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結婚する前に確かめておくべき15の質問
 
 
 そんな名前の記事がニューヨークタイムスに出ていたそうで。
 英語の勉強のためにタイムスを取り寄せている祥子さまがある日、その誌面を薔薇の館に持ち込んだのだ。
「これ、なんて書いてあるの?」
「えーと……」
「乃梨子ちゃんわかるの?」
 慌てて首を振る乃梨子ちゃん。
「無理です。そりゃあ、わかる部分もありますけれど」
「お姉さま、これはさすがに全部は無理です」
「だけど、祐巳さん。知っている単語だけでも並べれば大まかは意味はわからないかしら?」
 すったもんだしていると、祥子さまが和訳文を取り出す。
「そんなものがあったんですか」
「順番に見ていきましょう」
 
 
1.子供を産むかどうかを話し合いましたか?産む場合は、育児に関してどちらが主に担当しますか?
 
 全員が顔を見合わせる。
「どう頑張っても子供は生まれないわよね」
「そうね、少なくとも現代科学では無理よ」
「これは未来への課題ね」
「って、産む気満々ですか?」
 瞳子が驚くと、祥子が頷く。
「可能ならね」
「……一応念のためお聞きしますが、万が一にも、優お兄さまの子供、というわけではないのですよね?」
「瞳子ちゃん? それは聞くだけ野暮よ」
「こんな形で祥子お姉さまとライバルになるなんて……」
 ギリッと歯を食いしばる瞳子。
「そうね、こんな形で瞳子さんや祥子さまのライバルになるなんて」
「いつの間に入ってきた! そんな大きさで!」
 どこからともなく現れた可南子に食ってかかる瞳子。
「失礼ね、薔薇の館は山百合会に独占されているわけではないわ。私がリリアンの生徒である限り、入る自由はあるのよ?」
「そんなことより可南子ちゃん?」
 祥子さまが冷たく言い放つ。
「祐巳の妹にはならないと宣言したのではなかったかしら?」
「ええ、妹にはなりませんが、祐巳さまの子供を産まないとは一言も言っていませんわ」
「くっ……屁理屈ね」
「いいえ。子種を戴くのと姉妹制度は自ずから別のもの」
「子種言うな」
 実際問題、女同士での妊娠は無理よね。
 祐巳の呟きを鼻で笑う乃梨子。
「甘いです、祐巳さま。ここにいるのを誰だと思っているんですか? リリアンの聖女、藤堂志摩子さまですよ」
「え?」
 首を傾げる祐巳。
「いわば現人神たるマリアさまよ?」
 違う。その言い回し違う。
「処女懐妊の一つや二つ!」
「なるほど、つまりは志摩子さんと乃梨子ちゃんは清い関係のまま、子供を授かるのね?」
「……やっばり今の却下」
「おい」
 
 
2.金銭面での取決めや将来の計画、支出と貯金などの考え方について理解しあっていますか?
 
「祐巳、安心しなさい。小笠原財閥が全面的にバックアップよ」
「松平の家だって!」
「えーい、分家の分際で本家に逆らうつもりっ?!」
 リアルに「ムンクの叫び」状態の瞳子。
「祥子お姉さま、それはシャレになっていませんわ!」
「祐巳に関しては私に洒落やジョークの類は通じないと思って頂戴」
「……日頃から通じてない癖に」
「何か言った? 分家!」
「ひぃいいいいっ!」
 その二人の様子を鼻で笑う可南子。
「資産家とは醜いですね。戦後すぐの財閥解体の悲劇をお忘れですか?」
「そんな時代のことを実体験としている女子高生が不自然よ?」
 瞳子のツッコミにも動じない。
「今まで黙っていましたが、父方は新潟の豪農です。いざというとき、農家は強いですよ? 紙幣が紙切れになっても、政府が瓦解しても農家は食いっぱぐれません」
「父方って?」
 由乃の質問に、瞳子が即座に答える。
「娘を捨てて先輩と逃げたロリコン親父です」
「瞳子さん、貴方とは決着をつける必要があるわね」
「いいわね。素手? 武器持ち? 場所は選ばせてあげるわ」
 吹き始めた殺気の嵐をかいくぐって、再び白薔薇姉妹。
「乃梨子、坊主丸儲けってね、まさに名は体を表しているのよ」
「ふーん。そうなんだ。志摩子さんのお兄さんはお寺を継がないの?」
「気にしなくていいわ。継いだとしても所詮傀儡よ」
 ほほほほほと笑う二人。とても恐い。
 
 
3.家事はどのようにするかを話し合いましたか?日常の雑事に関してはどちらが取り組むことになっていますか?
 
「それは令ちゃんに決まってるじゃない」
 何のためらいもなく由乃は言い切った。
「面倒くさいことは全部令ちゃんがやるって決まってるのよ」
「由乃?」
「ね、令ちゃん」
 ごろにゃ〜んと擬音が付きそうなポーズでしなだれかかる由乃に、令は壊れた水飲み鳥のようにガクガクと頷く。
「も、も、も、勿論!」
 残る全員の冷たい、しかし哀れみを含んだ視線に見守られながら、令は頷き続けるのだった。
 
 
4.病歴などに関して隠し事はありませんか?精神面での隠し事もありませんか?
 
「ゆ、祐巳さま! ここにストーカー気質がいます!」
「黙りなさいっ! 天然トラブルメーカー!」
「祐巳、あんな電波一年生コンビは放っておいて、こっちでお話ししましょう」
 祥子は二人の決闘を余所に、祐巳を招いて座らせる。
「大きな病気とかはなかったわよね」
「ええ」
 黄薔薇姉妹は何も言わない。この手のことに関してはこの二人は本当にしっかりと分かり合っている。
 
5.相手はあなたが望んでいるほどに愛してくれていますか?
 
