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祐巳さんと可南子ちゃん
 
「初めてのお泊まり」
(前編)
 
 
 お姉さまの家にお泊まり。
 ワクワクウキウキ。
 いそいそと可南子は準備を続けている。
「あれ、可南子、明日からだっけ?」
「うん」
「そう…」
 お母さんはそれだけ聞くと自分の部屋に戻っていく。
 可南子はこの日をずっと待っていた。
 
 
「可南子? ちょっといいかな?」
 一年の終業式の日、祐巳は可南子を呼んだ。
「なんですか?」
 祐巳は他のメンバーの目を盗むようにそっとささやきかける。
「可南子、春休み最初の土日、時間空いている?」
「え? ええ。特に予定はありませんが」
「それじゃあ…」
 そこで言葉を切り、周りを見回す祐巳。
 由乃と乃梨子が不自然に視線を逸らす。
 志摩子はにっこりと、悪びれる様子もなくこちらを見ている。
 そして残る瞳子は……
 ニヤリと笑って、可南子を見ている。
 なんだろう、この反応は。
 いったい何なのかと可南子がいぶかしんでいると、祐巳が小さく囁いた。
「うちに、泊まりがけで遊びに来ない?」
 咄嗟のことに、反応できない可南子。
「え? あの? え? あ、と、泊まり?」
「うん。ちょうど、両親も祐麒もいないのよ。一人だとなんだか寂しいし、もし可南子が良ければだけれども」
 良ければ、という問題ではない。例え何があろうとも、どんなことが起ころうとも、万難を排してでも可南子はこの機会を潰すつもりなど毛頭ない。
「勿論です。是非!」
「そう。良かった。それじゃあ、決定ね、可南子」
「はい。お姉さま」
 ニコニコと笑いながら祐巳は話を終える。
 可南子が身を震わせて喜びに浸っていると、瞳子がぼそりと言う。
「可南子さん、ついにお泊まりですわね?」
「ついにって、どういう意味ですか」
「ついに、は、ついに、ですわ」
「ハッキリと言ってください。それだけでは何が言いたいかわかりませんよ」
「…それじゃあ言いますけれど…」
 瞳子はゆっくりと乃梨子のほうに顔を向けた。
「乃梨子さん。乃梨子さんは、志摩子さまの所にお泊まりをしたのはいつでしたっけ?」
「え?」
 いきなり話を振られて慌てる乃梨子。
「お泊まりというか…、志摩子さんと一緒に旅行をしたのは去年の夏だから、その時は当然同じ部屋で泊まったわよ?」
「つまり、お知り合いになってから四ヶ月ほどですわね」
「そうだけど…?」
 瞳子は可南子を見据えた。
「そして、瞳子の場合は去年の冬休み。お姉さまのお宅にお邪魔しましたの」
 ピシッと手をあげて可南子を示す瞳子。育ちがいいので、指はささない。あくまで手のひらを使っている。
「つまり、可南子さんが一番遅いんですわ。ですから、瞳子は、ついに、と申しましたの」
「あ」
 と乃梨子が声を上げる。
「そういえばそうね。言われるまで気付かなかったけれど、可南子って祐巳さまのお宅にお泊まりするのは初めてなのね。…そうか、瞳子はそういう意味で言ってたのか…」
 そういう意味って、他に何があるんですか、と可南子が問いかけようとしたとき、
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
 扉を開けて姿を見せるのは、カメラを構えた蔦子と、付き従うようにこれもカメラを持った笙子。
「二年生最後の写真、一年生最後の写真、録ってみない?」
「あれ、蔦子さんがわざわざこっちに来るなんて珍しいね」
 日常生活や活動風景を撮るのが蔦子の主なのだ。こうやって、わざわざ記念写真を録りに来るのはどちらかというと珍しい。
「蔦子さん、来週の土日辺り、祐巳さんの自宅付近に張り込んでいると面白いものが撮れるかもよ?」
「由乃さま!」
「由乃さん!」
 紅薔薇姉妹の抗議にニヤニヤと笑う由乃。
「ふーん。…察するところ…可南子ちゃんとと祐巳さんに何か…、あ、もしかして始めてのお泊まりかしら?」
「まあ」
 笙子が目を丸くする。
「と、いうことは、可南子さんついに祐巳さまと……」
「しょ、笙子?」
「え、でもお姉さま。お泊まりということはそういう事じゃないんですか?」
 唖然と笙子を見つめる瞳子。
 蔦子がようやく言った。
「えーとね。笙子、それは考えすぎ。まあ、そういう姉妹もいるかも知れないけれど」
「そうなんですか……。私の姉は姉妹を作らなかったから、そういう情報には疎くて」
 違う、そんな問題じゃない。全員が心の中でツッコんだ。
 とにかく、この笙子の爆弾発言のおかげで可南子のお泊まりへの関心は、無事に皆から離れていった。と思った。
 
