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祐巳さんと可南子ちゃん
 
「ライバル参観」
 
 
 
 来る。きっと来る。
 いや、貞子じゃなくて。
 今回ばかりは部外者の癖に、大手を振って入って来るに違いない。
 なんとしても、阻止しなければならない。
 そう、あの子のために……
 祐巳は薔薇の館で作戦を練っていた。
 絶対に敵を近づけるわけにはいかない。どんな手段を使っても可南子を守り抜くのだ。
 決戦の日は、明日の授業参観日。
 保護者の特権を利用して、夕子が来るに違いない。
 それをなんとしても撃退するのだ。
 義理とは言え母親の分際で娘に横恋慕するとは、全国の後添え達の風上にも置けない人倫にもとる鬼畜の所行である。次期紅薔薇さまとして、リリアンの風紀のシンボルとして、ここはきっちりと天誅をくわえなければならない。
 そう、これは天誅なのだ。決して嫉妬などと言う生易しい…もとい、生々しいモノなどではない。
 細川夕子を細川可南子に近づけてはならない。
 そのためになら…
 キラリ、と祐巳の目が光る。
「みんな、協力してくれるよね」
 全員無視。
「へ? みんな?」
 山百合会メンバーを見渡す祐巳。
「あの…志摩子さん、乃梨子ちゃん?」
「ひゃい?」
「ふぁぃ?」
 二人とも口いっぱいに何かを頬張っている。時間から考えるとこれはお昼ご飯か。
「あの…二人とも…聞いてる?」
 志摩子さんの目は満足そうに輝き、パクパクとご飯〜おにぎりを食べている。
 その横でこれもおにぎりを食べている乃梨子ちゃん。
「おいひぃ〜」
 幸せそうにパクパクもぎもぎ。
「おーい。白薔薇さま〜〜。白薔薇のつぼみ〜〜」
 反応はない。
 仕方なく立ち上がった祐巳は、つかつかと二人につかより、おにぎりの入った重箱をひょいと引っ張る。
 おにぎりを求めて伸びた志摩子さんの手が宙を掴む。
 志摩子さんの視線が何もない空間を、次いで祐巳を捉えた。
「…祐巳さん…いくらお友達といっても…最低限の礼儀というものがあると思うのだけれども」
 始めて聞くような志摩子さんの冷たい口調。
「いや、志摩子さん。私がさっきから…」
「祐巳さま…」
 乃梨子ちゃんが読経のような、低く地の底から聞こえてくるような声でゆっくりと近づいてくる。
「そのおにぎり、どうされるおつもりですか?」
「へ? 乃梨子ちゃん?」
 二人がゆらりと立ち上がる。
「…祐巳さん。私たちのおにぎり、返して」
「祐巳さま。人の昼食を奪ってどうされるおつもりですか?」
 このまま重箱を持っていたら間違いなく襲われる!
 理由はわからないけれど、祐巳は本能的な恐怖に襲われた。
 この二人、こんな腹ぺこキャラだったっけ? ってそんなことはどうでもいいから。
 慌てて重箱を戻す祐巳。
「わかってくれればいいのよ、祐巳さん」
 にっこり笑って新しいおにぎりに手を伸ばす志摩子さん。
「志摩子さん、海苔もあるよ」
 味海苔のフクロをポン、と叩いて破る乃梨子ちゃん。
「駄目よ。乃梨子。素材の味を塩味だけでじっくり楽しみましょう」
「そうだね」
 パクパクもぎもぎ。
 美味しそうにおにぎりを食べ続ける二人。
 祐巳は呆れてそれを見ていたけれど、ふと気付く。
 そう言えばこの二人、オカズの類を一切食べていない。それどころか味海苔も無し、汁も無し、おつけものも無し。
 本当におにぎりだけを食べ続けている。
 そんなに美味しいものなんだろうか。
 二人の様子を見ていると、祐巳も一つ欲しくなる。
「…志摩子さん、乃梨子ちゃん。一つもらってもいいかな?」
 パクパクもぎもぎ
「志摩子さん?」
 パクパクもぎもぎ
「乃梨子ちゃん?」
 パクパクもぎもぎ
 聞いていない。というか聞こえていない。二人はおにぎりに夢中。
 どうしようかと思っていると、可南子がやってきた。
「ごきげんよう、お姉さま」
「あ、可南子。ごきげんよう。ところで、授業参観日のことなんだけど、夕子さん達は来るのかな?」
「ええ。来ると聞いていますが」
「ふーん…可南子、結構楽しみなんだ?」
「はい」
 屈託のない返事に祐巳は眩しいものを見たように顔を背ける。
 いや、可南子にとって夕子さんはかつての先輩、そして今は実父の妻。戸籍上は無関係としても、仲が悪いわけではないのだ。
「あ…」
 やきもきする祐巳を尻目に、可南子は何かの匂いに気付いて鼻をひくつかせる。
「この香り…」
「どうしたの、可南子?」
「これ、お父さんのお米の匂いです」
「お米? お父さんの?」
 咄嗟に白薔薇姉妹の前の重箱を見る祐巳。
 まさか……
 魚沼産のコシヒカリといえば、日本でも有数の名米。しかも細川家の美田で穫れたお米はその中でもトップクラス、いや、日本でもトップクラスの超美味米。
 小笠原家で「某やんごとなき血筋の御方の家」御用達のお米で炊いたご飯を食べたことのある祐巳が、そして、普段それを食べている祥子さまが、瞳子ちゃんが舌を巻いたという超美味米。
 それが、それが! それが魚沼産コシヒカリ細川ヴァージョンなのだ!
 和食に関しては他の追随を許さない志摩子さん、そして志摩子さんに洗脳…もとい、調教…もとい、影響された乃梨子ちゃんにとって、超美味米の誘惑はまさに麻薬同然だろう。
「…志摩子さん、乃梨子ちゃん…まさかそのおにぎり…賄賂?」
 パクパクもぎもぎ
 パクパクもぎもぎ
「…パクパク…祐巳さん…もぎもぎ…授業参観に保護者の方が…パクパク…いらっしゃるのは…もぎもぎ…自然な事よ」
