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祐巳さんと可南子ちゃん
 
「初めてのお泊まり」
(後編)
 
 
 二人の膝の上で順番にごろごろしていると、時間はすぐに過ぎていくことに祐巳は気付いた。
 可南子も祥子も、時間が過ぎていくこと自体にはなんの異論もない。
 代わりばんこに祐巳を膝の上に乗せることは、とても有意義な時間であるし、人生においてまことに充実した瞬間の連続でもあるのだから。
「お昼ご飯はにゅうめんにしようかと思っているんですが」
「にゅうめん。ええ、いいわよ。というか、祐巳が作るものならなんだって好物よ、アスパラだって、食べてみせるわ」
「お姉さま、お手伝いしますわ」
「あら、だったら私一人座っているわけにはいかなくてよ。可南子ちゃんだけに手伝わせるわけにはいかないわ」
「いえ、ここは私とお姉さまで充分ですわ、祥子さま」
「でも、私一人で座って待っているだけというのもなんだか悪いわ」
 祐巳が両手をあげた。
「わかりました。それじゃあ三人で一緒に作りましょう。みんなで一緒に作って一緒に食べるんです」
「いい考えね、祐巳」
 可南子と祥子は同時に立ち上がる。
「それじゃあ、お姉さまはお湯を沸かして、めんを茹でて下さい。可南子は葱を冷蔵庫から出して刻んで。私は食器を準備しますから」
「はい」
 葱を取り出し、調子よくとんとんと刻み始める可南子。
 慣れきった雰囲気に、祥子は目を見張った。
「可南子ちゃん、手際がいいのね」
「ええ、ウチでは母の代わりにご飯を作ることが多いですから」
「そう。お母さんは働いてらっしゃるのだったわね」
「ええ。仕事で遅くなることが多いので、中学校の時から自分の食べる分ぐらいは作れるようになってました」
 当たり前のように、なんでもなく話す可南子。
 祥子は、ふとその可南子に羨望のようなものを感じていた。
 この気持ち……。初めてじゃない。そう、これは、あの時と同じ感じ。
 