 
「可南子?」
 可南子がお泊まりを誘われたときのことを思い出していると、お母さんが声をかけた。
「福沢さんの所に泊まるのよね?」
「ええ」
「家の人はいらっしゃるの?」
「いいえ、家の人は、お父さんもお母さんも弟さんも泊まりがけで出かけているって聞いているわ」
「じゃあ、二人っきりなんだ」
「うん」
「そう…間違いだけは犯さないようにね」
「うん…って、お母さん、間違いって何よ」
「だって、可南子、年頃の女の子が二人っきりで…」
「お母さん?」
 何を言い出しますか、お母さん。
「可南子は可愛いから。不安だわ」
「何がよ」
「福沢祐巳さんだっけ? 可南子と二人っきりで理性を保てるかしら?」
 もしもしお母さん。お姉さまは女で、貴方の娘も女ですよ?
「お母さん、女同士なんだからそんな心配は…」
「女同士だから心配なのよ!」
 可南子は、両親の離婚の真の理由を知ってしまいそうな気がして追求をやめた。
「わかった。なんだかわからないけれど気をつけるわ」
「そう、とにかく、妊娠だけは気をつけて」
「したくてもできないから」
「したいの?」
「お姉さまの子供なら…って、違うわよっ! 何言わせるのよ!」
「じゃあ生ませるの?」
 お姉さまに、私の子供を……
「可南子、想像してるの? 顔が赤いわよ」
「お母さん、いいからもう黙って」
 お母さんを追い立てるように部屋の外へ出すと、ドアを閉める。
「もお、お母さん…また酔ってるんだから…」
 荷物をもう一度確認。忘れ物があったところで、取りに帰っても構わない距離なのだけれど、それでも取り替える時間が惜しい。
 お姉さまの家に行ったら、もう一分一秒も離れたくない。
 学校ではできないくらいずっと一緒にいたい。ギュッと、ずっと。
 一緒にご飯を食べて、一緒にお風呂に入って、一緒にお布団に……
「……」
 誰に見られているわけでもないのに、赤面してうつむいてしまう。
 えーと。違うわよ。ただ、純粋に一緒にいたいっていうだけなんだから。不純な気持ちなんてないわよ。
 可南子は自分に言い訳していた。
 可南子の中の何かが囁きかける。
 …きっと乃梨子さんは、もう志摩子さまと…
 …瞳子さんだって、由乃さまと…
 …姉妹のお泊まりってそういう意味なのよ…
 違う。そんなことない。
 …でも、リリアン出身の笙子さんまでそう言っていたのよ…
 それは勘違いだって蔦子さまも瞳子さんも言ってた。それに、第一私はそんなつもりでお泊まりに行くんじゃないもの!
 …ふーん。ねえ覚えてる?
 可南子の中の悪戯な小悪魔は囁く。
 …夕子さんがお父さんの所へ行ったときも、そんなつもりじゃなかったと思うわよ?
 …だけど、結局そうなっちゃった…
 …お姉さまはわからないけれど、私は我慢できるのかしら…
 …お父さんは、夕子さんとそうなってしまったのに…
 大丈夫よ。
 可南子は必死で自分に言い聞かせる。
 そう、私とお姉さまは、お父さんと夕子さんとは違うんだから。
 そう、絶対に違うのよ。
 だって、例え間違いを犯しても女同士だから妊娠は絶対ないわ。
 …いや、それ、大丈夫の観点が違うから…
 何故か小悪魔がツッコんだ。
 