「もぎもぎ…志摩子さんの…パクパク…言うとおり…」
「…貴方達…食べるか喋るかどっちかにしなさい」
「じゃあ食べるわ」
「黙って食べます」
 二人は一心不乱におにぎりをパクつく。
 ぐぐぐっ、と拳を握って歯を食いしばる祐巳。
「卑怯よ、夕子さん。食べ物で志摩子さんと乃梨子ちゃんを手懐けるなんて…」
「お姉さま…この袋は一体…」
 可南子の発見した「高級銀杏詰め合わせ袋」をとりあえずカバンに戻し、祐巳は次の味方を物色することにした。
 とりあえずは、黄薔薇姉妹の到着を待つことにするとして、問題はそれ以外の味方。
 訳を話してわかってくれそうなのは……蔦子さん、真美さん。
 けれど、蔦子さんは問題外。
 笙子ちゃんが現れてからふぬけ切ったともっぱらの評判で、蔦子さんのカメラを恐れて今まではわりと自粛されていた姉妹同士のイチャイチャが、校内のあちこちで散見されるようになっている。
 そしてそれは、真美さんもほとんど同じようなものだった。
 …妹ができたぐらいでふぬけるなんて、どういう事よ、二人とも!!! 
 多分二人とも、祐巳には言われたくないと思っている。
「ねえ、可南子」
「なんですか?」
「…小旅行しない?」
 突然の祐巳の誘いに可南子は呆気にとられ、すぐに首をブンブンと縦に振る。
「お姉さまとなら、喜んで」
「そう。それじゃあ話は早いわ、早速今夜から…」
 祐巳の告げる日程に首を傾げる可南子。
「あの…明日は日曜日ですけれど、授業参観日では…」
「…休みなさい」
「え…」
「明日は学校を休むのよ」
 真剣な目で可南子を見つめ、祐巳はその肩に手を置く。
「私が許可するわ」
「聞いたわね、乃梨子」
「聞きました。志摩子さん」
 しまった。買収されたスパイが二人いた。
 立ち上がり、祐巳は可南子の手を取る。
「可南子、こうなったら二人で作戦会議よ」
 乃梨子ちゃんと志摩子さんはもう買収されてしまったけれども、まだ由乃さん、瞳子ちゃんの力を借りることができるかも知れない。
 あの二人なら、夕子さんや可南子との直接の利害関係はない。だったら、山百合会仲間の祐巳に協力してくれるに違いない。
 祐巳は薔薇の館を出た。目指すは剣道部。今日は瞳子ちゃんも見学に行っているはずだ。
 けれど、近づくにつれなんだか嫌な気配が漂ってくる。
「なにこれ…」
「お姉さま…これは多分、瞳子さんの気配だと思います」
「瞳子ちゃんの? どうして…」
「理由はわかりませんけれど、これは間違いなく、瞳子さんの暗黒螺旋オーラです」
「螺旋っ!?」
 少し行くと、剣道部から出てくる瞳子ちゃんに擦れ違う。
 確かに、見るからに負のオーラを醸し出したその姿は、禍々しいと呼びたくなるようなレベルに達している。
「どうかしたの? 瞳子ちゃん」
「…あ、祐巳さま、可南子さん。ごきげんよう。…なんでもありませんわ」
「なんでもないって、誰が見ても嘘ってわかる顔で言われても…」
「…さすが祐巳さま」
 溜息一つ。
「祐巳さまに隠し事はできませんわね」
 いえ、瞳子さんがわかりやすいんですよ? そう言いかけた可南子の唇に指を当てて黙らせると、祐巳は瞳子ちゃんを中庭のベンチに誘う。
「さ、何があったか話してみて」
「あの、やっぱりそんなに大したことでは…」
「だから、嘘はすぐわかるのよ?」
 観念したように瞳子ちゃんががくりと首を落とす。
「わかりました、でも、これはここだけの話と言うことで」
「わかったよ。こっちも、瞳子ちゃんにお手伝いして欲しいことがあって探していたんだから」
「そうなんですか?」
「うん。でも、先に瞳子ちゃんの話を聞くよ」
 頷くと、瞳子ちゃんは座っていたベンチから立ち上がった。
 祐巳と可南子が「?」と顔を見合わせると、瞳子ちゃんはオーバーアクションで架空の相手に向かって呪詛らしきポーズを取っている。
 どうも、演技を始めてしまったらしい。 
「あああああああああああああ、憎き有馬菜々!!」
「と、瞳子さん?」
「何が剣道部期待の星ですのっ!!!」
「瞳子ちゃん! 興奮しないで」
 暴れ始めた瞳子ちゃんを二人がかりで何とか押さえつけて落ち着かせる。
 落ち着いたところで話を聞くと、要は…
 剣道部新入部員、有馬菜々が、非常に強くて周囲に目をかけられ、それどころか由乃さんにも気に入られているという。
 リリアン中等部の頃から剣道部に入っていて、中等部最強と呼ばれていた有馬菜々。
 しかも、事もあろうに、リリアン剣道部のライバル太仲中学のエース、田中姉妹の末妹だという。
 さらに、由乃さんとは一度剣道の試合会場で会ったことがあるという。
 そのうえ、由乃さんが「ああ、あの時の」と嬉しそう(瞳子ちゃん談)に言ったらしい。
 とどめに、その際一緒に江利子さまにも会っていたらしい。
「浮気ですわ……いえ、あの有馬菜々とか言う小娘が、お姉さまを誑かしたに違いありませんわ…」
 かなりテンパっている。
 これは、夕子さん撃退の手伝いを頼める雰囲気ではない。
 祐巳は、無言で静かにその場を立ち去ろうとした。
「祐巳さま、どちらへ?」
 ぎゅるるるん、と何かが高速回転したような気がした。
「そういえばあの時、会場には可南子さんもいらしていたんですよね…まさか、何かご存じ…?」
「瞳子さん? 私はあの日はずっと貴方と一緒にいたと思うのですけど…」
「…じゃあ、祐巳さまかしら?」
 ぎゅるるるるるるるるるるんっ
 紛れもなく回転音。それも超高速の掘削機の音。
 祐巳は可南子の手を取ると、走ってその場を後にした。
 
