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祐巳さんと可南子ちゃん
 
「暖かい?関係」
 
 
 
 冬は寒い。
 当たり前のことなのだけれども。
 やっぱり寒い。
 とっても寒い。
「うううううううう……」
「ま、まさかこんな事になっているなんてね…」
「うううううううう……」
「ストーブもポットも故障なんて…」
「うううううううう……」
「祐巳さん、さっきから唸ってばかりだよ」
「うううううううう……寒いの」
「うん。それはわかってる。私も寒いから」
「うううううううう……なんで由乃さん平気なの」
「寒さって言うのは、結局自分の体温と回りの気温の差で決まるのよ」
「うううううううう……それで?」
「つまり私の場合、回りとの温度差が祐巳さんに比べて小さいのに慣れているのよ」
「うううううううう……う?」
「ほら、私、心臓が悪かった時期が長かったでしょう? その頃良く、体温が室温並みにまで低下してたから」
 それ死んでます、由乃さん。
「うううううううう……あ、そうか。由乃さんも苦労してるんだね」
 祐巳さん、寒さで頭の中身も凍りついてます。
「そうなの、苦労しているのよ」
「うううううううう……大変だね」
 扉が開いた。
「寒っ!」
 いきなりの第一声。
「な、なんですの、この部屋は。外より寒いのではありません?」
「日が当たらないからね。ある意味外より条件が悪いよ」
「お姉さまも祐巳さまもこんなところで…」
 息を呑む瞳子ちゃん。
「あの…あの部屋の隅で凍りついたように動かないのは白薔薇さまでは…」
「うううううううう……忘れてた」
「そうね、さっきまで少しでも温かい所を探してうろうろしていたのだけれど…見つけたからじっとしているものとばかり思っていたら、凍っていたのね」
「うううううううう……大変だよ、助けなきゃ」
「寒いから動きたくないの。瞳子、お願い」
「何を仰っているんですか、白薔薇さまに下手に触ろうものなら、私が今この瞬間から乃梨子さんに命を狙われますわ」
「それはそうだけれど、寒くて動きたくないのよ」
「うううううううう……私も」
 溜息をつく瞳子。
「情けないですわ、薔薇さまともあろう御方達が…。瞳子はそんなことありませんもの、こんなに…」
 ぼたっぼたっぼたっ。
 連続した音を立てて床に落ちていく使い捨てカイロの群れ。
「瞳子、貴方…まさか」
 震えて縮こまっていたとは思えない俊敏な動きで、由乃は手を伸ばす。
「お姉さまッ!?」
「問答無用!」
 スカートの裾を捕まえ、一気にめくりあげる由乃。
「きゃあっ!」
「やっぱり!!」
 慌てて押さえる瞳子に向かって、糾弾の指を突きつける。
「瞳子、貴方一人だけ狡いわよ、毛糸のパンツなんて!」
「こ、これは…」
 真っ赤になって瞳子は叫ぶ。
「温かいんですわ!」
「一人だけ温かい思いするなんて狡い! 私によこしなさい!」
「よこ…そんなこと言われても、予備のパンツなんて瞳子は持ってませんわ!」
「…」
 天井を仰いで由乃は考える。いや、考えるフリをする。
「べつにいいわ」
「え?」
「気にしないから、よこしなさい」
「はい?」
「だからパンツ」
「…お姉さま?」
「とっととよこしなさい」
「あ、あの…お姉さま」
「問答無用!」
「キャアアーーーーーー!!!!」
 
 
「えーと…瞳子…」
「しくしくしくしくしくしくしくしく……」
「ごめん」
 床にペタリと座ってさめざめと泣く瞳子に、頭を下げる由乃。
「ほんっとにごめん。まさか、毛糸のパンツを直穿きしてたとは……」
「しくしくしく…お姉さまの馬鹿……」
 由乃は毛糸のパンツを握りしめたまま、必死に謝り続ける。
「御免ね。瞳子。冗談のつもりだったのよ…まさか毛糸のパンツの下に何も穿いてないなんて思わなかったのよ…」
「瞳子、お姉さまに見られてしまいました…」
「うん。可愛かった…いや、そうじゃなくて、ほんっとにごめん!」
 瞳子は真っ赤になってかぶりを振る。
「お姉さま、そんな恥ずかしいこと言わないでくださいまし!」
 さらには両手で顔を覆って、子供のように嫌々と首を振り始める。
「……あ…」
 ぷるぷると震える由乃。
「瞳子……」
 由乃の様子がおかしいのに気付くと、瞳子は顔を上げた。
「お姉さま?」
「か、可愛いっ!」
「え…」
「泣いて嫌々する瞳子も可愛いっ!」
「ええっ!」
 握りしめていたパンツを頭上に掲げて、由乃は宣言した。
「これは、返さないわよ!」
「そ、そんなぁ…」
 座ったまま由乃を、潤んだ目で見上げる瞳子。
「瞳子…その表情そのポーズ…とっても可愛い」
「お姉さま…あの、私の毛糸の…」
「もうそんなことはどうでもいいから」
「よくないですっ!」
「いいのいいの」
「お、お姉さま…」
 きゅっと瞳子を抱きしめる。
「瞳子、温かいね」
 瞳子は、トマトのように真っ赤な顔で何も言えなくなってしまう。
「あの…」
「んー。抱き心地を堪能してるんだから、黙ってなさい」
「お姉さまったら…」
「それに、こうしてると温かいしね」
 