 ………………………………
 たまりかねたようにお姉さまが言った。
「ニヤニヤしながらお弁当食べるのやめなさいよ、気味が悪い」
「どうして? ああ、蓉子、妬いてるの?」
「お、お姉さま」
 慌てる令を制する江利子さま。
「いいのよ、令は慌てなくても。蓉子が勝手に羨ましがっているだけなんだから」
「勘違いしないでよ、江利子。別に羨ましがっている訳じゃないわ。ただ、いくら妹が作ってくれたお弁当だからって、あからさまにニヤニヤにしながら食べられると気味が悪いって言っているのよ」
「ニヤニヤ結構。別にいいじゃない。妹が作ってくれるお弁当なんて貴重よ?」
 白薔薇さまがわざとらしく溜息をつきながら言った。
「蓉子ちゃんも江利子ちゃんも、それぞれのお姉さまに作ったあげたことくらいあるでしょう? 三人の中で私だけよ? 妹の手作りのお弁当を食べたことないのは」
「それは白薔薇さま。聖に期待するのが間違ってます」
 江利子さまはあっさり言うと、再びお弁当に取りかかる。
 令の作ったお弁当は、端から見ていても美味しそうだった。
「それはそうよ。別に私は、お弁当を作らせるために聖を妹にしたわけではないもの」
 白薔薇さまはニッコリと笑う。
「その点、私は蓉子ちゃんと同じよ?」
「私と同じ…ですか? 白薔薇さま」
 お姉さまは困ったように首を傾げている。私にもわからない。たしかに、お姉さまが私を『お弁当のために』選んだのではないことはわかっている。令ほどにどころか、私はお弁当を作ることができない。理由は簡単、誰にも習ったことがないからだ。
「そうそう。私は聖を、顔で選んだんだから」
「ちょ、ちょっと待って下さい、私は祥子を顔で選んだ訳じゃありません!」
「こんなにきれいなのに?」
 白薔薇さまは踊るようにくるりと回ると、私のそばに立つ。
 私は、慌てて箸を置くと身を逸らした。
「あら、逃げることを覚えたのね、祥子ちゃんも」
「白薔薇さま、祥子をからかうのは止めて下さい」
「はいはい、わかったわよ」
 つまらなそうに白薔薇さまは私の横から離れると、今度は江利子さまに向かっていく。
「江利子ちゃん、その卵焼き美味しそうね、一つわけて」
「嫌です」
 蓋を閉めて白薔薇さまに向き直る江利子さま。
「このお弁当は、令が私のために作ってきてくれたものですから、何人たりとも、例え私のお姉さまにでもわけることはできません。私が最後のお米一粒まで食べきります」
 江利子さまの堂々とした宣言に、令は顔を赤らめている。
「ハッキリ言うわね」
「あまりしつこいと、お姉さまと紅薔薇さまに言いつけますよ。白薔薇さまともあろう御方が、下級生のお弁当を盗み食いしているって」
 う、と一言呻くと、今度は白薔薇さまは、令に向き直る。
「令ちゃん、お願い」
「は、はい。なんでしょうか、白薔薇さま」
「ついででいいの。今度は私にも作って?」
「ええ。勿論」
「却下よ。令ちゃん」
 扉から声がする。
「駄目。こういう人は甘やかすとつけあがるの」
 言いながら入ってきたのは黄薔薇さまだった。
「江利子もよく言ったわ。言うべき事は例え上級生相手でもきちんと言わなきゃね。勿論令ちゃんのお弁当は誰にも分けなくてもいいから」
「ケチ」
 白薔薇さまの言葉を鼻であしらう黄薔薇さま。
「何言ってるのよ、そもそも、江利子の次に作ってもらう予約は私なの」
「結局作らせるんじゃないのっ!」
「いいじゃない、孫がお婆ちゃんのためにお弁当作ったって」
 結局その三日後、令は全員分のお弁当をお重に詰めて持ってきて、皆を驚かせた。
 そして黄薔薇さまと江利子さまの勝ち誇ったような笑みに包まれながら、私たちは美味しいお昼をいただいたのだった。
 私は、令が羨ましかった。どうして、そんなことができるんだろう。
 お弁当を作るのが上手い下手ではなかった。そうやって、皆のために当たり前のようにお弁当を作ってこようと思えること。
 それが、私にはとても羨ましかったのを良く覚えている。
 当たり前のことが、私にはとても難しいことだったから。
 例えば、お姉さまにお弁当を作ること。
 例えば、自分のお弁当を作ること。
 例えば、自分の食事を作ること。
「お待ち下さい。祥子お嬢様」
「そんなことは私どもがいたしますので」
「お食事の時間はどうなさいますか?」
 それが、私の「当たり前」だったから。
 ………………………………
 