 翌日、寝不足で目を腫らした顔のまま、可南子は自宅を出た。
 けれども頭はハッキリしている。というか期待と不安で胸はドキドキしている。頭の中では脳味噌がフル回転して、今後の展開をシミュレートしている。
 家に上がるとき…
 部屋にお邪魔するとき…
 ご飯を食べるとき…
 お風呂に入るとき…
 夜、寝るとき…
 そしてそれら重要イベントの合間合間の細かい行動…
 うふふふふふふふふ。
 奇妙な含み笑いを浮かべながら我が道を行く長身の女子高生に、通行人はそそくさと道を明け渡す。あたかも、映画「十戒」の中のモーゼの奇跡で海が割れるように。
 当然、想いに浸っている可南子はまったく気付かない。
 ひたひたと、祐巳の自宅へと近づいていく。
 少し行くと可南子の横に、黒塗りの高級車が止まる。
 するすると後部座席の窓が開き、
「お待ちなさい。可南子ちゃん」
 スタスタと歩く可南子。
「可南子ちゃん?」
 窓から手を伸ばした祥子の手が、所在なさげに宙で止まる。
 窓が閉まり、再び車が動き出す。
 可南子の斜め前。
 再び窓が開く。
「お待ちなさい可南子ちゃん」
 それでもスタスタと歩く可南子。
「可南子ちゃん!」
 スタスタ
「細川可南子!」
 スタスタ
「紅薔薇のつぼみ!」
 スタスタ
 祥子は声のトーンを落とす。
「…そこのでかいの」
「失礼なこと言わないでください!」
「聞こえてるんじゃないのっ!」
「あ…」
「あ、じゃないわよ。可南子ちゃん、この私を無視するなんて、さすがの度胸ね」
「ええ。祥子さまには逆らい慣れていますから」
「…まあいいわ。今日私がこの場に現れた用件、わかっているわね」
「想像はつきますが…」
 可南子は乗用車と自分の距離を目測する。
「だったら話は簡単よ。今さら、貴方と祐巳の間に入り込む気はないけれど、お泊まりとなれば話は別よ」
 がちゃり
 扉を開け、車を降りる祥子。
「お泊まりは、リリアンの姉妹制度とはまだ別のこと。それだけは認めるわけにはいかなくてよ」
「別に、祥子さまに認めていただく必要などないと思いますが」
 冷ややかに、可南子は言い放つ。
「そもそも、私を御自宅に招待したのはお姉さまですから。その直々の招待を、今のお姉さまとは無関係な祥子さまが無効とされる筋合いはありません」
「無関係ですって……」
「無関係ではありませんか。今や紅薔薇さまは福沢祐巳さま。そして紅薔薇のつぼみは私こと不肖細川可南子。小笠原祥子という名前は名簿には載っておりませんわ!」
「…可奈子ちゃん、貴方のその勝ち気なところが少しは可愛いと思えていたのだけれど、どうやら祐巳は貴方を甘やかしすぎているようね」
「あら…」
 クスッと鼻で笑う可南子。
「お姉さまを甘やかしているのは私ですわ。毎日、この膝の上にお座りさせてあげますの…」
「言わせておけば…」
「どうされるというのですか、祥子さま。まさか、腕ずくでも…と仰りますの?」
「それもいいわね」
 咄嗟に身を守るように手を交差させる可南子。いくらなんでも本当に実力行使をされるとは思っていないが、こと祐巳に関しては、祥子のタブーはないに等しい。どんなことをやってくるかは想像もつかないのだ。
 走り去る車。
 その場に残される祥子。そして一つのボストンバック。
「え?」
「私も一緒に行くわ。それなら、問題はないわね」
「ど、どうしてですか、祥子さま!」
「ちょうどいいじゃない。私も、一度は祐巳の家にお泊まりしてみたかったわ」
「そういう問題じゃなくて!」
「結局、祐巳は一度も私を自宅に招いてくれなかったのよね」
 それ自体は大したことではない。妹が姉を招くよりも、姉が妹を招く方が自然だというのは自明だ。
 だが、今の祥子にとっての問題は別だ。
 自分の招かれていない祐巳の自宅に可南子が招かれる。それは祥子にとっては許し難い、可南子の僭越だった。
「だから、私も一緒にお泊まりするの」
「で、でも、祥子さま!」
「何か問題があるの? それとも可南子ちゃん、私がいると何か不味いことでも?」
「別に不味いことなどありませんが…」
 答…イチャイチャできません。あわよくばそれ以上…いや、別に…。
「そう? まさか私がいるとイチャイチャできないとか、あわよくばそれ以上の関係に一気に流れ込もうとか、そんなことは考えていないわよね」
「まさか、そんな…」
「そうよね、乃梨子ちゃんじゃあるまいし」
「そうですよ。そんな…ノーマルと言い張っているけれど、そう思っているのは当人だけなんていう人と一緒にしないで下さい」
 なにげに酷いことを言い合う二人。
 
