顔でこっちを見ている。
「何って言われても、今聞いたとおりだよ? つきあっている人とかっているの?」
「いや、別にいないけど」
「ふーん。そう」
「どうしたの? そんなこと、聞いたことないじゃん」
「うん。ちょっとね」
「なんか気味悪いよ」
「気にしない気にしない」
「気にしないって言われても」
 いきなりそんなことを言われて気にならない方がおかしい。
 一体なんだというのか。
 夕食を終えてお風呂に入って、しばらくして部屋に戻った後も、祐麒は祐巳の質問にひっかかっていた。
 自分が誰かとつきあっているかどうかなど、姉にいったい何の関係があるというのか。
 
 可能性その1「祐麒のことが気になるって言う子がいるんだけど、つきあっている子がいるかどうか教えて欲しいって…」
 リリアンには何度か行っているし、一応は花寺生徒会長だ。もしかしたら一人ぐらいは……。
 でも、祐巳にそこまで突っ込んだことを聞くことができる友達って言うと…山百合会?
 山百合会…いや、まさか。でも…。
 うーん。確かに山百合会は可愛い子揃いだ。あの中の誰であろうとも彼女にできるのならば、花寺の男達はかなりの犠牲を払うだろう。
 でも、まさか…いや…。ああ、そうだ、考えてみれば自分がまともにリリアン生徒に顔を晒したというのは文化祭の「とりかえばや物語」の時ではないか。つまり、曲がりなりにも女装していた姿な訳で。さすがにあの姿を見てお付き合いを申し込みたいという物好きはいないだろう。
 だとすると、やはり山百合会の誰か? あるいは劇を手伝っていた一年生二人のどちらか?
 ……いや、山百合会以上にそれはないような気がする。
 やっぱり残るは山百合会。
 万が一の話、あくまでも万が一の話だとはわかっているのだけれども、哀しいかなつい想像してしまうのは男の性か。
 藤堂志摩子さん…確かに凄い美少女だと思うけれど、なんだか近寄りがたい雰囲気がある。少なくとも同年代の男のほとんどがそう思うんじゃないだろうか。
 小笠原祥子さん…ありえない。絶対にあり得ない。よしんばあり得たとしても、だったら祐巳があんなに普通に尋ねてくるはずがない。もし小笠原さんがそんなことを例え一言でも口にしていたら、今夜の食事には毒が混ぜられていたに違いない。
 支倉令さん…違うような気がする。なんとなく、そういうことは人を介さないで自分でキチッとしそうなタイプに思える。
 島津由乃さん………。……。……。
 あれ?
 そこまでベッドに寝転がって考えていた祐麒は身を起こす。
 なんか今、否定することを心が拒否した?
 いやいや、ちょっと待って。それって、島津さんの可能性が高いっていうこと? だって、根拠も何もない。
 あれ。じゃあなに? 島津さんを否定したくないって自分が思っているって事?
 待て待て。それって自分が島津さんを意識しているって事じゃないか。
 そりゃ、祐巳の所へ遊びに来た時にも何度か会っているし、言葉も交わしているけれど。
 好きとか嫌いとか、そんなことを思った事なんてない。…多分ない。なかったと思う。……なかったような…気がする。
 けれどもこういうことは、一旦意識し始めるとなかなか忘れることができないもので。
 少し祐麒はベッドの上で転がってみた。
 
 可能性その2「祐麒につきあっている子がいないなら、どう、私とつきあおうか?」
 ありえねぇ! と絶叫しかけて祐麒は自粛した。
 まあ、確かに自分がシスコンであることはわかっている。もう認めるしかない。絶対に他人には認めないけれど、自分では実はわかっている。
 だけど、それはただ単に祐巳が自分の理想にタイプに限りなく近いと言うだけで、別に姉に対して劣情を催すとかそういう問題では一切ない。絶対に違う。…多分。違うと思う。……違うような…気がする。
 