 
「ごきげんよう! お待たせしました!」
 突然の大声にビクッと身体を離す由乃と瞳子。
「な、何事ですの、可南子さん!」
 見ると、可南子がとんでもない姿で扉をくぐって現れた。
 着ぶくれた姿と、額に流れる汗。
「お姉さま、大丈夫ですか!」
「うううううううう……可南子…」
 相変わらず祐巳は凍死寸前で固まっている。
「もう少しの辛抱ですからね、お姉さま」
 つかつかと、早足で祐巳に近づくと、コートの前を大きく開く。
「まあ」
「あら」
 驚く二人。それもそのはず、可南子のコートの中は空っぽ。制服どころか体操服姿だ。
 すると、着ぶくれて見えたのは、ただコートのサイズが異常に大きいためだったということになる。
 しかし額の汗は何故。
「ああ、そういうことね」
 可南子に少し後れてやってきた乃梨子。訳知り顔に頷くと、きょとんとした顔の由乃と瞳子に説明を始める。
「古い温室のほうで、往復ダッシュしたりスクワットしていたんですよ。何をしているのかって聞いたら、体温を上げるためなんて言うから、何かと思っていたら…」
 可南子はコートの前を開いて、祐巳を包み込むように背後から抱きしめる。
 二人羽織状態の祐巳だが、コートの中は暖かい。
 そう、つまり可南子のコートは祐巳と二人で同時に入るための巨大サイズコートだったのだ。
「特製暖房システムです」
「温かくて、柔らかくて、いい匂いだね」
 すっぽりコートに入って顔だけを出している祐巳。
 まさにカンガルー状態。
「…幸せそうね…」
 抱き合う黄薔薇姉妹。一つコートにくるまる紅薔薇姉妹を見ながら、乃梨子は志摩子を捜す。
「あれ? 志摩子さんは…」
 いた。
 部屋の隅で氷漬け状態。
「志摩子さん!」
 慌てて駆けより、肩や手を摩擦する。
「志摩子さん、大丈夫?」
「あ…乃梨子…寒くて…」
「大丈夫? 何か温かいもの…あ、ポットも故障してるのか…」
 必死で志摩子を擦る乃梨子。
「すぐに暖かくなるからね」
「それより乃梨子…もっと早い方法が」
「なに? 志摩子さん」
 良く聞こえるようにと近づけた乃梨子の耳を、志摩子がはむっとくわえる。
「しみゃきょしゃん!!!!!」
 ボンッと音がしたのかと錯覚するほど一瞬で、真っ赤に染まる乃梨子の顔。
「ほら、温かくなった」
 急激な体温の上昇に当てられて、志摩子の顔色が元に戻る。
「ありがとう乃梨子、とても温かいわ」
「し…し……し……」
「どうしたの? 乃梨子、お風呂でのぼせた子みたいになっているわよ」
 うふふ、と笑って乃梨子の首に両腕を回す志摩子。
「ごめんなさい、脚がかじかんで、うまく歩けないの」
「ひゃ、ひゃい、しみゃきょしゃん…だ、だいじゃうぶでしゅ…」
 のぼせたと言うよりも限りなく酔っぱらいに近い、呂律の回らなくなった乃梨子は、それでも志摩子に手を貸すとテーブルまで移動した。
 
 かくてテーブルの三カ所では
 姉が妹をしっかりと抱き締めている黄薔薇姉妹。
 一つコートにくるまった紅薔薇姉妹。
 姉が妹に抱きついたままの白薔薇姉妹。
 
 
「ごきげんよう。これ、新聞部で余っているポットだけど使う? それからストーブの修理が今から…」
「あ、いらないから」
「いりませんの」
「御免、真美さん、もういらなくなっちゃった」
「結構です」
「もう必要ないわ」
「すみません、真美さま、わざわざ」
 言われるまでもなく、六人を二人ずつに分けた三つの塊を見た瞬間、真美は全てを理解した。
(まあ、確かに、部室の暖房器具が故障したときはああやって暖をとったものね…あの時、お姉さまったら…ポニーテールを下ろしたお姉さまがあんなに…おっと)
 と、甘い思い出を超人的な努力で回避する真美。
「あ。そう。お邪魔でしたね。それじゃあごきげんよう」
 その足で真美は、そそくさと写真部へ向かったのだった。
 
 
 数分後、満面の笑みを浮かべながら薔薇の舘へと向かって全力疾走する、蔦子の姿があったとか……。
 
 
 
あとがき
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