 その頃…
「くしゅんっ!」
「どうしたの? 乃梨子、風邪?」
「ううん。ただのくしゃみだけど…湯冷めでもしたかな? やっぱり朝シャワーなんてやめておけば良かったかな?」
「あんなに汗をかいていたのに? さあ、ちゃんと温かくしなきゃ…。こっちに来て、乃梨子」
「うん」
 何してるんですか、貴方達。
 
 そして福沢家の前の二人。何故か息を切らしている二人。
「……ここまで着いてきたんですね」
「ぜぇ、ぜぇ……わ、私をまこうとするなんて、ひゃ、百年早くてよ、可南子ちゃん」
「流石ですわ、祥子さま。運動部の私についてくるなんて」
「……まかれるわけにはいかないもの」
「…まくとかまかないって…祥子さま、お姉さまの自宅をご存じなかったんですか?」
「あ…」
 知らないわけがない。可南子が走るので、つい釣られて追いかけてしまったのだ。
 可南子はただ、先に着いて知らぬフリして鍵でも閉めてやろうかと思っただけである。
「…つい、よ。つい」
「つい、ですか」
「ええ。つい、よ」
「それならいいんですけれど…ところで祥子さま。実は一つ疑問が」
「なにかしら、可南子ちゃん」
「今回のこと、どうしてお知りになったのですか?」
「瞳子ちゃんから聞いたのよ」
「…聞き出したんですね」
「聞いたのよ」
「うっかり口を滑らせた瞳子から強引に聞き出したんですね?」
「聞いたのよ」
「それはないでしょう。ああ見えて、瞳子はいざとなると口が堅いですから。うっかり口を滑らせる相手など、由乃さまかお姉さまくらいのものです」
「…瞳子ちゃんのこと、よくわかっているじゃない」
「まあ、クラスメートでしたから」
「そう。これからも瞳子ちゃんのことをよろしくね」
「ええ。わかっています」
「けれど、瞳子ちゃんのことは瞳子ちゃんのこと。祐巳のことは祐巳のこと。それはそれ、これはこれよ」
「はい。それも、わかっています」
 
 その頃…
「お姉さま……瞳子は…瞳子は…」
「瞳子……」
「可南子さんと祐巳さまのこと、隠そうとしたんです。けれど、祥子お姉さまが……」
「わかってる。わかってるわ。瞳子」
「うう…祥子お姉さまがあんなことを……」
 祥子のくすぐり責めに屈した瞳子は、事の子細を由乃に電話で報告していた。
 