 祥子は、可南子の姿を少しの羨望と軽い嫉妬の混じった眼差しで見つめている。けれども、その可南子の姿こそが、自分よりもより祐巳に近いものだともわかっている。さらにはそれが、今となってはどうしようもない違いなのだということも。
 だから祥子は、祐巳との距離を縮めたいと願った。
 可南子と祐巳の距離よりも、もっと自分が祐巳に近づきたいと願った。
 三人は、テーブルの三方に座ってにゅうめんを食べている。
「どうしても、家だと麺類が多くなってしまいますよね」
 ふと、可南子が呟くと、祐巳が首を傾げる。
「可南子ちゃん、麺が好きなの?」
「好きというか、一人で食べる物となると、どうしても麺を選択することが多くなります。一人分だけ作るとすると、手軽なんですよね」
「でも、麺は麺でもいろいろあるんじゃない? パスタにそばにうどん、それからそうめん冷や麦、ラーメン、焼そば」
 指を折って数え始める祐巳に、可南子は首を振る。
「だけど、麺は麺ですわ。バリエーションには乏しいです。だけど、つい手軽さに負けてしまうんですよね」
「可南子ちゃん、お母さんみたいなこと言ってる」
「う…私、おばさん臭いですか?」
「あ、そういう意味じゃなくて」
 二人の楽しげな語らいに、祥子は嘴を差し挟んでいた。
「ああ、麺と言えば祐巳、一度、本場の麺を食べに行ってみない?」
「本場?」
「ええ、イタリアのパスタでも香港の刀削麺でも、好きなものをご馳走するわよ。本場でね」
 片目をつぶってイタズラっぽくウィンク。
「本場って…お姉さま。まさか」
「勿論、そのまさかよ」
「でも、そんな、急に…」
「慌てなくてもよくてよ。別に、今日明日にいきなり行こうという話ではないわ。パスポートだってすぐには取れないだろうし…、夏休みなんてどうかしら。去年ウチの別荘へ来たときのように、今年は海外で過ごすの」
「海外!」
 突然の申し出に祐巳は目を丸くする。
「ええ。小笠原でよく使うホテルがあるわ。そこに泊まるのなら、多少の融通は利くわよ。そうね、VIPルームなんてどうかしら?」
「え、えーと…」
「素敵じゃないですか、お姉さま」
 可南子はニッコリと笑ってた。
「祥子さまがお奨めになるホテルですもの。きっと素敵なところに決まってます」
 そして可南子は食べ終えた器の上に箸を置くと、祥子に向き直った。
「羨ましいくらいですわ、祥子さま」
 器をシンクに運び、水に浸ける。ほとんど間を置かずに食べ終えた祥子と祐巳も同じく。
「では、このあとは予定通りですね、お姉さま」
「そうだね。それじゃあ……。あ」
 可南子に頷いた祐巳は、何かに気付いて祥子を見る。
「お姉さま。私たち、このあとプールへ行く予定なんですけれど」
 祐巳は食卓横のサイドボードに置かれていたチケットを掲げた。
「もらいものですけれど、チケットは余っているのでお姉さまも一緒に行けるのですが…」
 さすがに祥子は水着の準備をしていない。可南子が泊まるということしか聞いていなかったので、泊まる準備だけはしてあるものの、まさかプールに行くことまでは予測できない。
「気にしないで、私はプールサイドで見ているだけでも楽しいわ」
 プールに着く三人。
 祥子の予想は少し外れた。どうしても、祥子はホテルに付属しているプールのようなものを想像してしまっていたのだが、実際には地域密着のレジャータイプのプールだった。
 あまり、プールサイドでくつろぐような雰囲気ではない。
 可南子と祐巳が楽しそうにプールに入っているのを、祥子はただ眺めていた。水着を買うという手段はあるにはあるのだが、こんな所で入る気にはならない。というか、公衆の面前で水着姿を晒すのは嫌だ。
「こんな所じゃ、祥子さまは泳げませんよね」
 何度目か、休憩に上がってきた可南子は、三人分の飲み物を買い、一つを祥子の前に置きながら言った。
「祥子さまがいらっしゃると最初にわかっていれば、別の場所を選んだのに」
「気にしないで、可南子ちゃん。私はイレギュラーなんだから。そうだ、機会があるならウチのプールにでも遊びに来ればいいわ」
「ええ、是非」
 プールを出てから、三人は買い物へ。
 夕食の買い物をして、家に帰ってまた三人で作るのだ。
「夜はどうしようか」
「今夜は私に任せて下さい。腕を振るいますから」
「本当、可南子ちゃん。うん、楽しみだね」
「ええ。楽しみに待っていて下さいね」
 材料を買い込み、三人は戻る。
 そして、可南子が一人で台所に立つ。祐巳と祥子は手伝うと申し出たのだが、今回は可南子が譲らなかった。
「私が作ったものをお姉さまに食べていただきたいんです」
 そうまで言われると強引に手伝うわけにも行かない。祐巳はおとなしく食堂に引っ込んだ。
 祥子は何を思ったか、可南子の料理姿を見ている。
「? どうかされましたか? 祥子さま」
「どう、というわけでもないわ。ただ、可南子ちゃんは偉いと思って」
「私が?」
「ええ。自分で自分のことができるもの」
「自分の事って……炊事のことを言っているんですか?」
「そうよ。私は、自分の食べる物わかってくることはできても、作るなんて…怪しいものだわ」
「自分の作るものなんて簡単ですよ。最低限の栄養だけ考えて、食べられない物さえ作らなければいいんですから」
「あら、味はどうなの?」
「自分が食べる物なんてどうでもいいです。誰かに食べさせようとするから、美味しく作る気になるんです」
 また、祥子は令を思い出していた。一度だけ、令に「何故お弁当を作るのか」と尋ねたときに、令が同じようなことを答えていたのだ。
「そんなものなのかしら…私も、祐巳のためなら美味しく作れるようになるのかしら」
「…そんなことされたら、困ります」
 予想外の言葉に、祥子は眉をひそめる。
「可南子ちゃん、今なんて?」
「……」
 可南子はフライパンを持ち上げて、薬味をふりかけている。
「別に…何も」
「いいえ、困るって聞こえたわよ?」
「そうですか」
 可南子は、祥子に興味を失ったかのようにフライパンの中を見つめている。
「可南子ちゃん、言いたいことがあったらハッキリ言って。もやもやしたままは嫌よ」
 可南子はフライパンを置くと、エプロンで手を拭いた。
「それじゃあ…」
 祥子の前に立つ。背の高い可南子が立つと、一瞬、祥子は圧倒されそうになった。
「私のできることを取らないでくださいっ!」
 祥子は息を呑んだ。可南子が、泣きそうな顔で祥子を睨みつけている。
「祥子さまには、いっぱいあるじゃありませんか。私にできないことがいくらでも。お姉さまを旅行に連れ出したり、別荘へ連れて行ったり、どんなことでもできる力があるじゃないですか。でも、私にはこんなことぐらいしかないんです。私には、祥子さまと同じ事なんてできないんです。だから、私にできることを取らないで」
「可南子ちゃん…」
「私には、お姉さまと海外に行ったりすることはできないし、別荘も、ホテルも、プールも何もない。ご飯だって、お母さんが一人で働いているから、仕方なく覚えたんだもの。でも、それが私にできるたった一つのことなの。それを奪わないで。私がお姉さまにできることなんて、祥子さまに比べれば、こんなことしかないんだから」
 可南子の涙は、祥子の心を動かしていた。
 違う。そうじゃない。自分はそんなつもりで言った訳じゃない。海外だって、ホテルだって、プールだって、別荘だって…
 けれども、そこで祥子は自分に気付いてしまった。
 自分の想像の中に可南子の姿がどこにもなかったことに。
 海外で祥子の隣にいる少女、ホテルの部屋で笑っている少女、プールで泳いでいる少女、別荘の中庭で微笑んでいる少女。
 それらは全て、祐巳ただ一人。
 無意識とはいえ、自分は可南子を排除していた事に間違いはない。
「ごめんね、可南子ちゃん……ごめんね…」
 祥子は、可南子の肩に手を置いていた。
「可南子ちゃん…。違うのよ、貴方は貴方で、祐巳にとって特別な女の子。私とは比べることなんてできないのよ」
「特別?」
「そう。祐巳はね、本当はきっと、プールも別荘もホテルも海外も、美味しいご飯もいらないの。だけど、私や可南子ちゃんと一緒のプールや別荘、ホテルや海外、美味しいご飯なら、心から楽しむことができるのよ」
 