 可能性その3「祐巳ちゃん、ユキチにつきあっている子がいないかどうか聞いてみてくれないかな」「いいですよ、柏木さん」
 却下! 大却下! もしそうだったら祐巳を一生恨んでやるっ! 
 第一、柏木先輩ならそんなまだるっこしい手段は使わない。直接祐麒に問い質しに現れるだろう。
 下手すると薔薇の花束ぐらい用意して。
 ちょっと待てッ! いいから待てッ!!
 自分の想像力の暴走に恐怖する祐麒。
 何が哀しゅうて同性愛に走らなければならないのか。いや、同性愛自体が悪いとは言わないが、すくなくとも自分は異性愛者のはず。
 その気になれば彼女の一人や二人、すぐにできるに決まっている。絶対にできる。…多分。できると思う。……できるような…気がする
 
 疲れてる。今日は疲れているに違いない。うん、疲れているんだ。
 早く寝よう。さっさと寝よう。とっとと寝よう。
 祐麒は布団をひっかぶった。
 可能性なんてどうでもいい。それよりも肝心なのは、祐巳に自分のことを尋ねたのが島津さんかどうかということで……。
 
 …!?
 …だから、なんで島津さん?
 5分もしない内に祐麒はガバッと起きて、今自分の考えていたことを思い返しながら、羞恥に悶え苦しむのだった。
 
 
 その翌日のリリアンでは…
「ということは、今現在つきあっている子はいない訳ね」
「そうだけど……」
 祐巳は首を傾げていた。
「ガールフレンドがいないくらいで決めつけるの?」
「有力な傍証よ、これは」
 由乃さんが拳を振り上げて力説していた。
「いい? 祐麒君ももう高校二年生。そして天下の花寺の生徒会長。さらには祐巳さん譲りの親しみやすいポンポコフェイス。これで彼女の一人もいない方がおかしいのよ!」
 由乃さんの言い方だと、まるで祐巳が祐麒を産んで育てたみたいで。
 でもその前にポンポコフェイスって…。悪口じゃないのはわかっているけれど。でもポンポコって……。
「とにかく、これで祐巳さんの心配が現実のものかもしれない可能性が高まったわね」
「いや、別に心配なんて…」
 いつもながらの親友の暴走に困り笑いを浮かべる祐巳。
 それは三日前から始まっていた。
 