「勿論!」と全員が叫んだ。
「嘘おっしゃい!」と瞳子と可南子が同時に続ける。
 
6.セックスの好みや性癖などに関して、オープンに話し合えていますか?
 
「こ、これは……」
 祥子が赤面して一同を見渡す。
「ずいぶんあからさまな質問ね」
 由乃がおずおずと手をあげた。
「どうしたの? 由乃ちゃん」
「こういう質問は、やっぱり乃梨子ちゃんと志摩子さんが適任だと」
「待て」
 そうだよね。うんうん、そうよね。あの二人ならね。と頷きあう一同。
「お前らちょっと待て」
「乃梨子さんがいいわよね」
「ええ、そうよ、その通りだわ」
 何故か決闘を一時中断して納得している瞳子と可南子。
「だから待て」
 だってねえ。雰囲気がねぇ。と口々に勝手なことを言い続ける一同に乃梨子が少しキレた。
「人の話を聞けーーーーーー!」
 すっと、祐巳が首を傾げて一歩前に出る。
「それじゃあまだなの?」
「…………」
「絶句しちゃったよ、この市松人形」
「即答できないんですね」
「思い当たる節がある、と」
「なんだかんだ言いいつつやることはやっていたのね」
「乃梨子さん、お赤飯でも炊きましょうか?」
「そうね、一升ほどお願い」
「これで聖さまも思いきってあの堅物メガネにアタックできるというものね」
「それでも蓉子さまはキープなのね。泣けるわ」
「いい加減にしてください!」叫ぶ乃梨子。
「ていうか、最後の方、凄くスキャンダラスなこと口走ってません!?」
 
 
7.寝室にテレビを置くかどうか決めましたか?
 
「寝室……」
「TV……」
「見ないよね?」
「うん。寝室でテレビは見ないと思う」
「まあ、これは元々タイムスのものだから、日米の文化の違いはあるよね」
「そうそう」
「そもそも、寝室でTV見ている暇なんてないもの。ねえ、乃梨子」
「今、志摩子さんがなにげに凄いこと言ったよ?」
 
 
8.ちゃんと相手の話を聞けていますか?相手の考えや不満を真摯に受け止められていますか?
 
「何よ、この質問。令ちゃんが私に不満なんてあるわけないじゃない! ね、令ちゃん」
「あ、ああ……でも、由乃?」
「それに、令ちゃんの話だっていつもちゃんと聞いているものね!」
「あ、ぁの、由乃?」
「ねえ、令ちゃん!」
「う、うん」
 残る全員の冷たい、しかし哀れみを含んだ視線に見守られながら(以下略)
 
 
9.宗教などの精神的信念について理解しあえてますか?子供に与える宗教観や教育方針に関して話し合いましたか?
 
「宗教って?」
「おおおおおーーーーーいっ! そこのリリアン生徒!!!」
 
 
10.お互いの友人を尊敬してますか?
 
「勿論です」
 瞳子を引きずりながら戻ってきた可南子。
「祐巳さまの友人は私の友人も同じ。大切にして見せますわ」
「可南子、その手に持っているのは何かな?」
「これは祐巳さまの心を誑かす悪魔です」
「あんたはどこぞのエセ宗教家か」
 うがぁ、と叫びながら起きあがり反撃に転じる瞳子。
 二人はまた戦いながら去っていく。
 
 
11.お互いの両親を尊敬していますか?そして、時に両親の存在が良い結婚生活の妨げになる可能性を理解していますか?
 
「お母さん同士はすごく歓ぶよね」
「うん。私と令ちゃんが結婚したら絶対喜ぶよ」
「お母さん達とっても仲良しだもんね」
「学生時代はスールだったんじゃなかったかな」
「私たちみたいに?」
 『私たちだって女同士で結婚したかったのに!』
 『泣く泣く偽装結婚したのにーーー!』
「……由乃、今、幻覚が見えたような」
「令ちゃん……私は幻聴が聞こえた」
 
 
12.自分の家族のことで、相手を悩ませていることはありますか?
 
「ところで祐巳?」
「なんですか?」
「祐麒さんは、未だに彼女が居ないのかしら」
「……どうも、そのようで……」
「どうしてかしらね」
「さあ、私には」
「誰か好きな人がいるとか」
「それはないと思いますよ。祐麒の回りに女の子がいるのなんて見たことがありませんから」
「勿論、祐巳は別よね?」
「それはそうですけれど、私は実の姉ですから」
「………まだ、祐麒さんと優さんがデキてた方がマシね」
「ええ……え? ええええっ!?」
 
 
13.結婚に際して、準備ができていないことはありますか?
 
「まだ学生だってことかな」
「御免。それ、根本的すぎて突っ込みようがないから」
 
 
14.相手が仕事で赴任が必要な場合、一緒に引越しする覚悟はありますか?
 
「勿論!」
 
 
15.結婚に対する互いの心構えを認め合い、どんな困難があったとしても二人で乗り越えると信じていますか?
 
「勿論!」
 全員の力強い答え。
 
 
 全ての項目が終わると、それぞれ満足げな顔をしている。
 瞳子と可南子はまだ帰ってこない。時々、薔薇の館の外から二体の魔物の闘争に巻き込まれた通りすがりの生徒の悲鳴が聞こえてくるけれど、多分気のせい。
 
「結婚も、私たちの信念の前では大したこと無いわね」
 そうだね、と口々に言う一同。
「あとは……」
「そうですね」
「ええ」
「この国では同姓婚が認められてないってことね」
 根本的すぎです。というか最初に気づけ。
 
 
 
あとがき
 
 
 
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