「可南子!?」
 様子に気付いて台所にやってきた祐巳が見たものは、可南子を抱きしめる祥子の姿だった。
「お姉さま? 可南子?」
 可南子は祥子に寄り添い、祥子は可南子を優しく抱きしめている。
 少しの間、祐巳は二人に見とれていた。
 長身長髪の美女二人の抱擁は、見ているだけでうっとりとするほど美しく、また不思議な倒錯美を醸し出している。
 けれど、それも少しの間。
 祐巳は何となく腹立たしさを覚えていた。
「えーと、お姉さま? そろそろ可南子から離れてくださらないでしょうか」
 祥子は、そこで初めて祐巳に気付いたように目をパチクリとしてみせる。
「可南子ちゃんが離してくれないのよ」
「か、可南子?」
 可南子は、祥子に甘えるように頭をくるりと回しながら、祐巳を見た。
「祥子さまが、離して下さらないんです」
「お、お姉さま!」
 二人は、そこで一緒になって笑うとようやく離れる。
「さあ、それじゃあ可南子ちゃん、夕食の準備の続きね」
「それじゃあ祥子さまは、お鍋を見ていて下さい。沸騰しそうになったらかき混ぜて下さいね」
「ええ、わかったわ」
 いつの間にか二人の共同作業で進んでいる夕飯作りに首を傾げながら、祐巳は食堂に戻っていくのだった。
 