「やっぱり女子校って言うだけで色眼鏡で見る人がいるんですよね」
 乃梨子ちゃんが溜息。
「どうしたの?」
 由乃さんと祐巳は顔を見合わせる。
 二人とも、ずっと女子校、リリアンにいたので乃梨子ちゃんの言うことがよくわからない。
 志摩子さんも同じく、首を傾げている。
「いえ、実は昨日、中学校時代の友人から電話がかかってきたのですけれど」
「うんうん」
「彼の言うことには、女子校だから、百合が多いだろって」
「百合!」
「彼!」
 志摩子さんと由乃さんが巨大な反応を示した。
 志摩子さんのツッコミどころを微妙に感じた由乃さんが、ん?と言う顔で志摩子さんを見る。
「駄目よ、乃梨子。言葉は正確に使わなければ、祥子さまも以前仰っていたわ。援助交際と言葉で誤魔化していても、実体は売春だと。だからこの場合も同性愛者と言わなければ」
「ごめんなさい。お姉さま」
「わかってくれればいいのよ、乃梨子」
 志摩子さんはどうぞ、というように由乃さんに目配せして一歩下がる。
「えーと…」 
 気勢をそがれた感のある由乃さんだけれども、そんなことでめげるわけもなく、
「乃梨子ちゃん、今、彼って言った? 乃梨子ちゃん、彼氏いるの!?」
「落ち着いて下さい、由乃さま。今のは世間一般の男性を表す代名詞です。私にはボーイフレンドはいません。まあ、強いて言うならタクヤ君はボーイフレンドだということにしてもいいですけれど」
「ちっあのジジィ
 全員の目が志摩子さんに向いた。志摩子さんは「何も言ってないわよ?」と微笑んでいる。
 確実に聞こえたのだけれど、触らぬ神、もとい、触らぬシスター志望に祟りなしで、祐巳は由乃さんと無視を決め込んだ。
「ところで乃梨子ちゃん」
「なんですか、祐巳さま」
「つまり、リリアンには同性愛者が多いんじゃないかと疑われているって事?」
 由乃さんは、無言で乃梨子ちゃんと志摩子さんを手で示す。
「生きた証拠がここに」
「ああ、わかった。そういえば、聖さまもだったね」
「そうそう」
「生きた証拠ってなんですか!」
 乃梨子ちゃんが真っ赤になって叫んでいる。
「だって」
「ねえ?」
 祐巳は由乃さんと向き合うと頷いてみせる。
「乃梨子ちゃんと志摩子さんと言えばねえ?」
「ねえ?」
「だ、だったら…」
 乃梨子ちゃんは猛然とまくし立てる。
「由乃さまと黄薔薇さまだって。祐巳さまと紅薔薇さまだって、祐巳さまと可南子だって、祐巳さまと瞳子だって」
 祐巳モテモテ。
「乃梨子ちゃん、私そんなにモテないよ」
「そうよ。そんなの、いくら祐巳さんだって身体が保たないわよ」
 いきなりフィジカルな話かよっ! 
「いや、由乃さん、そうじゃなくて…」
 そして結局結論は、
「…つまり、その乃梨子ちゃんのお友達が言うことも満更出鱈目ではなかったと」
「あれ? おかしいですね。どうしてこんな結論に…」
「乃梨子ちゃん、自分のことを棚に上げちゃ駄目だよ。今の乃梨子ちゃんは誰が見ても立派な不純同性交友だよ」
「不純じゃありません! 私と志摩子さんは純粋です!」
「ツッコむのはそこかーっ!」
 結局、女子校に同性愛者が多い、という結論が見事に肯定されてしまったのだ。
「うーん。結構世の中の噂は正確だね」
「…リリアンが特殊なような気がします」
「だーかーらー、その特殊をエンジョイしまくっている乃梨子ちゃんが言っちゃ駄目なの」
「ううう……」
「でも、そうすると、男子校にも多いのかしら?」
「え?」
 由乃さんの言葉に慌てる祐巳。何しろ弟の祐麒は男子校。さらにはあの柏木さんのお気に入りだ。
「そういうわけではないと思うけれど」
「…祐巳さん。祐麒君心配?」
「どうして祐麒が出てくるのよ」
「知り合いの中で唯一の男子校だもの」
「…だけど、祐麒の友達って…高田さんとか、小林さんとかだし、先輩だって日光月光さんだよ?」
「…ごめん祐巳さん。自分で言っておいてなんだけど、私気分が悪くなってきた」
「私も…」
「…でもね、祐巳さん。これは重要だと思うのよ。もし祐麒君が同性愛に目覚めていたら大変よ」
「何が?」
「別に同性愛自体はいいとしましょう。だけど物理的にどうしても超えられないラインがあるのよ。子孫繁栄は不可能なの! つまり、福沢家は祐巳さんの代でおしまいよ」
「どうしてそうなるのよ!」
「じゃあ祐巳さんは、祥子さまをおいて男の人と結婚するの?」
「へ?」
「男の人と祥子さま、どっちを選ぶの?」
「どっちを選ぶって…そういう問題なの?」
「そうよ。さあ、どうするの?」
「うう……それは悩むよ」
 祐巳が頭を抱えていると、何故か勝ち誇ったように由乃さん、
「あら、悩む程度なの? 私だったら、男の人と令ちゃんだったら迷わず令ちゃんを選ぶわよっ!」
「だって、選べないよ…お姉さまと可南子ちゃんと瞳子ちゃんの内から一人なんて…」
「そっちで悩んでるのっ!?」
「うん」
「あのね…。まあいいわ。とにかく、祐麒君がどちらなのかを調べること。これは任務よ、祐巳さん」
 いつの間にか由乃さんに押し切られるように、祐巳は頷いてしまった。
 そして、調査の翌日、結果を聞いた由乃さんは確信を深めていたのだった。
「これはゆゆしき問題よ」
「ガールフレンドがいないくらいで…」
「計画その2よ」
「その2!?」
「そう。福沢祐麒調査計画第二弾」
「調査計画!?」
「男の同性愛は非生産的だから、もし祐麒君がそうなら矯正してあげなきゃ」
「…女の同性愛はいいの?」
「いいんです!」
 何故か乃梨子ちゃんが断固と返事した。
「とりあえずガチはほっときましょう」
「うん」
「計画第二弾は、祐麒君に彼女がいないのは、本人に作る気がないのか、出会いがないだけなのか、それを確かめるのよ」
「どうやって?」
「誰かが、祐麒君とデートする」
「誰かって誰?」
 由乃さんは辺りを見回した。
「…乃梨子ちゃん?」
「お断りです。そんなみょうちくりんな計画に協力なんてしません」
「じゃあ志摩子さん…」
「由乃さま、本気で怒りますよ」
「乃梨子ちゃん、怒らないでよ」
「菜々ちゃんとのあることないこと、令さまに言いつけます」
 乃梨子ちゃんは淡々と言う。
「あのね、乃梨子ちゃん…」
 由乃さんも負けていない、というかあまりダメージはない様子。
「そして令さまとのあることないこと全部菜々ちゃんに言いつけます」
「そのくらいの脅しで私が…」
「そのうえで全て江利子さまに報告します」
「私が悪かったわ、乃梨子ちゃん」
 由乃さんは祐巳に向き直る。
「祐巳さんは論外だし、当然紅薔薇さまも令ちゃんも論外よねぇ。こんなこと他の人に頼めないし……」
「うーん。そうだよね、蔦子さんや真美さんに頼むわけにはいかないだろうし…」
「あ、そうだ。いい考えがあるわ。祐巳さんはとにかく祐麒君を呼び出してよ。デート相手は私が準備するから」
 