 玄関のブザーを鳴らすと、祐巳がまるで元気な子犬のように、尻尾があれば振りかねない勢いでドアを開けた。
「可南子、待って……お姉さまっ!?」
「ごきげんよう、祐巳」
 可南子を押しのけるように、祥子が前に出る。
「可南子ちゃんと偶然会ってね。久しぶりに祐巳に会いたくなったものだから…私、お邪魔かしら」
 何を図々しいことを、と睨みつけながら言いかけた可南子は、祥子の表情に驚く。
 祥子は頬を赤らめていた。
 祥子の視線をたどると当然祐巳。
 祐巳は、祥子を見つめている。
 …!
 可南子は二人を見比べた。
 祐巳の視線は、祥子に釘付けだ。
 お姉さま、と言いかけて可南子は口を閉じる。祐巳にとって祥子はお姉さま。その事実は変えようがない。
「そんな、邪魔だなんて…お姉さまが来てくださって、邪魔なわけないじゃないですか」
「そうよね。祐巳。ごめんなさい。妙なことを口走ってしまって」
 祥子の手が無意識に祐巳の胸元に伸びた。
 私服姿の祐巳の胸元に無論タイはない。ないけれど、祥子は祐巳の襟元に手をやると、真っ直ぐに伸ばす。
 それが二人の儀式だから。
 見ている可南子にも、それは痛いほどわかった。二人には二人の世界がある。そこは、可南子には入れない世界。
「……」
「さあ、とりあえず上がってください、お姉さま。可南子も、ね」
 二人は促されるまま、居間へと通される。
「今、お茶でも煎れますね」
「あ、私が」
「いいのいいの。今日は可南子はお客さんなんだから。それに、お姉さまにも久しぶりにお茶をお煎れしたいし」
 立ち上がりかけた可南子を強引に座らせると、祐巳は台所へと入っていく。
「…ここに来るのも初めてよ」
 祥子はしみじみと言った。
「祐巳本人に言われたわけではないのだけれど、お姉さまに言われたことがあるわ」
 祥子がお姉さまと言えば、それは水野蓉子のことだ。可南子も文化祭の時に面識はある。
「私の家を一度訪れると、自分の家に招待するのにはどうしても引け目を感じてしまうって」
 祥子は疲れたように天井を仰ぎ見た。
「それでもお姉さまは私を招いてくれたわ。私は今では、お姉さまの言うこともわかるようになった。けれども、私だって他人に引け目を感じさせたくてあんな家に住んでいるわけではないのよ…」
 可南子は無言で祥子を見ている。その視線にややきついものがあったとしても、この状況では仕方のないことだろう。
「だから、祐巳の家に一度招待されてみたかった。だけど、招待して欲しいなんて、どう言えばいいのかわからなかった。そのうち、卒業してしまったのよ、私は」
 可南子の視線が揺れる。
 一体この人は何を言おうとしているのだろうか。
「ごめんね、可南子ちゃん」
 可南子は突然、目の前に座ってる祥子がとてもか弱い存在に見えた。
「いいえ」
 可南子は思わず口走っていた。自分でも意外な言葉が飛び出す。
「お姉さまにとって、祥子さまは今でも大好きなお姉さまだと言うことがよくわかりました。私じゃ、結局駄目なんだって」
「可南子ちゃん…」
「私、失礼します」
 立ち上がった可南子を、今度は祥子が抑える。
「座りなさい、可南子ちゃん」
「でも、祥子さまを見たお姉さま、とても嬉しそうでした」
「だけど、祐巳が自宅に招待したのは貴方が始めて。私はあくまでイレギュラーなの。その貴方が席を外してどうするの」
「だけど、お姉さまは私より…」
「ストップ」
 祥子が可南子の唇に触れていた。
「それ以上は言わないの。可南子ちゃん、貴方もたいしたものだと思っていたけれど、まだまだね」
「え?」