 夕食を食べて、三人でゲームをすることになった。
 祥子はテレビゲームは初体験のようだから、簡単なスゴロク調なものを祐巳は選択した。可南子も祐巳もそれほど上手いというわけではない(そもそも福沢家のテレビゲームは祐麒がメイン)ので、力の差はそれほど無く、楽しくすすめることができた。
「面白いわね。これならウチでもできそうだわ。だけど、お母さまがまたハマってしまうかも」
 テレビゲームがやがてトランプになり、そしてビデオを見たり、お喋りをしたり。
 お風呂に入る時間になると、年功序列で自然に決まる。
 祐巳がお風呂から出て可南子と交代。
 祥子と二人きりになったところでつい、祐巳が言ってしまう。
「お姉さま。なんだか可南子ちゃんと急に親しくなったみたい」
「ええ。祐巳はそれが不満なの?」
「そんなことは…ないですけれど」
「どうしたの? もしかして」
 くすっと笑う祥子。
「ヤキモチかしら。そんなの祐巳らしくないわよ?」
「自分でも、そう思いますけれど…」
「いいの。私だって、祐巳とお姉さまが仲良くしているのを見て、どう思っていたと思うの?」
「…やっぱりお姉さまも?」
「当たり前じゃない。お婆ちゃんが孫を可愛がるのは、妹に焼き餅を妬かせてみたいからだもの」
「ええっ、そうなんですか?」
 祥子は大きな声で笑った。
「冗談よ」
 
 祐巳の部屋にお布団を敷く。
 ベッドかお布団か、どちらかで二人が寝ることになる。
 もともと、泊まる予定は可南子一人だったので、三人で寝ることは考えていない。
 祐巳が祐麒の部屋で寝ることにすれば、それぞれが広々と寝ることができるのだけれど、せっかくのお泊まりで別々の部屋というのも意味がない。
「ベッドは祐巳が使うべきよ。部屋の主なのだから当たり前ね。私と可南子ちゃんがお布団で寝るわ」
 祐巳は心の準備をした。可南子が自分と一緒に寝たがるのではないかと…
「そうですね。では、私は祥子さまと」
 …え、ちょっと、可南子…
 予想外の展開に、祐巳は耳を疑った。
 よく見ると、可南子が頬を赤らめているようにも思える。
「…駄目!」
 思わず祐巳は叫んでしまった。
「どうしたの? 祐巳?」
「お姉さま?」
「可南子は私と一緒に寝るの。ごめんなさい、お姉さまはお布団で寝て下さい」
 まあ、と呆れた顔の祥子。
「お、お姉さま、それは」
「いいわよ。可南子ちゃん。祐巳は私よりも可南子ちゃんと一緒に寝たいって言うんだから」
 慌てて、祐巳は、
「い、ぃえ、違います、お姉さま。そうじゃなくて、あの…お姉さまとも一緒に寝たい…え、私何言ってるんだろう、あの、そうじゃなくて…」
「無理すれば、このベッドで三人寝ることもできそうですけれど」
 可南子の言葉に、祐巳が慌てて頷いた。
「それじゃあ、三人で一緒に寝ましょう!」
 
 俗に「川の字」と言うけれど、三人の身長関係はまさにその通りだった。
 可南子と祥子に挟まれた祐巳は、なんだかホットドッグの中のソーセージのような気分。
 そのうえ、とてもドキドキ。
「おやすみなさい、お姉さま、祥子さま」
「おやすみなさい、可南子、お姉さま」
「おやすみなさい、祐巳、可南子ちゃん」
 電気は茶色。
 
 うとうとし始めたところで、祐巳は妙な気配に目を覚ます。
 なんだか息苦しい。
 気がつくと、頭まで布団の中にいた。
 もぞもぞと脱出しようとすると、頭上でヘンな音。
 ちゅっ
 ちゅっ
 …!?
 恐る恐る目を向けてみると、祐巳を間に挟んだままで、可南子とお姉さまがキスをしている。
 …ええっ!?
 …嘘っ!
 二人の情熱的なキスに、祐巳は一瞬見とれるけれど、ついで怒りと悲しさが込み上がってくる。
「お姉さまッ! 可南子っ!」
「可南子ちゃん! 祐巳に何をする気!」
「祥子さま! お姉さまから離れてくださいっ!」
 三人は同時に叫ぶと、ガバッと身を起こした。
「……あれ?」
「……祐巳?」
「……お姉さま?」
 祐巳はゆっくりと茶色に染まった部屋を見渡し、自分と同じように寝ぼけ眼の、左右の二人を順番に見る。
「……お姉さま? 可南子?」
 どうやら、夢。しかも、残る二人も同じような夢を見たらしい。
 無言の三人。
 やがて、こらえきれないように祥子が笑った。そして可南子も。
 最後には祐巳も。
 三人は深夜にもかかわらず大笑いすると、もう一度ゆっくりと眠り始めた。
 
 
 
 
 
(後書き)
 
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