 
 授業参観日……
 夕子は内心の笑みを噛み殺しながらリリアンの門をくぐった。
 今日は授業参観日。誰憚ることなくリリアンに入り、誰に邪魔されることもなく可南子の姿を見られる日。
 微笑みを押し殺しながら可南子の教室に入る。
「ごきげんよう」
 その瞬間、夕子は自分の目を疑った。
 何故ここにいる、福沢祐巳。
「貴方と可南子を二人きりにするなんて絶対にできません」
「祐巳さん…どうして…貴方、授業は?」
 ニヤリ、と祐巳は笑う。
「紅薔薇さまを舐めてもらっては困りますわ」
 
 
 その頃、祐巳の教室では……
 …確かに、今日は日曜日だよ…暇だよ…でも…
 祐巳に無理矢理リリアンの制服を着せられた祐麒が、必死で身を縮めながら授業を受けていたりする……。
 ちなみに誰も気付いていない。
 ただ、由乃さんと志摩子さんと蔦子さんと真美さんが必死で笑いを堪えているのだが。
「どうしたの、祐巳さん。風邪でも引いたの?」
 ひそひそと声をかけてくるクラスメート(かつ…なんとかと言う名前らしい)が、祐麒はひたすら恨めしかった。
 
 
 
 
あとがき
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