「もっとも…私だって、ついさっき祐巳の笑顔を見るまでは忘れていたことだけれど…祐巳の笑顔を見たら、なんだか貴方と競うことが馬鹿らしく思えてきて」
 可南子は頷いた。祐巳という存在が、周囲にどんな影響を与えるか、可南子は嫌と言うほど自分の身で体験している。
 祐巳が作り出すもの、祐巳に触れた者が感じるもの。それは、不思議と思えるほどの優しい雰囲気。
 それは祥子にも例外ではない。
「…きっと、いつまでもこういう事が続くのよ」
 可南子は祥子の言葉に目をパチクリとさせる。一体何を…
「私もも、お姉さまが大好きだった、だけど、お姉さまはやっぱり自分のお姉さまが大好きだった。そして私にとっても、お姉さまと祐巳は別なの。どちらが好きとかなんて、比べられるものじゃないのよ」
 祥子は可南子の手を取った。
「祐巳もきっと同じ。私と可南子ちゃんを比べることなんてできない。私は私、可南子ちゃんは可南子ちゃん」
「でも…」
 そこへ祐巳がお盆にお茶を載せて運んでくる。
「はい、お姉さま、可南子」
 二人の前に置かれるカップ。
「でも、なんだか、ビックリです。お姉さまがこんな風に急に訪ねてきてくれるなんて」
 祐巳は屈託なく微笑んでいた。
「これで、今日は可南子と三人でゆっくりお話ししたりできますね」
 ほらね、と言うように可南子に微笑んでみせる祥子。
「ええ、祐巳。今日は久しぶりに三人でね」
「はい」
 頷くと、祐巳はスッと可南子に背中を向けて近寄る。
 可南子は咄嗟に祐巳の行動に気付くと、両手を広げた。
 怪訝そうな表情の祥子は、すぐに明らかな嫉妬のものに変わる。
「はい、お姉さま」
 合図すると、祐巳は可南子の膝に座ってしまう。
「なんだか、癖になっちゃった。可南子の顔を見ると、座りたくなるんだよ」
「私だって、お姉さまの体重を感じないと、膝が寂しいんです」
 くすくすと笑い合う二人。
「祐巳ったら、変わってないわね」
 溜息をついて、それでも祥子は二人を微笑ましい思いで眺めている。
「あの…お姉さま?」
「なに? 可南子?」
「たまには、祥子さまのお膝の上はどうです?」
「え?」
「か、可南子ちゃん?」
「だって祥子さま、羨ましそうに見てらっしゃるから」
「で、でも」
 明らかに祐巳はうろたえている。可南子の膝と祥子の膝では違うということか。
「祐巳、いらっしゃい」
 座り直して祐巳を手招く祥子。
 祐巳はぎこちなく、緊張気味に歩くと祥子の膝にちょこんと乗る。
「うふふ」
 ぎゅっと抱きしめる祥子。
「お姉さま!?」
「一度こうしてみたかったの。今日は思う存分してあげるから、覚悟しなさい、祐巳」
「あーん。助けて、可南子」
「祥子さま」
 ふらり、と可南子は立ち上がると祥子に近づいた。
「なーに? 可南子ちゃん」
「三十分交替でどうですか?」
「乗ったわ」
 固く握手を交わす二人。
「ええーっ。お姉さまと可南子、いつの間にそんなに仲良くなったの?」
「あら、祐巳は嬉しくないの?」
「そ、そりゃあ、嬉しいですけれど」
「だって、私と祥子さまにはものすごく大きな共通点があるんですもの」
「初耳よ、可南子ちゃん」
「うふふふ。私も祥子さまも、お姉さまのことが大好きっていうことです」
「ああ、なるほどね」
 二人は微笑みを交わし合う。
 それだけではない。
 優しくなれたこと。
 道が変わったこと。
 人と触れあえること。
 可南子と祥子にとってはどれも全て、祐巳に出会ったことで変えられたものだから。
 
(後編に続く)
 
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