 
 そして次の日曜日。
 まんまと呼び出された祐麒の前に現れたのは…
「…何やってんだよ、アリス」
「あ、ばれた」
 振り向きながら嬉しそうに手を振るアリス。
「由乃さん、祐巳さん、もうばれちゃったよ?」
 慌てた二人がやってくる。いかにも変装していますよ、隠れてましたよ、という姿に、祐麒は腹が立つより頭を抱えたくなる。
「……何やってんだ、祐巳」
「いや、あのね…祐麒の趣味を調べようと思って…」
「それで、アリス?」
「いや、アリスは女の子の代わり」
「いや、あのな…初めて会ったならまだしも、さすがに毎日見てるんだから間違えないと思うぞ」
 ああ、と肯き合う二人。
「それで、何がしたかったの?」
 結局、一部始終を聞きだした後、笑い出したのはアリスだった。
「なんだ、そんな理由で僕にユキチとデートさせようとしたんだ。でも、祐巳さん、それなら心配いらないよ」
「…おい、アリス」
「いいじゃない」
 アリスは手を伸ばすユキチから身をかわしながら続けた。
「こう見えてもユキチはもてるんだよ。リリアンの生徒からもラブレターもらってたよね」
 祐巳は初耳である。
「でもユキチは結局全部ゴメンナサイしてるんだよね」
「どうして?」
 由乃さんが妖しい目で笑う。
「やっぱり女の子に興味ないとか?」
「ユキチは本命がいるから、他の女の子には目もくれないんだよね」
「アリス!」
 祐麒の制止もどこ吹く風で、アリスは続ける。
「ちょっと、アリス。祐麒の本命って誰なの?」
 思わず祐巳は尋ねていた。
「今目の前にいるよ」
 だってユキチはシスコンだもん、とオチをつけようとしたアリスは、祐麒と由乃の様子にギョッとなる。
 由乃は祐麒を、祐麒は由乃を見ている。
 つまり、今、祐麒の目の前にいるのは祐巳ではなく由乃な訳で。
「あ、あれ?」
 二人を見比べるアリス。
「…もしかして、瓢箪から駒?」
 アリスの言葉が実現するのは、この数週間後のことだった。
 
 
 
あとがき
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